【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■本話登場人物紹介

【久野平太(くの・へいた)】

 大尉。第92戦術機甲連隊・連隊本部第4科・戦術機整備担当幹部。
 機種の多い第92戦術機甲連隊では苦労人のポジション。前線での整備は脚部、跳躍ユニットを優先すべしという哲学の持ち主である(8話)。







■49.MiG-29SEK(2)

「あー、オレオレ。どう?」

 

 八代基地の一角にある公衆電話で湯川進中尉は、仙台市内に電話をかけていた。

 混雑しているときには長話はできないが、課業の合間の休憩時間を上手く使えばすいている時間に電話はかけられる。

 2、3の世間話を終えた後、湯川進中尉は本題を切り出した。

 要はまた引っ越しの準備をした方がいいかもしれない、という話である。

 

「え」

 

 緑色の受話器の向こうから聞こえてきた湯川詩子の声は、驚き半分、諦め半分であった。

 

「ススムは簡単に言うけど、こっちは大変なんだよ……仙台は第二帝都なんだから安全なんじゃないの?」

 

「大変なのはわかってるよ」

 

 湯川進中尉は苛立ちを隠し通した。

 詩子には理詰めは通じない。敵の移動速度から考えれば、敵策源地と仙台市はまさに目と鼻の位置であり、彼らが地中侵攻に踏み切れば、仙台市内は容易く戦場になり得る。が、それを説いても彼女は首を縦には振らない。

 加えて自身が知っている厳しい戦況を暴露しての説得は、機密を漏らす結果につながるかもしれないのでマズい。最近は報道に触れていないせいで、どこまで話をしていいのかもわからなかった。

 故に湯川進中尉はしどろもどろに「わかってるけど、仙台だからって安全だとは――」と言葉を続けるしかなかった。

 

「わかってないよ……。またお母さんを説得して、ミライにも話はしなくちゃいけないし。ミライもせっかく幼稚園で友達ができたのにかわいそうだよ。いい学校に近い物件を探すのだって大変なんだよ? このご時世じゃ飛行機や船のチケットだって取れないよ。ちなみに今度はどこに行かせるつもりなの?」

 

「……いや。まだ可能性の話だから。具体的には考えてない」

 

「なら良かった~」

 

(良くねえよ……)

 

 湯川進中尉は受話器を持ちながらうなだれた。

 ここで沖縄あたり、と切り出せばおそらく喧嘩に発展するのは目に見えていた。

 そのあと湯川進中尉は詩子の愚痴をいくつか聞かされた。

 結局、沖縄の話を持ち出すことはできずじまいであった。

 

「これ詩子に仙台から引っ越させるより、横浜と佐渡島を叩き潰す方が楽かもな」

 

 受話器を置いて振り向くと、そこには天真爛漫な笑顔が存在していた。

 

「ご家族を仙台から引っ越させるおつもりですか?」

 

 湯川進中尉は、ぞっとした。

 いちばん関わり合いになりたくない人間が、そこにいる。

 

「櫻大尉」

 

 櫻麻衣大尉。

 日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊において最強の衛士。

 そして同連隊においてスイッチのオンオフが最も激しい人間。

 まともな話は修羅場の彼女と機上の彼女にしか通じない。

 平時の彼女は何かしらの狂気に囚われている、と湯川進中尉はあたりをつけていた。

 彼が確立した彼女の取り扱い方は単純明快、可能な限り回避する、これにつきる。

 

 とはいえ、完全に無視もできない。

 万が一、彼女の機嫌を決定的に損ねてしまい、その狂気が牙を剥けば、自身など2、3秒で殺されるであろう。

 湯川進中尉は軽く笑って、彼女をとがめた。

 

「盗み聞きはよくないですよ」

「それはスイマセン」

 

 銀縁の伊達眼鏡を弄りながら彼女もまた、軽く頭を下げた。

 これで話は終わりだ。湯川進中尉はその脇をすり抜け、ガンルームに向かおうとする。

 

「湯川中尉」

 

 が、それを櫻麻衣大尉はずいと体をズラして遮った。

 

「仙台にいていただいたままの方がよろしいと思いますよ」

 

「……なぜです?」

 

 彼女があまりにも自信とともに断言するものだから、湯川進中尉は思わず聞き返してしまった。

 

「我々人類はいかなる苦難でも乗り越えて最後には明星作戦を成功に導き、横浜ハイヴを陥とします」

「まあ、そうかもですね」

「そうなれば残る直接的脅威は佐渡島ハイヴのみ。ここを取り除けば仙台は安泰です」

 

 櫻麻衣大尉の言葉に、湯川進中尉は半信半疑だった。

 明星作戦の成功を疑いたくはないが、人類がこれまでハイヴの攻略・排除に成功した例はない。否、建造が始まったばかりの横浜ハイヴ攻略は可能かもしれないが、横浜奪還後に立て続けに佐渡島ハイヴの攻略作戦に移行できるとは思えない。そうなれば佐渡島ハイヴの規模はフェイズ4程度にまで膨れ上がり、苦戦は必至になるのではないか。

 

 だが確かに言われてみれば、敗北を前提に話を進めるのも帝国軍人としてはよろしくない、とも彼は思い直した。

 

「横浜も、佐渡島も奪い返す。そうなるように、まあ俺たちがいるって話ですよね」

「そのとおりですよ」

 

 と、櫻麻衣大尉は右親指を立てた。

 これで彼女は満足したらしい。

 湯川進中尉は礼を言って、第13中隊の面々が集合しているガンルームに駆け足で向かい始めた。

 

「あ」

 

 その十数秒後。

 湯川進中尉がいなくなってから櫻麻衣大尉は虚空に向かって喋り始めた。

 

