【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■67.もうこの街でこれ以上――!

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 小雨が降っている。

 

 砲声と、本照射の甲高い音も響いている。

 

 戦場まで、わずか数kmの六郷土手要塞。

 

 待機状態の緊急発進機は、ただ雨に打たれて立っていた。

 

 その足元で眼鏡をかけた衛士と、右腕を失った元・衛士が睨みあっている。

 

「卑怯者」

 

 静かな怒りが、衛士にぶつけられた。

 

「満田少尉」

「いまは伍長。見ればわかるよね」

 

 レンズとレンズについた雨粒越しでも直視はできず。

 衛士は視線をわずかにずらした。

 

「命令は――」

「命令? 中将(オヤジ)が泣くよ」

「……」

「だったらこの不知火、貸して」

「無茶を言う」

「その無茶をやったのが中将(オヤジ)でしょ」

「……」

「戦えない人々のために戦うのが、衛士だから」

 

 言外に、だが。

 

 満田華伍長は、沙霧尚也大尉を“戦えない人々”に含めてそう言った。

 

 小雨に濡れた94式戦術歩行戦闘機不知火は、泣いているようにもみえたし、要塞の向こう側にいる仇敵を睨みつけているようにもみえた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 旧多摩川駅前。

 

 立錐する“黄”と“白”の巨人は、長刀を担いだまま南の空を仰いでいた。

 

 衝角と凶刃が鎬を削る戦場からさほど離れていない。

 

「忠道――」

 

 故に聞こえてくるのは砲声だけではない。

 

 チャンネルを合わせれば、衛士の息遣いと肉声が聞こえてしまう。

 

 かつて帝都と九州、512928m離れていたひとりの少女と、若人(わこうど)――。

 

 しかしいまは8174mしか離れていなかった。

 

 戦術機ならば、指呼の距離だといえる。

 

「和泉、わかってると思うけど」

 

 だから小隊長を務める“黄”の衛士は、釘を刺した。

 

 彼女は能登和泉少尉のことをよく知っている。

 

 九州地方にて戦端が開かれ、しかしながら無事にBETA第1梯団を退けたと聞いたときには、和泉は歓喜の涙を流していた。

 

 そして互いに窮地を脱し、その後続いた退却戦の日々においても、和泉は彼と再び会う日を夢にみていた。

 

「……」

 

 にもかかわらずいま、能登和泉少尉は組織によって縛りつけられている。

 

「和泉」

 

「……うん」

 

 頷きながら、和泉はすべてを呪った。

 

 関東遠征を決めた黒月少将を。

 

 甲22号目標漸減作戦への参加を認めない上層部を。

 

 そして、組織だの、命令だの、評価だの。

 

 そんなくだらないことを理由に、多摩川を越えられない自分を。

 

「噂どおりの処刑、ですわね」

 

 能登和泉少尉の思いなど斬り捨てるように、山城上総少尉は冷たい声色で言った。

 

「山城少尉ッ」

 

 “黄”の小隊長が思わず飛ばした叱責の声にも、彼女は動じない。

 

「いま多摩川の向こう側で起こっていることは比喩でもなく処刑でしょう」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「FC-1、12機が帰還します」

「うち1機が右主腕部損傷とのこと!」

 

 六郷土手要塞から離れた平和島公園には“鉄翼長城”と大書された幟が上がっている。

 

 統一中華戦線――より正確には中国人民解放軍が派遣した後方支援部隊のスタッフたちは、帰還する第12中隊の中国製戦術機FC-1を迎えるべく右往左往していた。

 

 その一角で夏露政治委員はガスボンベとコンロを持ちこんで、お湯を沸かしながら、さらに合成米を炒めていた。

 

「茶を用意してあげて!」

 

 夏露政治委員は衛士ではない。

 整備兵でもない。

 しかし、衛士上がりではあった。

 戦場の衛士や整備兵が求めるものを、知っている。

 

 故にこの場で己が売りこんだFC-1を最大限活躍させるため、出来ることをしていた。

 温かい飲み物と、温かい食事。

 それは古今東西、戦場で喜ばれる代物である。

 

「来たぞ――!」

 

 次々とランディングする銀翼。

 うち1機の右主腕は、肘から先が妙な方向に曲がっていた。

 最先頭の1番機の外部スピーカーで大音声で叫ぶ。

 

「9、10、11、12のミサイルコンテナ換装からやってくれ!」

 

「あの隊長機に飲み物やるから衛士は降りて来いと伝えろ! どうせミサイルコンテナの換装、推進剤補給に20分はかかる!」

 

 茶を飲み過ぎたら?

