【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■本話登場人物紹介

【実方成也(さねかた・せいや)】

少尉。第92戦術機甲連隊第31中隊所属。コールサインはサイウン8。
第23中隊の衛士につっかかるも、歴戦の望野更沙少尉や深川正貴少尉に軽くあしらわれてしまい(62話)、その後は自身の技量の低さを自覚し、彼らから学ぶようになった。望月作戦にも参加し、無事帰還している。





■78.F/A-14N(3)

 

(あー……)

 

 対馬島奪還作戦“川獺作戦”が発表された夜、サイウン7・矢矧豪少尉は自室の机に向かっていた。

 資格や試験の勉強をしているわけがない。

 遺書を更新しておくように言われたためだ。

 ところが気づけば字を紡ぐペン先は滑り、戦術機を二頭身にしたイラストを描いてしまっている。

 

(92連隊に配属になったのが運の尽きだ……)

 

 こんなはずでは、というのが矢矧豪少尉の偽らざる心情である。

 

 彼の生まれは茨城県であり、地元の県立高校を卒業すると同時に徴兵された。

 自覚はなかったが、どうやら先天的に戦術機への適性があったらしく、そのまま衛士訓練課程に進んだ。

 もともと衛士に憧れなんてなく、他にやりたいことはごまんとあったのだが、歩兵や戦車兵よりはマシと言い聞かせて訓練中はうまいことやった。うまいこと、というのは手の抜けるところは手を抜き、さりとて教官に目をつけられないように立ち回る、ということだ。

 97式吹雪への搭乗は多少胸躍るものがあったし“勉強”にもなったが、それまでである。

 

 その後は名前のとおり豪運が働いたか、東北方面隊に配属となった。

 

 当時としては、命あっての物種、しめしめ、といった感じである。

 

 しかしながらその運も尽きたらしい。

 

 明星作戦成功後、全国規模で行われた異動。

 多くの先輩や同僚が再建を開始した中部方面隊に異動となる中、自身だけは西部方面隊――しかもこの第92戦術機甲連隊に配属となったのである。

 

(帝国最強の外征攻撃部隊、鉄(92)連隊。八代行きにお袋と親父は喜んでくれたけどさあ……)

 

 第92戦術機甲連隊の戦歴は、帝国軍人から一般市民に至るまで多くが知っている。

 まず光州作戦で後退する友軍部隊を最前線で支援し、重装備と避難民の脱出を助けた。

 さらに本土決戦の直前には朝鮮半島に殴りこみをかけ、1機も損なうことなく、鉄原ハイヴの間引きに成功。

 九州防衛戦では突如として九州中部に強襲上陸したBETA群に対して遅滞作戦を採り、1桁師団による逆襲を成功させた。

 続けて四国救援作戦や望月作戦と立て続けに一大作戦に参加し、数多くの戦功を立てている。

 

 そして対馬島奪還作戦。

 

(絶対死ぬだろ……)

 

 矢矧豪少尉は溜息をついた。

 この第31中隊は四国救援作戦の際、第1世代戦術機で光線級吶喊を敢行し、光線級と刺し違えているらしい。その後、望月作戦で先のサイウン7が撃墜され、それを継ぐ形で自分が配属となっている。

 戦死の可能性は、東北方面隊にいた頃よりも遥かに高いといっていいだろう。

 

(今回をやり過ごせたとしても、次は佐渡島だろ。その次は鉄原、満州に行くに決まってる)

 

 遺書を書くために用意した紙には、デフォルメされた不知火が要撃級を踏み潰している。

 要撃級の尾部感覚器先端にあたる場所には

 

 

 

【×三×】ヤラレター

 

 

 

 と描かれている。

 本当は要撃級の頭部は生体装甲に覆われた前腕の内側、かなり低い位置にあるのだが、こういうのはわかりやすさも大事だ。

 

(先輩たちも“タコ頭”って呼んでるしな)

 

「矢矧ー、遺書書けたかー?」

 

