(※予約投稿設定を失念しておりました)
■本話登場人物紹介
【土田大輔(つちだ・だいすけ)】
中佐。帝国軍参謀本部に勤務。
大伴忠範中佐の同僚。国粋主義者、というよりも国連の横槍に反発している帝国軍人(18話)。
「帝国軍、関東決戦へ! 横浜攻略“明星作戦”!」
「西部方面隊“望月作戦”発動!」
「無敵、第92戦術機甲連隊関東遠征!」
答え合わせはすぐに始まった。
数日後の旭日新聞朝刊一面には上記のような見出しが躍った。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊関係者からすれば、まさに寝耳に水である。
記事によれば、西部方面隊は横浜ハイヴ攻略作戦である明星作戦に先んじて横浜ハイヴを攻撃して敵勢力を漸減する“望月作戦”を実施することになっているが、帝国軍参謀本部から西部方面司令部に対してそのような事前連絡は行われていなかった。
またその望月作戦の最先鋒を第92戦術機甲連隊が務めることになっていたが、西部方面司令部はそのような決定を一切下していない。
そもそも横浜ハイヴ攻略作戦である明星作戦自体(公然の秘密ではあっても)、未だ
西部方面司令官は特に動揺する素振りを見せなかったが、西部方面司令部の高級参謀たちは唖然とした。
「なんなんだ、これは!」
日本帝国本土防衛軍西部方面司令部の情報参謀、石山聡大佐は朝刊を手にしたまま苛立ちを隠せない。
なんなんだ、と言いつつも石山聡大佐はすべてを理解していた。
旭日新聞社がすっぱ抜いた一大スクープ、といった体で作られているが、重大作戦等の名称が載っているにもかかわらず内務省の検閲をパスしているということは、明らかに国防省の一部が噛んでいるものであった。
「これで外堀を埋めたつもりなのだろう」
西部方面司令官は淡々と言ったが、直情型の石山聡大佐は「よろしいのですか!」と憤りとともに声を張り上げた。
「閣下は嵌められたのです。噂どおり東京、仙台の連中は我々に敗北を強いるべく、このような記事を出したのでしょう――国内世論を盛り上げるだけ盛り上げて、我々に失態を演じさせることで西部方面隊に対する失望を招く。それが狙いなんですよ!?」
「要は衆人環視の下、我々に敗北を強いて閣下の更迭もやむなし、という風潮をつくりだすつもりか。成程、世論を抜きにしても、横浜の敗北はいい口実になる……」
怒気半分、諦念半分にそう言ったのは、西部方面参謀長を務める早川誼少将である。
「とにかく!」
石山聡大佐は気炎を吐いた。
「この報道を西部方面司令部では否定することです。このまま乗せられては、我々は本当に横浜まで引きずり出されることになります。わざわざ記事で外国製戦術機を揃えた第92戦術機甲連隊が先陣を切ることになっているあたり、此度の謀略は国粋主義者の連中が糸を引いているはず!」
実際、石山聡大佐の言は正しかった。
旭日新聞社はもともと帝国陸軍の国粋主義的な幹部とのつながりが深く、今回も西部方面隊を嫌悪する国粋主義者が情報を提供し、記事を書かせていた。
第92戦術機甲連隊を最先鋒に“指定”したのも、彼らが米国製・ソ連製・欧州製・中国製戦術機を目の仇にしているからであり、望月作戦にかこつけて第92戦術機甲連隊を全滅させてしまえ、という意図があった。
「それなら」と作戦参謀の最首紫大佐は頷いた。
「参謀本部も、国防省も、内閣も一枚岩、というわけじゃないですからね。我々を断罪するのにみながみな賛成だったらこんな回りくどいことはしないわけで。大部分が黙認しているだけ、という状況ならうまく突き崩せるんじゃないですかね?」
「……」
西部方面司令部のスタッフたちの視線が、西部方面司令官に集まる。
「……」
昏い眼をした男は、口の端を歪めていた。
「いや。私はむしろこれに乗ってやろうと思う」
