【浅石友季(あさいし・ゆうき)】
少尉。第92戦術機甲連隊第13中隊所属。コールサインはパッパ6。
初登場は34話。
【巌谷榮二(いわや・えいじ)】
中佐。帝国技術廠に勤める。
大陸戦線での活躍やF-4Jを以て米軍のF-15Cを破ったという伝説的戦技で、東敬一大佐以下多くの戦術機部隊関係者から一目置かれている。第92戦術機甲連隊の大陸帰りの中には彼と面識がある者も多い(17話)。
XFJ計画を推進し、不知火・弐型の開発に心血を注ぐ(TE)。
(無茶苦茶すぎる――!)
湯川進中尉は飛びかかってくる戦車級を見据えるとタイミングを合わせ、垂直方向へ短噴射。と同時に
《初期照射警報》
網膜に投影される字幕と警報音に、わかってると内心でつぶやきながら彼は即座に着地――躍りかかってきた要撃級の一撃を半身になって紙一重で躱すと、同個体の感覚器に右主腕の肘打を食らわせる。
通常ならば右主腕が破損する打撃。
しかしながらMiG-29SEKの二の腕から張り出すカーボンブレードは、容易く尾部感覚器を切断する。
「パッパ5、肩のどう使えってんですか!?」
「知らないよ!」
短く叫びながら湯川進中尉は向かってくる要撃級へ突進し、機先を制して膝蹴りを要撃級の頭部に叩きつける。その死骸を踏みつけながら、今度は跳躍した空中の戦車級を腕で払って斬殺した。飛散する赤黒の肉片。ところがその血肉が地表へ達する前に、次の新手が姿を現した。
到底、周囲に注意を向けられる状況ではない。
「パッパ6、どこにいる!? 背中守ってくれ!」
「お任せください!」
急旋回して湯川進中尉機の背面を襲撃せんとした要撃級の脇腹を、今度はパッパ6――浅石友季少尉機が蹴り破る。
「あっ」
浅石友季少尉が蹴りつけた要撃級は一撃で絶命したが、その代償として同機の足首にあたる部位が折れ曲がった。要撃級の脇腹を捉えた主脚部の位置が悪すぎたのだろう――バランスを崩したMiG-29SEKはそのまま戦車級の群れに呑みこまれる。
が、浅石友季少尉は強引に短噴射で機体を引き起こすと、モーターブレードで四肢の戦車級の手足を切断し、急制動の連続で戦車級を振り落とそうと努力した。
そしてそのまま、新手の要撃級が有する衝角に激突して大破する。
「パッパ6、パッパ6――くそ!」
湯川進中尉機は身を逸らして胸部を狙ってきた要撃級の横殴りの一撃を躱す。
74式近接戦用長刀ならともかく、主腕部のブレードで防ぐ度胸はない。
なんとか眼前の要撃級の頭部を近接戦用短刀で破砕したところで、湯川進中尉機もまた脇の死骸から飛び出してきた要撃級の前腕の一撃を受け、大破判定を受けた。
《状況終了》
網膜に投影される字幕を確認し、湯川進中尉はようやく深く息を吐いた。
JIVESと衛士強化装備の感覚欺瞞が生み出した仮想の死地は去った。
先程までの焦燥と緊張は、どこかに消え去っている。
JIVESの筐体から外に出た彼に残ったのは、愚痴だけだ。
「本当に肩のこれ、どう使うんですか」
隣のJIVES筐体から姿を現した浅石友季少尉は、先程と同じ言葉を繰り返していた。
肩のこれ、とはMiG-29SEKの肩部装甲上方から垂直方向に伸びるブレードである。確かに水平方向に張り出してくれていれば、肩をぶち当てて相手を圧し斬るという使い方が可能だろう。しかし装甲上方から垂直方向に向いている刃では、なかなかそれは難しい。
同じくJIVES筐体から這い出てきたパッパ8、植木陽一少尉は「戦車級が肩の上に乗らないようにするためでは」と推論を述べた。
「こう」
先にJIVES筐体から出てきていたパッパ7、長野ふゆ少尉は無言のまま肩を虚空のBETAにぶち当てていた。
「ちがう、こう?」
彼女はひとりしきりショルダータックルを繰り返した後、合点がいったように腕を前方に伸ばした状態で肩を後背の敵に叩きつけた。
それからプロレス技じみて見えないBETAへ肩から背面ダイブする。
見ていられなくなったのか浅石友季少尉は「ケガするよ」と彼女を止めた。
「わかった」
言いながら長野ふゆ少尉は相変わらず腕を前に突き出しながら、今度は一回転、二回転とくるくる回っている。
「回避機動を取りながらの斬撃、あるいは背中の敵への対処ってとこかなあ……」
湯川進中尉は言いながら、もしかすると単なる重りにしかなっていないのではと思った。
