【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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(次回更新は2、3日後になります)




■本話登場人物紹介

【満田華(みつだ・はな)】

伍長。第92戦術機甲連隊本部・第1科所属。
元・衛士で大陸戦線を戦うも右腕と兄を失っている。巌谷榮二中佐や故・祭田美理大尉といった大陸帰りと知り合いであり、もしも負傷さえなければ現在は中尉か大尉の階級にいたことであろう。
八代会戦では東敬一大佐ら衛士畑出身の幹部とともに、連隊本部付機甲小隊として撃震を駆り、八代基地防衛に一役買った(31話)。

【五十嵐良則(いがらし・よしのり)】

大尉。第92戦術機甲連隊第33中隊長。コールサインはラビット1。
F-4UKデファイアント攻撃機の性能・機能を知悉しており、八代会戦では部下から戦死者を出さなかった。





■56.多摩川の鉄砲タマちゃん!?(前)

 F-15AAが第23中隊に配備される一方、JAS-39CBアララトグリペンは再結隊予定の第31中隊に廻されることとなった。

 他中隊の装備更新にJAS-39CBアララトグリペンを充てなかったのは、壊滅した第31中隊をこれまで94式戦術歩行戦闘機不知火を駆ってきた熟練の衛士や、高等練習機吹雪しか操縦経験のない訓練学校を出たての新米衛士で再編するつもりだったからである。

 そうなると最初から第31中隊には第3世代戦術機をつけてやった方がよいであろう、というのが東敬一大佐の判断であった。

 

「本日付で第92戦術機甲連隊に着隊いたしました、日本帝国陸軍大尉の八倉世理子であります」

 

「日本帝国陸軍大佐、第92戦術機甲連隊長の東敬一だ。よろしく頼む」

 

 八倉世理子大尉は寸分の隙もない敬礼とともに、東敬一大佐に挨拶をした。

 彼女は上級幹部教育課程を優れた成績でパスしており、陸軍大学校への入校さえ周囲に薦められた秀才である。

 しかしながら彼女は衛士としての前線勤務を望み、本日晴れて日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊へ異動と相成ったのである。

 この第92戦術機甲連隊でも期待を集める存在であり、着隊とともに第3大隊第1中隊“サイウン・トルネーダーズ”の中隊長に任命された。

 

(なんなのだ……)

 

 ところが八倉世理子大尉の初仕事は、彼女がまったく予期していないものとなった。

 着隊の時期があまりにも悪すぎた。

 

「すみません、八倉大尉。着任早々手伝っていただいてしまい」

「気にするな、伍長。……成程、確かに戦時でも季節の行事は大事にしなければな」

 

 心から申し訳なさそうに謝罪しながらも満田華伍長は、水で満たした鍋をガスコンロにかけていた。

 時節は12月31日。満田華伍長ら手隙の将兵たちは合成そばを茹で、年越しそばをこしらえようとしていた。

 とはいえあまり凝ったものはできない。

 合成乾麺そばを茹で、合成めんつゆとともに供する予定だった。

 ちなみに隊員のほとんどはこれまで自然由来のそばしか食べたことがないため、興味半分、悲壮半分といった面持ちである。

 

 八倉世理子大尉に任されたのは、ねぎを刻むことだった。

 このねぎだけは東敬一大佐ら連隊本部が苦心の末、薬味として手に入れてきた天然ものである。

 

「天然ねぎ、というと高級な感じがするな。半年前まではただのねぎ、だったのに」

 

 八倉世理子大尉は狭いキッチンでねぎをざくざくと切りはじめる。

 ねぎを切ってくれ、と言われた先程までの衝撃はどこへやら。

 来年はどうなるか、とつくづく思う。

 

(関東は落ちずとも、重金属で相当に汚染されるはずだ。来年は合成ねぎになるかもしれんな――)

 

 だがこうして“季節もの”を再現できるだけ、まだマシかもしれない。

 帝国本土が消え失せるようなことがあれば年越しそばどころか、日本文化の危機が訪れるであろう。

 そうはさせぬ、と思いながら、ただ八倉世理子大尉はねぎを刻み続けた。

 

 ……。

 

「薬缶貸してくれ、薬缶!」

 

 八代基地で年越しそばの準備が進んでいる頃、多摩川防衛線の“突出部”――六郷土手要塞のガンルームでも第92戦術機甲連隊第33中隊の衛士たちもまた年越しそばを作っていた。

 しかしながらさすがに鍋を持ちこんでまで、年越しそばを作るほどの気合はない。

 というわけでラビット9――草水虹華中尉が実家から送ってもらった24個の合成緑のたぬきと合成たまごで、即席合成年越しそばを作っていた。

 

 要は、みなテーブルでお湯を注いでいた。

 

「天然緑のたぬきと味が全然違うわ」

 

 平林雅弘少尉はまずい、とは言わなかった。

 すべてはスープの問題であろう。

 

――ダシという概念がないしょう油を薄めた汁につかったそば。

 

 それが、正直な感想だった。

 しかしながら、まずいと言ってしまうのはわざわざ

 

