【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■62.JAS-39CB アララトグリペン(4)

 物資欠乏、食糧不足、経済崩壊。

 多くの国民と国土を喪失する大敗を喫したことで蓄積されていたフラストレーションが爆発する契機となり得る要素は、いくらでもあった。どれが暴発に至ってもおかしくはなかった。

 それは偶然、本当に偶然だったのだ。

 

――なぜ政府は、恩人を見殺しにしようとするのか。

 

 そう声高に叫んだのは、木浦港から脱出してきた避難民たちであった。

 加えて少数ではあるが政府関係者、そして韓国陸軍将兵がそれに続いた。

 物質的に困窮し、新興工業国としての矜持を失った彼らに残っているものは少ない。

 日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊にいま助力しなければ、“義”さえも失う。

 それが彼らの言い分のひとつであった。

 

 現状では緩やかなデモ運動でさえも致命傷になり得る以上、韓国政府は義務戦闘警察を主とする鎮圧部隊を出動させたが、義警の一部もまたデモ運動に合流してしまう事態となった。

 そもそも戦闘警察は破壊工作を行う過激な恭順派を取り締まるために編成された組織であり、また彼らも光州作戦によって済州島に後退してきた者が多かったのである。

 

 やむなく韓国政府は事態の収拾を図った。

 日本帝国本土防衛軍や国連太平洋方面第11軍との協同作戦の経験がある第51戦術機甲大隊(実態は1個中隊)を核とする“義勇戦闘団”を編成するとともに、日本帝国政府に望月作戦への義勇戦闘団の参戦を求めたのである。

 つまるところ、韓国政府は帝国政府に泣きついたのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「青山中尉も酷えよな」

 

 夕闇の中。隊舎裏の煙缶周りに、実方成也少尉ら第31中隊の新人たちは揃っていた。

 と言っても煙缶を実際に使っているのはサイウン11――小野木育男少尉だけだ。

 彼だけが米第7艦隊関係者が第92戦術機甲連隊に寄贈してくれたというラッキーストライクに火をつけ、肺に煙を入れていた。

 

――グリペンが泣いてるぞ。

 

 青山敬行中尉がひとりごとでそう言ったわけではないことは、みなよくわかっていた。

 その意図がわかっているからこそ、腹立たしい。こっちだって衛士訓練課程を終えたれっきとした衛士なのだ。手だって抜いていない。懸命にやっているのだ。だいたい24時間以上もJIVESに押しこめるなど、やりすぎではないか。

 そんな不満を腹の底に秘めながら、実方成也少尉は苛立ちを隠しきれずに愚痴を吐いた。

 

「そこまで言わなくてもいいじゃねえか」

 

「光線級吶喊がうまくいかなかった、それはこっちもわかってるんだよなあ」

 

 同調したのはサイウン3――日和裕文少尉である。

 他の衛士たちも釣られて、頷いていた。

 頷いていないのはタバコの灰を煙缶に落としていた小野木育男少尉だけだ。

 

(……)

 

 小野木育男少尉の心境は複雑だった。

 自身と同期の技量は、実機操縦に長けている、あるいは実戦経験を積んできた先輩衛士からみれば、まだまだなのだろう。それはわかった。だが何をすればいいのか。ガキではあるまいし一から十まで教わろうとは思わないが、手がかりがなければ焦りと苛立ちが募るだけだ。

 

「あれ、先客か」

 

 第31中隊の新人たちが愚痴り合っているところに現れたのは、第23中隊の衛士である深川正貴少尉とその同僚である竹原晶大少尉、それから望野更沙少尉であった。

 3名ともに、喫煙者である。

 

「見ない顔だけど――もしかしてサイウンの新人さんかな?」

 

 望野更沙少尉はにかっと笑った。

 対照的に深川正貴少尉は、不機嫌そうに作業服の胸ポケットから出したわかばに火を点け、これ見よがしに何度か口をつけると、彼ら第31中隊の衛士の合間に割りこんで煙缶に灰を落とした。

 深川正貴少尉は新人たちに対して、会釈さえしなかった。

 彼は弱者を嫌っている。

 

「あ、そうだげども」

 

 比氣恵名少尉が戸惑いながら返事をすると、望野更沙少尉はことさら明るい声をあげた。

 

「えーっ、じゃあよろしくね。私たち第23中隊だから」

 

第23中隊(プリズナー)、か。」

 

 実方成也少尉は露骨だった。

 すでに彼は第23中隊の良からぬ噂を聞いていたのである。

 お前らは衛士の恥だ、と口には出さなかったが、明らかに彼の顔には出ていた。

 が、望野更沙少尉は咎めることもなく、

 

