■本話登場人物紹介
【平林雅弘(ひらばやし・まさひろ)】
少尉。第92戦術機甲連隊第33中隊所属。コールサインはラビット2。
八代会戦前後では英国製F-4UKデファイアント攻撃機に搭乗したが、「これを使うことがあれば戦死は確実」と考えており、自機のことをあまり信用していなかった(22話)。
射撃の腕前はかなりのものらしく、光線級を容易く狙撃している(30話)。
黒煙と重金属雲、レーザークラウドによって濁った冬空の下――。
横浜ハイヴを発したBETA群約2万が、東京湾臨海部を北上。
突撃級を先頭として日本帝国本土防衛軍東部方面隊が構築した多摩川防衛線に殺到した。
巨大な廃墟の塊となった川崎駅前を駆け抜ける突撃級の群れ。
多摩川に面する無人となった川崎市幸町の住宅地を蹂躙していく。
その広大なる異形と廃墟の海の一角を、130mmロケット弾と155mm榴弾が突き崩した。
東京都品川区に展開した砲兵部隊の攻撃だ。すでにMLRSによって重金属雲が発生しており、光線級の照射威力は減衰している。そのためかなりの数の砲弾が生き残ったまま突撃級を打撃した。
(全然ダメだ――)
その様子を見た六郷土手要塞に布陣する74式戦車の戦車兵たちは、武者震いした。
BETAの規模に対してあまりにも砲火力が劣弱に過ぎる。
それもそのはず、日本帝国本土防衛軍東部方面隊は8月から常にBETA群と対峙してきた。
BETAの頭数を減らさなければ東関東・北関東が滅ぼされるかもしれないという強迫観念が、敵個体数の漸減を目的とした攻勢防御作戦を強い、横浜ハイヴから断続的に溢れ出すBETA群が複数回の陣地防衛戦を強いた。
加えて明星作戦が発案されるとともに、最前線に到着する155mmクラス以上の砲弾やロケット弾の弾量は明らかに減っていた。
これは勿論、砲弾を節約して蓄えておき、ハイヴ攻略作戦に必要な備蓄量を満たすためである。
「CPだ。敵攻勢は六郷土手に指向されている。各員の奮闘に期待する!」
BETAの死骸ですでに
その上に築かれた土手に布陣した74式戦車は105mmライフル砲を連射した。加えてリモート式20mmバルカン砲が火を噴き、突撃級の死骸を乗り越えて突進してくる要撃級、戦車級の群れを粉砕していく。
同時に最前線から約2km離れた雑色駅周辺に展開する重迫撃砲部隊が攻撃を開始し、六郷土手要塞前面に押し寄せる大型種を薙ぎ倒しにかかった。
その六郷土手要塞から少し離れた多摩川北岸では、日本帝国本土防衛軍東部方面隊第1師団第1戦術機甲連隊が擱座した突撃級を踏み越えてきた要撃級の群れに突撃破砕射撃を実施していた。
(要塞からの援護は期待できぬ)
中隊指揮官の沙霧尚也大尉は、砲撃支援要請と必要な座標を送信しながら、そう思った。
畏くも皇帝陛下と政威大将軍殿下がおわす帝都城、それを侵略者から阻むための多摩川防衛線は全線が要塞化されているわけではない。
その猶予も、資材もなかった。
故に帝国軍参謀本部は多摩川北岸の中でも“ポケット”のように突出している六郷土手に要塞を築き、その周囲を火制せんとした。
しかしながらいま押し寄せるBETAの規模は、想像をはるかに絶している。
六郷土手要塞の壕や地雷原といった防御施設のほとんどはBETAの死骸によって無力化され、要塞は自身を守るので精一杯。到底、周辺に火力支援を行えるような余裕はない。
多摩川、という天然の障害物も川底はBETAの死骸で埋まり、想像よりも容易に戦車級や要撃級を押し通してしまう。
「まずい――こちらマジシャン1! 旧練習馬場からBETAが渡河!」
「誰でもいい、助けてくれ! 敵は新蒲田に進出しつつあり! 繰り返す、新蒲田にBETAが進出しつつあり!」
「新蒲田のケンプファー隊は!?」
耳朶を打った叫びに沙霧大尉は網膜に投影された戦況図を確認する。
六郷土手要塞の“付け根”にあたる新蒲田が赤いマーカーに彩られていた。
対する青いマーカーは3つ――否、いま2つになった。
「沙霧大尉、俺たちが抜けて行きましょうか!?」
多摩川防衛線の弱点は、縦深がほとんどない点である。
ひとたび穴が空けば、戦術機が“火消し”に回らなければならない。
「否――」
が、沙霧大尉は複雑な思いで部下の進言を否定した。
「ケンプファー1!」
「ケンプファー4、もう大尉はダメだ――!」
「ケンプファー1!」
「……HQ、こちらケンプファー3ッ! もう俺らしか残ってねえ、後退の許可を!」
「ケンプファー3、HQ。後退は許可できない。現地点を死守せよ」
「馬鹿抜かせッ!」
ケンプファー3――94式不知火を操る黒野康修少尉は向かってくる要撃級を一刀の下に斬り捨て、緩旋回しながら後続の一撃を躱して主腕と副腕の突撃砲で、周囲の要撃級を制圧した。
