【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■74.手を伸ばせ! そのためにお前は造られた!(後)

 

 焦れるような思いを、少年――遠藤祐は抱えていた。

 

 遠藤祐の父、遠藤祐一郎が“ニンムチュウ・ユクエフメイ”になってからもうすぐ1年。

 シラヌイというロボットに乗りこみ日本を守るために戦う。

 祐はそれが父の仕事であることは知っていたし、フクオカで何度もシラヌイを見せてもらった。

 自慢の父だった。

 同時にベータとの戦いの最中に父がやられた、と聞かされても納得できた。

 訪ねてきてくれた父のセンユウも「祐一郎大尉はいつも勇敢で、最後まで戦場に残る方でした」と言っていたから。

 

 そして

 

――これは戦争だから、俺は死ぬかもしれない。そのときはたのむぞ。

 

 前もってそう言われていたから。

 

 その父のために何かできないか。

 そう考えた末に弟と考えたのが、魚釣りだった。

 そろそろイッシュウキとかいうことで特別ななにかをするらしい。

 そこに父が好きだった魚をおそなえしようと思ったのだ。

 毎日お仕事に行く母は「ツユだから家でおとなしくしてなさい」と言っていたけれど、そんなことは関係なかった。

 

 おばあさんが居眠りしているうちに、釣りざおと網を抱えて飛び出したまではよかった。

 が、釣り糸をたらしても、なかなか当たりがこない。

 いつもよりも川の流れがはやいことが原因かもしれなかった。

 

「はあー」

 

 鳥の鳴き声はしても、魚はまったくいなさそう。

 

(ここダメかなー)

 

 場所を変えようか、と思ったところで祐は異変に気づいた。

 

(あれ。モリトは?)

 

 弟のモリトがいない。

 まずい、と思った。

 モリトは山の中に入っていってしまったのかもしれない。

 祐は釣りざおも網も置いて、周囲を見回し、それから走りはじめた。

 

「モリトォー!?」

 

 マイゴになったらモリトは、自分で帰れない。

 祐は山めがけて声を張り上げ、またそのあたりにいるのではないかと川沿いを走り回った。

 途中、雨が降り始めたが、関係ない――。

 

 顔にへばりついた雨粒を強くぬぐった途端、祐は足を滑らせた。

 

(え――!?)

 

 次の瞬間、転倒した祐は川に呑まれていた。

 パニック。足を着けようとした瞬間、上流からやってきた流木に体をもっていかれる。

 慌てて流木にしがみついた彼はそのまま増水した川の流れ、その半ばに無抵抗のまま流されてしまった。

 

(助けて――!)

 

 水面下、水面上。

 高低する世界の中で、彼はシラヌイの姿を幻視した。

 が、シラヌイはどこまでいっても単なる幻にすぎなかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 結論からいえば、土砂崩れの発生現場でXF-2は適任であった。

 XF-2の対小型種モード――もとい対人戦モードは多少の土砂など問題なく、被害に遭った家屋や土砂の中にいる生存者を探し当ててみせた。

 

「レンジャー、こちらライター2。崩れた青い屋根の民家に生体反応」

「ライター2。レンジャー、了解した。助かるぜ」

 

 木造住宅の屋根や柱など、機械化装甲歩兵たちからすれば容易に持ち上げられる対象だ。

 

「まず屋根を一斉に持ち上げるぞ! せーの、だ!」

「了解!」

 

 ショベルカーよりも遥かに繊細な作業ができる彼らは、要救助者が待つこの被災現場ではまたうってつけの存在であった。

 問題があるとすれば土砂崩れの再発だ。

 が、いざとなれば機械化装甲歩兵たちも噴射装置で離脱できる。

 むしろ再発の可能性があるからこそ、いち早くひとりでも多くの人をいま助けるべきだった。

 

 駿河野場語名大尉は対小型種モードで周囲の捜索を実施しながら、日没までの時間を計算していた。

 太陽は雲に覆われた西の空にあるはずだった。

 幸いにも襲雨(しゅうう)と落雷は止んでいる。

 が、もう1、2時間後には36mm照明弾の出番になるだろう。

 左主腕部に保持した突撃砲には、殺傷目的の弾丸はいま1発も込められていない。

 

「ライター1! こちらハウンド――」

 

 そんなことを考えていると駿河野場語名大尉の耳朶を、焦燥を帯びた声が打った。

 ハウンドは堤防などを監視中の機械化装甲歩兵部隊に割り振られた符号である。

 すわ、堤が切れたか、と駿河野場語名大尉は思ってすぐに返事をした。

 

