【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■本話登場人物紹介

【水落美歩(みずおち・みほ)】

中尉。第92戦術機甲連隊第23中隊所属。コールサインはプリズナー2。
初登場は32話。頭に血が上りやすい性格で、本州の日本帝国本土防衛軍が帝都・大阪前面に防衛線を引き直したと聞いた際は、周囲をはばからずに激昂した(33話)。

【深川正貴(ふかがわ・まさき)】

少尉。第92戦術機甲連隊第23中隊所属。コールサインはプリズナー12。
初登場は46話。





■53.F-15AA(2)

 演習場に響き渡る気魄の篭もった叫び。

 純白の装甲と競技用の模造刀を握った衛士たちは、互いに刃を交わし合う。

 斯衛軍の衛士訓練課程に存在する装甲剣術・剣道を、暇さえあれば第23中隊の面々はやっていた。

 

中隊長(チュータ)の野郎、これが何になるってんだ……」

 

 と多くの者はこぼすのだが、実際のところ意味があることは理解している。

 戦術機の操縦は操縦桿やペダルだけで行うわけではない。

 むしろ一瞬の判断が生死を分かつ近接戦闘においては、反射と思考制御でいかに戦術機を操るかが最重要になる。

 戦場では必要不可欠な連携戦術を鍛えることもそうだが、2本足で走って長刀を模した競技用刀剣を振り回すことは、確実に戦闘力の向上につながるのである。

 

(くそったれ――これで一本も取れねえのかよっ)

 

 逆説的に言えば戦術機の技量が高い衛士は、装甲剣術にも長けている。

 実際、氏家義教大尉に斬りかかった深川正貴少尉は、一太刀すら浴びせることができていない。

 着隊同期にして僚機にあたる竹原晶大少尉とともに攻めかかっても、容易く攻撃を防がれてしまい、返し技でどちらかが即座に討ちとられ、1対1の状況に持ちこまれてしまうのだ。

 

 深川正貴少尉も竹原晶大少尉も、衛士訓練学校を出たばかりの新人ではない。

 両者とも中部方面隊所属の衛士だったが、深川正貴少尉は姫路を巡る戦闘の際に作戦中任務離脱の疑いをかけられ、また竹原晶大少尉は帝都防衛戦の折に上官に暴行を働いた、ということで軍法会議にかけられる直前に、西部方面司令部に拾われた身である。

 

「ありゃ瑤光(ようこう)一誠流だよ」

 

 休憩時間中、巨漢の竹原晶大少尉はコーラをがぶ飲みしながらそう漏らした。

 

「イッセイリュウ? なんだそれ」

 

 深川正貴少尉はおおかた剣術の名前だろう、とあたりをつけながら聞き返した。

 彼もまた装甲(とう)だけを外したまま、赤い缶に口をつけていた。このコーラは米第7艦隊が別れの挨拶のときにくれた置き土産であるらしい。強い炭酸が、喉を抜けていく。

 

 竹原晶大少尉は空になった缶をごみかごに投げ入れてから答えた。

 

「武家の剣術だってこと。煌武院に関係ある人が使うイメージかな……」

「じゃああいつも武家か。斯衛軍で何かやらかしたのかな」

「どうかな。武家連中は御家騒動とか、俺たち庶民には一生縁がないことで揉めるから」

 

 成程、と深川正貴少尉は頷いた。

 この第23中隊の衛士は軍規を乱したり、犯罪に手を染めたりした連中が多い。

 副官づらをしている水落美歩中尉さえ、以前の部隊で野球賭博にかかわっていたそうで、大問題となったところで西部方面司令部に拾われたらしい。

 

 が、氏家義教大尉はそういうタイプではない、と彼は思っていた。

 言葉遣いは荒いものの、動作の端々に隠しきれぬ“品の良さ”がある。

 故に疑問をずっと抱いていたのだが、御家騒動で武家、あるいは斯衛軍を追放された、ということであればまあ納得できた。

 

(ちょうどいい。一刀流だか一青流だか知らないが、盗ませてもらうぜ)

 

 深川正貴少尉もまた空き缶をごみかごに放り投げると、装甲兜を被り直した。

 敗残兵の休息など、必要最低限でいい。

 神も仏もないこの世界で必要なのは“武”だけだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 八代基地にて東敬一大佐が健軍基地の西部方面司令部に新戦術機の配備を陳情している頃。

 

 スウェーデン戦術機開発企業サーグ社のアンナ・サミュエルソンは、当局が用立てた再突入型往還機で空路、日本帝国鹿児島県種子町に降り立った。

 スウェーデン政府が一企業のためにシャトルを準備した理由は、海路ではあまりにも時間がかかりすぎるためだ。

 また同時に同国政府がJAS-39グリペンの輸出成約、その可能性に期待していたからであった。

 