 同室のサイウン8・実方成也少尉が後ろから覗きこんでくる。

 矢矧豪少尉は「書けるわけないだろ」と返事をしながら、今度は三頭身の吹雪を書き始めていた。

 

「遺書なんて縁起でもない」

 

「そりゃそうだけどよ……お前なかなか絵、うまいな」

 

「こちとら中高6年間は美術部だから楽勝よ楽勝ー」

 

 母校の美術部は、実質的には即帰宅する部員と学校外のクラブ活動に勤しむ部員がほとんどだったが、彼は毎日通いつめてデッサンをしたり、貸本屋で借りた漫画を模写したりとなかなか熱心に活動していた。

 

 しかしながらこのスキルが、戦術機操縦に活かされることはない。

 

(いや)

 

 と彼は心の中で自嘲する。

 

(今後の人生にも活かされることはなさそうだな……)

 

 平和な時代は過ぎ去った。

 九州地方を除いた中部地方以西が壊滅し、物流は生活物資と軍需物資が優先。

 この状況では漫画で食っていくという夢を叶えるのは、あまりにも絶望的だといえた。

 

 ダメだダメだ、と矢矧豪少尉は後ろ向きな思考を振り切るため、実方成也少尉に話を振った。

 

「それより実方はどーなのよ。遺書」

 

「もう書き終えた。つっても受け取り人がいないから新しいの用意しても意味ねえけどよ」

 

「あー、すまん。近畿出身だったっけな」

 

「ああ。次の川獺作戦じゃ、あのクソ虫どもに目に物見せてやるぜ」

 

「……」

 

 敵愾心を燃やす同僚に、矢矧豪少尉は小さく頷いた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「XG-70専用の護衛機と聞いたが、この程度のものか」

 

 旧横浜ハイヴ近郊に建てられた格納庫――。

 西部方面司令官は、薄暗い空間にて解体された状態で放置されている戦術機を一瞥すると溜息をついた。

 その傍らに立つ白衣姿の女性もまた両手を頭の横まで持ち上げるオーバーリアクションとともに、わざとらしく溜息をついた。

 

「だから言ったじゃない。所詮は70年代、80年代の骨董品よ。こんなものに期待する方がどうかしてるわ」

 

 

 

――XF-108レイピア。

 

 

 

 ……60年代から70年代初頭にかけて米国の一部のグループは「機械化装甲歩兵部隊や、作業用大型MMU(後の戦術機)の武装化では、月面における戦況を好転させることは不可能」と主張し、その代わりに単艦制圧構想をぶち上げた。

 単艦制圧構想とは何か。

 要は低重力の月面、あるいは宇宙空間ゆえに許される重武装の大型宇宙戦闘艦を建造・投入――大火力で月面のBETAを圧倒し、一気に戦局を打開しようという代物である。

 

 勿論、その後になって月面基地放棄が決定されたため、この大型宇宙戦闘艦の建造は中止されたが、地球上においてもなお大火力プラットフォームの投入による逆転という単艦制圧構想は模索が続けられた。

 かくしてG元素を使用した抗重力機関を搭載する1G環境用大型宇宙戦闘艦ともいうべきXG-70が登場する。

 

 しかしながら試作機が完成し、試験が本格化的に始まった段階でのXG-70の能力は、壮大な単艦制圧構想を実行するには不足していた。

 XG-70は重光線級の本照射を重力場で完全に防御可能であるが、一方でそのためにはG元素を大量に要するという欠点があった。また地球上においては主砲となる荷電粒子砲の射程はかなり短くなる上に、荷電粒子砲発射の際には粒子を集束するために重力場を転用するために、防御用重力場は消滅してしまう。

 ならば外部通常兵器による光線級撃破はどうかといえば、絶対防御を可能とする重力場は、当時の演算処理能力では“内側”からの攻撃もまた無力化してしまう。

 要はXG-70から放たれたミサイルやロケットは、全て自身の防御用重力場が破砕してしまうのであった。

 

