「フィッシャー1、こちらオレンジ・リーダー! 戦車級が国道194号線に入りこんだ、排除しろ!」
「オレンジ・リーダー! フィッシャー1、了解! フィッシャー・アルファ、194号の戦車級を掃射しろ!」
「フィッシャー1、こちらフィッシャー5だっ! 194号に民間車輌多数!」
「フィッシャー5、大丈夫だ! 人は残ってない、俺が保証する!」
「……了解」
東部戦線は高知市と土佐市を分かつ仁淀川を盾として、防衛線が立て直されていた。
F-4J撃震から成る第15戦術機甲連隊第3大隊と第50歩兵連隊は、高知市内にて頑強に抵抗したが、市街地に多くの闘士級・兵士級が浸透したために著しく不利となり、やむをえず土佐市に防衛線を下げざるをえなかった。
この選択は、倫理的には苦渋そのものであると同時に、戦術的には正しかった。
未だ高知市内には逃げ遅れた市民が多く残っており、高知港にはやって来る見込みのない避難船を待っている人々がいた。
彼らをBETAの腹に収めさせるわけにはいかない。第15戦術機甲連隊第3大隊機が、BETA群に斬りこみを敢行して囮となっている隙に、第14師団司令部と高知県警は協力して彼らを可能な限り西方へ連れ出した。とはいえ、市民全員を救助できたとは思えない。
実際、BETAは高知市内にて一時、停滞した。
逆にこの停滞によって、防衛線を再構築する余裕がもたらされた。
「フィッシャー5、FOX2!」
「フィッシャー8、FOX2!」
2機のF-4J撃震が、突撃砲を戦車級と乗用車から成るグロテスクな行列に向けた。
放たれた機関砲弾は、無人の乗用車を貫き、その向こう側を走っていた戦車級を吹き飛ばした。乗用車を踏み潰しながら走る戦車級に曳光弾が突き刺さり、次の瞬間には戦車級は燃えながら体液を撒き散らしていた。車に残っていたガソリンに引火したか、方々で爆発が起こる。乗用車のガラスや車体の破片を浴びてもなお走る戦車級――1秒後、掠った36mm機関砲弾によって上半身が切断された。
「オレンジ・リーダー! ドラゴン2だ! ヤバい、押し切られる!」
「C小隊は大橋前の戦車級をキャニスターで攻撃せよ!」
「オレンジ9、了解――」
仁淀川東岸の緑地帯には突撃級や要撃級の死骸が転がっており、それを乗り越えた戦車級たちが一挙、仁淀川大橋に殺到する。そのそばから叩きつけられるのは、無数の鋼球。120mmキャニスター弾が解き放った鉄の雨は、赤い奔流を一瞬にして打ち砕いた。
その横では要撃級がざぶり、と増水した仁淀川にその身を投げていた。1体や2体ではない。腰部装甲に登り龍を描いた撃震が掃射を始め、阻止を試みる。水面が爆ぜ、血肉が虚空に舞った。
(くそっ、これじゃ土佐に退がった意味ねえ……!)
ドラゴン2――古山雄二郎少尉は水面に浮かんでいる白濁した皮膚を撃ち抜き、撃ち抜き、照射警報音を耳にした。予備照射の光芒が、川に身を投じた要撃級の頭上を奔り、第3大隊第2中隊(フィッシャー中隊)の方向へ伸びていくのを、彼は見た。
本照射に移行するまでの猶予は、数秒しかない。
古山雄二郎少尉機は機敏に照準をつけ直した。倒壊したビル、その瓦礫の山の頂上に立つ光線級を87式支援突撃砲のレティクルに収める。
「ドラゴン2、スプラッシュ・レーザーワン!」
彼が放った36mm弾は光線級の下半身に直撃。
切断された上半身とつぶらな瞳は瓦礫の向こう側に転落し、潰れた。
「ドラゴン2、まだいやがるっ!」
「フィッシャー1、こちらドラゴン2、任せろ――誰か俺をカバーしてくれ!」
川底に埋まった要撃級の死骸。その背中を踏んで、新手の戦車級と要撃級が押し寄せる――その目前の光景を無視して、古山雄二郎少尉は要塞級の死骸の上に登った光線級に狙いを定める。
そのレティクルの中で無数の光芒が上空へ伸び、それに遅れて生成される火球――それを掻い潜った砲弾が空中炸裂し、爆風と破片が光線級や戦車級を圧し潰した。
「支援砲撃ッ!?」
軽榴弾砲と同等の射程・威力を擁する120mm重迫撃砲の全力連射が、仁淀川以東のBETA群に襲いかかる。
……。
時間は少々遡る。