 冬の種子島に降り立った彼女を待っていたのは、日本語に長けた駐日スウェーデン大使館関係者である。

 

「お出迎えありがとうございます」

「こちらこそ空路、お疲れ様でした。私はグリーン・スヘーデルと申します。通訳はお任せください」

「お願いいたします」

「鹿児島港への足はすでに手配済みです。カーフェリーのようですが。まあ“マイカー”持ちの私にはちょうどいい。では参りましょう」

 

 初老の大使館職員スヘーデルは車椅子を器用に操ると、その場でくるりと半回転し、アンナに背を向けた。

 

「あの」

「なんでしょう。マイカーというのは冗談です。公用車を待たせていますが」

 

 首をひねって聞き返す彼に、アンナは問うた。

 

「海路で仙台へ伺うつもりだったのですが……」

 

 ああ、とスヘーデルは笑った。

 

「仙台に行っても無駄ですよ」

「どういうことですか?」

「詳しくは船上でご説明いたしましょう。とにかく我々は仙台ではなく、火の国――熊本に向かわなければなりません」

 

 JAS-39グリペンの売りこみのことだけを考えて世界中の出来事にアンテナを張っていたアンナ・サミュエルソンは、日本帝国の国内事情には詳しくなかった。

 

 政府当局の全面的支援があるのだから、衛星通信も自由に使える。必要な情報はすべて後で送ってもらえばいい、という算段で素早く荷造りをしてサーグ本社を飛び出したものだから、日本帝国の国内情勢のリサーチはほとんどしていない。

 いまある政治的知識といえば1000年以上の歴史をもつ都市が陥落し、東京を次なる首都に定めたものの、首都機能の一部はすでに仙台という都市に移転しつつあるということだけであった。

 国防省も、仙台に移動している。

 

(だったら仙台に行くのが自然じゃない?)

 

 アンナは釈然としない面持ちで白地に太陽を描いたフェリーに足を運んだ。

 

 同時に日本帝国航空宇宙軍種子島基地に到着した戦術機部品や火器、その他の補給物資を満載したトラックもまた、フェリーに乗りこんでいく。

 フェリーの名は『さんふらわあ・こばると』。

 1997年に進水したばかりの民間船舶であり、100輌近いトラックを運ぶことが可能だった。

 いまは西部方面司令部にチャーターされている。

 

「実は日本帝国では軍閥の対立が激化しているのですよ」

「ぐ、軍閥、ですか?」

 

 船上でようやく落ち着いたアンナは、スヘーデルから切り出された話に驚いた。

 

「ええ。そして海外製戦術機を求めているのは、帝国軍参謀本部ではありません。熊本の日本帝国本土防衛軍西部方面司令部です」

「何のために……あっ」

 

 アンナが考えついた答えは、あまりにも穏やかではなかった。

 

「外国製戦術機を揃えて中央政府と対決するため、ですか?」

「さすがにそれは飛躍しすぎですよ」

 

 スヘーデルは「もはや純国産戦術機、海外製戦術機を問うことなかれ」という見出しが帝国日日新聞に載るまでのいきさつを説明した。

 一般市民はともかく情報の裏取りもできる政府関係者ともなれば、アンナの訪日許可が下りてから種子島に到着するまでに、このあたりの事情を詳細にリサーチするのは容易い。

 アンナも即座に日本帝国が抱える政治的事情を理解することができた。

 

「しかし西部方面司令部にグリペンを販売して、瑞日関係は悪化しないでしょうか」

「新規機体の導入は、内閣が逐一認可しています。結果が決まっている儀礼的なものにはなりますが、国防省内の装備調達会議も通っているはずですよ」

 

 スヘーデルの言う通りだった。

 少なくとも、これまではそうだった。

 

「シビリアンコントロールの下にある帝国軍参謀本部の国粋主義者たちの怒りは、我々ではなく西部方面司令部、あるいは帝国政府に向かうはずです」

 

「成程。むしろ遠慮していたら他のメーカーさんに先を越されちゃいますね」

 

「ええ。統一中華戦線の中華民国派はお荷物になっているミラージュ2000-5を西部方面隊に売り払う気です。F-16で知られる旧ゼネラルダイノミクス社の技術開発担当者が西部方面司令部に出入りしているという話もあります」

 

「よし、それではあとは司令官閣下に話を通すだけ、ですね!」

 

 ふんす、とアンナ・サミュエルソンは気合を入れ直した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「御託はいい。サーグ社は60日以内に1個中隊分のJAS-39とその予備機を納入できるか」

 

 気合を入れ直したはずのアンナ・サミュエルソンは、あまりの呆気なさにずっこけた。

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