日本帝国本土防衛軍西部方面司令部・健軍基地は熊本県熊本市に所在しており、八代基地からは約30kmしか離れていない。
西部方面隊の戦術機甲部隊は、福岡基地、春日基地、北熊本基地、八代基地などに駐屯しており、九州地方北部に着上陸するであろうBETAに対し、水際作戦を遂行するための編制となっている。
健軍基地には指揮・事務機能が集約されており、常駐する戦術機甲部隊はない。
が、基地東部には連隊規模の戦術歩行戦闘機を収容できるだけの設備があり、また大矢野原演習場が近隣にあることから、どこかしらの戦術機甲部隊が利用していることが多い。
第92戦術機甲連隊の東敬一大佐が健軍基地に赴いた日も、94式戦術歩行戦闘機不知火が西方の空にあった。
「入りたまえ」
「はい、東敬一入ります」
東敬一大佐は、西部方面司令官の昏い瞳を見た。
東敬一大佐は彼が苦手であった。この男は1996年に西部方面司令官としてこの健軍基地にやってきたのだが、着任とともに「九州防衛、帝国防衛、人類防衛」を司令官要望事項として打ち出した。
そして彼はその要望事項達成のために必要なことを、あらゆる政治力を総動員して実施し始めたのである。
方面司令官を勤める中将クラスになると、どうせ1、2年で次のポストに異動になるのだから、それを前提に動く者が多いが、目の前の中将はそうではなかった。
「単刀直入に話す」
西部方面司令官は東敬一大佐に着座を勧めず、立たせたまま
「市ヶ谷は大陸派遣軍に対して、大韓民国国軍・大東亜連合軍・国連軍の撤退支援作戦を発動することを決定した」
と告げた。
東敬一大佐に、驚きはない。
朝鮮半島陥落が時間の問題であることは、誰もが理解しているところであったし、朝鮮半島撤退支援作戦――“光州作戦”についてはすでにマスメディアが報道していたからだ。
「そこで、だ。本土防衛軍西部方面隊からも戦術機甲部隊を拠出するように、市ヶ谷から命令が下った。私は第4師団・第8師団の一部は勿論、加えて西部方面司令部直轄部隊である第92戦術機甲連隊の一部を大陸派遣軍に貸し出すつもりだ」
(きた――)
東敬一は息を呑んだ。
数週間前からF-8クルセーダーを装備する中隊の稼働率を高めておくように、と命令があったのは、やはり派兵の予定があったからだろう。
F-8クルセーダーは艦上からの離発着を念頭において開発された海軍機・艦上機であるから、輸送艦等を用いて洋上から味方を援護するのならば、A-6J攻撃機よりも便利だ。
「……」
「……」
しばらく沈黙が続き、西部方面司令官は東敬一大佐に「思ったよりも話が長くなりそうだな」と言って着座を勧めた。
「失礼します」
「本心をいえば私は朝鮮半島にこれ以上、貴重な戦力を注ぎこむことに反対なのだ。満州や中国沿岸部にハイヴが完成し、朝鮮半島北部にもハイヴが建設されている以上……。君たち第92戦術機甲連隊は、きたる九州防衛戦を見据えて私が市ヶ谷にいた頃に創設した部隊だ」
「……」
「だからこそ第92戦術機甲連隊の全部を朝鮮半島に出すつもりはない。せいぜい1個中隊、しかも適当にやればいい。詳細は追って報せるつもりだ。何か質問はあるか」
東敬一大佐は逡巡したが、ついに決意して「あります」と口を開いた。
「国内・海外を問わず戦術機を掻き集めて、第92戦術機甲連隊を創設した理由を伺いたいです」
西部方面司令官は、東敬一大佐を――その向こう側を、もっと遠くを見るような目をした。
「東大佐、君の出身は?」
「神奈川県の三浦であります」
「私はここだ。ここで生まれ、育った。私にとってここは、原点であり、最後に還るべき場所だ。ここを守るためならなんでもしよう。そのために私は第92戦術機甲連隊を創設した」
「……」
「もしも、何もしなかったらすべてが失われるとわかっていて、君は何もしないという選択肢を取れるのかね」
東敬一大佐は、耳を疑った。