「サイウン1、こちらCP。園田だ。……もしも貴様と貴様の部下がこの
第92戦術機甲連隊第31中隊の中隊長を務める祭田美理大尉は、作戦担当幹部の園田勢治少佐からかけられた言葉を思い出し、舌打ちをした。
それからオープンチャンネルを開くと、
「じゃー所定の位置に進出してちょーだい」
と気の抜けた声色で呼びかけた。
戦術歩行山岳攻撃機が木々を圧し潰し、斜面を登攀していく。
フィアットG.91Yのシルエットは、お世辞にもスリムであるとはいえない。それも給弾機構・弾薬庫・砲身が一体化した120mm重迫撃砲を背負っているだけではなく、樹木といった些末な障害物なら圧し潰して前進できるように強化された主脚部を有しているためだ。
「スカイスカウトからのデータ連接を確認」
フィアットG.91Y攻撃機が砲撃のために必要な諸元については、光線級の視線を躱しやすい地表面を飛行する小型無人回転翼機を使用する。戦術機はそれ自体がセンサー・通信機能・情報処理を揃えた“ノード”であるから、偵察機と直接に観測データをやり取りすることができる上、衛星を介した通信も可能だ。
そして始まるのは1個中隊・1分あたり72発の連続射撃。
リズムよく迫撃砲弾は稜線の向こう側にある戦場へ送り出されていく。
「サイウン1。こちらアタッカー1。花火会場はここでよろしかったか」
「アタッカー1、こちらサイウン1。じゃお手並み拝見、ってことで」
青空にプラズマが奔る。
半数近い迫撃砲弾が蒸発するが、フィアットG.91Y攻撃機は一顧だにせず砲撃を継続。
さらに山陰に身を隠したまま、
第3対戦車ヘリコプター隊、4機のAH-1S――その両脇には38発のロケット弾が抱えられている。対戦車ヘリコプターはBETA大戦において酷く脆弱な存在であることは、自明の理。継続的な火力ではどの兵科にも劣る上に、光線級の照射を躱せず、低空を飛行していれば容易に大型種の餌食となる。
(だが蛇には蛇の戦い方がある)
AH-1Sは山と山の合間を縫うように翔け、高知市北方にまで進出する。
そのまま光線級の視線が届かぬ山の裏側で、毒蛇は鎌首をもたげた。
機首上げ――機体全体が、そしてロケットポッドの発射口が空を仰ぐ。
次の瞬間、ロケット弾が虚空に放たれた。約150発のロケット弾は山を越え、光線級の照射を浴びて爆散しつつも、過半数は空中に生まれた火球と奔る閃光を掻い潜りながら、眼下の異形の群れへ急降下していく。
と同時に、山の裏側でAH-1Sもまた旋回しながら急降下し、後退を開始する。
そして迫撃砲弾とロケット弾が光線級を拘束している隙に、漆黒の影が短噴射を繰り返して前線にその身を現した。
「オレンジ・リーダー、こちら第92戦術機甲連隊第12中隊。コールサインはイツマデだ。」
服部忠史大尉率いる殲撃八型の2個小隊が川を飛び越して斬りこみをかけ、前線を一旦押し戻さんとする。
中でも4番機――牟田美紀少尉の働きは凄まじかった。突撃砲で戦車級の群れを掃討してつくった空隙に割りこむと、長刀を横薙ぎに振るって要撃級を斬殺。同時に背中のガンマウントを展開し、死角を衝こうとする戦車級や要撃級を射殺していく。
「オレンジ・リーダー。補給が必要な部隊を下げてくれ、そこをウチが埋める」
服部忠史大尉は牟田美紀少尉機に向かう戦車級の群れを薙射して援護しつつ、予想以上に敵の圧が強いことに驚いた。
「イツマデ1、こちらオレンジ・リーダー。助かった。フィッシャー中隊は土佐PAにて弾薬を補給」
「フィッシャー1、了解」
「イツマデ中隊はフィッシャー中隊の守備担当を引き継いでくれ」
「イツマデ1、了解! さあ、いったん下がるぞ」
第12中隊の殲撃八型は前面の敵を制圧しながら、バックステップで川の西岸に着地する。
いま第12中隊の作戦機は7機。定数はもちろん12機だが、内5機とその衛士は先の九州防衛戦で失われている。実際のところ第92戦術機甲連隊は衛士と戦術機の補給を受けているわけではないため、余裕が有り余っている、というわけではないのである。
それでも復讐心や任務遂行の責任感が入り混じった感情を抱えて、彼らは死闘が待つ四国に足を続々と踏み入れていくのであった。