【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■ 本話登場人物紹介

【雨田優太(あまだ・ゆうた)】
 少尉。第92戦術機甲連隊第22中隊所属。コールサインはシスター8。
 光州作戦の時点ではウイングマークを取得したばかりの新米衛士だった。作戦中に同僚の藤井美知少尉を失い、帰還後に広島県にある彼女の実家を訪ねた(15話)。

【櫻麻衣(さくら・まい)】
 大尉。第92戦術機甲連隊第11中隊長。コールサインはゼノサイダ1。
 元・第7師団所属でかの重慶防衛戦にも参加した大陸帰りだが、トラブルを立て続けに起こしたため放逐されている(14話)。トラブルの原因は、現実と矛盾する記憶と幻覚のため。彼女が戦術機を操縦できるのは、衛士強化装備の感覚欺瞞あってのものであるが(16話)、望月作戦においては幻聴に晒されている(68話)。





■73.手を伸ばせ! そのためにお前は造られた!(前)

 

 長々と緩慢に降り続く梅雨、というのは一昔前の感覚だ。

 BETAの活動とそれに伴う攻防戦の影響か。いまや日本帝国における6月、7月の梅雨といえば、断続的な襲雨(しゅうう)の集合だ。晴れていたかと思えば、にわか雨、時雨という言葉が優しすぎるほどの激しい雨が襲いかかってくる。

 

「期待外れ、ですね」

 

 ライター3・祖父江佐輝子中尉は、XF-2のことをそう断じた。

 予定されていた実戦を伴う性能試験を終えて、最前線から引き揚げてきた第21中隊の面々はひとしきり議論をしたが、XF-2に対する祖父江佐輝子中尉や丹羽歩武中尉の評価は低かった。

 日本帝国本土防衛軍北部方面隊で実戦用の換装がなされた97式吹雪に搭乗していた仕手功一中尉は、キャリアからいえば第1世代戦術機の撃震に乗っていた時期が長かったが、その彼からしてもなおXF-2に対しての評価は“微妙”の一言に尽きた。

 

「まあ、わざわざ開発したほどのものでは」

 

 というのが彼の評である。

 長距離砲撃戦に長けた戦術機が欲しいのであればF-16XLでもF-15Eでも輸入すればよかったのではないか、西部方面司令官ならばそれができたはずだ、というのが彼の素直な感想だった。

 駿河野場(するがのば)語名(かたりな)大尉の思いも、また同様である。

 第3世代戦術機を自称しているものの、ミサイルランチャーを投棄したあとの機動性はせいぜいが第2.5世代戦術機。中身が違うとはいえ外装がF-16Cベースでまとまっているということは、そこから担保される機動性や空力特性は、第2世代戦術機水準に落ち着くのが自然である。

 

 他方、駿河野場語名大尉は、別の思いも抱き始めていた。

 これは“戦術歩行火力支援戦闘機”であって、戦術歩行戦闘機ではない。

 戦術歩行戦闘機が制空戦闘機であるとするならば、戦術歩行火力支援戦闘機はまた別の航空機にたとえられるのであろう。

 期待される役割は、また違ってくるわけだ。

 XF-2に求められるのはあくまで他部隊の支援、なのだろう。

 が、駿河野場語名大尉はXF-2の生い立ちに対して、含むところがあった。

 

「これで丸一年、か」

 

 課業終了後、雨田優太少尉は自室でF-16Cのキットを取り出しながら呟いていた。

 BETAによる西日本侵攻からもう1年を迎えようとしていた。

 時間が経つのは、早い。広島県海田町にある中華料理店『藤井中華』から送られてきたプラモデルは未だに作りきれていない。

 彼はこれから2、3か月をかけてF-16Cを、XF-2として作成する腹積もりでいた。

 細々としたところまで作り変えるほどの技量も、熱意もない。

 ただ青く塗装するだけに留めるつもりだった。

 

 昼間の穏やかな天気が嘘のように、窓の外は大雨になっている。

 

 中華料理店『藤井中華』がBETAに蹂躙されたのは間違いない。

 未だ藤井美知少尉の父、藤井知男の消息は杳として知れなかった。

 

