【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■本話登場人物紹介

【谷山郷太(たにやま・ごうた)】

 軍曹。第92戦術機甲連隊本部第2科所属の地誌担当。
 彼自身、現地での情報収集を重視しており、戦地には直接赴く(8話)。

【関完太郎(せき・かんたろう)】

 中尉。第92戦術機甲連隊本部第3科所属の警備担当幹部。
 クレバーな性格で本質的に他者を信用していないきらいがある。“対岸の消火”論が隊内で過熱した際には、問題児が集まった第23中隊の監視強化を提案した(34話)。

【田上忠道(たがみ・ただみち)】

 日本帝国斯衛軍少尉。同軍大宰府警備隊所属。家格は“黄”。
 23話にて初登場。婚約者が京都にいたらしい(25話・TE)。
 82式瑞鶴を駆って最前線に立つが、無事に九州防衛戦を戦い抜いた。
 それが少なくない影響をこの確率時空に与えている。

【許起範(きょ・きはん)】

 大尉。韓国陸軍第30戦術機甲旅団第51戦術機甲大隊所属。KF-16を駆る。コールサインはスピアーリーダー/スピアー1。
 初登場は6話。第92戦術機甲連隊第22中隊に危地を救われており(7話)、鉄原ハイヴ漸減作戦にも参加している(19話)。





■61.JAS-39CB アララトグリペン(3)

 小雨降りしきる六郷土手要塞。

 眼前の多摩川は要撃級と戦車級の死骸で半ば(うず)まり、行き場を失った河水は野戦築城によって強化された六郷土手要塞側ではなく、多摩川南岸を侵していた。土砂とBETAの体液で濁った水は、崩落したタワーマンションや団地群の足下を濡らし、辺り一帯を湖のような景観に変えていた。

 

「サイウン。こちらCP。東海道本線沿いを要撃級50、戦車級200から成る敵中隊が北上中」

「CP。サイウン1了解。聞いてたな、皆殺しにするぞ」

「了解」

「り、了解……」

 

 八倉世理子大尉や実戦慣れした衛士たちとは対照的に、新米衛士たちの声には覇気がない。

 要撃級、戦車級の戦闘突撃。

 後衛のC小隊は120mmキャニスター弾を曲射で発射した。虚空で炸裂した4発の砲弾は、約4000個にも上る多数の鉄球を降らせる。廃墟穿つ、無機質な雨。戦車級は瞬く間にミンチとなり、崩壊した路面に縫いつけられた。

 が、要撃級は鉄球が背中に数発めりこんだ程度では即死はしない。

 さすがに100発前後の鉄球を浴びた個体は感覚器や脚から体液を垂れ流して絶命するが、ほとんどの要撃級は平然と前進を続ける。

 

(射撃に精彩を欠いているな)

 

 八倉世理子大尉は舌打ちをしかけたが、やめた。

 4名の中堅衛士から成る小隊ならば、いまの小隊集中射でより多くの要撃級を殺せていたはずだ。

 しかしいまのC小隊は小隊長の古野義一中尉を除けば、みな新人だ。

 生き残った40体近い要撃級は戦車級の死骸を蹴飛ばし、地に伏す歩道橋を乗り越えて一気に六郷土手要塞に迫る。

 

 が、無為無策の突撃でJAS-39CBアララトグリペン12機の戦陣を破れるわけがない。

 前衛を担うB小隊は突撃砲を連射し、速やかに要撃級を殺戮した。

 

「サイウン。こちらCP。よくやった。別命あるまで待機せよ」

「サイウン1了解。各機、聞いていたな。現在地にて待機する」

「了解」

 

 サイウン8、いわゆる“新品”の実方成也少尉は張り詰めた息を吐いた。

 意識せずとも網膜に投影されているデジタル表記の時間を、気にしてしまう。

 7:54――JIVES筐体にその身を預けてから、すでに19時間が経過しようとしていた。

 

(こんなん、走り込みに比べれば余裕だっての……!)

 

 実方成也少尉は心の中でそう強がったが、実際のところ体力錬成訓練や衛士訓練学校での教習と、この第92戦術機甲連隊第31中隊のシミュレーター訓練は性質が違う。

 走り込みや戦闘技術評価演習、戦術機教習には必ず“ゴール”が設定されていた。

 ■周すれば終わり、Cポイントを占領すれば終わり、電子上の敵を殲滅すれば終わり――。

 しかしながら今日のJIVESを使ったシミュレーター訓練は違っていた。

 明確な終わりが存在しない。

 新米衛士たちは当初、通常の課業の時間内に終わるだろうとたかをくくっていたが、そうは問屋が卸さない。それもそのはず。状況にもよるが、戦場における実際の戦闘は■時間で終わるという確証などどこにもないのだから。

 

 訓練開始から25時間後、第31中隊は全滅した。

 

 六郷土手要塞の所在する大田区に面する品川区に、地中侵攻した旅団規模のBETAが出現。第31中隊は反転し、この新たなBETA群が抱える約200体の光線級を殲滅せよ、という命令を受領――そしてまず前衛B小隊は突撃級の戦列にひっかかり、小隊長の青山敬行中尉と、実戦経験のある日隈三央少尉を除いて戦死判定を受けた。

