【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■82.武御雷vs星青!

 

 対馬島奪還作戦が成功に終わった、約1か月後の1999年12月3日。

 日本帝国本土防衛軍西部方面隊大矢野原演習場は、厳戒態勢にあった。

 礼砲部隊として待機している帝国斯衛軍大宰府警備隊の58式105mm榴弾砲、その砲列の上を、2機の偵察ヘリコプターが飛んでいく。

 演習場の車輌用出入口には、74式近接戦用長刀と87式突撃砲を保持した紅白2機の瑞鶴が立っている。

 駐車場には81式短距離地対空誘導弾、演習場の片隅には防空機関砲の20mmVADSが展開――同時に周辺基地では改良型ホーク地対空ミサイルシステムが睨みをきかせていた。

 

「こりゃすげえや」

 

 自機の下に立つ氏家義教大尉は、嘆息した。

 その言葉に井伊万里中尉も首肯した。

 下手な真似をすれば、地対空ミサイルで撃墜されるに違いない。

 実戦とはまた違った緊張感を、彼女は肌で感じ取っていた。

 他方、櫻麻衣大尉と長野ふゆ少尉は、良くも悪くも平常運転であった。

 武御雷との模擬戦は噂どおりの“御前試合”となるようだった。

 

 演習場の端でF-2Aはガントリーに支えられて起立している。

 向日葵色のセンサーアイは朝日を反射し、空の青、海の青を纏ったフレームもまた陽光を浴びて輝いている。

 

 このF-2Aの愛称は、“星青(せいしょう)”である。

 

 異機種間模擬戦1週間前になって、櫻麻衣大尉が「00式戦術歩行戦闘機には軍神・武神の名からとった“武御雷”という二つ名がついているが、F-2Aには愛称もなく味気ない。戦う前から負けている(要約)」と騒ぎ出したため、急遽つけられた異称であった。

 一応、日本帝国の戦術歩行戦闘機(陸上機)の名には、気象や自然現象が採用されることになっている。

 そこで武御雷に名前の上で負けまいと考え出されたのが、星青、であった。

 

 星青、というのは地球の青のことを指す。

 つまりこの星の大洋と大気、ひいていえばこの地球そのもののことを指しており、これほど規模が大きい自然現象はないであろう。

 相手が武を司る神格だとすれば、こちらは地球の輝きである。

 これならばまず名前の上では、まあまあ互角の勝負だといえよう。

 

 そして今日、名実のうち“実”の方が試される。

 立ち並んだ4機のF-2A星青。

 その2000m先に4機の白い武御雷が立っている。

 

「お互いの位置が暴露している状態、しかも2000mの距離」

 

 井伊万里中尉は呆れた。

 長距離砲撃戦で1機でも相手を斃すことができれば、F-2A星青にも勝ち目はある。

 

 逆にいえば最初から4対4の近接戦闘に持ちこまれてしまえば、工夫のしようがない。

 

 戦闘というよりは、本当に機体性能と衛士の技量の足し算で勝負を決する個人的決闘に近い形になってしまう。こちらも西部方面隊、92連隊の看板を背負っているだけに負けるつもりはないが、斯衛軍の側も粒ぞろいの衛士を揃えているに違いなかった。技量の上で互角、となれば星青が武御雷に勝てる見込みはなくなってしまう。

 

 そう考えていただけにこのレギュレーションは厳しいものがある。

 

「しゃーねえ」

 

 氏家義教大尉は突如として走り出した。

 

「どこへ?」

「ちょっと偵察に行ってくる!」

 

 聞かれないので普段から公言はしていないが、彼は譜代武家の人間だ。

 故あって斯衛軍に籍をおいたのは2年程度だが、他家とのつながりはもともと深かった。

 武御雷を操るのはおそらく武家出身の衛士であろうから、もしかすると見知っている者かもしれず、ならばなにがしかの情報を得られるかもしれないと思ったのである。

 

(御前試合は11時頃だ。その前にお目通りも予定されている)

 

 故に、時間ならばたっぷりあるだろう、と彼は思っていた。

 

 ……。

 

「久しいな、義教」

 

 15分後、氏家義教大尉は緑色の天幕の中で、茶が満たされた湯呑みを持ち上げていた。

 相手は知己で、名を六須賀築大尉といった。家格は“黄”であり、BETAの西日本侵攻時に将軍職を担っていた斉御司家に仕える譜代の出身者である。

 氏家義教大尉とは閥こそ異なるが斯衛軍においてはほぼ同期の間柄で、この数年間も手紙の遣り取りをするような仲――決して知らぬ関係ではない。

 

「奇遇よな」

 

 と、氏家義教大尉は返事をしながら、湯呑みを簡易テーブルに置いた。

 

「義教はあちこちへの転戦で大変そうだったな」

「武家ほどではないさ」

「その様子ではこちらに戻るつもりはないのだろうな」

「砂をかけたのは俺だ」

 

 六須賀築大尉の後ろに立っている女性衛士には、生憎と見覚えがなかった。

 が、何か覚悟を固めたような面構えをしている。

 侮れない存在であることは間違いなかった。

 

「いや、殿下も――正確には殿下の周囲の方々ももう御許しになっているはずだ」

 

(俺の動揺を誘っているのか?)

