【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■27.殲撃八型(5)

「西部方面隊司令部は何をやっている……」

 

 夜明けを迎えた帝国軍参謀本部の作戦参謀たちは、苛立っていた。

 

「なぜ予備戦力を投入しようとし、勝敗を決しようとしない」

 

 九州北部来寇と超大型台風の影響を受けながらも、本土防衛軍西部方面司令部が主導した大規模演習“鎮西98”によって一時的に通信基地が強化されていたため、西部方面隊と中部方面隊――そして“京都”・“東京”に至るまでの戦略級データリンクは生きている。故に西部方面隊が握る戦術機甲部隊の動向を、帝国軍参謀本部の人間たちは中央にいながら把握することができた。

 だからこそ、彼らは困惑し、苛立っている。

 本土防衛軍西部方面隊は、間違いなくBETAに対して優勢に戦局を進めていた。BETAは内陸に進出できないまま、その個体数をじりじりと減らし続けている。要撃級以上の個体についてはほとんど撃破、あとは臨海部にひそむ戦車級やその他の小型種を掃討すればいい、そんな段階まできているはず。

 が、それだけだ。

 なぜか西部方面司令部は有力な機動部隊を福岡県南部や熊本県内に留めたままにしていた。

 

「面子が丸潰れだぞ」

「連中を信じて朝までには決着はつく、と豪語してしまったのが間違いだったな」

「畜生」

 

 “翌朝にはBETAは完全に海へ追い落とされていることでしょう、何の心配も要りません”と番記者に語った帝国軍参謀本部の一部の人間は、西部方面司令部の人間を罵った。

 

(そんなことに気を回している場合ではなかろうに……)

 

 その場に居合わせた巌谷榮二中佐は非難の視線を向けたが、彼らはそれに気づかなかった。

 

 実はこのとき熊本県熊本市・健軍基地に在る日本帝国本土防衛軍西部方面司令部においても、いまこそ予備戦力を投じて完全勝利を収めるときではないか、と議論がもたれていた。常識的に考えれば、そうだ。

 詰め寄る作戦参謀たちに対して、西部方面司令官は「正論だな」と鷹揚にうなずいた。

 

「だが私はこれで大陸の敵兵が尽きたとは思っていない」

 

 それで参謀たちは、賛否はともかくとして西部方面司令官が何を考えているかを理解した。

 

「別地点にまだ揚がってくる、と――」

 

 その可能性に、帝国軍参謀本部の高級参謀たちは当然気づいていただろう。

 しかしながらその可能性を深刻に捉えて議論し、対応策を練る者は誰ひとりいなかった。

 当たり前だ。5月に発動された鉄原ハイヴの個体数を減らす漸減作戦は成功を収めていた。九州北部に着上陸したBETA群の規模は少なく見積もっても師団規模以上。故に敵策源地の兵力は――少なくともハイヴから溢れて渡洋侵攻に加わる兵力は――払底しているはず。加えてBETAは“水を嫌う”。再度、新たな渡洋侵攻が行われるとしても、敵の着上陸先は朝鮮半島と指呼の距離にある九州地方北部。あるいは山口県下関市から長門市にかけての一帯となるはずであった。

 常識的に考えれば、そうだ。

 帝国軍参謀本部のスタッフは決して無能ではない。

 山口県民の避難援護を中部方面司令部に命令しつつ、必要とあらば九州地方に増援を送りこむべく、東部方面隊・東北方面隊・北部方面隊に転地作戦の準備をさせていた。

 BETAの九州北部強襲上陸から1日、2日。

 その短時間では、まず最も考えられるシナリオに対処するので精一杯であった。

 

 故に彼らからすれば、破局は唐突に訪れた。

 

――BETA群、山口県北部強襲上陸。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「出雲01、後退せよ。繰り返す、出雲01、後退だ。神戸川の東岸に防衛線を形成する」

「HQの馬鹿たれがッ! 出てきて見てみろ! もう橋という橋は市民でいっぱいだぞ!」

「こちら出雲03だ。海岸大橋は戦車級に占領されている!」

「9号まで行って、なんとか迂回しで――え゛っ」

「出雲03、出雲03! 出雲03応答しろ!」

「HQ、こちら出雲01だ! 出雲03が突撃級に轢かれた」

 