第92戦術機甲連隊の有無が、九州防衛の成否にかかっているように聞こえたからである。
実際のところ第92戦術機甲連隊など、戦術機甲師団の第4師団・第8師団に比較すれば質・量ともに劣弱であろう。部隊を預かっていて恥ずかしい話だが、第92戦術機甲連隊があろうがなかろうが、そこで勝敗が決まるとは到底思わない。
「閣下。第92戦術機甲連隊は――」
と言いかけた東敬一大佐を、西部方面司令官は制した。
「第92戦術機甲連隊は、本来ならば日本国内には存在しない戦術機を揃えた本土防衛軍におけるイレギュラーだ。だからこそ、期待している」
「……」
「他に質問は? ……話は以上だ。いや、待て。近日中に第1大隊用に新しい戦術機がそちらへいく。現在、第1大隊が装備しているF-4Jは別部隊にやるから、そのつもりでいてもらいたい」
「はい、閣下。……その第1大隊用の戦術機なんですが、英国製ライトニングかデファイアントではありませんよね」
「大丈夫だ。発動機2基を跳躍ユニット1基にまとめるような機体ではないし、もちろん左右主腕もちゃんとついている」
……。
「わざわざ九州までお越しいただきありがとうございます」
と頭を下げたのは、第92戦術機甲連隊本部第4科・戦術機担当幹部の久野平太大尉と整備兵たちである。それに対して、ボード・エアクラフト社からやってきた初老の技術者たちは、わずかに頷いただけであった。
ボード・エアクラフト社の旧名は、チャンス・ボード社という。
チャンス・ボード社は第二次世界大戦中はF4Uコルセア戦闘機をはじめとする軍用機の製造に携わっており、BETA大戦勃発後はアメリカ海軍/海兵隊用戦術歩行戦闘機を開発、戦術機黎明期にはF-8クルセーダーを以て、グラナン社製艦上戦術機F-11と凌ぎを削ったことで有名である。
ボード・エアクラフト社から技術者を呼んだのは、第92戦術機甲連隊が保有するF-8Eクルセーダーについて技術的アドバイスや機体状況を診てもらうためであった。
F-8Eクルセーダーは、艦上機として開発された第1世代戦術歩行戦闘機であり、1982年にF-14Aの配備が始まるとともに、アメリカ海軍から退役。供与先となった中華民国国軍やフィリピン共和国軍からも姿を消している。
いまやF-8Eクルセーダーを運用しているのは、世界広しといってもこの第92戦術機甲連隊だけであった。
「こちらです」
ボード社関係者はすぐに、F-8Eクルセーダーが整然と並ぶ格納庫に案内された。
F-8EはF-4Jと同等かそれ以上の機体規模を誇る。
最初からアメリカ海軍のスーパーキャリアーで運用されることを見越して、「攻防面で陸上機のF-4に劣らない大型機」「優勢なる地上のBETA群を海上から火力で圧倒する」をコンセプトに開発された頑健な機体だ。
いまは取り外されているが、肩部には面制圧目的のロケットランチャーが装備可能だ。
近接戦用武装は米国製CIWS-6Aバトルメイスが用意されているが、これは斬るのではなく「潰す」代物であり、戦車級を挽肉にすることはできても、要撃級以上を殺るには重量不足。74式長刀よりも劣るので、こちらは第92戦術機甲連隊では使われない。
そして中世騎士が被るグレートヘルムめいた円筒状の頭部ユニットには、センサーが十字に配置されており、バイザータイプ・ツインアイタイプ・複眼タイプのセンサー配置とは、また違った印象を周囲に与える。
鈍色の塗装と、日の丸。
そして第22中隊を表す大剣を振りかぶる少女のエンブレム。
塩害が気になるので気休めとわかっていても整備兵たちは、外装を綺麗に拭きあげている。
「よく」
ボード社関係者のひとり、白髪の白人男性――マイク・J・デイヴィスは涙を流した。
「よく、丹精されている」
戦術機担当幹部の久野平太大尉や整備兵たちは顔を見合わせた。
事情はわからない。だが、マイク・J・デイヴィスはF-8Eクルセーダーに、特別な思い入れがあることだけはわかった。