「なーにが出征先は軍機だ! そばのひとつも送れん軍隊が戦争に勝てるか! 行き先を教えられんというならば、貴様らが送れ!(最初から担当者は出征先こそ教えられないが代わりに責任をもって送ると言っている)」

 

 と国防省に怒鳴りこんだという草水虹華中尉のご家族に悪かろう。

 

 が、当の草水虹華中尉は小柄な体躯をのけぞらせて、

 

「あーまず」

 

 と身も蓋もない食レポをしていた。

 

「いや天然緑のたぬきってなんだよ……もとから合成みたいなもんだろ」

「いやこのエビとかどうみても天然じゃないだろ」

「戦車級みたいな色してんな」

「食事中にしていい会話じゃねえよ……」

 

 束の間の休息。

 他愛もない会話をしているところ、急にガンルームがノックされた。

 

「どーぞー」

 

 五十嵐良則大尉はリラックスしたまま声を上げた。

 衛士用のガンルームを使うのは同じ衛士だろうと思い、気安かったのだろう。

 

「休息中、失礼する」

 

 途端に作業服姿の五十嵐良則大尉以下、誰もが座席から立ち上がった。

 名前は知らないがプレスのきいた制服で、しかも陸軍中佐の階級章をつけている男が現れれば、一同そうもなろう。

 誰、と思う前に参謀だろう、と思った。

 その背後には眼鏡をかけた制服姿の男が立っている。

 

「私は帝国軍参謀本部の作戦参謀、陸軍中佐の土田大輔だ」

「私は日本帝国本土防衛軍第1戦術機甲連隊所属、陸軍大尉の沙霧尚也です」

 

 第33中隊の衛士たちは慌てて名乗り返す。

 彼らは両者が作り出す厳粛な雰囲気に呑まれつつあった。

 が、五十嵐良則大尉は同時に胡散臭い空気を感じとり、両者が口を開く前に機先を制した。

 

「土田中佐殿、沙霧大尉。お見苦しいところ、申し訳ございません。ただいま部下に食事を摂らせているところです。もしよろしければ、ご一緒にお食事はいかがでしょうか」

 

 沙霧大尉は眉間に皺を寄せたが、土田大輔中佐は破顔一笑した。

 

「成程、年越しそばか」

「はい、中佐殿」

「敬称はいらん。だが緑のたぬきはもらおうか」

 

 土田大輔中佐は衛士の頭数と緑色のパッケージの数を確認してから、差し出されたそれをふたつ受け取り、ひとつを沙霧大尉に渡した。

 

「確かに戦時でも季節の行事は大事にしなければな」

 

 そう言いつつも土田大輔中佐は内心、

 

(合成緑のたぬきってなんだよ……もとから合成みたいなもんじゃねえか)

 

 とつぶやいていた。

 

 自然、そこから食事をしながらの会話となった。

 

「実はだね。正式に帝国軍参謀本部から西部方面隊、東部方面隊に命令を下すことになっているのだが、どうだろう――3が日のうち、あるいは4日に第1戦術機甲連隊の選抜中隊と第92戦術機甲連隊の第33中隊で協同作戦をとってもらおうと思っているのだ」

 

 切り出したのはやはり土田大輔中佐だった。

 

「はあ」

 

 五十嵐良則大尉は言質を取られないような曖昧な返事をしながら、そらみろ、と思った。

 望月作戦の発表から五十嵐良則大尉は、仙台をあまり信用していない。

 この多摩川防衛線に派遣されたのも、敵地に飛びこむようなものだ、と考えていた。

 

「協同作戦の目標は、横浜ハイヴ周辺に現在展開中の光線級に対する攻撃だ」

「はあ」

「一昨日、第35師団が光線級吶喊を試みてある程度の成功を収めたのだが、横浜ハイヴ周辺にて有力なるBETA群に阻まれ、100体近い光線級が未だ生残しているのだ」

「それを叩け、というわけですか」

 

 うむ、と土田大輔中佐は頷いた。

 

「第33中隊が装備・運用するA-10Cの火力は絶大なものがある。故に露払いをお願いしたい。先鋒を務める第33中隊が光線級の直掩集団を撃破。後続の第1戦術機甲連隊選抜中隊が、誘導弾を以て光線級を打撃するという算段だ」

 

「……」

 

「実は作戦計画自体はすでに帝国軍参謀本部の認可が下りている。ただ西部方面司令部から伝えられる前に、私の口から伝えた方が早いと思ってね。正式な命令を待っていては1月1日か2日になってしまうだろう」

 

「……」

 

「打ち合わせのために沙霧大尉も連れてきた」

 

「えー、中佐」

 

「では私は退席させていただく。衛士同士の方がよかろう」

 

 そう言い切ると土田大輔中佐は素早くガンルームを出て行ってしまう。

 いつの間にか合成緑のたぬきの汁の一滴まできちっと飲み干している。

 五十嵐良則大尉は、しまったと思ったが取りつく島がない。

 

 扉が閉まるとともに、第33中隊の衛士の声がハモった。

 

「(前衛と後衛)普通、逆じゃね?」

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