「名前だけは絶対に間違えるなッ、腹を掻っさばいてご遺族の方々に詫びてもすまんぞ!」
休憩からの業務再開の度に、辻恵子軍曹は怒声を張り上げる。
それに相対する事務室の隊員たちは委縮することもなく、ただ神妙な面持ちで頷くのみ。所属・階級・出身・名前――戦死者を数字ではなく、個人を個人たらしめるものを
健軍基地の一角、日本帝国本土防衛軍西部方面隊・葬儀事務中隊では、九州中から上がってくる戦闘詳報から戦死者リストを更新し、戦死者の遺品を回収するとともに、遺族への連絡と葬儀の段取りを整えるという気の遠くなる業務が行われている。
が、いまや遺品回収の業務さえ手が回らないという状況になりつつあり、さらに西日本に住所がある遺族を中心として連絡がつかないという事態が頻発していた。
(みなを“数字”にはさせん)
大室努中尉はほうぼうへ出す手紙を書き終え、あるいは宗教関係者に連絡をつける度に、幾度も決意を固め続けていた。
(必ずや個として、名誉を以て送り出す――!)
その葬儀事務中隊の事務室からそう遠く離れていない廊下を、数名の男たちが歩いていた。みなダーク系のスーツに身を包んでいる。その男たちの過半数、立ち振る舞いは武人のそれではない。
「あ」
西部方面司令部の渉外担当軍曹に引率されて歩いていく彼らの進行先を、プレスのきいた制服を纏った男たちが横切っていく。
「あれはソ連ですな」
「スウォーニか、それとも――」
ひそひそと話し合う彼らの言葉は、中国語である。
――
蓉都殲撃工業集団有限公司とは、中国共産党が保有する国営の戦術機製造会社であり、彼らはその営業担当者と中国共産党政治委員から成る一団であった。大陸での攻防戦の最中、疎開を繰り返しながら主に下請け担当として殲撃八型の製造、またアジアに展開する国連軍向けにF-4・F-5の部品を供給。80年代には海外技術を採り入れて、F-16Cをベースとした殲撃十型を開発したことで知られており、台湾に移転後は中国共産党の指導の下で戦術機の製造・改良・開発を実施している。
中国共産党の息がかかった戦術機製造会社の中で蓉都殲撃工業集団有限公司は、どちらかといえば西側諸国との関係が深く、海外協力・海外販路を模索する社風を有する組織である。
「貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます」
数十分後、彼らは日本帝国本土防衛軍西部方面司令部・西部方面司令官の目の前に立っていた。
西部方面司令官は昏い瞳で彼らを一瞥すると着座を勧め、まず一同でタバコを一服した。
それから、本題に入った。
「こちらこそ戦地にまで――」
「いいえ」
西部方面司令官の言葉を遮ったのは、蓉都殲撃工業集団有限公司の担当者である連緯である。
「いまアジアはどこも戦地です。戦士に殲撃を渡すことが私たちの責任です」
彼の言は、本心である。
実際のところ、いろいろと下心はあるが、彼らは郷里を遥か昔に失い、そして国土さえも失った人間だった。党略と会社の利益に逆らわない範囲であれば、統一中華戦線が見向きもしない余剰の戦術機を販売することに何の抵抗もない。むしろ自社製品によって大陸逆侵攻の日が近づくのであれば、大歓迎であった。
西部方面司令官は頷くと、切り出した。
「ならば話は早い。60日以内に殲撃十型を18機欲しい。国内問題も予算もすべて私が解決する」
「かしこまりました」
連緯は何事か周囲と中国語で話し合ってから、提案をした。
「その条件で殲撃十型の輸出は難しいです。しかし殲撃八型――」
「殲撃八型ではダメだ。先程のMiG-25の方がまだいい」
「……」
連緯たちはまた中国語で議論をした。
正確には、議論をするフリをしていた。
「ではFC-1閃電はいかがでしょう」
「聞いたことがない。新型か?」
「はい。まだ不発表です。F-16Cと同じ強い殲撃です」
言いながら、連緯は書類鞄から資料を取り出した。
それを西部方面司令官は、昏い瞳で見つめている。
……実のところ西部方面司令官は、最初から輸出用戦術機FC-1の存在を知っていたし、殲撃十型の次にそれを欲していた。そして連緯たちがFC-1を売りこみたいという下心をもっていることも知っていた。
