クルセーダーとは縁起が悪い、と第22中隊の中隊長、大島将司大尉は内心思う。
彼はとりわけ歴史に詳しいわけではないが、十字軍といえば、そのほとんどが聖地に到達という目的を達成できていない、というイメージがあった。
とはいえそんなゲン担ぎを頭から信じるわけでもない。
両親と届くかわからぬ我が子宛ての遺書を用意したあと、彼はしばらく手隙になっていた。
できれば電話で今年8歳になる陽菜の声を聴きたかったが――。
(あいつが許すわけもないか)
と、バツイチの彼は諦めていた。
むしろ彼は別れた女性よりも、いまの部下の方を気にかけていた。
「元気ねえなあ」
「大島大尉……」
非喫煙者にもかかわらず、隊舎の裏にある煙缶の前にぼうっと立っていた荒芝双葉少尉に、大島将司大尉は声をかけていた。
「お前そんなしょげたまんま、向こうに行くつもりかよ」
荒芝双葉少尉は鳶色の瞳に大島将司大尉を映したまま、固まった。
数秒の沈黙の後、彼女は「大島大尉は、大陸帰り――でしたよね」と切り出した。
「うん」
「じゃあ怖くないですよね」
「いや」
大島将司大尉はにやりと笑った。
「怖いさ」
「……ホントですか」
「知っているからこそ、だ」
嘘ではないが、彼は大袈裟に身震いをしてみせた。
「参加したのは、大連を巡る一連の攻防戦だ。俺の部隊は大連の玄関口、営口に配置された。中華と韓国の連中との協議では、営口北辺を流れる大遼河をはじめとする橋梁はすべて爆破することになっていた」
「……」
「ところが、だ。工兵部隊は浸透した戦車級を排除しながら、時には橋上の友軍を巻き添えにしながら爆破を試みている始末。俺たちはこれを援護し、そのまま河川を防衛線としたが、無数のBETAで川底がうずまり、1時間もしないうちに河川は有効な障害物じゃなくなった――常に最悪を超えてくるのが、大陸だ」
「じゃあ、なんでそんな、平然としていられるのですか」
「演じているからだ」
平然と言う大島将司大尉に、荒芝双葉少尉は驚いた。
「えっ」
「甘えるなよ、荒芝ァ――!」
途端、彼は怒気を発した。
「人々が“人類の剣”と信じてやまないのが、俺たち衛士と戦術機だ。その衛士がこの世の終わりみたいな顔をしていることなど、絶対に許されない! 往く先が死地であっても平然として赴くのが、衛士の矜持と知れェ!」
「は、はいッ」
「煙缶の前で待っていても始まらん! 貴様の同期は物干場にいる! 挨拶してこい!」
「はいッ」
「駆け足!」
「はいッ」
大島将司大尉は走り去る背中を見ながら
(隊長は演技の回数も幅も増やさなきゃならんのだな)
と心の中で呟いた。
――さて。
第92戦術機甲連隊・第22中隊が木浦港に到着する以前に、光州作戦は発動していたし、また日本帝国・大陸派遣軍は、朝鮮半島にわだかまる無数の避難民を救援するため、前線を押し上げ始めていた。
反転攻勢によってBETAと避難民の間にある物理的距離を稼ぎ、物理的距離を稼ぐことによって、避難民を輸送する時間を稼ぐ腹積もりであった。
“人類の剣”。
再編成を終えていた大陸派遣軍の戦術機甲部隊は、少なくとも作戦当初においてはその面目を大いに施した。
地積を確保しつつ、朝鮮半島中部に位置する鉄原ハイヴから溢れていたBETA群を相当数間引いた。
その一方で、避難を円滑に進めるため、後方の橋梁爆破や幹線道路上の障害物設置、地雷原の新設は実施しなかった。
大東亜連合軍諸隊の隊力は避難民の誘導に、機械力は避難民の足に、割かれている。
「光州作戦の作戦目標が、変貌している」
この実情を派遣している作戦参謀を通して知った健軍基地の西部方面司令官は、こうなることを知っていてもなお、表情を変えないまま呻いた。
光州作戦は国連軍・大東亜連合軍の撤退――貴重な将兵と重装備を済州島や対馬島、九州島に脱出させるための軍事作戦である。で、あったはずだ。戦術機甲部隊を殿部隊として、厳しい統制を有し、迅速な行動が可能な軍事組織を、速やかに移動させる。これなら成功の目は十分にある。
それがいま現地の判断で、避難が優先されてしまっている。
正確な頭数さえわからない避難民のために、車輌を、船腹を、回転翼機を、将兵を、割いている。
作戦目標が将兵の脱出から避難民の脱出にすりかわった以上、必要となる作戦期間も、隊力も、無際限に増大する。
人々の避難を優先するのは、正しい行いだ。
しかしながら――。
「うちらにそぎゃん力、余裕はなかとですよ……」
言いながらも、加えて失敗するとは知りつつも、西部方面司令官は成功を祈らずにはいられない。
無論、祈るだけではない。
彼は避難民の移送をスムーズにするため、対馬島・九州北部間、九州北部・本州間の輸送力の強化を図ろうと動き出した。