 

 氏家義教大尉の六須賀築大尉に対する評価は、かなり高い。

 近接戦闘をはじめとする戦術機操縦技術もさることながら、知謀に長けている。

 もともと戦国時代より六須賀家は、情報収集や工作活動で伸し上がってきた家であり、そのセンスを受け継いでいるのである。

 

(一方で“考えすぎる”のがやつの弱点だが……)

 

 六須賀築大尉に対して策を弄するには時間が短すぎる。

 逆にいえば六須賀築大尉が策を仕掛けるにもまた時間がなさすぎる、と氏家義教大尉は思い、再び口を開いた。

 

「あの老侍女が俺を許すとは思えん」

「最近、少し丸くなったようだが」

「だとしても俺は――双子は忌み子だとかいう迷信を頭から信じているのか、御家騒動を避けるためかはわからんが、姉妹の片方を他家に出すような非近代的なしきたりが罷り通る世界に戻るつもりはない」

「……」

 

 それだ、と六須賀築大尉の口調が急に変わった。

 

「十数年前に貴様が“近世でもあるまいし、妹の側を他家の子とするのは何事か”と大騒ぎしたとおりだ。武家の考え方は――武家、斯衛軍という組織はもう古い」

「どうした急に」

「いや……」

 

 その後、両者は2、3の雑談をして別れた。

 

「ごちそうになったな。ありがとう」

 

 煌武院に撃剣世話掛のひとりとして仕えていた氏家義教大尉は、六須賀築大尉にそう言って天幕を出た。

 その数秒後、六須賀築大尉は笑った。

 

「一口も飲んでいないではないか」

 

 氏家義教大尉は湯呑みを持ち上げてから、そのまま下ろしただけで、湯呑みに口さえつけていなかった。

 

(敵と定めた者には油断せず、隙さえみせない――変わらぬな)

 

 故に手は抜けない、と六須賀築大尉は気を引き締め直した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 御前試合に臨む帝国軍・斯衛軍8名の衛士は、政威大将軍・煌武院悠陽に拝謁した。といっても200m以上離れた場所から、畏くも殿下があらせられる指揮所へ最敬礼いたし奉っただけであり、氏家義教大尉らは直接その御顔を拝したわけではなかった。

 その後、8名の衛士は数km離れた自機へ向かった。

 

「相手の出方次第だ」

 

 ブルー1・櫻麻衣大尉はF-2A星青に乗り込むなり、部隊内データリンクで2パターンの動きを共有した。

 

 ひとつは武御雷が開幕から距離を詰めにきた場合。

 この場合は相手の勢いに呑まれないため、こちらも積極的に前に出て近距離戦に挑む。逆に距離を取ろうと後方へ跳躍すれば、優速の敵機に追撃されるだけだ。

 

 もうひとつは武御雷がその場を動かず、砲撃戦か様子見に徹しようとした場合。

 この場合は全機、後方へ跳躍して距離をとりつつ、有利な中距離砲撃戦・長距離砲撃戦に移行する。

 仮に斯衛軍が前衛2機を突出させ、後衛2機に狙撃態勢をとらせた場合は、こちらはブルー2・井伊万里中尉機、ブルー3・氏家義教大尉機、ブルー4・長野ふゆ少尉機が3機がかりで敵前衛機を抑え、狙撃能力にも長ける櫻麻衣大尉が敵後衛機を撃破する算段となっていた。

 

(相手の出方を伺うのは性に合わないが、やむをえん)

 

 氏家義教大尉はそう思ったが、こればかりはどうしようもないと諦めた。

 

 東軍、武御雷。

 西軍、星青(せいしょう)

 

 が、この模擬戦は開始直後から、櫻麻衣大尉らが予想だにしていない展開をみせた。

 

「どういうことだ?」

 

 武御雷たちは時速800kmという高速で、南へ転進する。

 

 それを見た櫻麻衣大尉は舌打ちをして、ペイント弾が装填された突撃砲(デッドウェイト)を棄て、74式近接戦闘用長刀を背部兵装担架から抜いていた。

 

「大馬鹿者どもが」

 

 それだけで氏家義教大尉らはすべてを理解した。

 

 疾駆する白色の武御雷の背中目掛け、星青色の戦術機が加速する。

 

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