【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■35.黒の活人剣。

 本来ならば菅井麗奈中尉は氏家義教大尉を打ち倒す必要はない。

 彼女の勝利条件は単純明快――八代基地を脱して健軍基地に向かうこと。いまこの瞬間にも跳躍してしまえば、第1世代機でしかない殲撃八型を振り切ることは容易であろう。

 しかしながら、それはできない。F-14Nの周囲には未だ多くの整備兵や警備兵が残っており、また武器弾薬、燃料の類も山積されている。ここで跳躍を試みれば、死傷者が出ることも考えられた。

 周囲の状況からして目の前の殲撃八型を無力化し、主脚走行で八代基地の敷地外に出る必要があった。

 

「菅井中尉、冷静になれ。貴様が単機で健軍基地へ向かったところでどうなるというのだ」

 

 氏家義教大尉の低い、静かな声色(こわいろ)がオープンチャンネルに響く。

 それを菅井麗奈中尉は意図的に無視し、下段に構えた氏家義教大尉機の剣先を見つめた。

 下段の構えから繋がる剣戟は、上方へ刃を返しての斬り上げ。あるいはこちらの動きに対応して剣先を動かしての刺突、主脚狙いの斬撃。いずれにしても後手に回ることを想定した構えであり、先手を奪っての攻撃に向いているとは言い難い。

 

(いや――)

 

 それでいいのだ、と菅井麗奈中尉は理解した。

 氏家義教大尉の勝利条件は、他の戦術機が起動するまでの時間を稼ぐこと。

 だからこそ殺気を放ちながらも、刀を下段に構え、対話を試みようとしている。

 

(そんなん、お見通し――こっちから!)

 

 F-14Nが地を蹴った。

 瞬く間に彼我の距離が詰まる。

 菅井麗奈中尉機は殲撃八型の頭部ユニットを狙って刺突を繰り出した。

 金属音が響き渡る――BETAの生体装甲を容易く破砕する剣先は、殲撃八型の頭部装甲を削り取っていた。

 が、それだけ。

 凶刃は、頭部ユニットを掠めたのみ。

 氏家義教大尉は自機の上体を揺らすことで、彼女が放った必殺の諸手突きを外させたのである。

 そして彼は下段に構えた長刀を使う――ことなく、肩部装甲からF-14Nに体当たりした。

 

「――ッ!」

 

 態勢を崩しながら後ずさるF-14N。

 ここで追撃すれば氏家義教大尉は、容易く菅井麗奈中尉機を撃破できる。

 が、彼はそうしなかった。剣先を正眼に構え直して間合いをとるのみに留めた。

 

「おちょくってるんかッ!」

 

 菅井麗奈中尉は怒声を張り上げた。

 F-14Nは刀身を抱き、殲撃八型の上段へ斬撃を放つ――が、先程に比べると予備動作が大きく、刀身の運び自体にも無駄がある。

 振り下ろされる刃に、氏家義教大尉は静かに合わせる。

 

――瑤光(ようこう)一誠流、星墜とし。

 

 最小限の動きで刀身を持ち上げ、迫る刃を受け止めた。

 否、受け止めるというよりは、受け流すという表現が正しい。

 火花を散らしながら、凶刃は氏家義教大尉が掲げた刀身の上を滑っていく。

 流れ星がごとく、橙の尾を曳きながら氏家義教大尉機の手元まで墜ちるカーボンブレードの刃。最後に氏家義教大尉機は漆黒の手甲(しゅこう)をスナップさせて、刀身を弾き飛ばした。

 

「な」

 

 菅井麗奈中尉機が握る74式近接戦用長刀、その剣先は地に触れる――どころか、地中に(うず)まった。

 と同時に、漆黒の武者が動いた。大胆にも長刀を棄ててF-14Nに組みつく。剣を無力化する体術の間合い。右腕のナイフシースが展開し、氏家義教大尉機は右手で65式近接戦用短刀を握りしめた。

 

「降りろ、菅井中尉」

「まだ――」

 

 勝負はついていない、と菅井麗奈中尉は言いかけて、機体ステータスの一部が赤く染まるのを見た。氏家義教大尉機の短刀、その切っ先は左跳躍ユニットの基部に滑りこみ、容易くそれを切断していた。

 

「そこまでッ!」

 

 次の瞬間、オープンチャンネルに園田勢治少佐の声が響いた。

 

「勝負有りッ、勝者は赤・氏家大尉!」

「なにいうてん――」

「これにて異機種格闘訓練を終了する」

 

 殲撃八型が後ずさりし、胸の高さで65式近接戦用短刀を構え直して残心する。

 対する菅井麗奈中尉機は再び長刀を構え直して一歩踏み出したが、それと同時に秘匿回線で怜悧な声が響いた。

 

「菅井」

 

 菅井麗奈中尉機の数十メートル後方に、1機のF-14Nが腰だめに突撃砲を構えていた。

 

「櫻大尉ッ――」

 

「菅井、もう一歩前に出てみろ。私は貴様を殺す」

 