「まあまあ同じ連隊なんだからさ、助け合っていこうよ。しょっぱなからだいぶシゴかれたみたいじゃん。でもまあよくある話だからさ、気落とさずにいこうよっ」

 

 と笑い飛ばした。

 が、その表情と声色が、実方成也少尉の癇にさわった。

 

「うるせーよ」

 

 同じ第31中隊の少尉たちもぎょっとして彼を見た。

 

「同じ階級だってのに(メンコ)の数で先輩風吹かされちゃたまんねえや。だいたいあんたら先輩たちが不甲斐ない戦いしてっからこんなことになってんだろうがよ。それで上から目線(ウエメセ)でモノ語ってんじゃねえぞ……」

 

「へえ、言うねえ」

 

 小柄で一見すると華奢にみえる望野更沙少尉だが、実方成也少尉にすごまれてもまったく動じなかった。

 

「サネカタさん、かな」

 

 それまで黙っていた竹原晶大少尉もまたラッキーストライクに火を点けてふかしてから、3年は後輩になる衛士の名札を見て、彼に釘を刺した。

 

「悪いけど望野少尉は大陸帰りだ。それぐらいの戦巧者でも苦戦する相手がBETAなんだよ――」

 

「結果がすべてだろうが! 1000年の歴史をもつ帝都は陥ちた。そんで俺の家族はみんな行方不明だ――俺はあんたらみたいなぬるい戦い方はしねえ。BETAなんざ全部殺してやる」

 

 完全に頭に血が上っている、と竹原晶大少尉は実方成也少尉をみていた。

 

「故郷を失って」

 

 言葉を継いだのは深川正貴少尉だった。

 彼は半ばまで吸ったわかばを煙缶に棄てる。

 

「家族を失えば、強くなれるのか。なら俺たち帝国軍人は無敵のはずだな……。そんなわけねえだろ」

 

 瞬間、実方成也少尉が深川正貴少尉に掴みかかろうとしたが、慌てて周囲が止めた。

 望野更沙少尉は「言いすぎ!」と半笑いだったが、しかしながら正論であった。

 3000万近い人間が昨年の夏から冬にかけて死んだのだ。

 親類、恋人、友人、知人を失った経験のない軍人など、いない。

 

「飯の数だけかは、すぐにわかる」

 

 深川正貴少尉はそう言って、煙缶を離れていった。

 

 ……。

 意外にも“差”の証明を示すときは、早々に訪れた。

 

 数日後、F-15AAから成る第23中隊と、JAS-39CBを装備した第31中隊合同の異機種戦闘訓練が行われた。

 その理由は両中隊とも新機材を装備して間もないため、実機に慣れる機会が必要だと見做されたからである。また異機種戦闘訓練は対BETA戦に臨む部隊にとっては無意味である、と考えられがちだが、実際には小隊単位、中隊単位の連携を鍛えるためにはうってつけだ。

 また西部方面司令部からの指示で、第92戦術機甲連隊本部の立てる訓練計画は他の部隊と比較して対戦術機訓練が多く盛りこまれている。

 

 故に第23中隊、第31中隊は日本帝国本土防衛軍西部方面隊・大矢野原演習場にて相対するに至った。

 

(こっちは第3世代戦術機。初期型の陽炎なんて――)

 

 そう侮っていた新人たちは、そこに歴然とした技量の差を見た。

 

「プリズナーッ、楔壱型(アローヘッドワン)!」

 

 状況開始とともに、F-15AAの群れが地を蹴った。

 瞬時に構成される鋼鉄の鏃。

 アローヘッドワンといえば、戦術機甲部隊にとって基本ともいえる突撃陣形だ。

 

 しかしながらその戦陣は、通常とは様相が違っていた。

 本来ならば近接戦用装備を有する前衛小隊が最先鋒に立つ。

 

 が、いま最先頭に立ったのは後衛を担うはずのC小隊機。

 地表面高速滑走で疾駆する彼らは、各機4門の突撃砲による行進間射撃を実施し、その後背のB小隊がさらに弾幕を強化。

 そして近接戦闘に長けたA小隊を最後尾においたまま、彼らは一気に第31中隊の戦陣に迫った。

 

「ブレイクッ」

 

 八倉世理子大尉の判断は素早かった。

 

鶴翼(ウイング)に転換ッ! A、B小隊は側面を衝け!」

 

 敵弾を躱しながら両翼を広げた鶴翼陣を取り、突っこんでくる敵中隊の側面を攻撃――あわよくば強烈なクロスファイアを浴びせようと指示を出したのである。

 

 ところが、実施がワンテンポ遅くなった。

 敵の射線から逃れることばかりに意識が向き、分隊単位さえ維持できない新人衛士たちのせいで、鶴翼陣はその両翼を広げきれないまま、第23中隊の高速突撃を迎え撃つこととなった。

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