 続くA小隊、C小隊も瞬く間に5機が被撃墜。

 計7機が撃墜され、残機5。

 これではいかんともしがたく、光線級吶喊は失敗に終わった。

 

(ま、こんなものだろうな)

 

 B小隊を率いていた青山敬行中尉は、そう思いながらJIVES筐体から出てきた。

 死の八分、死の八分と言われるせいで勘違いされやすいが、衛士の性格・適性において最重要視されるべきなのは短時間の集中力と秒間の判断力、戦闘力というわけでもない。

 むしろ衛士は戦線崩壊の危機を防ぐための火消し役や、ここぞというときの機動打撃役を任されることが多く、搭乗した状態での待機時間が長い。

 また歩兵とは異なり、なまじ逃げることが可能であるため、断続的な戦闘を繰り返す後退・退却・殿戦を経験することがある――先程のように終わりが見えない状況に送り出される可能性が大きい。

 となれば一瞬一瞬の集中力、戦闘力もさることながら、状況の判断や息の抜き方もまた鍛える必要がある。

 戦場の呼吸に慣れる、とでも言おうか。

 

「グリペンが泣いてるぞ」

 

 青山敬行中尉は冷徹に、そして周囲に聞こえるように言った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 望月作戦に参加する日本帝国本土防衛軍西部方面隊の第一陣は、すでに望月作戦の拠点となる六郷土手要塞に向かって出発していた。

 主に工兵部隊や後方職種の人間が主である。第92戦術機甲連隊からも警備担当幹部・関完太郎中尉や地誌担当の谷山郷太軍曹が関東へ赴いていた。

 同時に現地で必要になる車輌や弾薬の類も輸送船『みやらび』『フェリーたかちほ』をはじめとする傭船を使い、武器弾薬の輸送も始まっている。

 

「忠道。本当に忠道が横浜で戦わなくちゃいけないの」

「これでも武家だからね。帝国の存亡がかかっているいま、最前線に立たないわけにはいかないよ。だから和泉も、戦地に身を置いているわけだし」

 

 国連太平洋方面第11軍が内政不干渉の原則を盾に拒絶されたのとは対照的に、黒月陣風少将の願い通り日本帝国斯衛軍大宰府警備隊は、望月作戦への参加が許されていた。

 その理由は黒月陣風少将による政威大将軍殿下への直訴ではなく、城内省の政治的判断によるところが大きい。

 要は政治力・発言力・存在感の強化のため、城内省は出せるならば望月作戦にも斯衛軍を参陣させたかったのである。

 畏くも政威大将軍殿下も黒月陣風少将に関東へ下ることの御許しを賜りあそばされた。

 その事実を盾に、帝国軍参謀本部の消極的反対を押し切った形である。

 一方で斯衛軍の主力は明星作戦に投じられることになっており、斯衛軍からは大宰府警備隊以外に参戦する部隊はないことになっていた。

 

「忠道――ご武運を祈ります」

 

 婚約者との電話を終えるとともに、現地の調整のために先んじて関東へ発ったのは、譜代武家で“黄”の家格をもつ田上忠道少尉である。

 BETAの日本侵攻さえなければ、今頃は婚儀を挙げていたであろう。

 

 ……。

 熊本から約400km離れた大韓民国・済州島済州国際空港におかれた第30戦術機甲旅団司令部では、数名の衛士が旅団長に詰め寄っていた。

 その先頭に立っているのは、第51戦術機甲大隊を率いる許起範大尉である。

 

「閣下。なぜ我々の望月作戦への参加が認められないのか、納得のいく説明をしていただきたい」

 

「その、だね。まあ私には当然その裁量がないのでね……」

 

 線の細い旅団長は、たじたじといった風であった。

 

「では先日も申し上げたとおり、大統領閣下に上申していただきたい」

 

「無茶を言うな……」

 

「1年前、海を越えて我々を助けてくれた衛士たちが、いま抹殺されようとしているのです」

 

「……」

 

「ならば今度は我々が海を越えて、彼らを助ける番ではないですか」

 

「……」

 

「それができずして何が“往くところ必勝、無敵の第30戦術機甲旅団”か。往かず戦わず、弱兵の第30戦術機甲旅団。劣弱部隊に改名した方がよろしい。これでは卑怯者の集まりではないですか」

 

「口を慎めッ!」

 

 許起範大尉の訴えに、第30戦術機甲旅団長は怒鳴りながらも、内心では頭を抱えていた。

 心情はわかるが、大尉の言っていることは滅茶苦茶だと彼は思う。しかも問題は許起範大尉らの問題提起を無視したり、彼を処罰したりすれば済む話ではなかった。

 いまや済州島に押し込められた韓国国民の中で、同様の主張が広がりつつあったのである。

 特に1年前、木浦港から脱出してきた人々や将兵の間でこの意見は強く共有されていた。

 

「……」

 

 第30戦術機甲旅団長の苦悩など、はっきりいって何の意味もなかった。

 

 数日後には済州島全体で、暴動が起きたからである。

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