「まあ心配しないで待っててもらえれば。次の正月には帰れると思う。うん、じゃあ……」
昼時。基地の一角にある公衆電話には、長蛇の列が出来ていた。
官舎や車を転がして会いに行ける距離に家族がいる者もいれば、遠方に家族を残してきた者や実家がある者もいる。
無論、彼らは軍事郵便も使うだろうが――それでもやはりひとり3分という制約があってもなお、電話で家族の声を聴きたい、自身の声を聴かせたいのだろう。
前線で命を賭して戦うのは第22中隊の衛士だけだ。
しかしながら、戦争は衛士だけでやれるものではない。木浦港周辺から出ることはないが、後方支援の隊員たちもまた半島に派遣されることが決まっていた。であるから基地に設けられている公衆電話は自然、順番待ちになる。
悲壮な別れの言葉を吐く者もいれば、逆に鹿児島出身の衛士、海原一郎中尉のように「おやっどんもきばいやんせ!」と逆に家族を励ます者もいた。
最もしょげていたのはせっかく電話をかけても、相手が出なかった者だ。そういう者に対しては周囲の隊員たちが「出発は明後日の夕方だから、まだ大丈夫だって」と励ましている。
「熊本県の八代基地から派遣されるのは第92戦術機甲連隊です。ご覧ください、こちらが第92連隊の戦術機、クルセーダーです。現在、八代基地ではクルセーダーの出撃準備が、着々と整えられています」
テレビくまもとの取材班が撮影したVTRは、テレビくまもとのローカル報道番組だけではなく、テレビくまもとが関係をもつ在京キー局を通じて、全国に流れたらしい。
そのためか、壮行会の前後で八代基地の代表電話がどんどん鳴り始めた。勿論、電話をかけてくるのは自身の家族が八代基地に勤務していると知っている人間である。
「いいか、特に第22中隊の衛士や派遣予定の整備隊等の家族からの電話は、死んででもとれ!」
と最先任下士官の佐野蔵人准尉は、代表電話の当番になっていた隊員たちに喝をいれた。
受話器を取る隊員たちの手は、震えていた。
もしかすると、自分が“最期の肉声”を繋ぐことになるかもしれないからである。
壮行会は、はなの舞八代基地店ではなく食堂で行われた。
第22中隊の衛士も、派遣予定の幹部や整備兵らも、かなり飲んだ。出動は明後日だから、明日は多少アルコールが残っていても大丈夫だろう、という魂胆である。熊本県知事は第8師団所属の戦術機甲連隊へ挨拶回りに行ってしまったが、県知事の秘書や八代市長がビールサーバーとともにやって来てくれた(この持ち込みのため、はなの舞八代基地店は使えなかったのだ)。
「戦えない我々のため、戦ってくださる皆様に、市民を代表して感謝を申し上げます」
選挙戦やイメージアップのためであろうが、それでもありがたいことには変わりがなかった。
八代市長の挨拶の最後に「がんばりますっ!」と第22中隊の衛士、荒芝双葉少尉が立ち上がって応え、周囲を慌てさせた一幕はあったが、酒宴は盛り上がって、そして終わった。
「おっ、芝っち」
壮行会終了後、隊舎の裏にある煙缶を使っていた第32中隊の保科龍成少尉と若狭理央少尉は、たまたま通りがかった荒芝双葉少尉を見つけて声をかけた。
「あっ、保科とりっちゃん」
茶がかかった黒髪の荒芝双葉少尉は曖昧な笑みを浮かべて、立ち止まった。
らしくないな、と保科龍成少尉は思った。
保科・若狭・荒芝は着隊同期だから、ある程度気心は知れている。
荒芝双葉少尉のキャラというのは、先程の一幕からも分かるとおり、明朗元気といったところだから、保科龍成少尉は小首をかしげた。
普段から姉御肌を演じている長身の若狭理央少尉も同様だったらしく「おうおうどうしたぁ~」とアルコールが入っている分、ウザさ2割増しで荒芝双葉少尉に絡む。
「えー、なんでもないよ」
「まあ留守はこのシュペルエタンダール隊に任せときなぁ~」
