ボード社関係者から助言を受けながら、F-8Eクルセーダーの総点検と整備が行われているところに、事前に見学希望のアポをとっていた米海軍第7艦隊の関係者が続々と現れ、こちらは帰隊していた東敬一大佐をはじめとする幹部が対応した。
「よくまあこんな鉄屑を」
「これを次の戦いで使うのかい」
「ファッキンバトルメイスはあるのか?」
「こいつのロケットにはめちゃくちゃ助けられたなー」
と米海軍関係者はみな口々に感想を言い合っている。
「貧乏所帯をわざわざ見学って、どんだけ余裕あんだよ……」
そこから少し離れたところで第92戦術機甲連隊第22中隊の新米衛士、雨田優太少尉は舌打ちをした。
彼は点検や整備中に意見を求められれば、新人の衛士代表として発言するために格納庫にいたが、手持ち無沙汰で退屈していたし、見知らぬ人間がどかどかとたくさんやってくるのがなんだか不快だった。
それを聞いた第22中隊の中隊長を務める大島将司大尉は、まあまあと彼をなだめる。
「みんな俺たちの先輩だ。懐かしいんだろう」
「そうですね。ですが、ここは博物館ではありません」
「そのとおりだが、おそらくこれも東大佐か、もっと上のお偉方の戦略なんだろう」
「はい……」と返事したものの、雨田優太少尉はあまり納得がいっていない様子で、米海軍関係者を見つめていた。
すると、その視線に気づいたのか、ひとりの米海軍関係者が雨田優太少尉と大島将司大尉に歩み寄って来た。彼は目ざとく、ふたりの作業服についた略章から、衛士であることを悟ったらしかった。
「君たちはあの機体に乗る
近づいてきた米海軍関係者が少将であることに気づき、驚いて言葉が出ない雨田優太少尉とは対照的に、大島将司大尉は堂々と「はい。そのとおりであります」と答えた。
すると人のよさそうな米海軍少将は「それじゃ俺たちは同じ、人類のために戦うクルセーダーズだな」と笑い、ふたりと固い握手をした。
その日の夜には朝鮮半島撤退支援作戦のために、日本帝国本土防衛軍から朝鮮半島へ増援が送り出される旨が報道された。
「帝国海軍呉基地から中継です。ご覧いただけますでしょうか。いま戦術機を搭載した車輌が続々と専用フェリーに乗船していきます」
レポーターの言葉を垂れ流す食堂のテレビに、衛士や整備兵、警備兵、軍属など、第92戦術機甲連隊の面々がかじりつく。
「いまちらっと映ったのは撃震だなあ。第13師団かも」
「じゃあ中部方面隊からも派遣されてる、ってことか」
「うちみたいなオンボロ連隊じゃないんだから、撃震じゃなくて不知火出せよ」
「F-4系列の方が向こうでも修理しやすそうじゃね」
みな口々に勝手なことを言っているが、全員に共通しているのはどこか不安がにじんでいることであった。
まず厳重な報道管制・情報統制のためか、朝鮮半島の戦況というものがまったく掴めない。当然ではあるが、多国籍軍の撤退作戦が行われるのだから、苦戦しているには違いないだろう。
そこへ西部方面隊や中部方面隊の戦術機甲部隊を出して、撤退を支援する――もしもこれで大損害を被れば、今度は帝国本土を守れなくなるのではないか、と一同は思っていた。
20時頃、東敬一大佐と連隊本部の幹部は、食堂に手すきの者全員を集めた。
「先程、報道もあったとおり」
と話し始めたのは、作戦・訓練計画をとりまとめる第3科の園田勢治少佐だった。
「日本帝国本土防衛軍は、国連軍・大東亜連合軍・韓国軍等の多国籍軍の朝鮮半島撤退を支援するため、朝鮮半島に増援を派遣する。第92戦術機甲連隊からも――第22中隊“バトル・シスターズ”が出征することになった」
おお、と周囲がどよめいた。
園田勢治少佐は再び沈黙が訪れるのを待つと「近日、第22中隊は佐世保港から乗艦、木浦港に入り、全羅南道防衛の任務に就く」と誇らしげな演技とともに言った。
一方、隊員のほとんどは木浦港も全羅南道もわからなかった。みな釜山港の防衛に就くとなんとなく思っていたからである。
