「パッパ1、こちらヨロイムシャ。そちらのタイミングで始めてくれ」
「ヨロイムシャ、パッパ1。了解した」
福岡市の中心市街地では小型種の掃討が始まっていた。
通りを駆け巡り、建物ひとつひとつを奪い返していく主力となるのは第23師団第72歩兵連隊であるが、最初に陣頭に立つことになったのは、第92戦術機甲連隊第13中隊だった。
第4師団・第4戦術機甲連隊の94式不知火と交代する形で前線に姿を現したのは、日本帝国本土防衛軍将兵が見慣れているF-4J撃震だ。しかしながら細部は通常のF-4J撃震と相違点がある――第92戦術機甲連隊内ではF-4EJ改・撃震、あるいは撃震改と呼ばれている。
「パッパ7、グレネード」
「パッパ8、グレネード!」
肩部装甲上方に増設されたラックから、鈍色の柄がせり出す。
それを握って引き抜いたF-4EJ改は、それを宙に放り投げた。
人類を遥かに超越する膂力と、極めて正確な弾道計算。投擲された爆発物は、緑地帯の直上で炸裂し、鋼鉄の雨を兵士級と闘士級の群れに浴びせた。
「小隊長、しくじらないでくださいね」
「大丈夫、大丈夫。パッパ5、グレネード!」
パッパ5――湯川進中尉機は下手投げで手榴弾を、物流センターの搬入口へ叩きこんだ。
その数秒後、放置されていたのであろう資材と内部に隠れていた小型種の破片と一緒に、爆風と火焔が噴き出す。巨人用に拡大再設計された柄付きグレネードの問題点は、炸裂する前に障害物か何かにぶつかって跳ね返ってきた場合、友軍誤爆となる可能性を孕んでいるところであった。
故にこの手榴弾は戦術機が入りこめないような閉所への攻撃が必要となる市街地掃討戦には向くが、乱戦では使えない。
手榴弾を投擲するB小隊の周囲では、第2世代・第3世代戦術機の軽量化・高機動化に逆行するがごとく、増加装甲・爆発反応装甲を纏ったF-4EJ改から成るC小隊が向かってくる戦車級や闘士級、兵士級の群れに36mm機関砲弾を叩きこんで排除していく。
(この様子ではこいつの出番はないな)
後衛となるA小隊のF-4EJ改もまた通常のF-4Jとは異なり、肩部に64式対戦車誘導弾を装填した箱型ランチャーと有線誘導に対応したFCSを備えている。
このF-4EJ改は撃ちっ放し能力を有する92式多目的誘導弾が採用される以前に、79式・87式対戦車誘導弾の導入に伴って“型落ち”する64式対戦車誘導弾を撃震に転用できないか、と供された試験機の末路であった。
濃密な重金属雲や仮想敵国の強力な電子攻撃の下であっても有線誘導ならば影響をほとんど受けない、というのが売り文句であったが、3000m以上の有効射程を誇る92式多目的誘導弾と、最大射程が2000m未満の64式対戦車誘導弾では、前者が後者を淘汰するのは当然の理であった。
「ヨロイムシャ、こちらパッパ1だ。事前計画の攻撃は完了した」
「パッパ1、こちらヨロイムシャ。感謝する。これより我々はエリアエコーに進出する」
直立するF-4EJ改の合間を、機械化強化装甲歩兵たちが疾駆していく。
驚くべきことにこの第92戦術機甲連隊第13中隊は、A小隊・B小隊・C小隊で異なる仕様のF-4EJ改を運用していた。傍目から見れば、汎用性を損なったF-4EJの吹き溜まり。まさに
……。
「なにこれ」
九州戦線におけるBETA群の攻勢は急速に衰え、いまや日本帝国本土防衛軍西部方面隊は機械化強化装甲歩兵や多用途・対戦車ヘリコプター隊、無人機による残敵掃討の段階に移行していた。入れ替わるように第4・第8師団といった戦術機甲部隊は、機体の整備・修理を迅速に実施。
第92戦術機甲連隊もまた八代基地周辺の“片づけ”を他部隊に任せ、一部の中隊を除き、方々に派遣していた中隊を帰還させて機体整備にあたり、また衛士たちには休息をとらせていた。
「え?」
そしてガンルームに久方に集合し、緊急出動に備えつつもくつろぐ衛士たちは呆けた。
――日本帝国本土防衛軍は帝都・大阪前面に三重の防衛線を築き、東侵を試みる敵軍を阻止する構え。
――日本海および琵琶湖には日本帝国海軍連合艦隊・アメリカ海軍第7艦隊が展開、大阪湾には国連太平洋艦隊が進出し、洋上から敵地上軍を激しく打撃している。
――政府は日本帝国本土防衛軍・アメリカ軍・大東亜連合軍・国連軍から成る統合作戦司令部を設置。
