東敬一大佐は舞いこんでくる部下の任務中行方不明・戦死報にも動じることなく、後方支援任務と情報収集の指揮、前線に臨む中隊への情報提供に努めた。内心は穏やかではなかったが、連隊長が動揺する愚だけは避けなければならない。彼は冷静沈着、泰然自若と自身に言い聞かせて指揮にあたっていた。
(大丈夫だ)
時間は
超大型台風は四国に上陸し、現在東進中であり、激戦続く九州地方への台風の影響は、もう和らぎこそすれども悪化はしない。中国戦線については「目下撃退しつつある」というのが帝国軍参謀本部の公式見解であったし、九州戦線・中国戦線は巨大な兵站として機能する四国島の支援を受けられる。
“Need to know”の徹底か、連隊本部クラスでは中部方面隊との戦略級データリンクが遮断されており、詳細な戦況はわからない。しかしながら、万が一中国戦線の前線部隊が苦戦を強いられていたとしても、それは最初の2、3日だけであろう。帝都以東の友軍部隊が続々と中国入りすれば、容易くBETA群を追い落とせるに違いない。
故に、時間が経てば経つほど事態は好転するはず、というのが彼の考察であった。
(事態はこれ以上、悪くはならない)
実際のところ、事態は“最悪”を更新し続けている。
物事に底があるとすれば、その底は、抜け続けている。
西部方面司令部は帝国軍参謀本部にお伺いを立てることもなく、第2工兵大隊に関門海峡にかかる関門橋を爆破させていた。関門海峡を横断する関門国道トンネル、関門鉄道トンネル(在来線)、新関門トンネル(新幹線)の3本は生残しているが、これは充填剤の注入完了よりもBETA到達が早いと判断したことと、もとより要撃級以上のBETAはトンネルの通行が困難であることが大きい。その代わりに素通しとなる戦車級とそれ未満の小型種の侵攻に備え、トンネルの出口には地雷と重火器が多数配された強力な防御陣地が構築された。
中国戦線が早々に瓦解することを知っていたかのような手際のよさ。
そして現実に、中国戦線は崩壊していた。
「なぜ救援がかなわないのですか」
関門国道トンネルの九州側歩行者用出口を防衛する第51歩兵旅団司令部では、司令部に詰める幹部と最前線に布陣した中隊の間で、ひと悶着があった。
山陰地方北部一帯にBETAが上陸、また山陽地方も危ういと知り、対岸からトンネルを通って自力で避難してくる市民は少なくない。
対する西部方面司令部も彼らを追い返すようなことはせず、消防・警察と連携して彼らを保護するように第51歩兵旅団へ命令を出していた。といっても現場がすることといえば、地雷原と地雷原の空隙に避難民を誘導し、後方の消防・警察に引き継ぐだけ。多くの隊員は陣地に籠ったまま、雨に打たれながらとぼとぼと歩く市民を、手持ち無沙汰に見ているという格好になっていた。
加えて避難してきた市民の話や、オープンチャンネルによってもたらされる情報から、対岸の中部方面隊諸隊が苦戦を強いられていることは、もはや彼らの間で公然の秘密となっていた。
故に、対岸に進出して市民の救助活動にあたるべきではないか、という意見が自然発生したのである。
「余計なことを考えるな」
その現場の声を、同じ現場に立つベテランの下士官は一蹴したが、一方でそれに同調する若手幹部も現れ、旅団司令部に意見具申が行われたのである。
それを旅団司令部は、無視した。
まず西部方面司令部からそのような命令は出ていない。
加えて合理的ではない。中国戦線が崩壊し、山陰・山陽にBETA群の浸透が始まっているのが事実であれば、対岸はじきに市民と小型種が混淆するカオスと化す。そこに打って出て行っても何もできない。逆に第51歩兵旅団が消耗し、この関門国道トンネルが突破されるようなことになれば、その混沌は九州にまで広がっていくことだろう。
こうした対岸の火事を座視せず、“対岸の消火”を主張する声は何も第51歩兵旅団にだけ広がったわけではない。九州戦線が安定化するにつれて、西部方面隊全体で同様の主張は増えていく。
「九州戦は、ここからだぞ」
関係各所から上がってくる“対岸の消火”論に、西部方面司令官はただそう言った。
事実、そのとおりであった。
――長崎県西方沖の海底音響センサーに感あり。
