【櫻麻衣(さくら・まい)】
大尉。第92戦術機甲連隊第11中隊長。コールサインはゼノサイダ1。
元々は日本帝国本土防衛軍北部方面隊第7師団の所属であり、重慶防衛戦にも参加した大陸帰りだが、トラブルを立て続けに起こしたため放逐されたところを西部方面司令官に拾われたらしい(14話)。
明らかに経歴とは矛盾する記憶を有している上に幻覚に晒されており、思考と行動が噛み合わない。彼女が戦術機を操縦できるのは、衛士強化装備の感覚欺瞞あってのものである(16話)。
島内に布陣した105mm榴弾砲と、九州島南端のMLRSによる全力砲撃が始まり、重光線級のみならず前衛の光線級さえも空を見上げた瞬間、センサーアイの光輝を曳く12の機影が砂丘から飛び出した。
蓉都殲撃工業集団有限公司から無償供与された16連装地対地ミサイルランチャーを両肩部に備えた後衛小隊が誘導弾を斉射。
光ファイバーケーブルを曳きながら翔ける誘導弾と、迎撃の破壊光線が交錯する。
その下を前衛小隊長の鈴木久実少尉機が奔る。
左主腕の突撃砲で1体、2体と光線級を射殺し、後方にそびえる要塞級に突進。
対する要塞級は衝角を振るおうと、触手を展開した。
「跳び越して!」
鈴木久実少尉は自機に制動をかけながら、小隊機に指示を飛ばす。
彼女が操るFC-1は右主腕で保持する近接戦闘長刀を大上段に構え、近接戦闘に移行する――と見せかけて、衝角が届く寸前のところで踏み止まって120mm弾を右胴部接合部と、左胴部接合部に叩きこんだ。
速度が緩んだ鈴木久実少尉機と崩れ落ちた要塞級を、3機の小隊機が跳び越した。空を仰ぐのをやめてFC-1に向き直ろうとする数体の光線級が、36mm機関砲弾の掃射を浴びてどろどろの液体に戻っていく。
「イツマデ5、でかした」
前衛小隊が抉じ開けた空隙に、服部忠史大尉らの中衛小隊・後衛小隊が殺到する。
近傍に居合わせた要塞級がその穴を塞ごうと出張るが、中衛小隊の最先頭、復讐に燃える牟田美紀少尉は自機の速度を鈍らせなかった。
溶解液したたる衝角が動くのと、FC-1が上方へ跳んだのはほぼ同時。
衝角を有する触手が伸びたとき、牟田美紀少尉機は要塞級の頭上を舞っている。
そして生体装甲に包まれた堅牢な頭部、その接合部――軟らかい首筋に斬撃を浴びせていた。
「牟田さん、それ死ぬって!」
村野欣也少尉は驚きながらも精密な援護射撃を実施した。
虚空の牟田美紀少尉機に予備照射を開始する光線級を、3点バースト射撃で排除。続けて彼女が着地点に選んだ先へ向かおうとしていた要撃級を狙撃する。この間も彼が背負ったガンマウントは、側面や背面を晒したままの突撃級を砲撃している。
F-5Cを駆って死地から脱しただけのことはあり、村野欣也少尉は相当の腕前であった。
(いける――)
当の牟田美紀少尉は口の
(戦車級もほとんどいない。連中、散開しているせいで中衛はスカスカだ)
そして重光線級は、空を仰いだままである。
重光線級による照射は実際のところ、対地攻撃には向いていない。あまりにも高出力・長射程に過ぎるためだ。一瞬で大気がプラズマ化するとともに生じる衝撃波によって、戦術機であれば掠るどころか近傍を通過するだけでもダメージを受ける。が、一方でそれは要撃級や突撃級も同様である。つまり周囲に大型種がいる状況下においては、絶対に友軍誤射をしない重光線級の対地照射にはかなりの制約がかかってしまう。
故に可能な限り要撃級や要塞級を撃破せずにわざと無視して突破し、牟田美紀少尉機は長刀を振りかぶりながら重光線級へ殴りこみをかける。
鈍重な殲撃八型ではできない。
F-16Aのデッドコピーとはいえ軽量で身軽な、第2世代戦術機のFC-1ならできる。
「イツマデ1、こちらイツマデ3ッ! イツマデ4が突出してるんですケド!」
「イツマデ3、援護してやれ!」
「マジすか!?」