 

 そのときは機上でトイレパックへすればいいだけの話だ。

 

 そんな陰謀5割、善意5割で夏露政治委員は鉄鍋を振るっている。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 六郷土手要塞からたった2km。

 走ればさほどかからないはずの道程。

 それが数十kmにも、数百kmにも感じられた。

 

 崩落した南武線の高架に這い上った韓国陸軍のM48が、戦車砲を連射している。

 どこへ、何を撃っているかを確認する余裕は、今田佳輔上等兵にはなかった。

 彼は右腕部にマウントされている機関銃を連射し、前方の瓦礫の山の上にたむろする兵士級どもを粉砕する。

 

 その傍では同じく機械化歩兵装甲を纏った工藤卓也上等兵が、周囲の警戒にあたっていた。

 

 腕力を無限に増幅するがごとき機械化歩兵装甲。

 しかしながら、これを以てしても小型種に対して圧勝できるわけではない。

 闘士級と接近戦をやれば勝率は五分。

 戦車級との接近戦ともなれば三分あればいいだろう。

 

 軋む無限軌道の音が迫ってくる。

 第92戦術機甲連隊本部付の60式装甲車だ。

 上面や後部には取手が溶接されている。

 

 回避機動中に墜落したJAS-39CBの衛士は意識を取り戻したあと、機械化装甲を纏ってハッチを強引にこじ開ける形でベイルアウトに成功。

 しかしながらその過程で、機械化装甲の一部を故障させてしまったらしい。

 故に第92戦術機甲連隊の警備部隊の中から選抜された彼らが、回収作業に向かっている、というわけだ。

 

「ナメクジ91。こちらバッタ04だ。前方の敵は全滅させた」

「バッタ04、ご苦労!」

 

 今田佳輔上等兵は出動が決まってから、舌打ちもしていなければ、愚痴も吐いていない。

 相方も同様だ。戦場で衛士を拾うくらい、最初から覚悟の上。

 暇つぶしには、ちょうどいい――それが彼の精一杯の強がりであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 夕闇が迫る鶴見川東岸。

 彼我乱戦が始まる中で櫻麻衣大尉と僚機の菅井麗奈中尉は、光線級の予備照射を躱すのも兼ねて要塞級に吶喊した。

 鶴見川にその身をつからせた怪物は、溶解液したたる衝角を奔らせる。

 その先にあるのは櫻麻衣大尉が操るF-14N――瞬間、可変翼を操って鈍色の機体は、衝角が狙った“未来位置”から逃れた。

 

「死ねや!」

 

 同時に菅井麗奈中尉機が跳びあがり、右肩部と頭部の接合部を長刀で振り抜いた。

 

 鶴見川の中央で崩れ落ちる要塞級。

 それとともに櫻麻衣大尉は鶴見川の西岸に立つと新たな要塞級に目をつける。

 1階部分しか残っていなかったアパートを蹴飛ばして前進する要塞級に向かって飛翔――放たれる衝角を、可変翼の微妙な操作で故意にバランスを崩して避けると、足下に着地。

 そして一気に左肩部を斬り上げ、これを無力化する。

 無論、衛士は“次”を見据えていなければならぬ。

 櫻麻衣大尉機は要塞級を斬り上げながら、背面ガンマウントを展開させて集まる戦車級めがけて掃射を行い、着地点を確保していた。

 

「そろそろ来るぞ――」

 

 櫻麻衣大尉には、確信があった。

 であるから多少無理をしてでも要塞級の死骸という“障害物”を作り出している。

 彼女だけではなく第11中隊の衛士たちは、己の直感を信じて第92戦術機甲連隊と諸隊のために地の利を提供すべく動いていた。

 

「HQ、こちらサイウン1! 残弾が心もとない、補給のための後退許可を!」

「サイウン1。こちらHQだ。ミツバチが補給を終えるまで待て」

「HQ、わかった。が、もたないぞ……!」

 

 JAS-39CBから成る第31中隊機の半数は、すでに携行弾数のほとんどを消費してしまっていた。

 同機が軽量・小型機であることもあるが、新人たちが無駄撃ちしすぎたことがその理由だ。

 故に前衛小隊・中衛小隊は近接格闘を余儀なくされている。

 

「くそ――!」

 

 サイウン8、実方成也少尉機は左主腕で保持していた突撃砲を棄てると、右主腕を迫る要撃級の頭部に突き出した。

 展開済みのスーパーカーボンブレードは、半ば圧し潰すようにその頭部を破壊する。

 血肉とともに引き抜かれる刀身。

 左主腕部のブレードもまた開放され、脇から飛びかかってきた戦車級を横殴りに斬殺しながら吹き飛ばす。

 

「え゛」

 

 その隣で、破砕音が響く。

 

「飯島ッ!」

 

 主脚部を狙った要撃級の横殴りの一撃に対応できず、半ば吹き飛ばされるように転倒する飯島光三少尉機。

 

「サイウン7、ベイルアウトしろ!」

 

 トドメとばかりに前腕を振り上げた要撃級は、感覚器と脇腹を射抜かれて沈黙した。

 未だに砲弾を残しているサイウン5――青山敬行中尉が狙撃したのである。

 しかしながら次の瞬間、飯島光三少尉機は戦車級の奔流に呑みこまれている。

 

「あ゛、ぎゃ――いあ゛」

「飯島ッ!」

「サイウン8、駄目だ! まず前見ろ!」

 

