BETAは一般的に高地や河川を避け、平地へ流れる。
それとは対照的に人類は積極的に高地をとる。
その理由は語るまでもない。
山間部を走る国道440号線を走る兵士級の群れが40mm自動擲弾銃と機関銃の連射を浴びて全滅し、木々の合間を無音で歩いていた闘士級は次々と狙撃によって撃ち倒されていく。
対馬警備隊をはじめとする西部方面隊から急派された歩兵部隊は高地を占拠し、小型種の浸透を防ぐための警戒陣地を構築していた。小型無人偵察機を使った早期警戒網の構築と12.7mm重機関銃の狙撃により、小型種を一方的に攻撃する。対戦車火器や40mm自動擲弾銃も運びこんでいるため、戦車級はもちろんのこと要撃級にも対応可能だった。
そして彼らが高地に警戒陣地を設置したもうひとつの理由は、火力誘導のためである。
強化装備をまとった彼らは、81mm迫撃砲を容易く高所まで上げて迫撃砲陣地を構築すると、浸透を試みる小型種の群れに対して散々に迫撃砲を撃ちかけた。
とはいえ、だ。
重火器が充実しているとはいえ歩兵部隊がBETA相手に優勢に戦えているのは、大型種のほとんどが平野の続く沿岸部を荒らし回っているからにほかならない。
「
「シスター1、こちらヤマネコ。了。こちらも同様」
故に第92戦術機甲連隊第2大隊第2中隊バトル・シスターズのF-8Eクルセーダーが、歩兵部隊の直援についていた。ロケットランチャーを背負った中世騎士然とした戦術機たちは、即席の反斜面陣地にへばりついている。光線級による不意打ちを躱すためとはいえ、あまりにも泥臭い格好であった。
(このまま出番がなければなあ)
シスター3――荒芝双葉少尉は鳶色の瞳に投影される戦域図を気にしながら、ただただ手持ち無沙汰、時間を潰していた。
そうしていると思考は知らず知らずのうちに、戦場とは遠くかけ離れた場所に飛んでいってしまう。
(
彼女の実家は、帝都――京都市左京区修学院にある。日本帝国本土防衛軍中部方面隊をはじめとする諸部隊が三重の守りを固めている以上、帝都が陥落することはありえないが、おそらく避難は始まっているだろう。ただ修学院のあたりは東方へ避難することを考えると交通の便がいいとはいえない。琵琶湖東方へ抜ける幹線道路が1本もないので、一度南方へ出なければならない。
(電車、動いてるといいけど)
その遥か南方では西部方面隊主導の避難民輸送作戦が続いている。
超大型台風の影響が失せ、さらに光線級の脅威が低いと判明したため、大分県佐伯市にある日本帝国本土防衛軍佐伯基地からCH-47を発進させ、愛媛県南宇和郡・高知県宿毛市との間でピストン輸送が始まっていた。しかしながらCH-47が一度に運べる市民の数は、約50名と限られている。行政・県警側と協議の上、CH-47に搭乗できるのはこれ以上の避難行に耐えられない子供と高齢者に限定することになっていた。
「また向こうで!」
トラックによる輸送に耐えられる者は、整備された港湾施設を有する宇和島市まで行ってもらうしかない。なんとか逃げてきた家族たちの多くが、一時的とはいえここで引き裂かれることとなった。
宇和島港では避難民を満載したフェリーが、また1隻出港する。
純白の船体に水色と紺色のラインを描いたフェリーは、汽笛を鳴らしながらゆっくりと港を離れていく。約500名の避難民を乗せた最大速力42ノットの怪物――『ゆにこん』は港外にまで出ると、大分港に向けて少しずつ速度を上げていった。
それを宇和島港の北西で哨戒にあたる韓国海軍駆逐艦『忠北』艦橋ウィングの水兵たちが見守っている。
「戦況は安定している」
艦長の車賛浩海軍大佐は、周囲に聞かせるためにそうつぶやいた。
◇◆◇
四国入りから数日後、フィアットG.91Y攻撃機は宇和島市伊吹町の運動公園に整列していた。BETAは休息を必要としないが、人類はそうではない。四国救援のために派遣された西部方面隊諸隊はローテーションを組み、休息の時間を確保するようにしていた。そうできるまでに前線には余裕が生まれていたのである――BETAの個体数は、明らかに減っていた。
この運動公園に隣接する小学校は、第92戦術機甲連隊の宿舎となっていた。
「……」