「うん」
「え、なんかマジで元気ねえなー、なんかあったのかよ」と無意識のうちに言ったのは、保科龍成少尉であった。
すると荒芝双葉少尉は困ったような笑顔とともに、
「いや、これでここともお別れかなと思って」
とぬかした。
「おいおいおいおい、冗談きついぜ~」
と若狭理央少尉は荒芝双葉少尉の肩をパンチした。荒芝双葉少尉のショートヘアではなく、若狭理央少尉のロングヘアの方が、大きく揺れた。
保科龍成少尉も「遅くても夏には戻ってくんだろ」と声をかけた。
慰めではなくて当然、本心だ。
荒芝双葉少尉は戻ってくる。
戻ってくるのだから、お別れになるはずがないのだ。
しかし荒芝双葉少尉は「でもさあ」と力なく反駁する。
「やばくなかったら、撤退作戦なんか、やんなくない?」
返す言葉がなかった。
怯んだふたりに「じゃあ、私……タバコ吸わないから」と言って、荒芝双葉少尉は小走りでその場を去った。
「……」
「……」
「……熱っつ」
フィルターはおろか、フィルターを挟む指にまで迫った火に、小さな悲鳴を上げた若狭理央少尉は煙缶にタバコを捨てた。
保科龍成少尉も点けたばかりのわかばを煙缶に捨てた。
捨ててから「まあ、大丈夫だろ」と気休めにもならないことを言った。
「武運を祈る――」
と派遣前日に八代基地に現れたのは、帝国斯衛軍大宰府基地・大宰権帥の黒月陣風少将であった。
カイゼル髭と燃え上がるような赤の戦装束がトレードマークのこの男は、悠久の歴史を有し、現在は城内省(将軍家)が所有する大宰府の実質的な責任者である。
大陸派遣軍側との調整など多忙を極める東敬一大佐は、胃痛を感じながらも黒月陣風少将に応対した。
会うなり黒月陣風少将は、
「われわれ大宰府警備隊の出陣がかなわぬこと、深く恥じ入る次第――」
と、東敬一大佐に頭を下げた。
当然ながら、東敬一大佐は「顔を上げてください」と慌てた。相手は有力武家であるし、同時に階級も自身より上級であった。
それに大宰府警備隊の大陸派遣がかなわないのは当然である。歴史ある古代の要衝を任されているとはいえ、大宰府警備隊の戦力は1個戦術機甲中隊と砲兵部隊――つまり、儀仗・礼砲部隊に過ぎないのだから。
その後、両者はいくらか会話をかわし、その中で東敬一大佐は
「風雲急を告げる。万が一ですが、重慶のハイヴを発したBETA群が九州に着上陸するようなことがあれば、第92連隊と貴隊と、協力して必ずや臣民を守りましょう」
と、黒月陣風少将を励ました。
励ましながら彼は心の中で「残される者も、いろいろと考えるものだなあ」と、自身のことを棚上げしながら呟いた。
同時刻、第92戦術機甲連隊・第1科の安元公平先任曹長と満田華伍長は、第22中隊をはじめとする派遣予定者の遺書が揃っているかリストで確認していた。
「こればっかりは慣れんなあ」
「……」
その後、彼らは遺書の中身を確認する。自主検閲だ。後に公的な検閲にかけられ、撥ねられてはたまらない。が、いまならマズい内容があった場合、書き直させることもできる。
――遺書の、検閲など。
安元公平先任曹長は遠近両用眼鏡をかけ直し、端正な字、殴り書きじみた字、濡れたような字を追っていく。
「こればっかりは、くそくらえ、だなあ」
「……」
満田華伍長は左手だけで器用に遺書をめくり、黙々と字を追っていく。彼女は口が固いことで有名なので、この業務を任されることが多かった。沈黙を是とする性分の彼女だが、それでも自身よりも年下の人間が記した遺書を前にすれば、いろいろと思うところはある。
「はあ……」
「……」
どの遺書も必要にならなければいいが、そうはならないであろうことは、最先端の生体医療技術を以てしても右腕を継ぐことが出来なかった満田華伍長が、いちばんよくわかっていた。
大陸は、地獄だ。