西部方面司令官の余裕に、ああ、と誰もが思った。
彼らは西部方面司令官の思考を一から十まで知り尽くしているわけではないが、概ね自身の上官が考えていることはわかった。
衆人環視の下、大暴れする。
しかも勝つつもりなのだろう。
「仙台が横浜ハイヴ攻略作戦である明星作戦と、望月作戦などという漸減作戦を公のものにしてくれたのだ。こちらも遠慮なく動こうではないか」
◇◆◇
「帝国勝利か滅亡か」
「必勝の信念では勝てぬ」
「勝利の鍵は一にも戦術機、二にも戦術機だ」
「もはや純国産戦術機、海外製戦術機を問うことなかれ」
その翌日、帝国日日新聞朝刊一面に上記のような見出しを有する国防解説記事が載った。
要は西部方面司令官が仙台の国粋主義者へ向けた回答であった。
貴様らが売った喧嘩は買ってやる、というわけだ。
帝国日日新聞社はどちらかといえば帝国海軍や航空宇宙軍と関係が深く、宇宙開発や戦術機関係の報道、解説に強いとされている。
第二次世界大戦においては海軍の肩をもつような記事を出したことでも有名であり、今回もまた西部方面司令官が海軍・航空宇宙軍関係者を巻き込んで出した依頼に基づき、上記の国防解説記事が出たのである。
内務省は中立を保っているのか、検閲で問題になることはなかった。
記事内容は立場によって賛否が分かれるところである。
要は関東決戦と旗印を揚げても勝敗を分けるのは戦術機であり、第92戦術機甲連隊をみれば分かるとおり国産戦術機の供給が間に合わぬ以上、海外製戦術機でも構わぬからとにかく戦術機の数を揃えよ、というものであった。
「なんなのだ、これは!」
帝国軍参謀本部――国粋主義者として知られている大伴忠範中佐は、朝刊を握りしめて吼えた。
「抑えろよ」
彼の同僚である土田大輔中佐は溜息を押し殺しながら言った。
彼は内心、辟易としている。まるで子どもの喧嘩だ。やられた向こうがやり返してきた、ただそれだけである。
「こんな記事が書かれるとは、世も末だ」
ようやく怒気を引っこめた大伴中佐に、土田大輔中佐はとりあえず同調した。
「ああ――この記事の向こう側にいる人間は目に見えてんな」
西部方面司令官だけではない。
帝国海軍や航空宇宙軍の人間の中には、予算を潤沢に使って陸上機の開発・改良と大規模配備を推進する陸軍を妬む者が少なからずいる。
土田大輔中佐からすれば海軍も航空宇宙軍も莫大な予算を獲得しているように思えるが、同時に人間は心から満足するということを知らないのだから仕方がない、とも思っていた。
加えて帝国軍参謀本部の航空宇宙軍幹部の中には「欧米相手にムキになってどうする」と国粋主義の幹部に対する陰口を叩いている者もいるし、海軍関係者はもとより米国・ソ連・統一中華戦線と協同作戦を採ることが多い。
また傍目から見れば、明星作戦の公表はともかく、帝国軍参謀本部の一部が練った望月作戦は西部方面隊を目の敵にした“いじめ”だ。
表向きは中立を保っていても、西部方面司令部に同情的な者は必ずいる。
「だが望月作戦の計画は政威大将軍閣下、内閣総理大臣の許可を得ている。いまさら覆ることはあるまい……」
大伴中佐はそう言って余裕を取り繕った。
しかしながらもう事態は、彼ら帝国軍参謀本部のコントロールを外れようとしていた。
国連太平洋方面第11軍司令部は当初から計画されていた明星作戦とは、別の“望月作戦”が連絡もなく浮上したことに不信感を抱き、また同軍所属のパウル・ラダビノッド准将は西部方面司令部と帝国軍参謀本部の双方を訪れた。
つまり、仙台と熊本の間で散った火花は、国際問題にまで引火しつつあったのである。
そして。
――こんな新聞記事が出るほど日本帝国では戦術機が不足しているのか?
海外戦術機メーカーの営業担当者たちは、派手に立ちのぼり始めた“煙”を見逃すほど愚かではなかった。