FC-1は中国共産党政府と大東亜連合に身を寄せるパキスタンが共同開発した戦術歩行戦闘機である。
ただし統一中華戦線では制式採用する腹積もりがない、安価な輸出用戦術機だ。一言で片づけるならF-16のデッドコピーだった。外見もF-16そっくりであり、殲撃八型・十型で特徴的な頭部装甲もない。このFC-1はF-4やF-5、MiG-21、殲撃八型といった第1世代戦術機の代替機を探している中小国向けに販売する予定の戦術機であり、党内の評価は殲撃十型よりも劣る。中国人民解放軍関係者もまた「海外で使ってみて、良さそうだったらウチでも使いたい」くらいの輸出用戦術機だ。
が、それでも第2世代戦術機であることには変わりがない。
連緯たちは虚実交えての営業トークを、熱を入れて語ったが、西部方面司令官はあまり興味がなかった。
が、最後には交渉はまとまった。
(よし――)
喜色を顔に出さないようにしつつ、連緯たちは内心では小躍りしていた。
FC-1を輸出する上で最も高いハードルは、機体への信用がないことであった。
海外に策もなくFC-1を売りこんだところで、戦場での実績がないFC-1よりも、本家のF-16系列やミラージュ系列が選ばれるに決まっている。中国人民解放軍に機体を提供して実戦でデータをとったとしても、所詮は内輪で用意したデータではないかと疑われるのがオチというものだ。
故に第三国の軍事組織への配備と、運用実績、そして前線での活躍が必要だった。
そこに日本帝国本土防衛軍西部方面隊、である。
(幸運だ。おそらく配備先は第92戦術機甲連隊――殲撃八型やF-8をはじめとする第1世代戦術機で戦果を挙げる精鋭。これで海外市場への道は拓けた!)
そう、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊は、いまや海外の戦術機メーカーの間で有名な存在になりつつあった。
もちろん成り行きではない。
西部方面司令官はこの状況を最初から狙っていた。
BETAが学習する存在である以上、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊が人類防衛の要となると、西部方面司令官だけが知っている。
しかしながら、同時に難しい立場でもある。
まず94式戦術歩行戦闘機不知火をはじめとする、本来ならば他の正規部隊に渡るはずの戦術機を横取りすることはできない。中部方面隊や東部方面隊に渡るはずだった不知火が第92戦術機甲連隊に廻されたことで、本土防衛が揺らいでしまう、という可能性は絶対に潰さなければならない。
故に第92戦術機甲連隊は、直近5年間の戦局に致命的影響を及ぼさないであろうところ――具体的には各国軍の用廃機や試験機、使われる見込みのない中古機、南北アメリカ州、オセアニア州、アフリカ州南部――から戦術機を用立てるしかなかった。
となれば効率よく戦術機を掻き集めるためにも、第92戦術機甲連隊は戦術機マーケットの“登竜門”になる必要があったのである。
(次は韓国政府の連中だったな)
西部方面司令官はコーヒーを飲んで睡魔を追いやった。
世界には戦術機を持て余す、という西部方面司令官からすれば贅沢に思える輩もいるのである。
それが韓国陸軍、であった。
大韓民国はかつてソ連から対BETA協力借款の償還として現金ではなく、戦術機を受け取っていた。これが格闘戦を得意とする第2世代戦術機、MiG-29SEであり(Sは能力向上型を、Eは輸出仕様を意味している)、韓国陸軍はこれをMiG-29SEKと名づけた上で実戦部隊ではなく試験・仮想敵部隊に配備した。
それが
故にこのMiG-29SEKを用廃としてしまおうという話が、韓国政府関係者の間で持ち上がったのだが、それに西部方面司令官は目をつけた、というわけだ。用廃になるとはいえソ連製戦術機を第三国に売り払っていいものなのか、という疑問はあるものの、それは韓国政府の問題であって西部方面司令官のあずかり知らぬことであった。
(絶対に勝つ)
BETA大戦の雌雄を決するは、決戦兵器にあらず――。