熊本市に隣接する益城町を発した西部方面航空隊の第3対戦車ヘリコプター隊は、真っ直ぐに南下するのではなく、若干ではあるが東へ迂回しながら八代平野を目指した。高地を盾にするためである。戦術機の全高よりも低い高度を往くAH-1S対戦車ヘリコプターが易々と照射を浴びるとは思っていないが、それでも用心のためだ。
偵察ヘリコプターOH-1に先導される形で、8機の大蛇は異形へ、慎重に忍び寄る。
回転翼機は、火力・防護力・継戦能力のいずれも戦術機に劣る――。
それは自他ともに認める事実。
しかしながら彼ら第3対戦車ヘリコプター隊の面々の士気は高かった。超大型台風の影響で緒戦から待機が続き、無力感に襲われていたところでついに下った攻撃命令。しかも小型種の掃討ではなく、未だ光線級が残存する敵主力への航空攻撃。任務の困難さから、作戦に参加するパイロットは家族情報を基にして司令部が選定したが、選ばれなかった者は心底残念そうであった。
「オメガ101、八代見ゆ。繰り返す八代見ゆ」
「オメガ101、アタッカー101了――往くぞ!」
山々に囲まれた県道32号線から、一気に八代平野へ。時速約200kmで放棄された宮原の町並みを飛び越して――その先にある戦車級や要撃級、突撃級、要塞級の渋滞へ毒牙が突き立てられる。
BGM-71対戦車ミサイルが開放され、誘導用ワイヤーを曳きながら突撃級の側面や要塞級の胴部に殺到する。揺らぐ巨体。火焔を曳く破片が撒き散らされるとともに、要撃級と戦車級が超低空飛行中のAH-1Sに突進する。
「アタッカー、そちらへ要撃級ッ」
「ロケット!」
要撃級は勿論のこと、極限まで低空に滞空するAH-1Sにとっては飛びついてくる戦車級さえ脅威になる。
故にAH-1Sは1機につき38発のハイドラ70mmロケット弾を引っ提げてきていた。
瞬く間に生み出される劫火の海。戦車級の群れが炸裂する鋼鉄と火焔によって消し飛び、要撃級がロケット弾の直撃を受けて粉砕されていく。死骸と炎、そしてそこから伸びる煤煙が、視界一杯に広がる。
濃灰の煙の中から現れた戦車級に、20mmガトリング砲の砲口が向けられる。砲身が高速回転。同時に放たれた砲弾は畑地と異形を一緒くたに耕した。
「アタッカー、こちらオメガ101。攻撃成功。所定のルートで後退せよ」
10分に満たない火力投射の後、各機は速やかに機首を翻して再び山地の向こう側へ飛び去っていく。
「遅いッ――」
脆弱なAH-1Sから成る第3対戦車ヘリコプター隊が、光線級の照射を浴びなかったのは、連中がそれどころではなかったためである。
「遅すぎるッ」
戦車級を無視して突撃級を潰し、BETAの間隙から予備照射を開始する光線級を狙撃し、また新手の要撃級を斬殺していく井伊万里中尉は、苛立たしげにうめいた。
(やはり
BETAの体液と血肉を身に浴びたシュペルエタンダールは、予備照射を振り切るために半死半生のまま放置していた突撃級の影に飛びこみ、飛びこみながら向かってくる戦車級の群れ目掛けて突撃砲を連射した。
「プリズナー2、6ッ! あいつを殺させるな、行け!」
「おい
「大真面だ……ちっ、俺についてこい!」
井伊万里中尉の周囲に吹き荒れる血肉の嵐に、漆黒の鎧武者が加入する。
氏家義教大尉が駆る殲撃八型が突出――それに反応した要塞級が衝角を放つ。
それを氏家義教大尉機は急制動をかけ、後方跳躍で躱した。
伸びきる要塞級の触手。その隙を逃さず、2機の殲撃八型は着地する氏家義教大尉機を追い抜いて突撃をかける。水落美歩中尉機と中馬巧少尉機は、トップヘビーの中国製77式近接戦闘長刀を大上段に構えて跳躍し、要塞級の胴部と肩部の繋ぎ目に必殺の一撃を叩きこむ。
肩部から体液を撒き散らしながら崩落する怪物を飛び越えて、氏家義教大尉機が74式近接戦闘長刀を振りかぶり、井伊万里中尉機の背後に迫っていた要撃級を斬り捨てる。
「ミツバチ5、こちらプリズナーリーダーだ! 後退しろ――死ぬぞ!」
「しかし、ここで光線級を狩りきらなければ」
「認識が30分遅い、もうその必要はねえ!」
「ミツバチ5、プリズナー2だ。戦域図を見てみなッ!」