 実方成也少尉機は飛びかかってきた要撃級を、横っ飛びで避け、避けながらその胴部を右主腕のブレードで斬り裂いた。

 さらに着地点に居合わせた戦車級を踏み潰し、左主腕を眼前の要撃級に叩きつける。

 考えているというよりは、本能のままに暴れている状態に近かった。

 

 その頭上をF-8Eクルセーダーが放った127mmロケット弾が翔けていく。

 狙いは旧鶴見駅西方の寺社にまで進出してきた光線級と重光線級である。

 が、そのほとんどが空中で迎撃され、また降り注ぐロケット弾と子弾の多くは光線級の傍にそびえる要塞級に直撃してしまい、思うような効果を上げることができなかった。

 

「こちらHQ。シスターはロケットランチャーを投棄し、サイウンを援護せよ」

「了解。シスター1より各機、ランチャー投棄。指定座標でヒヨッコどもを――」

「旧森永工場に重光線級2!」

 

 誰かが叫ぶ。

 戦塵で汚れたファンシーな塗装の外壁。

 その脇に立つ全高約20mの怪物は、照射膜を発光させた。

 

「誰がやられたッ!」

「サイウン11だ!」

「こちらHQ、ゼノサイダC小隊。対処せよ」

「ゼノサイダ9、了解」

 

 撃墜されたのは近傍に現れた戦車級を振り切るべく回避機動をとり、であるがゆえにBETAから離れていたサイウン11、小野木育男少尉機であった。

 加えて補給を終えて移動中であったミツバチ9、寒川賢介中尉機が撃墜されている。彼は予備照射から本照射に至る前に回避機動をとっていたが、ほんのコンマ数秒だけ本照射が擦過し、その凄まじい衝撃波のあおりを受けて旧川崎病院に激突してしまっていた。

 

「おいHQ――光線級の所在はどうなっている!?」

 

 苛立たしげに声を上げたのは、宇佐美誉大尉であった。

 その合間に彼女が操るMiG-29SEKは膝射の姿勢を取り、36mm支援突撃砲で廃墟の上から頭を出した光線級を吹き飛ばしている。

 

「こちらHQだ。すでに正確な位置は不明だ」

 

 園田勢治少佐は事実を口にするほかない。

 狭い戦域に多数の光線級が、しかも本照射を繰り返している。

 そのためレーザークラウドが無数に発生しており、また彼らもその場に留まっているわけではないため、水蒸気の塊と熱量が無秩序に広がりをみせている。

 つまり小型無人偵察機のセンサーは役に立たない、というわけだ。

 

 そして破局は、みるみるうちに近づいてきた。

 

「こちらスピアー1だ。旧末吉橋付近に要撃級、戦車級多数。少なく見積もっても旅団規模」

「細かいのがうじゃうじゃいやがるだけだろ――!」

「が、放っておけば右翼を衝かれるぞ!」

 

 まず3000近い新手が攻防の中心となっていた旧鶴見橋よりも上流の旧末吉橋付近に出現。

 

 続いて要塞級を優先的に斬り殺していた櫻麻衣大尉が、“まだ”生きている要塞級の頭部あたりまで跳んでから、にがにがしげに言った。

 

「こちらゼノサイダ1。最悪のタイミングだな――第二次増援だ」

 

 門のあたりから次々と突撃級が現れ始めている。

 櫻麻衣大尉がいうところの“最悪”とは、他者からすれば“絶望”に近い。

 第二次増援といえば師団規模は固い。おそらく2万から4万。どう少なく見積もっても態勢が揺らいでいるいま迎え撃てば、総崩れになる可能性が高い個体数だった。

 

(どうする)

 

 園田勢治少佐は恐慌に陥る余裕さえなく、策を練った。

 

(A-10Cの第33中隊は補給を完了させたまま手許にある。これを横隊に並べてもう再び砲撃戦をさせる。第一次増援の光線級・重光線級も前に出ている以上、厳しい戦いになるだろうが……。側面の旅団規模の要撃級・戦車級に対しては、損害を覚悟の上で韓国軍と斯衛軍に支えてもらうほか――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのとき、オープンチャンネルに、声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしいだろ――!」

 

「誰がどう見ても、この状況はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1機の94式不知火が、六郷土手要塞から突出した。

 

 帝国軍仕様の鈍色のそれではない。

 

 地球の青を纏った国連カラーの不知火は、廃ビルの合間を縫って一気に最前線へ打って出る。

 

「デリング8! おい、孝之!」

 

 続けてもう1機。

 国連カラーの不知火が、六郷土手要塞から飛び出した。

 

「落ち着けよ!」

 

「落ち着いてられるか――ここは!」

 

「デリング8、9、戻れッ!」

 

「ここは俺たちの街なんだッ、だからもうこの街で――!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の鳴海孝之少尉の咆哮は、人々の感情を揺さぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この街でこれ以上、誰も死んでほしくないんだ!」

 

 

 

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