“優勢”を演出するラジオやテレビを通してもたらされる戦況だが、第92戦術機甲連隊の衛士たちは小首をかしげざるをえなかった。
「中部方面隊の連中は何してやがンだッ」
殲撃八型を駆り、死地から帰ってきた第23中隊の水落美歩中尉は激昂した。
おい、と氏家義教大尉はパイプ椅子に座ったまま制そうとしたが、彼女は止まらない。悪態をつき続けた。頭に血が上ったら言いきらないと気が済まない性質である。
「帝都・大阪前面に防衛線!?」
「おい」
「じゃあなんだよ、帝都・大阪から西はどうなってんだ!」
「おいッ!」
氏家義教大尉は短い怒声とともに、拳をテーブルに叩きつけた。テーブルの端でF-8Eクルセーダーから成る第22中隊の雨田優太少尉と荒芝双葉少尉が指していた将棋盤が揺れ、両者の駒が築いていた戦陣が大きく崩れた。
「水落、おめーいいかげんしろよ!」
「んだよこら
口論が始まる前に、第22中隊の中隊長・大島将司大尉が穏やかな口調で割って入った。
「ここには中国・四国が実家だったり、友人や家族を残してきた者もいたりするんだぞ、水落中尉」
「……あ」
「そういうこった。オレらはもちろんだが、92連隊のメンツは中国・四国地方出身者が多い。なぜかは知らねえが……」
「すんません」
水落美歩中尉がしょげるとともに、雨田優太少尉は「実家か」、とつぶやいた。
(藤井さん、大丈夫かな)
光州作戦の最中、撃墜された藤井美知少尉の実家・中華料理店『藤井中華』は広島県内にあった。
藤井美知少尉の父、藤井知男は無事だろうか。
(基地が近隣にあったから、案外なんとかなっているかもしれない)
心配しだすときりがないので雨田優太少尉はそう結論づけて、それ以上考えるのをやめた。
「戦争は、終わらない」
第32中隊の田所真一大尉が漏らした一言に、氏家義教大尉は「俺が楽観的でしたよ」と言って頷いた。
と同時に、厄介なことになる、とも思った。
「櫻大尉――どうか大尉からも、連隊本部に意見具申をお願いいたしますッ!」
実際、その“厄介なこと”は起こり始めていた。
がらんとした食堂で、黙って缶メシを食べている櫻麻衣大尉に、ひとりの衛士がかしこまった口調とともに頭を下げていた。彼女は佐世保防衛戦から1機も損なわずに帰還した、F-14Nから成る第11中隊の菅井麗奈中尉である。普段の関西弁を封印した彼女は、櫻麻衣大尉に対して懇願を続ける。
「九州戦線が安定したいまこそ、第92戦術機甲連隊は帝都方面へ転進ッ――帝国存亡を賭けた決戦に馳せ参じるべきです!」
「……」
「第92連隊が動けないということであれば、小官は単身でも帝都方面へ赴きます! 異動を願います――!」
「……」
銀縁の眼鏡をかけた彼女は、怜悧な雰囲気を纏ったまま残酷に言った。
「転進も異動もありません」
「……」
「九州戦線は目前の危機を脱しただけです。九州戦線は今後、最大の危機に晒され続ける。西方はBETAの一大策源地である中国大陸、北方は成長止まらぬハイヴを擁する朝鮮半島、そして東方には中国・四国地方を占領したBETA群。第92戦術機甲連隊が九州戦線から脱けることはもちろん、ひとりの衛士が異動するだけでも、九州戦線は――」
「では、櫻大尉は私に郷里が滅ぼされるかもしれないこの状況を、ただ見守っていろというのですか。私には戦術機を操る力が、敵と戦う力があります。これを大阪を守るために使わず、ここにいろと?」
「そうですね」
瞬間、菅井麗奈中尉の拳が飛んだが、櫻麻衣大尉は「遅い」とだけ言った。
手刀で拳を受け流し、バランスを崩した菅井麗奈中尉を床に叩き伏せ、そのまま組み伏せた。菅井麗奈中尉の拳は、光線級の本照射よりも遥かに遅かったので、櫻麻衣大尉を傷つけるには至らない。仮に菅井麗奈中尉が拳銃を使ったとしても、彼女は拳銃弾のことごとくを防いでみせたであろう。
「じ、自分……正気なんかッ!?」
「ええ。ですが、連隊本部へ意見具申はしましょう」
「……」
「近畿は無理でも、中国・四国ならすぐです。殴りこんで数を減らす。BETAを帝都防衛線から引き剥がすことも不可能ではないでしょう」
ここにきて“対岸の消火”論が、第92戦術機甲連隊の中で盛り上がろうとしていたのである。