 つまり単艦のXG-70は、BETAとの砲撃戦において撃ち負ける可能性があったのである。

 

 そのために開発されたのがXG-70の護衛戦術機XF-108レイピアだった。

 

 しかしながら鉄原ハイヴ漸減作戦でつくった“貸し”の代わりとして、香月夕呼が取り寄せた実物をみて、西部方面司令官は落胆した。

 

「ある意味じゃ、XG-70よりも迷走したわね」

 

「長大な航続距離を誇るXG-70に追随するために、XF-108は小型原子炉の搭載が検討された。さらにXG-70の脅威となる重光線級を確実に排除するため、AIM-47長距離地対地ミサイルを大量に装備。結果、極めて大型かつ鈍重な第1世代戦術機が完成したわけだ」

 

「ま、AIM-47はAIM-54フェニックスに発展したわけだし、XF-108の開発データは小型原子炉を搭載するA-12にも活用されたみたいだし? まったくムダだったってわけじゃないみたいね」

 

「……」

 

 さすがの西部方面司令官も、いまさらこのXF-108レイピアを再生するつもりはさらさらなかった。

 

「で」

 

 香月夕呼は紫の瞳で、昏い瞳の彼を見た。

 

「そろそろ教えてもらおうかしら。あんたの狙いを」

 

 西部方面司令官は気怠げに分解状態のXF-108に背を向けた。

 

「人類の命運を決するようなまさしく一大決戦の(とき)がまもなく訪れる」

 

「命運を決する一大決戦、ね。一進一退の攻防が続くこの戦争じゃ、そんな雌雄決する戦いが起こるなんてまるで都合のいいおとぎ話よ」

 

「ああ。だが起こるのだ」

 

 “この時点”ではハイヴ間で情報交換がなされていることはわかっているが、甲1号目標が指揮系統の最上位にあるということまでは判明しておらず、人類側の理解としては、各ハイヴは“並立”しているのであって、オリジナルハイヴを潰せばBETA側の情報分析機能・命令指揮系統を潰せるとは夢にも思っていない。

 オリジナルハイヴからのトップダウン型指揮系統があるのではないか、という意見もないわけではないが、その物証はない。

 横浜ハイヴ攻略成功までは各ハイヴは横坑で結ばれており、オリジナルハイヴとの情報伝達を行っているのではないか、という推論があった。

 が、横浜ハイヴの占領成功とともに、鉄原ハイヴや佐渡島ハイヴと横浜ハイヴを繋ぐ横坑が存在しないことが明らかとなったため、ますます各ハイヴは独立的に各個体の指揮を執っているのではないか、という意見が強くなっている。

 

 この常識からいえば、香月夕呼の言葉の方が正しい。

 

 BETA大戦は偉大なる消耗戦であり、一度の決戦で勝敗が決することなどありえない。

 

「それが、あんたが躍起になって鉄屑を集めた理由?」

 

 眉根を寄せる香月夕呼に、西部方面司令官は静かに頷いた。

 

「来る決戦に必ず勝利する」

 

「狂ってるわね」

 

「だがそのためには、オルタネイティヴ第4計画の完遂は必須だ。第4計画の下、地球上に存在する全ハイヴの構造情報、そのリーディングが成功する――それで初めて我々に勝機が生まれる」

 

「……」

 

「オルタネイティヴ第4計画は博士に任せるほかない。私は決戦準備として“ん号作戦”を推進していく」

 

 BETAとの戦争に終止符を打つ、そのきっかけになるような作戦。

 故に“ん”なのだと西部方面司令官は語った。

 ん号作戦は3つのレイヤーから成る。

 

 ひとつは日本帝国航空宇宙軍と協力しての軌道降下の信頼性向上。

 

 次に決戦を有利に運ぶために必要となる軌道爆撃・現地補給のための物資の確保。

 

 そして直接の戦闘に勝利可能な戦術機部隊の養成、である。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 その数週間後、対馬島奪還作戦となる川獺作戦が発動した。

 

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