【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■本話登場人物紹介

【村中弘(むらなか・ひろし)】
 軍曹。第92戦術機甲連隊整備補給隊・戦術機整備担当。熊本県出身。
 熊本弁で喋る。

【湯川進(ゆかわ・すすむ)】
 中尉。第92戦術機甲連隊第13中隊の中衛小隊長(B小隊長)。コールサインはパッパ5。
 グレネード装備のF-4EJ改を駆り、九州北部の防衛戦を戦い抜いた(33話)。自身を危険に晒す命令でも素直に遂行する。

【宇佐美誉(うさみ・ほまれ)】
 大尉。第92戦術機甲連隊第13中隊長。コールサインはパッパ1。
 初登場回は34話。





■48.MiG-29SEK(1)

 異形の死骸、鍛えられた鋼鉄の断片が突き刺さる浜辺。寄せては返す波は、茶褐色に染まっている。国連太平洋方面第11軍が投入したB-52から成る戦略爆撃機隊は、美しい白浜を、BETAを、そして衛士の墓標となった殲撃八型の残骸を、圧倒的な暴虐を以てこの地上から消し飛ばしていた。

 

 砂丘の上に佇む、漆黒の武者たち。

 彼らの眼下では、早くも日本帝国航空宇宙軍種子島基地警備隊によって死骸の焼却処分が始まっていた。通常ならば撃破された戦術機の回収作業もあるのだろうが、今日ばかりは何も残っていなさそうであった。

 戦い抜いた9機の殲撃八型がまだここに立っている理由は、種子島基地警備隊の護衛のためだ。死骸の合間に小型種が取り残されている、あるいは大型種が半死半生の状態で動き出す、などという話はよくある。

 

「……」

 

 深紅の瞳は、立ち上る黒煙を映している。

 まるで、散った同僚の新たな墓標にみえた。

 このときばかりは、トラブルメーカー、刑務所(ムショ)上がり、敵前逃亡の容疑者、軍需物資横領者――ろくでなしから成る第23中隊の面々もただ押し黙っていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「で、こいつはいつ12機揃う感じなんですかね」

「知らんばい……」

 

 日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊が駐屯する八代基地の格納庫の片隅では、B小隊長を務める湯川進中尉と、戦術機整備担当の村中弘軍曹がふたりして頭を抱えていた。

 ガントリーに固定され、整然と立錐する12機のMiG-29SEK。

 引き渡し時に剥げかけていた塗装は、日本帝国軍の制式塗装である鈍色でしっかりと塗り直されている。

 

「見た目はすごいんだけどなあ」

「近接戦闘じゃウチでいちばん強かね」

 

 分類としてはF-5系列、F-16系列と同様の軽量級戦術機にあたるのだが、肩部、主腕部、脚部に設けられた固定型ブレードがそうさせるのか、より攻撃的で洗練された機体のようにみえた。

 

 しかしながらこの12機の内、いまこの瞬間動き出せるのは4機でしかない。

 これはいま現在地上にいる人間の誰の責任でもなかった。第92戦術機甲連隊整備補給隊でも、大人しく受領した第92戦術機甲連隊本部でも、話をまとめてきた西部方面司令官でも、話をもちかけてきた韓国政府関係者でもない。

 すべてはソ連政府から対BETA協力借款をMiG-29で支払うと提案された際に、それを蹴らずに頷いた当時の韓国政府の関係者であろう。

 

 複数機種の戦術機を整備・運用してのける第92戦術機甲連隊を以てしてもMiG-29SEKの稼働率がここまで低い理由は、端的にいえばMiG-29がどこまでも“純”に近いソビエト連邦の国産戦術機であったからだ。

 第92戦術機甲連隊が運用している戦術機は大概、米国製戦術機の系譜に位置づけられる。外装にいくら変更が加えられていても、中身はF-4系統やF-5系統のそれとあまり変わらない。F-8Eクルセーダーやデファイアント攻撃機でさえ内装はF-4に似通っている。中国製の殲撃八型は、といえば原型機がソ連製MiG-21であり、MiG-21とはつまりF-4Rの改修機なので深刻な問題は生じない。

 

 ところが、MiG-29SEKはそうではない。

 米国製戦術機とは明らかに別系統の内部設計を有しており、操縦席廻りを除けば“人類規格”と呼んでも過言ではない米国製部品の多くがそのまま使えなかった。

 しかもMiG-29SEKはメーカーからのサポートを受けられない。韓国政府がMiG-29SEKを日本帝国国防省に引き渡したのは、やはりソ連に対しては不義理にあたるようであり、ソ連から純正の部品を手に入れるのは難しいようだった。

 

「宇佐美しゃんに謝っといて……」

 

 と、村中弘軍曹は肩を竦めたまま言った。

 

「いやーこればっかりは整備のせいじゃないって。だから韓国の人たちも使えないまま済州にしまっといて、んでいまポイしたわけだしね」

 

 返事をしながら、湯川進中尉は

 

(まーた荒れちゃうなあ)

 

 と思った。

 

 ……。

 思ったとおりになった。

 その夜、食堂で鉢合わせした彼の上官――宇佐美誉大尉は明らかに不機嫌であった。さりとて彼女を無視するわけにもいかず、湯川進中尉は爆弾低気圧のその向かいに座って食事を摂るほかなかった。

 

「だからMiGの導入には反対だったんだ」

 

 宇佐美誉大尉は憤懣とともに言う。

 そうでしたね、と湯川進中尉は適当に話を合わせた。実際のところ彼女は第2世代戦術機であるMiG-29SEKが来る、と聞いた際に賛成の立場をとっており、そのことを湯川進中尉も覚えていたが、蒸し返すつもりはさらさらなかった。

 

