【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■28.生きている限り、いつまでも殺す。

「なに、これ……」

 

 日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第12中隊のイツマデ4・牟田美紀少尉は、網膜に投影された戦域マップに驚愕した。中国地方への侵攻と同時に始まったBETA群第2梯団の強襲上陸により、九州北部一帯が再び、“敵”を表すマーカーで覆われている。そしていまから彼女たち第12中隊が“火消し”に向かう福岡市西区・長浜海岸もまた、鮮血を思わせる赤で塗り潰されていた。

 赤い“海”に相対する青のマーカーは“面”でも“線”でもなく“点”でしか存在していない。

 それを一瞥して認めた服部忠史大尉は「よく聞け」と口を開いた。

 

「おそらく長浜海岸に急行した偵察隊は全滅している。海岸線よりも内陸――JR築肥線のあたりで接敵することになるだろう。覚悟しておけ」

 

 福岡市街を短噴射の連続で翔け抜けていく9機の殲撃八型に与えられた任務は、長浜海岸に上陸したBETA群の足止め。より具体的にいえば、敵中に斬りこんで敵を惹きつけ、一個体でも多くのBETA群を西部方面司令部が設定したキルゾーンに誘いこむ。豪雨に打たれ、暴風に殴られながら、鋼鉄の寡兵は死地へ赴く。

 

「牟田少尉、落ち着いてください。近い目標から射撃する。これを忘れなければ大丈夫です」

 

 心配になったのか、針みほ少尉がそうアドバイスをしてくれたが、実際のところ牟田美紀少尉には、恐怖する猶予さえ与えられなかった。

 

「アローヘッド・ツー! 前方の瑞海寺川を飛び越し、奴らを鏖殺(おうさつ)する」

 

 目深に鉄兜を被った鈍色の重騎士は、赤い瞳を輝かせながら、増水した河川を飛び越し、南進する突撃級の奔流に食らいついた。最先鋒のイツマデ5・中野将利中尉は、即座に反応した直掩の要撃級を斬殺し、目の前を通過しながら脆弱な背中を晒していく突撃級へ突撃砲の照準を合わせた。同時に数体の戦車級が進行方向を変え、中野将利中尉機に突進する。それを同じく前衛小隊に組み入れられたイツマデ9・鈴木久実少尉が、機関砲弾で阻止する。

 

「10時方向、要撃級30ッ――戦車級多数!」

 

 中野将利中尉によって撃破された突撃級にせき止められ、BETAが滞留する。泥濘と化した田園を踏破して突撃してくる要撃級と戦車級の群れ。それを認めた中野将利中尉は、舌打ちしながら右主腕で握る74式長刀を上段に構え直した。

 

「久実、背中は頼んだ」

 

 かつてはのどかな畦道だった泥土を踏みにじり、殲撃八型が要撃級を迎え撃つ。

 上体を持ち上げ、左前腕を振り上げる最先頭の要撃級。あまりにも大振りすぎる無思慮の一撃。それを半歩下がって躱した彼は、後の先の一撃で要撃級の頭部を叩き潰した。要撃級だった肉塊とわだかまる泥水を一緒くたにかち割った剣先を彼は再び持ち上げると、横殴りに長刀を振るった。

 切断された尾部感覚器が吹き飛び、荒れ果てたまま放置された公民館に突き刺さる。その周囲では戦車級が36mm機関砲弾の掃射を浴び、おびただしい血肉となって四散していく。

 その血溜まりを踏んで現れた新手の要撃級は、先程の個体とは異なり、最小限の動きで中野将利中尉機の脚を刈る。が、その一撃は空を切った。短噴射で後進をかけた殲撃八型。虚空に浮き上がった彼は突撃砲の引き金を引き、1秒後には再び泥濘に着地――その足を沈みこませていた。

 

「7時方向、突撃級緩旋回!」

「イツマデ1だ、C小隊は突撃級をやれッ!」

 

 前衛・中衛を担うA・B小隊がBETAを堰き止め、C小隊が速度を緩めて旋回を開始する突撃級に対して長距離砲撃を開始した。

 当然、彼らC小隊は無防備になる。

 故にA・B小隊ともに、前衛となって敵を食い止め、押し返した。牟田美紀少尉も左主腕で保持する74式長刀をお守り代わりに、突撃砲で接近する要撃級を射殺していった。そのまま、数分が経つ。

 そして突撃級がこちらに向き直った瞬間、服部忠史大尉は叫んだ。

 

「退がれ!」

 

 旋回を終えた突撃級が第12中隊目掛けて快速の突撃を開始する前に、彼らは再び瑞海寺川を飛び越した。正しい判断だ。障害がほとんどない田園地帯を南進していたBETA群は、いまや東進――第12中隊に食いついていた。

 突撃砲を乱射して近づいてくる戦車級を撃破していたイツマデ4・牟田美紀少尉も、即座に敵に背を向けた。主脚歩行から走行へ移行し、助走をつけて短跳躍。瑞海寺川を飛び越した。

 そこで、あることに気づく。

 

「イツマデ1! イツマデ5が!」

「……」

「イツマデ1――服部中隊長!」

 

 牟田美紀少尉は視界に纏わりつく戦域図を見、頭部ユニットを旋回させて次に背後を見た。

 

「服部中隊長、中野中尉が取り残されて――!」

 

