九州中部――八代市と八代郡に着上陸した第3梯団は、北上して九州北部に展開する部隊の後背を脅かすことなく、八代市周辺にそのまま留まっている。これは高性能CPUを積んだ戦術機、つまり第92戦術機甲連隊が餌となっているからに他ならない。
東大佐は己の役割をよく理解してくれている、と西部方面司令官は安堵の溜息をついた。彼が第92戦術機甲連隊の駐屯先として八代基地を新設したのは、西部方面隊の側面防御のため。そして放っておけば本土防衛軍中部方面隊、しかも中国戦線を守る第13師団の幕僚になるはずだった東敬一を拾い上げたのも、九州中部防衛を成功させるためであった。
(頭脳明晰というわけでもなければ、陣頭に立って状況を打開するような猛者でもない――だがその瞬間、瞬間で最善を尽くす指揮官)
それが西部方面司令官の東敬一大佐に対する評価であり、そして彼は人類防衛のために必要となる大切な手駒であった。
「第12歩兵連隊、球磨川を越えました」
「よろしい。予定通り、第12歩兵連隊は第92戦術機甲連隊に合流させる」
故に見棄てるつもりはさらさらない。
「第8師団・第42戦術機甲連隊の中部戦線投入はまだかかるか?」
西部方面司令官はすでに幾つかの手を打っていた。第3梯団の八代上陸と同時に、鹿児島県内に駐屯する第8師団・第12歩兵連隊に北上を命じており、また第4師団や第8師団から引き抜いた数個戦術機甲連隊でBETA第3梯団を一挙殲滅するつもりであった。
「松橋町にて補給中の第42戦術機甲連隊第3大隊は、1時間後に八代郡および八代市に投入可能です。第1・第2大隊は熊本市内を南下中」
「……スタンバイしている第3対戦車ヘリコプター隊を
虎の子のAH-1Sコブラから成る第3対戦車ヘリコプター隊を出してしまえば、もう西部方面司令官が自由に振り分けられる予備戦力はない――第92戦術機甲連隊には、第4・第8師団から抽出した機動部隊が斬りこみを敢行するまで耐えてもらうしかなかった。
◇◆◇
「バカバチども、張り切りすぎだぜ……。敵個体数算定はァ~旅団規模だァ!?」
「プリズナー1からクソッタレども! 60秒後の弾着とともに動く! アルファ、ブラボーはミツバチどもと入れ替わりに先頭の要撃級・戦車級300の群れを叩き潰す! チャーリーはアルファ、ブラボーを援護しつつ、発生したレーザークラウドを観測し、光線級を捜索しろ!」
「プリズナー1、もしかしなくてもアルファ、ブラボーはそのあとレーザーヤークトか!?」
「ああ。クソ目玉ひとつにつき、ビール一杯奢ってやる」
「アホ死ね、釣り合わねえ」
西部方面戦車連隊の自走砲が火を噴き、半数の榴弾が虚空で迎撃され、残る半数がBETA群を叩くと同時に、第92戦術機甲連隊第23中隊が小隊単位で動き出した。
日本帝国仕様の塗装ではなく、漆黒の装甲を纏ったままの12機の殲撃八型は後退してきたシュペルエタンダールと入れ違いに、雪崩れこむBETA群へ斬りかかった。要撃級の前腕を躱し、中国製77式近接戦闘長刀でその頭部を叩き潰す――その前面に集る戦車級の群れが、36mm機関砲弾の嵐が吹き飛ばした。
「死ねやザリガニ野郎ォ――!」
「お前の喩え、おかしいよ!」
後続の殲撃八型が主腕2門、背面ガンマウント2門、併せて4門の突撃砲で正面斉射し、突進してくる要撃級と戦車級の群れを押し留める。近接戦闘も、防御力も放棄した形の兵装選択だが、寡兵でクソムシの大群を撃退するにはこうするしかない、というのが彼らを率いる中隊長――氏家義教大尉の決断だった。
「こいつらがザリガニなら、俺たちはイカか!?」
「ザリガニ釣りの餌には俺たちゃ高すぎる」
「俺たちが、じゃない――
「プリズナー各ッ、プリズナー9だ! 照射追跡データとレーザークラウド分布を送信した!」
「よしクソッタレども、ついてこい!」
一方のシュペルエタンダールから成る第32中隊は八代基地まで戻って補給を受けていた。補給といっても基地内に設置された自動補給コンテナから武器弾薬・推進剤を受け取るだけだ。部品交換等はできない。もう八代基地と最前線の距離は、目と鼻の間である。
「もう後がない……ってことか……」
保科龍成少尉の気は、昂ったままであった。
推進剤の充填を待っている間、彼は電子の瞳を通して基地の様子を観察していた。畠田徹男曹長が重機関銃を抱えた数名の警備兵に命令を飛ばし、戦術電子整備担当の笠原まどか大尉もまた対戦車ロケットを抱え、2、3名の兵士を引き連れて駆け足でどこかに走っていく。
