「種子島に――!」
帝国軍参謀本部は、騒然となった。
前述の通り、種子島には東アジア最大級の発射施設を擁する日本帝国航空宇宙軍種子島基地がある。日本国内で大規模な宇宙軍基地といえば、現在のところ他には鹿児島県内之浦町にある内之浦基地と、北海道大樹町にある大樹多目的航空基地程度しかない。種子島を失陥することで被る航空宇宙軍の損失は、はかりしれない。
(西部方面司令部の防衛作戦指導は大丈夫なのか)
すでに西部方面司令官と東敬一大佐は仙台を去った後である。
誰に問うこともできず狼狽する参謀たちは、続く西部方面司令部からの報告を聞いて、蒼白となった。
――種子島に着上陸したBETAの個体数、旅団規模約1万。
◇◆◇
「海軍基地のシェルターへご案内いたします」
「シェルターは安全です。余裕もあります」
「走らずに、落ち着いてください」
サイレンが鳴り響く、種子島。島民は粛々と避難誘導に従い、日本帝国海軍種子島基地に設けられている地下シェルターへ向かう。
それを電子の瞳越しに見つめながら、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第2大隊3中隊の深川正貴少尉は「安全な場所なんてねえよ」と吐き捨てた。
だからこそ、勝たねばならぬ。
鎖で封じられた長剣を描いた中隊章を肩口にあしらった殲撃八型は、主脚歩行を開始する。
島民たちとすれ違う、傷だらけの漆黒の武者たち。
彼らは憎悪の赤い瞳を輝かせながら、戦場へ向かう。
駆逐艦隊による一方的な対潜攻撃と、日本帝国海軍鹿屋基地から発進したSH-60Jの魚雷攻撃により、大陸東岸を発したときには約2万いたであろう師団規模のBETAは、種子島に強襲上陸を試みる際には、その個体数を半減させていた。
しかしそれでもなお、旅団規模。
しかも爆雷攻撃を耐え忍んだ大型種がほとんどである。
一方で西部方面司令部はこの種子島に対する渡洋侵攻を読んでいたように、迎撃準備を速やかに整えていた。
種子島西岸への到着時間を読み切り、それに間に合うようにCH-47を動員して航空輸送を実施し、同機で吊架可能な105mm榴弾砲を種子島へ送りこんだ。加えて88式地対地誘導弾を有する第5地対地ロケット連隊、長射程のM31誘導弾頭を備えたMLRSを九州島南端に布陣させていた。
ただし種子島へ進出した砲兵部隊は、輸送できた砲弾量に限りがあるため、105mm榴弾砲は使いたい放題、というわけにはいかない点がネックだった。
航空部隊については第3対戦車ヘリコプター隊と、無人回転翼機部隊が出撃準備を終えている。また国連太平洋第11軍司令部が、那覇基地(沖縄県那覇市)に駐屯する戦略爆撃機による航空支援を約束してくれていた。ただし第3対戦車ヘリコプター隊も爆撃機部隊も光線級の排除が前提である。
洋上の駆逐艦隊は一旦、光線級の照射が及ばない水平線の向こう側に避退しているが、光線級の脅威が失せたあとに76mm砲で対地火力支援を実施する手筈になっていた。
「初動で決まる」
連隊副官・立沢健太郎中佐が説明する作戦は、シンプルである。
海中から地上に姿を現したBETAは、未だ体組織が地上での活動に順応しきれていない個体が多い。その隙を衝いて北方から第11中隊、東方から第12中隊、南方から第23中隊が攻撃を実施し、速やかに光線級を駆逐する。
BETA群における重光線級・光線級の割合は約2%といわれているため、1万体あたり200体。容易ではないが、3個中隊でも排除は不可能ではない。
「光線級の全滅を以て、航空部隊を投入する」
そして連隊副官・立沢健太郎中佐が説明する作戦は、セオリーどおりでもあった。
戦術機を以て光線級を排除し、航空攻撃で決着をつける。
沖縄県那覇市に駐屯する国連太平洋方面第11軍の爆撃機部隊は、空対地ミサイルを20発、航空爆弾なら約40発を搭載可能なB-52戦略爆撃機から成っている。数機であっても容易くBETAを叩き潰せる。