「まあ生き残ることが目的なら仙台よりも北米の方がいいかもしれませんね。日本国内に残っていたらどこにいても大海崩で海底に沈みますから。ただ大海崩を生き残っても長く苦しい一生が続くだけなので正直、日本列島と一緒に心中した方がミライくんのためになると思いますよ」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 日米安全保障条約が米国政府からの一方的な通告によって破棄された後も、国連太平洋方面第11軍に開放されている国連軍佐世保基地に米海軍第7艦隊所属部隊はいる。

 

 理由はひとつではない。

 まず日米安全保障条約の破棄など前線部隊からすれば寝耳に水である。

 即座に日本帝国から撤収するなど、物理的にどだい無理な話だった。

 北海道から沖縄県に至るまで、米陸軍・米海軍・米海兵隊の三軍の諸部隊将兵とその家族併せて数十万名の引っ越しなど不可能。どうあがいても月単位での事業となる。

 

 また在日米軍司令官やアメリカ太平洋軍司令官は、頑なに核兵器や新型爆弾の使用を認めない日本帝国政府に苛立ってはいたが、帝国からの撤退には消極的であった。

 半世紀に亘って米軍は日本列島を東アジア最大級の軍事拠点と見做し、70年代までは共産勢力を封じこめるための盾、80年代からはBETAを太平洋上に進出させないための策源地としてきた。

 故に過去の政治家たちは莫大な費用を投じ、日本帝国に複数の航空基地と大型空母を整備可能な海軍施設を造ってきた。

 それを棄てろという日米安全保障条約の破棄は、軍部からすればたまったものではない。

 

「東アジアどころか、世界規模で我々の政治的・軍事的プレゼンスが低下するぞ」

 

 一部の上院・下院議員もまた、目を白黒させていた。

 同盟相手を見捨て、尻尾を巻いて逃げ出す。

 そのさまを見て、日本帝国以外の同盟国がどう思うかまでなぜ考えが及ばないのか。

 どんな大義名分を立てても信用が損なわれることは避けられない。

 

 勘の鋭い政治家は、日米安保条約の破棄は日本帝国の国力急落によるオルタネイティヴ第4計画の失敗を招き、同時に第5計画の肝となる新型爆弾をフリーハンドで使用できる状況を整えて大戦果を収めるための布石である、と見抜いていた。

 第5計画推進派からすれば、オルタネイティヴ5成功の暁には地球上で覇を唱えるのはアメリカ合衆国であるから、国際的な信用問題など取るに足らないというわけだ。

 米国内でもオルタネイティヴ5に懐疑的な人間は少なくない。

 が、オルタネイティヴ5支持勢力が多数派工作に成功してしまっており、日米安全保障条約破棄が国家の決定になってしまった以上、これを覆すことはできなかった。

 

 そういう事情があり、九州地方・南西諸島の在日米軍は撤退が決まったものの、何かにつけて口実をつけて撤収の行程を遅延させていた。

 

 また同時に日本帝国本土防衛軍の西部方面司令官も、同地方の在日米軍撤退を“妨害”し続けていた。撤収のために在日米軍が使いそうな民間船舶を傭船としたり、海軍基地の周辺を実弾訓練エリアに急遽指定したり、とにかく引き延ばしを図った。

 沖縄本島と離島部を守る西部方面隊の戦力は、1個師団しかない。

 この地域の防衛は事実上、国連太平洋方面第11軍に頼っているが、国連軍から米軍が離脱すれば歯抜けも同然である。

 万が一、BETAの沖縄侵攻があれば、西部方面司令官の知謀を以てしてもいかんともしがたい。

 

 が、米国政府の決断は翻らず、帝国政府側も西部方面司令官の暗躍に気づきつつあった。

 11月末には米海軍第7艦隊の関係者が日本帝国本土防衛軍西部方面司令部、また海軍、海兵隊の一部が日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊を訪れている。

 別れの挨拶、といったところか。

 

「裏切り者が」

 

 侮蔑を隠さない宇佐美誉大尉を、湯川進中尉は白い眼で見た。

 在日米軍はニミッツ級航空母艦をはじめとする強力な水上部隊と艦上戦術機を以て、帝都防衛線を支えた。彼らがいなければ、おそらく京都は1か月ももたなかっただろう。核兵器使用を巡る議論が、日米が袂を分かつ一因になったと噂されているが、米国側が核兵器使用を提案したのは至極当然のことであろう――と彼は思っている。

 

 それに前後して第92戦術機甲連隊が駐屯する八代基地には、在日米軍の大型車輌が幾度も出入りした。

 

「ファッキンキャッターズ、ファッキンクルセーダーズに幸多からんことを」

 

 そんなメモとともに、大量の鉄屑と嗜好品が届けられた。

 鉄屑の方はすべて員数外――要は書類上に存在しない機体や部品である。米軍が戦場で回収したり、引き揚げてきた在韓米軍の重装備で廃棄処分済みであるはずのものだったりと内訳は雑多だった。

 

「A-10C!? こんなものまで……」

 

 長大な36mmガトリング砲と大型弾倉を両肩部に備えた戦術歩行攻撃機A-10Cまで送りつけられたのだから、なんというか大味な台所事情である。もちろん平時ではありえないが、朝鮮半島からの撤退、続いて日本帝国からの撤退というわけで混乱が続いているためであろう。

 

「……」

 

 玉石混交、F-8EやF-14Aの部品も混ざっている鉄屑の山を前にして、戦術機整備担当幹部の久野平太大尉は興奮半分、苦悩半分の面持ちで立っている。善意はありがたいが、使えるか使えないか、整備兵を総動員して検品をしなければならないだろう。引っ越しの際に出る不要物をすべて押しつけられた格好だ、とも彼は思った。

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