「だいたいこの92連隊自体――」

「あーちょっと聞いた話なんですけど、東欧州同盟の方々をお呼びしてなんとかするみたいですね。MiG-29の方は」

 

 湯川進中尉は宇佐美誉大尉の発言に、わざと言葉をかぶせた。

 

「なんだ、社会主義者ども(レッドチーム)が」

 

 宇佐美誉大尉は臙脂色の瞳を、意地悪そうに輝かせた。

 

 東欧州社会主義同盟とは、旧ワルシャワ条約機構を母体に、東ドイツやルーマニアをはじめとした東欧諸国が参加する政治的・軍事的国際組織である。

 加盟各国は離島部を除いた国土の一切を失っており、首脳陣は英国やアイスランド、グリーンランドに避退している。しかしながらそれでもなお大規模な地上部隊を有しており、国連軍に強力な戦力を提供していた。

 この東欧州社会主義同盟の加盟国軍は、基本的にはソ連製の兵器を装備しており、必要に応じて欧州連合軍の装備を導入、あるいは欧州連合軍の規格に合わせてソ連製装備を改修するといったことをやっている。

 そしてMiG-29シリーズは東ドイツやポーランド、ハンガリー、ルーマニアといった国々が採用している主力戦術機である。

 もしも彼らの協力が得られれば、MiG-29SEKの運用事情は劇的に改善されるだろう。

 

「ただあの負け犬たちがどんな見返りを要求してくるか、気になるな……」

 

 宇佐美誉大尉は薄ら笑いを浮かべたまま、トレーに乗った合成ごまサバ焼きを箸でつついた。

 

「……」

 

 湯川進中尉は宇佐美誉大尉のそういうところが苦手であった。

 

 否。

 湯川進中尉は宇佐美誉大尉のほとんどすべてが苦手であった。

 弱者や部下のことを気遣うという気持ちを、彼女から感じ取ったことはない。

 無神経な物言いも苦手だったし、自身も92連隊の一員なのにどこか外野の人間のように92連隊を批判するところも嫌いだった。

 

(実際、宇佐美大尉はここを腰かけにしか思ってないんだろうなあ)

 

 湯川進中尉が聞いたところによると、宇佐美誉大尉は陸軍士官学校は勿論のこと、中尉だった頃に陸軍大学校さえも卒業しているらしかった。

 前線で戦闘に参加する理由も、“箔づけ”だと捉えているフシがある。陸軍大学校を卒業してからずっと司令部勤務でした、ではナメられる――少なくとも彼女はそう思っているようだった。が、おそらく次の人事異動があれば、彼女は他の部隊で本部勤務・司令部勤務となるだろう。

 要は野心の塊。

 

(この情勢で出世を目指していくの、なかなか真似できないぜ)

 

 湯川進中尉は心底そう思う。

 彼はたまたま衛士の適性があり、“衛士には特別な手当がつく”、“衛士は戦場の花形だ”という周囲の勧めを受け、まあ確かに同じ戦場に往くなら歩兵より衛士の方がいいか、と戦術機操縦資格を取得して少尉、中尉と上がってきた一般大卒の人間である。

 連隊本部の人間からは、いいかげんに上級幹部教育課程を受ける準備をするようにと言われており、この課程に進まなければ少佐にはなれないので(というよりも中尉・大尉はどこかのタイミングで強制的にこの教育カリキュラムを受ける)、これは受けるつもりであるが……。

 卒業者は確実に大佐にまでなる、と言われている陸軍大学校を受験するつもりには、さらさらなれなかった。

 

「そういえば」

 

 突然、宇佐美誉大尉は話題を変えた。

 

「ミライくんは来年、小学校入学だったかな」

 

 ミライとは湯川進中尉の子、湯川未来のことである。

 

「あー、いや、再来年ですね」

 

「引っ越し先と小学校の入学先は考えねばダメだよ」

 

 なぜか宇佐美誉大尉がする世間話といえば、湯川進中尉の子どもについてばかりだ。

 おそらく雑談の引き出しがないのであろうが、さりとて流せない。

 宇佐美誉大尉が野心の炎を燃やすように、湯川進中尉は我が子のことばかり考えていた。

 

「……仙台なら絶対に安全だと思ってたんですけどね」

 

 湯川進中尉は山口県出身であり、妻の湯川詩子も同県出身だが、2年前――つまり彼が中部方面隊から西部方面隊第92戦術機甲連隊に引き抜かれたときに、思い切って強く説得し、義母もろとも遠くの仙台市に引っ越させてしまっていた。

 これは相当な大事業であったが、日本帝国大陸派遣軍の苦戦を知っていた彼にとっては必要な骨折りだった。

 が、いまや仙台市でも怪しい。

 

「思い切って海外にでもやったらどうだ」

「さらりと言いますね」

「横浜から仙台まで突撃級の巡航速度なら数時間で行く」

「脅かさないでくださいよ」

「しかし仙台がダメならもう場所がない。北海道は北海道で。いや――」

 

 日本帝国本土防衛軍北部方面隊は、24時間体制でユーラシア大陸東岸を監視している。

 沿海州から人類が排除された現況から考えれば、いつBETAの北海道侵攻が始まってもおかしくない。一見すると地続きの侵攻を許さない北海道の方が、仙台市内よりも安全にみえるが、物事はわからないものだ。京都が陥ちて、福岡が残っている現在こそがその証拠。

 本州、北海道ともにリスクはつきまとう。

 であれば。

 

「沖縄があるか。沖縄島に帝国こそ1個師団しか配していないが、あそこは国連にとっての最重要拠点。火力の密度は他の地域とは比べものにならん」

 

 宇佐美誉大尉は薄く笑ったが、湯川進中尉は容易には頷けなかった。

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