井伊万里中尉は0.1秒を争う攻防戦の最中でオフにしていた戦域マップを再投影――そして赤いマーカーの塊が、北方から現れた青いマーカーに圧されつつあることに気がついた。
気づけば太陽が昇っていた。
「ジョーカー2、ジョーカーリーダーだ。営門の防衛に廻ってくれ」
「ジョーカーリーダー、ジョーカー2了解」
八代基地周辺では最前線で撃ち洩らした小型種との戦闘が続いていた。
後方職種まで武装した第92戦術機甲連隊の隊員たちに、東敬一大佐・園田勢治少佐・豆枝幸路大尉・満田華少尉が駆る予備機のF-4EJ改、補給が完了した第33中隊のF-4UKによる決死の防衛戦。
とはいえ、戦車級がせいぜいで大部分は兵士級と闘士級。
戦車級の群れをF-4UKが容易く吹き飛ばし、豆枝幸路大尉・満田華少尉ペアが闘士級や兵士級を轢き殺していく。それでも基地のほうぼうで闘士級や兵士級を相手どった銃撃戦が断続的に生起した。
そしてその小型種の数も、徐々に減っていった。
「ジョーカーリーダー」
作戦担当幹部の園田勢治少佐は安堵の溜息をつきながら、久しぶりに機上の人となっている東敬一大佐に呼びかけた。
「どうやら我々、見棄てられはしなかったようですね」
「ジョーカー2、そのとおりのようだ。第8師団が北方から突撃してくる――さあ、挟撃といこうか」
東敬一大佐の言葉どおり、BETA第3梯団は瞬く間に劣勢となった。
突撃級や要撃級といった前衛が南方の第92戦術機甲連隊・西部方面戦車連隊と対戦している最中、北方から第8師団・第42戦術機甲連隊がその後背を衝いた。94式戦術歩行戦闘機不知火から成る第42戦術機甲連隊約100機は、生き残っていた少数の重光線級を撃破。加えて第3対戦車ヘリコプター隊と無人攻撃機を繰り出し、反転しようと渋滞を始めた敵中衛集団を打撃した。
「いやぁ……よー勝ったわ……」
氏家義教大尉はそんなことを呟きながらトリガーを引いている。彼の第23中隊と、田所真一大尉の第32中隊は、一列横隊になって遠距離砲撃戦に移行していた。未だ戦闘は終わっていないが、八代平野を衝いたBETA第3梯団は壊滅しつつあった。
「田所さん、ちょっとは喜んだらどうよ」
「油断は禁物だ」
「これで九州戦線は勝ち確。本州の方にも揚がってんだろうけど、まあ中部方面隊なら楽勝だろ。これで当面の戦争は終わり。さっさと帰ってビール飲みてえよ」
「……」
「田所さん、ドライだな」
そんな会話を耳にしていた保科龍成少尉は、どちらかといえば氏家義教大尉と同じ気持ちであった。
(これで九州は守りきれる。有力な戦術機甲部隊が数多くいる本州は心配する必要ないだろ。帝国はBETAの脅威を跳ね除けたんだ――)
◇◆◇
「敵前衛集団、国道2号線を東進中!」
「ブレードリーダー。こちらCP。
「スコッパー。こちらCP。揖保川大橋を爆破せよ」
「CP、こちらスコッパー。まだ揖保川西方には多くの市民が残っている」
「姫路防衛が最優先だ」
「CP、こちらブレードリーダー! 両岸に避難民が渋滞を起こしている。跳躍したら巻きこんじまうぞ」
「ブレードリーダー、CP。いま県警に誘導を急がせる。それまで竜野駅西方で阻止戦闘を実施せよ」
「CP、ブレードリーダー了解――聞いてたな! とにかく姫路にムシケラ一匹入れるな!」
丘陵に挟まれたわずか南北300メートルの畑地と市街地を耕しながら殺到してくる突撃級に、撃震が立ち向かう。
「くそったれ、だったら砲撃支援を寄越せ!」
しかしながら砲撃支援も航空支援もない。
避難民とBETAが混淆する悪夢のような状況。橋梁爆破には想定以上に時間がかかり、交通機能が麻痺している大都市で積極的に市街戦を始めることは許されていない。発砲はおろか、市民を轢殺しないために戦術機の機動にも制限がかかっていた。
(くそ、揖保川町・太子町を抜かれたらもう姫路だぞ!?)
帝国軍参謀本部は防衛線を整理、部隊の再編成を急ぎ、第一防衛線・第二防衛線・最終防衛線の構築に着手していた。
第一防衛線は京都府宮津市・兵庫県明石市を結ぶライン。
しかしながらこの時点で、もはや第一防衛線は破綻することは明らかだった。
なにせ四国地方の戦況は絶望的であり、そうなると第一防衛線の起点である兵庫県明石市は淡路島を伝って北上するBETA群に側方を脅かされることになるのだから。