「始まった」
偵察用の小型無人回転翼機が、海面が割れる瞬間を捉えていた。
出現する要塞級の頭部。続けて突撃級、要撃級が海面下から姿を現し、緩慢な動きで白浜にその身を持ち上げる。予想通り、動きは遅い。
BETAが着上陸したのは、種子島西方の砂浜海岸――長浜。
途端に中種子町内に展開していた105mm榴弾砲が火を噴く。弾量が制限されている以上、重光線級・光線級が海面下にいる、あるいは要塞級に格納されているこの好機を逃すわけにはいかない。
空の青、地の緑に轟く砲声。
瑠璃色の海と、白い浜辺が鋼鉄と血肉で汚されていく。
(あまり数が減っていない)
光線級の視線が切れる安全な砂丘の向こう側。
広域戦況図を見つめていた服部忠史大尉は、すぐに状況を理解した。
故意か偶然か。
BETAは南北12kmに及ぶ長浜いっぱいに広がるように着上陸を始めていた。
(こいつら――)
密集陣形ではない。
可能な限り散開しての着上陸。
浜辺の端から浜辺の端まで、浅瀬から砂浜まで。
前衛は突撃級、要塞級で固め、その背後に要撃級や重光線級が控えている。
「こちらCP、レーザークラウドの発生地点を送る」
重光線級が榴弾の迎撃を開始するとともに、水蒸気が巨大な雲を作り出す。
「CP、こちらイツマデ1。確認した。イツマデ各機――」
ついてこい、という言葉を服部忠史大尉は飲みこんだ。
「イツマデ1、こちらイツマデ4ッ! 斬りこむならいまです!」
「待て」
小型無人回転翼機がリアルタイムで送ってくる映像は、異様な光景を映し出していた。
榴弾を無力化する重光線級が生み出す光芒を背に、前衛として押し立てられた要塞級。
彼らは一斉に緑の液体を産み落としていた。
「光線級と要塞級を前衛とするか――!」
どろどろの液体から瞬く間に完成する光線級たち。
途端、照射を浴びたのか小型無人回転翼機からの映像は途切れた。
「予備照射――!」
「プリズナー11! 12を助けろ!」
「こっちも照射を受けてンだよッ――」
「飛びこめ!」
「要塞級の合間にか!? プリズナー11、こっちだ!」
慎重に状況を見定めた第12中隊とは異なり、先手必勝とばかりに重光線級を目標に攻撃を実施した南方の第23中隊は、産み落とされた光線級の一斉攻撃を受け、瞬く間に2機が爆散の憂き目に遭った。
遮蔽物のない浜辺で光線級の照射を躱すには、彼我混淆の状態をつくり、大型種を盾にするほかない。普段なら突撃級・要撃級から成る前衛集団が突進してくるため、自然と光線級の視線を切ることができるのだが、今日はなぜか前衛の突撃級はひどく大人しく、光線級・要塞級の周辺をうごめくにとどまっていた。
つまり第23中隊は全滅を避けるため、光線級の予備照射を振り切って、数十メートル先まで攻撃可能な衝角を有する要塞級と、堅牢な突撃級の群れに突進するしかなかった。
「CP! こちらイツマデ1だ! 敵は光線級と要塞級を前衛としている――このまま突っこめば全滅必至! 全力の砲撃支援を要請、その隙を衝いて飛びこむ!」
服部忠史大尉は舌打ちをした。
(こいつらは自分たちの強みを理解しはじめている)
BETA側に勝利条件の概念があるかはわからない。
が、彼らが宇宙軍基地や海軍基地の壊滅を企図してやってきたのであれば、突撃級や要撃級を闇雲に突撃させる必要はない。
ただ要塞級、突撃級を盾として使い、光線級さえも戦術機を排除するための前衛として使い潰す。代わりに後衛においた重光線級を守り抜き、基地施設を照射可能な地点まで進出させればいいだけだ。
重光線級の照射出力であれば、3、4発で宇宙軍基地は廃墟となるだろう。
西部方面司令官と東敬一大佐が警鐘を鳴らしたBETAの“戦術”は、現実のものとしていまこの種子島に顕現していた。
あまりにも早い、新たな脅威の出現であった。