肩部上方に向いている刃は確かに主腕部を持ち上げることで後方への攻撃に使える。しかしながら思考制御で動く戦術機が、背中に迫る敵と格闘するのはあまり現実的ではない。いくらセンサーで後方の敵を捕捉できるといっても、肩の刃で対応するのは直感的ではなかろう。ガンマウントがあれば背面への自動射撃で事足りてしまう。
上方への跳躍や、回避機動のための急旋回時に敵を斬り刻めれば御の字だろう。
しかしながらなかなか回避運動中に狙って使うのは難しい。
「肩部のブレードを使いこなすには高い技量が必要そうですな」
隣の部屋で電子上の演習を眺めていた巌谷榮二中佐も、苦笑いをしながらそう言った。
帝国技術廠に務める巌谷中佐が東日本からわざわざこの八代基地を訪問してここにいる理由は、今後の戦術機開発の参考とするため、近接戦用固定武装を備えたMiG-29SEKを見たいがためであった。
そんなわけで第13中隊B小隊は、近接戦用短刀のみという条件で仮想演習までやらされたわけだ。
(うーん)
肩部のブレードについては、同席した東敬一大佐も同意見であった。
主腕部や膝部のブレードは手足の延長線で直感的に操れ、衛士も戦術機側に学習させやすいが、肩部のブレードはなかなか使い勝手が悪いであろう。
もしかすると空力制御に活かす目的なのかもしれない。
逆にいえば主腕部や主脚部のブレードは、咄嗟の攻防に活用できそうであった。
東敬一大佐と巌谷中佐はMiG-29SEKについて感想を2、3つ交わしたところで、
「そういえば東大佐、中央で不穏な動きがあるのをご存じですか」
と急に巌谷中佐が話を切り出したので東敬一大佐は驚いてしまった。
「いえ、ここのところはどうも疎くてですね」
西日本の作戦指導に心を砕いている東敬一大佐からすれば、東京・仙台の動きなど意識の外の話である。
「そうですか」と呟いた巌谷中佐は数秒何やら考えて、言葉を続けた。
「実はですね。仙台では西部方面司令官をなんとかして更迭しようという動きがあるのです」
「……大伴か」
東敬一大佐は彼らしくもなく苦々しげに言った。
国粋主義者の大伴忠範中佐からすれば、西部方面司令官は小規模でも海外製戦術機を帝国軍に導入し、米軍に便宜を図る輩にみえるであろう。
ところが巌谷中佐は頭を振った。
「いえ、大伴だけではありません。純国産戦術機にこだわる国粋主義の幹部は多い。彼らから距離をおく将官、佐官も、司令官閣下を快く思っていない者は少なくないのですよ」
「しかしなんだっていまになって」
「西日本の大部分が失われたいま、だからこそですよ」
ああ、とそこで東敬一大佐は合点がいった。
中国・四国・近畿・中部地方の失陥。
1000年を超える歴史を有する京都の陥落。
東京・仙台では“責任”という名前の大嵐が吹き荒れ、両手の指では足らないほどの文官・武官が失脚したのであろう。
そして――。
「おわかりいただけましたか」
帝国軍内の勢力図は変貌し、帝国軍周辺の環境も一変したのだろう。
その中で少なからず、西部方面司令官を(好むと好まざるとを除いて)援助していた政治家や将官たちが力を失ったのかもしれない。
「ええ」
東敬一大佐は鈍色の天井を仰いだ。
西部方面司令官が排撃される理由は、無数にある。
コネクションを活かして自身の策を実現させる強引なやり口自体もそうだが、関門海峡間の交通破壊をはじめとする独断的な作戦指導や、海外勢力と繋がりを持っていること、在日米軍に便宜を図ったこと、国連軍との協同作戦に乗り気である姿勢――国粋主義者のみならず、帝国軍の主流派、一部政治家たちから睨まれてもおかしくはない。
しかし、と東敬一大佐は一縷の望みを探すように言った。
「九州地方の防衛、四国地方からの避難民輸送など、日本帝国のために多大な戦果を挙げた司令官閣下ほどの方が更迭されるとなれば、帝国軍参謀本部の方々はみなことごとく閑職に追いやられてしかるべきなのでは?」
東敬一大佐の吐いた“毒”に、巌谷中佐は笑った。
「東大佐もなかなか言いますな。確かに閣下が作戦指導によって挙げた大戦果と、救助された万単位の帝国臣民を思えば、彼らも九州戦線・四国戦線の事柄で閣下を失脚させることはできますまい」
「それに巌谷中佐。方面司令官は畏くも皇帝陛下、政威大将軍殿下の
ですから、と巌谷中佐は言葉を継いだ。
「帝国軍参謀本部は遂行困難な作戦を計画し、その実行を西部方面司令部に命じようとしているのです。閣下に大敗を喫しさせ、責任をとらせるために」