仮眠中だった東敬一大佐が作戦担当幹部の豆枝幸路大尉に叩き起こされたのは、7月9日夜のことであった。彼は即座に着替え、合成あんパンを合成牛乳で胃袋に押し流しながら、豆枝幸路大尉から詳細を聞いた。
「第3梯団……!」
油断していなかった、といえば嘘になる。九州北部戦線は第2梯団の強襲上陸を撃退しつつあり、またかなりの個体数が中国戦線に殺到しているはずであった。故にもう大陸沿岸にわだかまるBETAの個体数はたかがしれている、と思いこんでいた。
「2320、BETA群は宇久島・平戸島間に進出。現在なおも南進中です」
「日米海軍艦艇・哨戒機による爆雷攻撃の予定は」
「西部方面司令部によれば、双方ともに準備を進めているようです」
「……過信は禁物だな」
東敬一大佐は、爆雷攻撃による海中撃滅は不可能とみた。海・空ともに未だに超大型台風の影響は残っている。また日本帝国連合艦隊は九州よりも本州沖での作戦を優先するであろう。帝国海軍水上艦艇の所在など、一連隊長が知っているわけなどないが、もはや一隻も九州沖には残っていないのではあるまいか。
嫌な予感が、した。
「基地に残留している衛士を全員、ガンルームに集めろ」
「はっ」
第92戦術機甲連隊は西部方面司令部直属の戦術機部隊であり、中隊単位で方々に出張る。裏を返せば声がかからなかった中隊――第23中隊・第32中隊・第33中隊については、未だこの八代基地に待機中だ。
「第3梯団、分派しました!」
日付が変わる頃、BETA側に動きがあった。第3梯団が分派し、一部が東進を開始。その延長線上にあるのは佐世保市だという。本隊は現在も南進中であり、西部方面司令部では長崎市のあたりに強襲上陸をかけるのではないかと予測しているらしかった。
(佐世保か――櫻たちに任せるしかない)
佐世保を直撃するであろうBETA群に手許に残る3個中隊が派遣されることはないだろう、と東敬一大佐は思った。ただ西部方面司令部の命令で、すでに第11中隊を帝国海軍佐世保基地に配置していた。いまは彼らの武運を祈るほかなかった。
「西部方面戦車連隊の甲斐毅大尉であります」
それから1時間もしないうちに、西部方面戦車連隊・連隊本部の作戦担当幹部が連絡役として八代基地に現れた。
事態に対する方針を決めるのは、西部方面司令部であって東敬一大佐ではない。
そして西部方面司令部は、八代基地をひとつの反撃拠点として定めたようだった。74式戦車をはじめとする西部方面戦車連隊の装甲車輌を皮切りに、燃料補給車や物資を積んだトラックが続々と八代基地に到着した。
だが一方で、東敬一大佐は小首をひねった。
「長崎まで八代基地からでは遠すぎはしないか」
それに対して作戦担当幹部の園田勢治少佐は「天草に揚がるとみたのではないですか」と答えたが、言いながらも彼自身、半信半疑であった。
ところが事態は、予想だにしない方向に転がっていった。
BETA群は長崎市を素通りして東進を開始。長崎市南方沖から長崎県島原市と熊本県天草市の合間を通り抜け――。
久方ぶりに晴れ渡った月夜に、轟音が響き渡った。
海面が割れ、立ち上がる水柱。茶色く染まる海水。海面から現れた要塞級の頭部に、対戦車ミサイルが直撃し、火焔が周辺を煌々と照らした。それでも彼らの動きは止まらない。八代海を突っ切り、堤防の向こう側に彼らのその異形の姿を曝け出した。
歴史上、人類が多用してきた鉄床戦術。本隊の正面攻撃で敵を拘束し、別動隊で敵の側面を叩く。九州北部戦線を抱える西部方面隊の軟らかい横腹を衝く百鬼夜行の出現により、九州中部戦線が開かれ、これにより西部方面隊の組織的抵抗は破砕される――。
「残念だが、こっちの大将の読みの方が上だったってわけ」
八代海臨海部が、爆発した。
120mm徹甲弾と36mm機関砲弾が波消しブロックを這い上がり、堤防から顔を出した要撃級を撃ち抜き、戦車級の群れを肉片に変えて海面へ吹き飛ばした。流れ弾が堤防を粉砕し、放棄されたままの民家に飛びこんだ。
「きょうが最初で最後だ! 野郎ども、英国料理“鉛弾のBETA寄せ”といこう」
120mm滑腔砲2門、36mm機関砲8門を背負ったF-4UKデファイアントが、青白いセンサーアイに映るものすべてを破砕していく。