朝日が照らし出したのは、幹線道路にできたバスとトラックの長蛇の列。すべて木浦港に向かう避難車輌だ。その反対車線を機械化装甲歩兵がしがみつくM48A3主力戦車が走っていく。さらに装甲兵員輸送車、弾薬を満載した軍用トラックが続く。その直上を、韓国軍戦術機F-5Eが翔けていく。彼らは木浦港から約30km北方の咸平ICの防衛に向かうのだ。
光州・国連軍司令部の陥落は直後こそ混乱と損害をもたらしたが、一夜明ければ大東亜連合軍・日本帝国大陸派遣軍・国連軍ともに態勢を立て直していた。これは撤退部隊を収容するため、日本帝国・対馬島に設置されていた国連軍司令部がバックアップとして指揮機能を引き継いだためである。まさに不幸中の幸い、であった。
日本帝国・第92戦術機甲連隊第22中隊はひとつの戦線に留まらず、“火消し”の役割を果たし続けた。苦戦に陥っている前線と、補給拠点となっている木浦大洋大学の往復。休みなくただただ、127mmロケット弾を叩きこんだ。
午前8時、第92戦術機甲連隊・第22中隊は木浦大洋大学に帰還した――12機揃って、である。
「3時間の休息だ!」と叫びながら大島将司大尉は内心、安堵している。
国連軍司令部陥落時点で、最前線に配されていなかったことが最大の幸運だった。もしも戦線を押し上げるための攻勢作戦に参加していれば、おそらく自隊機は今頃、半数も残っていなかっただろう。退路を作るための光線級吶喊など、このF-8Eではできない。
「チェックリスト、かかれ!」
「了解!」
運動場に設けられた整備テントでは、第22中隊についてきた連隊本部第4科・戦術機担当幹部の久野平太大尉が整備の指揮をとっていた。ここはもうひとつの戦場だ。起立状態から仰向けの状態にしたF-8Eに、整備兵たちが取りついていく。始めるのは“靴底”にあたる接地部位からだ。
久野平太大尉は必ず脚部、跳躍ユニットから点検・整備を始めるようにしている。戦場で転倒したり、跳躍ユニットが故障したりすることは、すなわち衛士の死だ。逆にいえば満身創痍の状態であっても、主脚走行と跳躍ができれば帰還の可能性が高まる――というのが彼の哲学であった。
「オーライ、オーライ、オーライ! ストップ!」「火薬類通します!」「ロケット弾が通るぞ、気をつけろ」「センサーカバーが割れてますね」「第2科、地誌担当軍曹の谷山ですー! ちょっとナビを確認したいのですがー!」
衛士たちもそのまますぐに休息や食事をとれる、というわけではない。
通信担当や地誌担当の下士官たちと打ち合わせをし、機上ではわからない現在の戦況や無線通信チャンネルの情報を頭に叩きこむ必要がある。
打ち合わせが終わった後、隊舎として接収された校舎のベランダで、雨田優太少尉は「思ったよりも楽勝だなー」と、僚機を務める藤井美知少尉に話しかけた。
彼女は曖昧に頷いたが、確かに内心、“死の八分”を乗り越えたことに対する呆気なさがあった。それから、私たちは何をしたというんだろう、とも思った。ただ安全な場所を地形追随飛翔し、ロケットランチャーでBETAどもを吹き飛ばしただけだ。光線級との緊迫した砲撃戦を経験したわけでも、光線級に睨まれている平地でBETAを盾にしながら追い縋る大型種と渡り合う近接戦を経験したわけでもない。
「いや、もうすぐ帰れんじゃん?」
雨田優太少尉は、ベランダの欄干の向こう側を指さした。
岸壁には鈍色の揚陸艦や十数隻のフェリーが接岸しており、その直上を大型輸送ヘリが行き交っている。
「あれが避難民のためのやつだったら、行先はだいたい済州島だろ? どんなにトロトロ船で行っても直線距離で150kmくらいなんだから10時間もかかんないだろ」
「……どうだろうね」
藤井美知少尉は小首をかしげた。
確かに瞳に映る光景は、圧巻の一言だ。しかしながら、あの船腹のどれくらいが避難民のために割かれるのだろう、とも思った。国連軍・日本帝国大陸派遣軍が必要とする膨大な武器弾薬、燃料、その他諸々は当然ながら海外から搬入している。そうした船舶は軍需品を降ろしたあと、避難民を収容するのだろうか――などと彼女は思いを巡らせた。
「楽勝ー楽勝ー」
雨田優太少尉は震える右手でマルボロを咥えると火を点けて、ふかした。
そのマルボロを、藤井美知少尉はひったくる。
「あっ、てめえ」
「タバコは百害あって一利なし」
言いながら、藤井美知少尉はマルボロを灰皿に押しつけた。
「……もしかして、藤井の家って医者?」
「中華料理店、広島の」
「あっ、そう。じゃあ止めないでくれよ……どうせいつまで長生きできるかわかんないんだしさ」
「楽勝、なんでしょ?」