 菅井麗奈中尉は急速に体が冷えていくのを感じた。

 櫻麻衣大尉ならやれるだろうし、やる。次の一歩を踏み出せば、彼女は120mm弾を発射し、たったの1発で機体背面から管制ユニットを射抜くであろう。

 それでも菅井麗奈中尉は勇気を奮って抗弁した。

 

「跳躍ユニットが壊されたくらいじゃ諦められへんわ」

「菅井、どこまで周りに甘えるつもりだ」

「なに――」

「本来ならば氏家大尉は貴様をすでに2回殺せている。貴様の放った突きを躱した時点で1回、貴様の放った上段への斬撃を受け流した時点で1回。だが、氏家大尉はそうせず、貴様の命を救った」

「……」

「加えてこれを模擬戦扱いとして穏便にすまそうとする連隊長の温情。貴様が犯した罪は、機体奪取、背反行為、部隊装備の破壊。本来ならば貴様は裁判の後に極刑となるだろうに。これだけの情けをかけられて、それで貴様はまだそこで粋がるつもりか?」

 

◇◆◇

 

「それで私のもとへ直談判しにきた、というわけか」

「はい、閣下」

 

 部隊不和が引き起こされている現状を打開すべく、健軍基地に現れた東敬一大佐を前にして、西部方面司令官は馬鹿馬鹿しい――とは言わなかった。

 西部方面司令官の昏い瞳が持ち上げられる。

 が、東敬一大佐は怯まなかった。

 

「帝都を巡る攻防戦に第92戦術機甲連隊を派遣することは現実的ではありません。しかしながら中国・四国地方方面ならば。閣下、ご再考をお願いいたします」

 

 と同時に東敬一大佐は、厳しさを増す本州戦線を前にして、京都と東京が部隊派遣を命じてくるのは時間の問題である旨も指摘した。ならばいまこちらからイニシアチブをとって行動を起こしていった方が、無茶な作戦に付き合わされる可能性が減るのではないか、とも口にした。

 

「……」

 

 東敬一大佐の指摘するところは、すでに西部方面司令官もまた考えていたことである。現在のところ帝国軍参謀本部は何も言ってきていないが、他方面への戦力抽出の命令が下るのは時間の問題であろう。

 

「閣下」

 

 西部方面司令官の沈黙を“否”ととったか、東敬一大佐は再び口を開いた。

 

「中国・四国地方では未だに戦っている友軍がいるはずです。もし、何もしなかったらすべてが失われるのだとしたら――私は何もしないという選択肢を取ることはできません」

 

 その夜、東敬一大佐たち連隊本部の幹部は、八代基地の食堂に手すきの隊員たちを集めた。

 話し始めたのは作戦担当幹部の園田勢治少佐である。

 

「本日、西部方面司令部は四国地方救援作戦“出梅(しゅつばい)”を発表した。我ら第92戦術機甲連隊は、この出梅作戦の主力として、南西部にて市民の避難援護および輸送手段の防衛に就いている第14師団および第55師団を救援する」

 

 おお、と数名の隊員が声を上げた。

 と同時に作戦担当幹部の豆枝幸路大尉が、壁に地図を張り出した。

 

「四国戦線の状況は、厳しい。BETAは本州侵攻初日のうちに戦車級以下の小型種を以て浸透戦術を採り、尾道・今治ルートおよび瀬戸大橋を奪取。続いて地中侵攻・渡洋侵攻により瀬戸内海沿岸部は大型種に蹂躙された。現在、師団規模の敵本隊は東進を本格化させ、淡路島へ上陸した模様」

 

「一方でもう敵別働隊は西進――愛媛県松山市・伊予市を陥落せしめたあとは停滞している」

 

 水落美歩中尉が舌打ちをした。

 都市部でBETAが停滞する理由といえば、ひとつしかない。

 逃げ遅れた市民を探し出して食らうためだ。

 

「超大型台風がすでに四国地方を通過した。これにより四国西部・南部では航空輸送・海上輸送による市民の避難が、ようやく再開している。日本帝国本土防衛軍中部方面隊の四国配備部隊は、近畿地方に向かおうとするBETA群の後背を衝く攻勢作戦を諦め、四国西部・南部に防衛線を引き直しているようだ。これは遅滞作戦を採り、避難民のための時間を稼ぎ出すためだ」

 

「我ら第92戦術機甲連隊はこの遅滞作戦を援護することになる。この出梅作戦は避難民約100万の生命を救うための重大作戦だ。またそれだけではなく、多くのBETA群をこの四国に釘づけにすることができれば、帝都防衛線の負担は相当軽減されることになる」

 

 そこまで園田勢治少佐が話したところで、東敬一大佐が話を引き継いだ。

 

「我々92TSFRは、九州防衛・帝国防衛・人類防衛の旗の下に集った機動部隊だ。いつどこで戦おうとも、我々の戦いは九州のみならず帝国、人類を守る戦いであると知れ。故に、我々92TSFRの作戦に失敗はありえない。諸君の奮励努力に期待する」

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