 島根県出雲市の砂浜海岸約10kmに亘って強襲上陸したBETA群に対して、日本帝国本土防衛軍中部方面隊第13師団第13偵察隊は、即座に攻撃を加えた。

 が、それは海原に小石を投げ入れるのと同じようなものであった。数輌の87式偵察警戒車の機関砲では、着上陸したBETA群を阻止することなどできるはずもない。

 しかも海岸線から数十メートル東へ進めば、そこはもう市街地。道という道、橋という橋は逃げ惑う人々に溢れかえった。そして市街地を戦車級が走り回り、突撃級と要撃級が建物と市民を一緒くたに踏み潰していく。

 

「伏せろ、伏せろォ――!」

 

 出雲基地から出動していた第13偵察隊は情報収集ではなく、市民を守るべく機関砲から自動小銃に至るまでをBETA群に指向していたが、その市民に呑まれる形で彼らは戦闘力を失っていく。

 その数分後、要撃級の衝角は、避難民もろとも87式偵察警戒車を薙ぎ払っていた。

 

 同様の状況が、山口県長門市から萩市にかけての一帯、島根県益田市、鳥取県米子市――山陰地方の至るところで生起した。

 

「第13師団第13戦術機甲連隊は長門市内にて旅団規模のBETA群と交戦中です」

「山口県山口市吉敷にて第13歩兵連隊がBETA前衛集団と接敵――!」

「435を伝って山口市街に直撃するコースが現実になったか」

「岩国の在日米軍に出動要請は出ているのか?」

 

 西は山口県、東は愛知県、そして帝都防衛まで担う中部方面隊・中部方面司令部(京都・桂基地)は最初こそ山口県長門市から萩市にかけての一帯に強襲上陸したBETA群に対処していたが、数時間の内に恐慌状態に陥った。

 

「第8歩兵連隊が強襲上陸したBETA群と接敵!」

「第8歩兵連隊!? 米子だぞ!」

「広島県安芸太田町に戦車級を主とする敵斥候部隊が進出したという話は、まだ確認がとれないのか。第39師団は何をしている……」

「最悪を想定して尾道・今治ルートの橋梁を爆破する準備を第40師団にさせた方がいいんじゃないか」

「ダメだ、もはやこれは戦術的な話ではない。政治だ。とりあえず政治家連中に話をつけなければ……」

 

 日本帝国本土防衛軍中部方面司令部は、戦場の霧の中にいた。

 BETA群の上陸地点から、臨海部から内陸部へ浸透しはじめたBETA前衛集団の位置に至るまで、敵の侵攻状況がほとんどわからない。ただ山陰地方全体でみれば、師団規模では片づかないBETA群が着上陸していることは間違いなかった。

 この段階で中部方面司令部は、九州島・四国島を巨大な策源地として、山口県下関市・岩国市から広島県広島市・呉市、岡山県岡山市、兵庫県姫路市を確実に防衛し、兵庫県姫路市と鳥取県鳥取市を結ぶ南北ラインから東へは寸土も侵させないという防衛構想を描いていた。

 が、防衛線を構築・整理・縮小することさえ、彼らにはできなかった。

 本土決戦においてそうした防衛線の設定――つまりどの地域を生かし、どの地域を棄てるかという選択――は、一司令部ではなく政治に属する決断であった。

 

 ……つまり致命的なタイムラグが生じる。

 

 前線司令部が帝国軍参謀本部へ情報を上げ、帝国軍参謀本部の高官が帝国国防省の文官と協議し、国防大臣と首相官邸に情報を上げ、閣僚たちに状況のレクチャーが行われ、閣議によって決定が下される。それでようやく中部方面司令部は、戦線の大幅な縮小や橋梁の爆破が行える。

 一方、時速50km前後の巡航速度で突き進む突撃級・要撃級・戦車級の前衛・中衛集団は、3時間もあれば山口市や広島市といった大都市にまで至ってしまう。

 もしも鳥取県米子市に着上陸したBETA群がほとんど抵抗を受けず、また殺戮をほどほどにして四国島に向かえば――6時間も要さずに彼らは愛媛県今治市に侵入できる。

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