そしてハンガーからは予備機となっていた4機の77式戦術歩行戦闘機F-4EJ改が、トレーラーで引っ張り出されていた。
(あれを使う衛士なんて――)
「こちらラビット1ッ――補給が必要だ! 120mm弾を廻してくれ!」
オープンチャンネルに第33中隊を率いる五十嵐良則大尉の声が響き、保科龍成少尉はふと我に返った。
同時に、第32中隊の田所真一大尉が口を開いた。
「ラビット1。こちらミツバチ1だ。そちらの状況はどうなっている」
「ミツバチ1、ラビット1。だいぶ片づいた。第12歩兵連隊が残敵掃討を開始している。あとは北から押し寄せる連中だけだ。……厳しいのか?」
「こちらが寡兵にすぎる。ウチの中隊はすでに4機を失った」
「……。120mm弾の補給を完了次第、俺たちもそっちに行くことになるだろう。またそのときは頼む」
F-4UKデファイアントの継戦能力は、低い。
連射力と破壊力に長けた砲塔は弾薬消耗が著しく、また弾倉を数個携行しているくらいでは焼け石に水。しかも120mm弾は反動を低減させた戦術機用のものではなく、貫徹力を重視した戦車砲用のそれであるため、いちいち基地や専用コンテナのある補給拠点にまで戻らなければならない。しかもF-4UKデファイアントは両主腕をオミットされているため、弾薬補給は貧弱なサブアームと、外部機構に頼らなければならない始末であり、通常の戦術機よりも補給に時間がかかるのであった。
「ミツバチ1、こちらプリズナー1――早くしろ、押し切られるッ」
補給を終えた第32中隊は出撃後15分もせずに第33中隊と合流し、BETA群と対峙――それほどにまで最前線は近くなっていた。
「突撃級を最優先で殺れ! あいつらを1匹でも基地に通してみろ、めちゃくちゃになる!」
「
氏家義教大尉機は4門あった突撃砲をすべて投棄し、拾った74式近接戦闘長刀を振るって要撃級の群れを撫で斬りにしていた。第23中隊は光線級狩りを敢行し、2機の殲撃八型と交換に手近な十数体を撃破することに成功していたが、そこで突撃級の正面突撃と戦車級の大群に圧迫され、後退を余儀なくされていた。
「ミツバチ1、プリズナー1だ! 俺が先任だな!?」
氏家義教大尉は「お前らは後衛だ」、と短く叫んだ。
シュペルエタンダールは小型機であり、前衛での殴り合いには向かない。さらに元を質せば艦上機。洋上での戦闘を想定して優れたFCSを積んでいるため、砲撃戦を得意とする。
故に氏家義教大尉は死傷率の高い最前線で要撃級や突撃級とのドッグファイトに臨むことを選択した。
それを特に何の感動もなく田所真一大尉は受け入れ、部下に淡々と砲撃戦を命じる。
「予備照射ァ――!」
戦車級の群れに36mm機関砲弾を叩きこんでいた保科龍成少尉は、はっと周囲を見回す――と同時に自機は自動回避を開始していた。他のシュペルエタンダールも、同様である。その隙に小型種が戦術機の戦陣を無視し、後方に浸透していく。
「まずいッ!」
振り向いて兵士級の群れに照準しようとした保科龍成少尉を、井伊万里中尉が叱責した。
「保科ァ、戦車級未満に構うな!」
「しかし――基地がッ!」
「マリ中尉の言うとおりですよ」
オープンチャンネルに新しい声が割りこんできた。
次の瞬間、新たな機影が現れ、一瞬で兵士級の群れを轢殺――背面ガンマウントの突撃砲で闘士級たちを瓦礫ごと吹き飛ばした。
「保科少尉、撃ち洩らしは任せてください」
兵士級の死骸を踏みにじる、F-4EJ改・撃震。
しかしその武装はどこかアンバランスだった。左主腕に近接戦用長刀、右主腕は何も保持しておらず、しかしガンマウントには2門の突撃砲が懸架されている。まるで右主腕は、最初から使わないかのようだった。
「満田華、伍長――?」
おずおずと聞いた保科龍成少尉に、F-4EJ改の衛士はくつくつと笑った。
「戦時昇進で少尉です、保科少尉。まあ大陸帰りなので私が先任ですが」
言うなり、兄と右腕を大陸で失った彼女は、獰猛な笑みを浮かべて後方へ浸透せんとする小型種を虐殺し、また防衛線を圧し潰そうとする戦車級の群れに制圧射撃を浴びせ始めた。
戦術機操縦の大部分は思考制御であり、また背面ガンマウントは自動照準・自動射撃が可能になっている。小型種を踏み潰す程度なら、右腕ごときがなくともこなせてしまう。
故に第92戦術機甲連隊・第1科の満田華伍長――改め、第92戦術機甲連隊本部付機甲小隊の満田華少尉は、予備機のF-4EJ改とともにきょう戦場に舞い戻った。