「ハウンド、こちらライター1。何かありましたか」

「こどもがひとり流されている! なんとかならないか!?」

「流されている? いまですか?」

 

 肩透かしを食らったような気持ちがないといえば嘘になるが、同時に彼女は慌てた。

 彼女が振り返ると同時に、XF-2の頭部ユニットもまたそれに追随して可動する。

 そして向日葵色のセンサーカバーは、濁流を映した。

 

「ハウンド、ライター1です。こちらからではわかりません」

 

「くそっ、こっちも見失ったッ!」

 

「なんとかできるかわかりませんが、やれることはします」

 

 駿河野場語名大尉は周囲のことも部下のことも忘れて、網膜の端に映る戦況図に注目した。

 ハウンドの青いマーカーは、自機よりもはるかに上流にある。

 つまりまだ時間的猶予はある、ということだ。

 

「ライター1、こちらハウンド。戦術機で拾えるか!?」

 

「やってみます」

 

 無茶を言う、とは言わなかった。

 

(やるしか、ない――!)

 

 分厚い雲の向こう側に広がっているはずの蒼穹を宿した機体は、川岸に突撃砲を置くと、躊躇せずに激流の中に身を割りこませる。

 機械化装甲歩兵でも危うい流れ。

 しかしながら駿河野場語名大尉機は、高性能CPUが制御する絶妙なバランスで踏み止まる。

 そして眼光を奔らせて上流を睨んだ。

 

 おそらくこのXF-2のセンサーならば、冷たい水流の中にいる子どもでも逃しはしない。

 

 が、捕捉したあとが問題だった。

 流れてくる生身の人間を救助するには、戦術機の主腕部、しかもその先端で掬い上げるほかない。

 駿河野場語名大尉は主腕部を差し出して掴まらせることも考えたが、子どもにとってはあまりにも巨大にすぎる。

 その上、濡れた鋼鉄だ。

 しがみつくことも難しかろう。

 故に戦術機の掌で、掬い上げるしかない。

 操作と実行のラグを思えば、夏祭りの金魚すくいよりも遥かに困難だとわかる。

 

「ライター1ッ! こちらハウンド! 見つけた!」

 

「ハウンド、私も見つけました」

 

 上流側の川沿いを、2機の機械化装甲歩兵が短噴射を繰り返してやってくるのを認めつつ、彼女は増水した川のど真ん中に光点が生じるのを見た。

 

 続けて彼女は、網膜上でひとりの子どもが流木にしがみついていることに気づいた。

 

 そこで閃いた。

 

「ひっかけます!」

 

 追ってきた機械化装甲歩兵と、事態に気づいた歩兵や警官たちが見つめる中、XF-2は片膝立ちとなった。

 

 生命守る城壁――そびえたつ膝部装甲が変形する。

 

 その上端から突出するのは、2本の65式近接戦闘短刀の柄だった。

 

 それを両手で引き抜いたXF-2は迷いもなく、川底へその切っ先を深々と突き立てた。

 

 かくしてできたのは、間隔を空けて川中に飛び出した2本の柱。

 

 そこへ流木と、流木にしがみつく子どもが流されてくる。

 

 

 

「頑張れ! いま拾うからッ!」

 

 

 

 XF-2の外部スピーカーが、轟轟と音を立てる川めがけて吼えた。

 

 そして流木は彼女の狙い通り、川の中央に突き立てられた2本の65式近接戦闘短刀、その合間に引っかかった。

 

 

 

(いまだ――)

 

 

 

 機を逃しまいと、洋上迷彩の腕が伸びる。

 

 

 

 瞬間、スローモーション。

 

 

 

 

 XF-2の掌が小さな影にたどり着く。

 

 

 

 

 

 

 

 ……その前に体力の限界か、あるいは短刀と流木が接触した衝撃のせいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 子どもは流木から手を放してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(――!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほんの0.5秒前後の差――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それをスルガノヴァ・カタリナ大尉は埋めてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “色”が見えるのがESP能力ならば、いま彼女がXF-2の指先を通して発動するのはサイコキネシス(PK)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不可視の力。

 

 

 

 BETAを殺すにはあまりにも非力すぎる力。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがひとつの生命を支え、そして0.5秒差を埋めるには十分であった。

 

 

 

 そして次の瞬間、駿河野場語名大尉の操るXF-2は激流の中から小さな生命を救い上げていた。

 

 鋼鉄の手指の合間から水がこぼれ落ちる。

 ぐったりとした少年はXF-2の掌の上に横たわっていた。

 

 見守っていた兵士たちが、一斉に歓声を上げた。

 

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