「畜生――なんで南平大橋も支石橋も残っていやがる!」
「ゴーストリーダー。老案駅前に戦車級30、小型種は算定不能」
「ゴーストブラヴォー小隊は老案駅を制圧射撃せよ」
「老案駅前にはまだ多くの避難民が……」
「もう対岸は助からん。放置しておけば橋を渡ってこちらの側方を衝かれるぞ」
「てめえら大東亜連合と帝国は何をやってやがっ゛」
「ストライカー12、応答しろ!」
「スピアーリーダーよりスピアー各機、49号線を南下する突撃級の頭を抑えるぞ!」
「あ゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「ゴースト2、脱出しろ! 脱出レバーを引けッ!」
光州から脱出した国連軍と、土地勘から集結した大東亜連合軍の戦術機甲部隊は、全軍が立ち直る時間を稼ごうと光州市の南辺――老案駅から中峯山に至る約10kmの防衛線を築いた。
が、その防衛線も早々に破綻をきたした。
戦術機の補給拠点となっていた光州空港を失い、砲兵はすでに光州でBETAの腹に収まっている。戦術機から成る諸隊は、万全な状態で戦えているとは言い難かった。大型種の高速突撃が防衛線の一角を崩すと、その空隙に戦車級の群れが殺到する。転倒したKF-16が戦車級の群れによって瞬く間に解体され、我慢ならずに飛び上がったF-15Cが重光線級の照射を浴びて爆散。炎を噴きながら落下していく残骸が夜空を焦がした。
その老案駅から約6km南方の羅州駅周辺では、体育館や小中学校・高校などに収容された人々が不安げに顔を見合わせていた。
轟く砲声。窓の外を見やれば、北の空が紅蓮に滲み、数本の光芒が瞬く。
泣く幼子、空腹と疲労でぐったりする小学生たち。
体育館の警備にあたる警官や兵士たちは無線で何事かやり取りし、小声で相談を繰り返していた。
「バスはまだですか」
「ええ、でも大丈夫です。このまましばらくお待ちください」
そんな会話が、ほうぼうで繰り返されている。
バスは来ます、と韓国兵たちは自信をもって不安げな市民に答えているが、実際のところは嘘である。警官も兵士も、誰ひとりとして正確な情報をもっていないのだ。だから、予定通りに木浦港行のバスは来るかもしれないし、来ないかもしれなかった。
「状況はどうなっているのでしょうか」と、全羅南道警察の警部補を務める初老の男――李成鉉が、体育センターの警備にあたる田智星少尉に尋ねたが、彼もまた小さく頭を振った。
「少尉、噂では光州で戦闘中だそうですが」
「我々はここでバスを待つほかありません。この人数で徒歩の避難は不可能です」
「少尉、ちょっと――」
話をしている中、田智星少尉を金斗俊曹長が呼んだ。
ふたりは李成鉉警部補から離れると、臨時の小隊本部とした体育倉庫で会話を始めた。
「どうした、曹長」
「田少尉。斥候が帰ってきました。BETAは老案駅まで迫っています」
「やはりか」
「ええ――どうしますか」
金斗俊曹長は暗に、これが逃げ出すラストチャンスだと伝えた。
田智星少尉は迷うそぶりをみせず、
「中隊本部に報告せよ。BETAが化学工場に迫れば、我々もMSホテルに進出し、重機関銃隊を援護する。市庁前の装甲兵員輸送車と連携すれば、小型種を粉砕できるはずだ」
と言った。
その30分後、轟音と衝撃が羅州駅周辺を襲った。
跳躍装置に異変が生じたのか、バランスを崩した国連軍のF-15Cが羅州駅北方の化学工場に墜落し、大爆発を起こしたのである。
そこからは避難民はおろか、警官や歩兵たちも身動きがとれなかった。
十数秒後、化学工場の駐車場や羅州駅から500m離れた空き地に4機のKF-16と2機のF-15Cが降り立ち、無人となった住宅街に向けて突撃砲の連射を開始した。小学校やマンションを乗り越えて進む戦車級が粉砕され、木造住宅を踏み潰しながら進む要撃級が破壊されていく。
「ストライカー2、応答しろ! ストライカー2!」
「ストライカー3、ダメです。ストライカー2は大破炎上……」
「ストライカー3、こちらスピアーリーダー! 南山公園から要撃級がそっちに行く! 気をつけろ!」
「タコ野郎ォ――」
BETAの体液にまみれた国連軍塗装のF-15Cは、36mm機関砲弾で木々を圧し潰しながら前進する要撃級を粉々にした。肉片が木々や公園に隣接する食品工場に降りかかる。その脇を十数体の戦車級が疾走し、彼我の距離を縮めようとしたが、F-15Cは後方跳躍で畑地に退いて再び突撃砲を連射した。
「スピアーリーダー、スピアー4。羅州駅にはやはり避難民が集合していますッ」
KF-16を駆るスピアー中隊の中隊長、許起範大尉は舌打ちをした。
続けて外界の爆音に負けじと、オープンチャンネルで怒鳴った。
「紳士淑女ッ、ここで後退すれば栄山大橋を通って、遥か後方に戦車級どもを流すことになる! 押し戻すぞ!」
「応ッ」
「スピアー隊、こちらストライカー3! 付き合いきれんぞ!」