木浦港に上陸した第92戦術機甲連隊・第22中隊は、木浦港・光州市間に予備戦力として配置された。
これは最悪の事態といえるBETAの地中侵攻や、黄海を横断しての渡洋侵攻に備えての措置である。
大陸派遣軍の攻勢は順調そのものであり、全羅南道の北方――全羅北道からBETA群を駆逐することに成功していた。
しかし前線の押し上げと、避難民の後退・収容がいくらうまくいこうとも、退路を断たれればたまらない。日本帝国・大陸派遣軍および大東亜連合軍に側面の警戒を怠らなかった。
ところが戦線の崩壊は、正面から始まった。
「山岳連隊本部との通信が途絶――」
「重金属雲が下りてきた影響か?」
BETAに用兵の概念はないとされるが、大陸派遣軍は完全にしてやられた。
戦術機甲部隊の前面にそびえる高地を占領し、周辺警戒にあたっていた機械化装甲歩兵から成る山岳連隊が、逆襲に遭って瞬く間に壊滅。
そしてその高地に要塞級が出現し、光線級を産み落とした。
「照射警報ッ」
「んな、どこ――」
夜闇を数条の白光が奔った。
日本帝国・大陸派遣軍に“人類の剣”を抜き放たせてから、“後の先”の逆襲。
群山・益山一帯の高地がBETA群の手に陥ち、同高地に進出した光線級が平野部の人類軍に向けて膨大な熱量を撃ち下ろし、戦術機甲部隊の動きを制限する。
曇天の下――人工衛星による偵察能力が落ちる曇天の下、鉄原ハイヴを進発していたBETA群は論山で合流して師団規模の奔流となり、全羅北道の平野部にその姿を現した。
「は?」
大陸派遣軍・大東亜連合軍の衛士たちは、そこに土石流をみた。
砂煙、重金属雲、レーザー、照明弾、悲鳴が充満する空間を横断した突撃級・要撃級・戦車級の高速突撃。
迫る万単位のけばけばしい色彩を前に、彼らは抵抗を諦めた。
「高敞まで後退する」
そのBETAの波に、戦術機甲部隊は乗った。
前進する突撃級や要撃級を盾にしながら光線級の照射を躱し、平野部が狭く、高地があって敵の突撃が鈍りやすい――つまりは守りやすい高敞への撤退を開始した。
その高敞の東方に広がる山地を、戦車級をはじめとする中型種・小型種が抜けていく。
非戦闘員の避難を優先する日本帝国大陸派遣軍・大東亜連合軍は、山地を走るトンネルを爆破していなかった――故に、中型種・小型種の群れは、容易に内蔵山をはじめとする山々を踏破し、高敞南東の光州市に至った。
「光州にBETAが浸透した模様――」
「どういうことだ? ここから光州まで20kmはあるぞ?」
「おい、光州には国連軍司令部があったはずじゃ」
日本帝国・第13戦術機甲連隊の面々は、戦術機の補給拠点に転用されている高敞市内のPA/SAでそれを知った。
光州市を戦車級の大群が直撃してから、この時点ですでに2時間は経っている。
この頃にはすでに、幹線道路跡を利用した大型種が光州入りしていた。
補給の順番待ちをする撃震の衛士たちが議論する一方で、韓国軍のKF-16がPAから南方に開けた田園地帯へ主脚歩行で移動を始めた。
「フラッシュリーダー、こちらフラッシュ2。韓国軍のやつらが後退していきますが」
「スピアー、こちらフラッシュリーダー。貴隊はどこへ向かうなりや?」
「フラッシュリーダー。こちらスピアーリーダー。……機密の関係で詳しくは話せないが、韓国陸軍第1軍団司令部から戦況について説明があった。俺たちは光州の南、羅州にまで下がる。光州で戦闘が始まったなら、もうここにいる意味がない。羅州にはまだ多くの市民が残っている」
「我の司令部からは、この高敞で大型種を食い止めるという話が下りてきているが」
「命令は何時間前のものだ?」
「4時間前だ」
「フラッシュリーダー。地理勘があるから言えるが、光州にBETAが進出したということは、俺たちは両翼包囲されつつあるということだぞ。大東亜連合軍・帝国軍・国連軍の共同作戦司令部からも何も言ってこない――何かを言える余裕がないのかもしれない」
「光州の国連軍司令部が陥ちた?」
「おそらくな。……フラッシュリーダー。少なくとも俺たちはあんたらに借りがあると思ってる。だから俺たちの転進ルートをそっちに送る。光州西側の高地を光線級に占拠されていたとしても、照射を躱せるルートだ。もし転進するなら、使ってくれ」
「スピアーリーダー、こちらフラッシュリーダー。確認した。感謝する」
「感謝するのはこっちだ。最後は木浦で会おう」
韓国軍機に続いて、国連軍の戦術機が無言で離れていった。
韓国軍衛士の予想は正しく、このときすでに国連軍司令部は陥落。
国連軍は勿論のこと、日本帝国大陸派遣軍・大東亜連合軍の上級司令部も混乱状態に陥り、作戦指導が停滞――数時間に亘って、BETAに対して組織的な反撃が行われなかった。