「雨田さん、熱心な割にはだいぶヘタですね」

 

 雨田優太少尉と同室で、戦死した藤井美知少尉のコールサイン・シスター7を継いだ井戸向凛少尉は遠慮がない。

 

「うるせえ」

 

 雨田優太少尉も好きでプラモを作ったり、禁煙をしたりしているわけではなかった。

 

「あーあ、暇だなー」

 

 1年前まで高校生だったという井戸向凛少尉は、ベッドに寝転んだ。

 外が雨では、体を動かすこともできない。

 そんな彼女に気を遣ってか、雨田優太少尉はなんとなく提案した。

 

「じゃあ手伝えよ」

()です」

「あっそう」

 

 それで雨田優太少尉は、そういえばと思い出した。

 

(このやりとり、藤井としたことあるなー)

 

 ……。

 

 激しい雨が上がった朝――撥水加工がなされたシートにくるまれた鋼鉄の塊を載せたトレーラーが、八代基地にやってきた。

 濃緑のシートの下にあるのは、戦術歩行戦闘攻撃機F/A-14Nボムキャット。

 それまで第1世代戦術機F-8Eクルセーダーを装備してきた第22中隊にとっては、待ちかねた第2世代戦術機である。

 一方で雨田優太少尉は、自身が十字軍の一員ではなくなることに、寂しさを覚えていた。

 

 昼食の時間、食堂の一角に黒いシミを駿河野場語名大尉は見た。

 

「……?」

 

 彼女は銀の瞳をそちらに向けた。

 あまり見たことがない“色”である。

 すると黒い色の持ち主は駿河野場語名大尉の視線に気づいたのか、つかつかと近づいてきた。

 

「リナ大尉」

 

 ほぼ初対面にもかかわらず、彼女は極めて親しげな雰囲気で話しかけてくる。

 

「ごきげんよう……11中の櫻大尉、だったでしょうか」

 

 櫻麻衣大尉はトレーを持ったまま、駿河野場語名大尉の向かいの席に座った。

 ふふふ、と彼女は笑っている。

 

「マイでいいよ」

「……」

「そういえばロシアには梅雨はないんだっけ」

「櫻大尉……私は物心ついた頃から……」

「あー、舞鶴だったよね。めんごめんごです。お父さんはモスクワ生まれだって聞いてましたので」

「そう、ですね。櫻大尉、私は舞鶴出身です」

 

 駿河野場語名大尉は内心恐怖しながら櫻麻衣大尉に返事をした。

 

 挨拶さえほとんどしたこともない相手に馴れ馴れしく話しかけてくる人間性。

 

 大っぴらに話していない出身地や家族のことを知っている不気味さ。

 

 そして彼女が発する“黒”の正体。

 

 接近してはじめてわかる。

 彼女が発している色は“黒”ではない。

 たとえるならば無数の絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせてできた黒――彼女は赤や青、黄、緑、紫、茶といった多種多様な色を同時に発していたのである。

 

 駿河野場語名大尉は言葉少なに食事を摂り終えると、そそくさとその場を去った。

 

「……?」

 

 一方で櫻麻衣大尉は、首をかしげた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ライター1、出ます!」

 

 第21中隊の午後に予定されていた訓練は、すべて中止となった。

 駿河野場語名大尉ら4名の衛士は機上の人となり、南の空へ飛び上がる。

 度重なる集中豪雨。その前後に起こりうるのは当然ながら土砂災害。

 多くの市民が暮らす宮崎県・鹿児島県内において災害派遣が予想されたため、西部方面司令部は第92戦術機甲連隊に情報収集任務にあたるように命じた。

 

 戦術歩行戦闘機は機動性が極めて高く、またセンサーの塊である。

 災害に対する警戒や情報収集には確かにもってこいであり、地震や台風の折に出動が命ぜられることはよくあることだ。

 

 とはいえ第92戦術機甲連隊では、前述のとおり稼働機が半減している。

 

 故に第21中隊に白羽の矢が立ったのだった。

 

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