防衛線の決壊から、BETAの濁流に呑まれるまではほんの一瞬の出来事だった。
瞬く間に8機中5機の不知火が撃破された。
そして先程、中隊長機が要撃級の一撃を食らって吹き飛ばされていった。
それを追っていった僚機を黒野康修少尉はなんとか援護しようとするが、押し寄せてきた要撃級の群れに阻まれる。
「曽野大尉、いま助けますッ!」
「ダメだ、ケンプファー4ッ! 濃野少尉! こっちに戻れ!」
ケンプファー4――濃野澪少尉機は要撃級の合間をすり抜け、斬り伏せ、その先に最悪の光景を見た。
拉げた胸部ユニットから血液と機械油を漏らす、無残な不知火の姿を。
そして周囲の戦車級たちは不知火の“中身”にまったく反応せず、こちらに向かってきている。
「あ、あ」
「ケンプファー4、固まってる場合じゃない……ッ……!」
一瞬の攻防。
長刀を保持する黒野康修少尉機の右主腕が、要撃級の前腕に吹き飛ばされ、廃墟に突き刺さった。
彼は速やかに左主腕で保持する機関砲で要撃級を絶命させたが、背後に新手が迫っていることに気づいて舌打ちした。
(ダメか――)
そう思った途端、死地に声が響いた。
「ラビット2、FOX2」
遅れて響き渡る警告音と、無数の砲声。
背後に迫っていた要撃級の群れが一瞬で掃討されたのを確認し、黒野康修少尉機は首を振った。
「米軍機――?」
そこにいたのは、両肩部に巨大な多銃身砲を備えた怪物であった。
「スイーパー3、こちらは92TSFR 33中隊“ファイアラビッツ”」
噴射地表面滑走で次々とウサギの耳ならぬ巨大なガトリング砲と、両主腕に2門の突撃砲を備えた戦術機が戦闘加入する。
「コールサインはラビット1。もちろん所属は
肩口に大砲を担いだピンクのウサギを描きこんだA-10Cは、獰猛に吼えた。
速射性能、威力ともに申し分ない36mmガトリング砲アヴェンジャーで、要撃級と戦車級の群れを掃討する。
12機から成る鋼鉄と劫火の横隊は、生体を挽肉にする徹甲弾の壁を生み出し、そのまま多摩川まで押し戻してしまった。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第33中隊がいま九州から遠く離れたこの東京にいる理由は、単純にF-4UKデファイアント攻撃機から乗り換えたA-10Cの実地戦闘訓練を行うためである。
要求を立て続けに行っている以上、ある程度は戦功を挙げておかなければならないという西部方面司令部の判断もあっただろう。
(こいつはいいや)
英国製デファイアント攻撃機から乗り換えた平林雅弘少尉は、即座にA-10Cが気に入った。
デファイアント攻撃機よりも火力は劣るが、装甲の軽量化等が図られているために機動性は撃震よりも遥かに上である。
(あとは突撃級の生体装甲を真正面からぶち破れる武器があればいいんだが)
◇◆◇
1998年12月29日。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊が駐屯する八代基地に、16機の戦術機が搬入されてきた。
「陽炎――じゃないな」
期待半分、落胆半分。
幌から現れたのはF-15イーグル。
しかしながらF-15CでもF-15Jでも、もちろんF-15Eでもなかった。
「ある意味、これF-4Jよりも始末悪くないですかね」
第92戦術機甲連隊・整備補給隊の整備兵、広森一城伍長はそうこぼしたが周囲の整備兵は彼を肘でこづいた。
「第2世代は第2世代だ」
――先行量産型F-15A。
イーグル系列の中ではハズレもハズレである。
F-15J陽炎にも劣らぬ雄姿であり、運動性能についていえば後期生産型のF-15Cよりもむしろ機敏である。
しかしながら問題は、連続稼働可能時間が短いことにある。その原因は第2世代戦術機の運動性能とエレクトロニクスの性能に、燃料電池やエンジン性能が追いついていなかったためだ。
「一応、型番はF-15
「でもF-15Cじゃないんですよね」
「……使ってみなきゃわかんねえな」
F-15Aは世界的にみれば“絶滅危惧種”である。
欠点があろうとも新世代戦術機を揃えたい米国はF-15Aを数百機生産した。
が、その後は改良を施したF-15Cの開発・生産が上手くいったため、F-15Aはそれ以上製造されることなく、完成していたF-15AのほとんどはF-15Cへグレードアップされていた。
F-15AAはF-15Cが開発完了する直前にF-15Aに対して、OSの改良や推進剤搭載量の増加が行われた小改良機であるらしく、この八代基地に来る前はモスボール保管、モスボール保管される前はカリフォルニア州兵にて運用されていたそうだ。
このF-15AAはこれまで殲撃八型を装備・運用してきた第23中隊に配備されることとなった。