「付き合わなくて結構だ、ストライカー3! 現時点でさえ米軍の衛士には、感謝してもしきれん! 市民の救助も、国土の防衛も俺たちの仕事だ。ストライカー3、ストライカー9は離脱せよ!」
「ああ゛っ!? ファッキンコリア野郎――やってやるよ! 市民救助や国土防衛がお前らの仕事なら、俺たちの仕事は地球の反対側から飛んできて下等生物どものケツを蹴り上げることだ!」
同様にオープンチャンネルで怒鳴ったストライカー3――ザック・J・バー少尉は、網膜に投影されている自機の状況と、最も近い補給コンテナの位置を確認した。もう1機のF-15Cの衛士、アンジェラ・C・クレイグ少尉も無言の内に、右主腕で保持していた突撃砲を捨て、CIWS-1ナイフを引き抜いている。
KF-16、F-15C併せて6機。
そこへいま連隊規模のBETA群が殺到しようとしていた。
「スピアーリーダー。敵BETA群の位置情報を送れ」
と、同時に異変が生じた。
おびえる人々の前に――、
割れるガラス片から幼子を守る李成鉉警部補の前に――、
応戦準備を始めていた田智星少尉と金斗俊曹長の前に――、
覚悟を固めていた衛士たちの前に、十字に輝くセンサーアイを煌めかせて、複合装甲を纏った戦士が着地する。
「スピアーリーダー。こちらは日本帝国・第92戦術機甲連隊・第22中隊だ。コールサインはシスター」
肩口には、大剣を振りかぶる少女のエンブレム。
この図案を考えたのは大陸戦線で兄を失い、自身も右腕を失った満田華伍長。
「大切なものを奪われてももう戦えない自身のために、戦えない人々のために、BETAを殺し尽くしてほしい」
という思いで少女のエンブレムは、描かれている。
故に、彼らはバトル・シスターズ。
聖地とは違い、奪われた家族は二度と奪還できない。
故に、彼らはバトル・シスターズ――BETAを殺戮する妹どもから成る十字軍にはふさわしい中隊名だ。
「……敵群の位置情報を送ってほしい。ロケットランチャーで吹き飛ばす」
許起範大尉は夢心地で、新たな戦術機中隊にBETA群の位置情報と侵攻予想ルートを送信した。
それを受信したバトル・シスターズたちの両肩部多連装ロケットランチャーが稼働する。
……彼女たちの基本設計は古い。
求められたのはF-4同様の厚い装甲と、BETAの物量と光線級の個体数を圧倒する火力。
その最適解とされたのが、無誘導の多連装ロケットランチャー。F-14のような長距離対地ミサイルもなければ、現在のようにBETAを識別して叩くスマートな多連装ミサイルランチャーもない時代の武器。その代わりに弾体自体は軽量で、特別な火器管制レーダーを積む必要もない。
よって驚異の36連装127mmロケットランチャー2基が、彼女に装備されている。
つまり1個中隊864発のロケット弾がいまここにあり――押し寄せるBETA群に指向される。
中隊内データリンクで目標の割り当てが完了すると同時に、127mmロケット弾による直射が始まった。
ばら撒かれた子弾によって羅州大橋を渡り終えた戦車級の群れが吹き飛ばされ、さらに無数の戦車級が渡る羅州大橋に数発のロケット弾が直撃し、焼け焦げた肉片が川にぶちまけられた。
数体の要撃級が前進してきていた南山公園にロケット弾が降り注ぎ、要撃級の脚部や尾部を破壊する。
住宅街に浸透していた闘士級や兵士級たちは焼き払われ、あるいは爆風によって空中でバラバラに引き裂かれた。血肉の雨が降る中、前進をやめずに突っ込んできた新手の小型種の頭上でロケット弾が爆発し、爆風が彼らを圧し潰す。
要撃級の手前で炸裂したロケット弾が、無数の破片でその頭部を破壊した。要撃級と速度を合わせて前進していた突撃級にもロケット弾が激突し、速度が緩む。しかし、生体装甲がへこんだだけ。再び加速しようとする突撃級。そこへ2発、3発、4発とロケット弾が投射され、衝角の下にある感覚器や脚部に破片が突き刺さって突撃級は巨体を支えきれずに擱座した。
戦車級が登攀するマンションにロケット弾が突っこみ、爆風が彼らを吹き飛ばして路上に叩きつける。小型種の群れのせいで緩慢にしか動けない突撃級の直上でロケット弾が炸裂し、比較的やわな上面に破片が襲いかかった。
2、3分でF-8Eクルセーダーの前面は、煉獄と化した。
火焔と血肉、廃墟に満ち満ちた世界。動くものには次々とロケット弾が撃ちこまれる。
それでもなお、バトル・シスターズは未だロケット弾の残弾を、500発以上残していた。
「BETAが、消し飛んだ――」
「ざまあみやがれ、この下等生物ども! カチューシャに向かってくれば、そりゃそうなるだろうよ!」
「シスターリーダー、こちらスピアーリーダー。助かった、木浦港で奢らせてくれ」
――優勢なる地上のBETA群を海上から火力で圧倒する。
一時期はズーニーロケット運搬機とも揶揄されたらしいF-8Eクルセーダーの火力に、韓米衛士だけではなく、隊長である大島将司大尉さえも驚いていた。