夜中、月明かりが差しこんでくる廊下を、ひとつの影が彷徨っている。
「……」
その人影は、唐突に使われていない教室の扉を開けた。
「……」
机は整然、並んだまま。
黒板の脇には「今月の目ひょう 夏ばてしない体力をつくる!」と大書された模造紙が張り出されており、教室の後ろの掲示板には、遠足に行った子どもたちの感想文が張ってあった。
「もう少しで、夏休みだったんだ――」
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第31中隊・中隊長の祭田美理大尉は、溜息まじりに独り言を口にした。
7月上旬で、ここの時は止まっている。そして小学生たちが再び戻ってくることはない、とも思った。この小学校の時は、止まったまま――いつか廃墟になるのだろうという確信が彼女にはあった。
「
「ッ!?」
張られた小学生の感想文を読みながら感慨にふけっていた祭田美理大尉は、突然かけられた声に驚いて振り向いた。そこには器用にも右脇で懐中電灯を挟み、拳銃の収まったホルスターに左手をやった満田華伍長が立っていた。
「うわー
「……眠れない?」
祭田美理大尉の冗談に気を悪くした様子もなく、満田華伍長は心配そうに聞いた。彼女の前に立つ祭田美理大尉の超自然的な翠眼は、不気味に輝いている。満田華伍長はその瞳が苦手だった。大陸で負傷して疑似生体移植手術を受ける前は、少し青がかかった黒目をしていたはずだった。もちろん満田華伍長はそれを彼女の前で話したことはないし、彼女の目の色の秘密について、他人にも口外したことはない。
「眠れる、眠れるー」
「……」
「いや、ホントだってばー」
ははは、と笑う祭田美理大尉を前に、満田華伍長は小さく溜息をついた。
「みっさん――変わらないね」
「え」
「余裕を演じるために、ふざけた感じを出すところ。本当は誰よりも余裕ないのに」
「……」
「巡回に戻るね」
満田華伍長はかつて満州でともに戦った戦友に背を向けると、宿舎の巡回に戻っていった。
その背中に、祭田美理大尉は舌打ちした。
30分後、祭田美理大尉は給食室の隣にあるランチルームにたまっていた数名の衛士と、煙草を吸っていた。いろいろな思いが巡って眠れない者は少なくない、というわけらしい。彼らはひとつの長机と、中央に置いたひとつの灰皿を共有していた。
祭田美理大尉は小学校の一室で喫煙して壁にヤニの臭いがつくことに罪悪感を覚えたが、新品少尉時代に前線で覚えた楽しみを棄てることはできなかった。
「祭田大尉、やっぱ大陸の方がヤバかった感じですか」
「まーねー」
祭田美理大尉にそう質問したのはC小隊の衛士、津野英梨佳少尉であった。彼女は日本帝国が大陸戦線を見限った頃に任官した衛士であるため、大陸派遣軍には参加していない。
「大陸とこっちじゃ数が違うって、数が」
「ひえー」
祭田美理大尉が右指で挟んだセーラム。
その先端から白い灰がこぼれ、机の上に落ちた。
それに気づかず、津野英梨佳少尉は憧憬の視線を彼女の翠眼に向けていた。
「でも数が少なければ中部方面隊も十分勝ち目、ありますよね」
「ほなあらへんと困るわぁ。武家はんにも頑張ってもらわな」
帝都言葉で口を差し挟んだのは、京都市中京区出身の中家梢中尉であった。
「うん、ラクショーだって。大陸に比べたら、朝飯前よん。ヨユー、ヨユーよ」
祭田美理大尉はフィルターを口に運んだが、指の震えが激しかったため咥えることができず、諦めて半ばまで吸ったセーラムを灰皿に押しつけた。
(この日本で、戦うって)
楽勝でも、余裕でもなかった。
彼女からしてみれば日本よりも、大陸の方が戦いやすかった。大陸には知人も友人も家族もおらず、知っている街並みもなく、感傷にふける時間もなく、感傷にふける場所もなかった。長距離砲撃戦によって生起する結果のすべてに、諦めがつく。
九州もまだマシだった。市民が残っているのは宮崎県・鹿児島県・沖縄県だけだったからだ。
(でも――)
次の瞬間、スピーカーに「ザッ」というノイズが走った。
途端に彼女たちは反射的に煙草の火を揉み消して立ち上がる。
スピーカーから次に流れる言葉は、だいたいわかっていた。
「コード911、コード911ッ! スクランブルッ!」