藤井美知少尉がにやりと笑い、彼は舌打ちして喫煙を諦めた。
同刻、日本帝国本土防衛軍西部方面隊・八代基地でも、課業が始まっていた。
たった1個中隊とその面倒をみるスタッフの出征とはいえ、残された者には出征した者の分の業務がのしかかってくる。
衛士たちは第22中隊が抜けた分、BETA着上陸等に備える緊急発進任務の割り当てを残りの中隊で埋める。警備担当幹部の関完太郎中尉や、業務の割り振りを管理する紅丸帆奈伍長などは新しいシフトを組んで、下士官・兵をうまく動かさなければならない。課業終了後も連隊本部・中隊本部の人間は、残敵掃討任務が待っていた。
「……」
「……」
と、幹部が残業に追われる中、東敬一大佐は日本帝国本土防衛軍・健軍基地はなの舞店にいた。
店舗内の最も奥にある座敷風の個室。
対面で座っているのはふたり。作業服姿の東敬一と、私服姿の西部方面司令官だ。無意識のうちに肩肘を張り、緊張している東敬一大佐に対して、西部方面司令官はくつろいでいる様子であった。
「きょうは呼びつけてすまない」
「はい、いいえ、閣下」
「情勢が、大きく動きつつある」
西部方面司令官は相変わらず昏い瞳をしたまま、低く呻くように言った。
はい、と返事をしながら、東敬一大佐は次の西部方面司令官の言葉を待った。が、彼はなかなか本題を切り出そうとせず、つきだしと枝豆をむしゃむしゃと食べ、ビールを飲み干した。
東敬一大佐もともにビールジョッキに口だけつけた。わざわざ呼び出すほどだから、何かしらあるに違いない。これは事実上の業務だ。
「お代わりはサッポロでよろしいでしょうか」
「うん」
「何かお食べになりますか」
「適当に頼む」
東敬一大佐は店員を呼び「サッポロのお代わりひとつとジャーマンポテト、ねぎ塩チキン、卵焼きを」と注文した。
状況が状況なだけに、利用者は少ないらしい。注文の品は、すぐに出てきた。ビール2杯目をジョッキ半分くらいまで一気に飲み、料理が出揃ったところで、西部方面司令官はいよいよ話を切り出した。
「光州作戦は表向き、成功に終わるだろう」
「はい」
「ユーラシア大陸のハイヴから溢れたBETA群が西進するか、南進するか、東進するかは誰にもわからない。が、東進するとなれば勿論、次はこの日本帝国だ」
「はい」
「それを見越し、本土決戦を回避しようとする市ヶ谷と京都は、国連に許可をとった上で、朝鮮半島における“間引き”を考えるはずだ」
「……仰るとおりです」
BETAの占領地に殴りこみをかけ、BETAの個体数を減らすことで周辺地域への侵攻を阻止する、あるいは遅らせようとする間引き作戦は、世界中で普遍的に行われている軍事作戦である。費用対効果については疑問符をつける者もいるが、東敬一大佐は何もしないよりはマシだとは思っていた。
「しかし、国連軍は動かせない。まだ口外はできないが、光州作戦で市ヶ谷は国連軍に大きな借りをつくった。そこで日本帝国本土防衛軍の前線部隊が主体になり、間引き作戦を実施することになるだろう」
「……」
「ここまでいえばもう察しがつくだろうが、第92戦術機甲連隊に私は間引きを命じるつもりだ」
言い切った後に西部方面司令官は卵焼きを頬張ってジョッキを傾けると、「合成卵だな」と苦々しくつぶやいた。
――無理だ。
対する東敬一大佐は、まずそう思った。
朝鮮半島に対する間引き作戦は、過酷なものになる。艦砲射撃は実施されるだろうが、当然光線級の撃ち洩らしは出る。何の遮蔽物もない洋上から光線級吶喊をやらなければならない。重金属雲による減衰を除けば、衛士たちが本照射を躱す方法は自機の回避機動しかない――鈍重な第1世代戦術機での渡洋攻撃、光線級吶喊など、全滅必至の作戦ではないか。
続いて彼の腹の底で、ふつふつと怒りが湧きあがった。
ビールジョッキを一気に傾ける。
傾けてから、彼は意を決して言った。
「……第92戦術機甲連隊が第4師団や第8師団といった優良な一桁師団の衛士からなんと呼ばれているかご存じですか」
「鉄屑、だな」
なら話が早い、という言葉を呑みこんで、東敬一大佐は言った。
「我の有するF-8EやフィアットG.91Y、シュペルエタンダール、デファイアントなど――全世界から掻き集められた第1世代戦術機では、遮蔽物のない洋上からの対光線級吶喊が必須となる間引き作戦は困難です」
「私はそうは思わない」
「まさかとは思いますが、第4・第8師団をはじめとする他部隊の損耗を避けるために、第92連隊に出動を命じるおつもりですか」
「それはない」
「ならば――」
東敬一大佐は、無意識のうちに昏い瞳を睨んだ。
「不知火を廻していただきたい」