それを知ってか知らずか、作戦担当幹部の豆枝幸路大尉が準備してきた地図を壁に張り出した。
「木浦港は朝鮮半島南西部にある港湾だ。全羅南道はこの木浦港や各国軍の指揮機能が後退してきている光州市周辺のエリアを指す。木浦港は韓国陸軍第1軍団や、国連軍として朝鮮半島防衛戦に参戦していたアメリカ陸軍第2師団等が利用する予定である。全羅南道を撤退してくるこの諸隊を援護するのが、第22中隊をはじめとする本土防衛軍より増派された部隊の任務である」
園田勢治少佐の朗々とした説明が終わると、続いて東敬一大佐が前に立った。
「大陸派遣軍・本土防衛軍の精鋭を以てしてもこの作戦、容易ならざるものになろう。しかしながら、帝国のためにも、人類のためにも失敗は許されない。第22中隊の武運を祈る」
彼の話は短く済んだ。
訓示めいた話を手短に終わらせるのは彼の特徴であったが、その理由は自身の内心が曝け出されることがないようにするため、である。
特に今回は彼自身、第1世代戦術機から成る1個中隊を死地に遣る必要があるのか、そして第22中隊自体に死地に遣る価値があるのか、と疑問に思っていた。
解散すると同時に第22中隊を除く諸隊の衛士たちが、第3科の園田勢治少佐と近野美礼伍長、最先任下士官である佐野蔵人准尉によって集められた。
何か特別な話があるわけでもなく、第22中隊の壮行会を明日行うため、手隙の人間には準備を手伝ってもらうのでそのつもりで、という話であった。
食堂から自室へ戻る帰り、いつになく保科龍成少尉がしょげていたので、井伊万里中尉は気になって「どうかした」と水を向けた。
「いやー、なかなか実戦の機会が回ってこないなと思ってて」
「成程ね」
「明日は壮行会になりそうですけど、送り出す側よりも送り出される側になりたいって気持ちはやっぱありますよね」
保科龍成少尉の寂しげな声色に、井伊万里中尉は一応うなずいた。
いまの井伊万里中尉が彼の心情を真に理解することはできないが、かつての井伊万里中尉にも血気にはやる頃があったから、保科龍成少尉の思いがまったくわからないわけでもなかった。
しかしながら、いまの井伊万里中尉は、いまの考えをそのまま口に出した。
「あんなところ、行かないに越したことはない」
胸を圧し潰す恐怖と、手足を震わせる興奮、それをコントロールするための薬物投与。上司、同僚、部下が平然と消えていく環境。容易く人間が尊厳なき死を迎え、そのさまを連続して見せつけられる。
すべての体験が、平時の正常なる思考を破壊していく。
故に、か。
……不知火を降ろされた井伊万里少尉は、周囲に食ってかかった。
他の衛士たちは冷静に「不知火に乗っていれば、お前が死ぬぞ」と応じた。
対して井伊万里少尉は、口走ってしまった。
「私は死んだ船田少尉や環奈さんほど弱くないですっ」
――1秒後、怒号と拳骨が飛んできたのを、彼女は一生忘れない。
明朝、八代基地にテレビくまもとの取材班がやってきた。
八代基地の第92戦術機甲連隊からも1個中隊が朝鮮半島へ派遣されるということで、ぜひ撮影やインタビューをしたいのだという。アンテナを備えた報道中継車はない。午前中のうちに撮影を済ませて内務省の検閲を通し、夜の報道番組には使いたいのだという。
「いやーわざわざお越しいただいてありがとうございます」
様々な機材を担いできた取材班に、広報幹部の黒木直彦少尉や渉外軍曹たちが挨拶しているのを見て、通りがかった衛士たちは苦笑いを浮かべた。民間に対して高圧的な軍関係者もいるが、第92戦術機甲連隊は要らぬ恨みを買ってもしょうがないという考えで、信頼関係が築けている地元メディア“とは”うまくやるようにしている。
目玉はやはり第22中隊の衛士とF-8Eクルセーダーであり、特に西洋の中世戦士といった外見と、世界広しといえども熊本にしかない、という希少価値を有する後者は取材班にとってはかなりの“撮れ高”となったようだった。