村野欣也少尉は素っ頓狂な声を上げながらも、冷静に牟田美紀少尉機の翔けた軌道をトレースし、3門の突撃砲で自機と僚機に群がろうとする要撃級を牽制し、あるいは撃退していく。
そのさまを網膜に投影された戦況図で確認していた服部忠史大尉は冷徹な声色で、牟田美紀少尉と村野欣也少尉が切り拓いたルートを進むように前衛小隊長の鈴木久実少尉に命じた。
彼は牟田美紀少尉の活躍で突破口が開けたことに喜びながらも、彼女も長くはないだろう、と昏い感情を抱いていた。
……。
くだらん。
要塞級の衝角は自由自在に動き回るが、重力に逆らう上方への要撃だけは僅かにその速度が鈍る。故に私はF-14Nのスロットルを全開にして怪物の頭上を飛び越して反転降下――その途中で頸部、右肩部、左肩部の接合部に120mm弾を叩きこむ。光線級が一斉に私を見たが、その傍から後衛のC小隊が狙撃でこれを無力化していく。
「ゼノサイダ各。こちらゼノサイダ1。重光線級に吶喊するぞ」
浜辺にぶちまけられた体液の中に浮かぶ眼球を踏み潰し、私は両主腕で保持する2門の突撃砲で前面に連なる要塞級を狙撃して片づけていく。長年見てこないとなかなか気づけない上に、言語化するのが難しいのだが、連中の動きにはプログラミングされたかのようにパターンがある。特に要塞級のそれは、いわば緩慢な昆虫だ。動きを読んで120mm弾を“置く”だけでいい。
「了」
私の機体の両隣に、大型種どもの体液で彩られたF-14Nたちが並んだ。中隊を半包囲せんとする要撃級を次々と射殺していく。
それから一拍置いて、中隊機は一斉に跳躍した。重光線級たちが一斉に空を仰ぐが、予備照射開始よりもこちらの狙撃の方が早い。光線級よりも遥かに的が大きい目玉の怪物に、120mm弾を叩きこんでいく。
卵の殻ともいえるか、要塞級と光線級で固めた前衛さえ破ってしまえば、あとは好き勝手に蹂躙できる。
BETAの戦術など、所詮この程度。
我々は遠い先祖が森から草原に追いやられたときから、常に“格上”と戦ってきた。
敵は牙や爪といった優れた武器を有し、あるいは我々を凌駕する膂力を有していた。それだけではなく、おおむね彼らの方がスピードでも優っていた。単独で比較すれば、身体面からくる戦闘力の格差はいかんともし難い。
その格差を埋めるために、我々の先祖は“戦術”を編み出した。
緩やかな集団を作って数的有利を作り出したり、落とし穴のような原始的なトラップを作ったり、石を握りしめて敵の牙や爪に対抗したりした。その石を投げれば、反撃を受けずに敵を撃退できた。
それから数百万年間にわたって、人類は殺しの技術を磨いてきたといっていい。
だからこそ人類はいま、人類の数倍、数十倍の身体能力を有する怪物どもを相手に抵抗を続けることができている。
私に言わせれば、BETAはまだ“素人”だ。
……勿論、我々が努力を怠れば、すぐに追いつかれるだろうが。
◇◆◇
種子島攻防戦は想像以上に呆気なく決着がついた。
第12中隊が斬りこみをかけるのと同時に、第11中隊が北方から高速突撃。
両隊の高機動攻撃に対応しきれなかった要塞級と光線級から成る前衛は容易に破られ、友軍誤射回避のために照射を実施できない重光線級は、FC-1、F-14Nによってほとんど抵抗できないまま駆逐された。
それからは一方的な展開。
第5地対地ロケット連隊が大威力の88式地対地誘導弾を連続発射。光線級の視線からギリギリまでその身を隠すことが可能なシースキミング能力を有する同弾は、BETA群を削り取り、その過程で少なくない数の前衛集団の光線級を葬った。
そして彼らは1機あたり20発の空対地ミサイルを抱えた戦略爆撃機に付け入る隙を与えてしまった。
損害は殲撃八型3機のみ。
第92戦術機甲連隊は、大勝利を収めたといっていい。
しかしながら同時にこの一戦は、厳然たる事実を同隊関係者に突きつけていた。
それは第1世代・第2世代戦術機の間に横たわる歴然たる機動力の差、である。