 突撃前衛にして前衛小隊長の中野将利中尉は、川を越えていなかった。

 飛びかかる要撃級を躱し、躱しながらその胴を斬り上げて両断していた。血肉を浴びる殲撃八型。まとわりつく戦車級が、爆発反応装甲の起爆によって吹き飛んでいく。

 それに服部忠史大尉は気づいている。気づいていながら「牟田少尉、早くしろ! 予定のラインまで退くぞ!」と怒鳴った。

 

「中隊長、本気ですかッ!」

 

 食ってかかる牟田美紀少尉に、渦中の中野将利中尉が怒鳴りつけた。

 

「動けなくなった俺に気づくとは、成長したな牟田ァ!」

「中野中尉、だいじょ――」

「跳躍ユニットがいかれやがった! ここ一番でェ――だから行け!」

 

 迫る突撃級の鼻先を主脚のステップで躱した中野将利中尉は「お前も死ぬぞッ」と怒鳴った。

 

「行けッ」

 

 それが牟田美紀少尉が最後に聞いた彼の言葉だった。

 牟田美紀少尉はすぐに再跳躍した。突撃級がいま飛び越えてきた河川にざぶりと身を(うず)めたからだ。すぐに突撃級の高速突撃が来る。その前に、逃げなければ。

 要は、生存本能がすべてに勝ったのである。

 燃え上がっていた義憤はどこへやら。

 やっと逃げられるという安堵と、いつ背後にBETAが迫ってくるかという焦燥で頭がいっぱいになり、彼女は服部忠史大尉機の背中を追うだけで精一杯になっていた。

 

 そのまま第12中隊は福岡市街にまで敵群を誘引してその足を鈍らせた。

 鈍らせただけではない。

 福岡市街を見下ろす南方の山に築かれた対戦車・砲兵陣地が一気に火を噴き、突撃級を中心として甚大な被害を与えた。さらに遅れて突入してきた戦車級と要撃級については、第23戦車大隊と随伴の機械化歩兵が対戦。対戦車地雷と対戦車ミサイルを駆使した陣地で、容易く彼らを阻止してみせた。

 誘き寄せたBETA群を歩兵・戦車・砲兵の諸兵科連合になすりつけることに成功した第92戦術機甲連隊第12中隊は最前線を離れ、補給コンテナが運びこまれている運動公園に向かった。

 

「中野中尉……」

 

 補給の順番待ちをしている間、牟田美紀少尉は目を瞑っていろいろと思いを巡らせていた。同じ中隊にいたにもかかわらず、中野将利中尉とはほとんど交流がなかった。それもそうだ。おっかない前衛小隊長に積極的に話しかけたいわけがない。私はいつも別中隊の同期着隊組や、優しい先輩である針みほ少尉と一緒にいた。

 

「あれ」

 

 そこで牟田美紀少尉は気づいた。

 その違和感を口にする前に、服部忠史大尉が冷徹にオープンチャンネルで話し始めた。

 

「傾注! 我々は再度、誘引を実施する。その前に隊を再編する。イツマデ4・牟田少尉を前衛小隊に加える。前衛小隊の指揮は、イツマデ9・鈴木少尉が執れ」

 

「イツマデ9、了解しました。私が前衛小隊の指揮を執ります」

 

「……」

「イツマデ4、どうした」

「服部中隊長、針少尉は……?」

「……何もないなら、命令は以上だ。順番が来たらすぐに補給を済ませろ」

 

 牟田美紀少尉の声はか細かったので、服部忠史大尉は気づかなかった。

 

 ……。

 

「虫ケラどもがぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 鋼鉄の暴風が、再びBETAの一角を切り崩した。鈍色の装甲を纏った巨人は赤い残光を曳きながら、こちらに気づいて減速した突撃級の背中に、左主腕で保持する長刀を突き立てた。速やかに引き抜き、今度は急接近する要撃級の頭部にその刀身を叩きつける。

 闘士級を踏み潰して泥と雨と血と肉の混淆物に変え、新たに現れた要撃級と相対――間合いを図り、これは突撃砲の連射で処理する。

 その死骸から飛びかかってきた要撃級を、横に避けていなし、最小限の動きで繰り出した刺突で殺す。

 援護の機関砲弾が飛来するのを一顧だにせず、返り血でどす黒く染まった重騎士は、走り出しながら向かってくる赤い害虫数体を薙ぎ払い、両腕を振りかぶりながら突進してきた要撃級に左主腕をいっぱいに伸ばした渾身の突きを浴びせ、彼を絶命させた。

 

「殺してやるよっ゛」

 

 物量という無言のプレッシャーを、彼女は大喝して跳ね除けた。

 泥濘から引き抜いた足を一歩前へ出し、新手の要撃級と対峙する。右手から突っこんでくる要撃級と戦車級の群れを突撃砲で殺し、躍りかかってきた要撃級の顔面を74式長刀の刀身で圧し潰す。

 突撃級を刺殺し、要撃級を斬殺し、戦車級を爆殺する。

 凹んだ肩部装甲、細かい砲弾片を浴びた腰部装甲、そして爆発反応装甲を纏った歴戦の戦術機は、主の復讐心に応えた。

 

 先輩の死さえも気づけないほど弱かった少女はいま、最期の瞬間まで殺し続けることを誓った衛士になっていた。

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