【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■83.身に纏うのは、星の青に、衛る力!

 

「こちらブルー1だ! 早く武御雷を撃て!」

 

 オープンチャンネルで櫻麻衣大尉は声を張り上げた。

 彼女はこの一戦、武道の試合のようなものだと思っていた。

 ところが武御雷は前に出るでも弾幕を張るでもなく、彼我の突撃砲の間合いで無防備にも横方向へ翔け出した。

 武道の試合でいえば、真正面の相手にあたるのではなく、突如として審判の方向へ走り出すようなものだ。

 故に櫻麻衣大尉は――F-2A星青を駆る4名の衛士は、武御雷を操る“敵”の狙いを悟った。

 

 しかしながらそれは、当事者にしかわからない。

 

 レーダーの画面と、上空警戒に余念がない対空機関砲や地対空ミサイル要員からすれば、武御雷の動きが模擬戦闘中の戦術機動なのか、それとも模擬戦を棄てて真の狙いへ向かうそれなのか判断ができない。

 他の警備兵たちも同様だ。

 彼らは仮に要人を狙った襲撃者が現れたとしても、それは外部からだと思いこんでいる。

 

「何をしているか、武御雷の狙いは殿下にあり!」

 

 氏家義教大尉もまた怒鳴ったが、武御雷を射程に収めているはずのVADSは微動だにしなかった。

 

 当たり前だ。

 万が一にも、斯衛軍関係者が――それも武御雷を駆る衛士たちが“敵”に転じるなどとは、警備部隊の面々は夢にも思わない。

 誰も予想しえない展開。

 だからこそ、そこに絶大なる奇襲効果が生じる。

 

「ホワイト小隊、乱心したか……!」

 

 しかしながら政威大将軍殿下の直衛に就く、紅白の瑞鶴2機だけは違っていた。

 演習エリアを脱して向かってくる武御雷に躊躇なく87式突撃砲を指向する。

 模擬戦に臨む武御雷とは異なり、そのマガジンに装填されているのは当然ながらペイント弾ではなく、焼夷徹甲榴弾である。

 が、(つい)ぞその突撃砲は役割を果たせなかった。

 

「電子攻撃――!」

 

 元来、第二次世界大戦後の帝国斯衛軍は、皇帝陛下や政威大将軍殿下の御身を警護し奉るための組織という側面があり、対BETA戦のみならず対人戦も想定のうちに入れている。

 そして武御雷はその思想の下に開発・製造された高性能機。

 その烏帽子めいたセンサーマストが有する電波・光波領域の妨害機能は、瑞鶴が備えるFCSを圧倒し、中距離砲撃戦を封じるに至った。

 

 かくして紅白の瑞鶴はその74式近接戦用長刀を以て、武御雷と正対せざるをえない。

 

 最先頭の武御雷が長刀を大上段に振りかぶって吶喊する。

 それに対して一早く飛び出した紅の瑞鶴は肩部ユニットからぶち当たり、その武御雷を弾き飛ばすと、その脇をすり抜けようとする武御雷の腰部を狙って水平の斬撃を繰り出した。

 

「乱心などしておらぬぞ、月詠」

 

 刃と刃が衝突し、火花が散る。

 嗤った六須賀築大尉はこともあろうか、右脚部を持ち上げ、その膝部装甲ブレードエッジで必殺の斬撃を受け止めていた。

 紅の瑞鶴は相手を転倒させようと刀身を全力で圧したが、武御雷は左主脚の先端部分で地表を掴み、芸術的なバランスを保ったまま動かない。

 

「死ね!」

 

 先程、肩からの体当たりで弾き飛ばされた武御雷が横合いから再び斬りかかってくるのに対して、紅の瑞鶴は摺足で後退しながら躱し、躱しながら下段からの斬り上げで応じる。

 胸部を狙った剣先は、空を斬る。

 人体ではありえないバランスで仰け反って刃を躱した武御雷は、上体を戻しながら鋼鉄の籠手から突出させた刃で紅の瑞鶴を襲い、左肩部ユニットを破砕した。

 

「海道中尉、ここは頼む」

「応!」

 

 続けて全身の凶刃を以て紅の瑞鶴を襲う武御雷。

 その横を六須賀築大尉機が疾駆する。

 防戦に転じざるをえない紅の瑞鶴は、これを阻止できない。

 そしてもう1機の白の瑞鶴は2機の武御雷に圧倒され、両主腕を破壊された上、頭部ユニットを刎ね飛ばされていた。

 

 六須賀築大尉機は、そのまま政威大将軍・煌武院悠陽がおわす御陣所へ向かう。

 ソフトスキンと生身の人間を殺すのに、突撃砲や長刀など不要。

 ただ腕の一振りもあればよい。

 そのまま純白の武御雷は天幕に突進せんとした。

 

 

 

 瞬間、過ぎゆく周囲の時間が、限りなく遅くなった。

 

 

 

 

 

 

 

――無現鬼道流、螺旋剣。

 

 

 

 

 

 

 

 武御雷の頭上を跳び越す虚空の影。

 

 それは身をよじらせながら、青藍の斬撃を繰り出した。

 

 一瞬の攻防。

 

 頭部から胸部を狙った剣戟は、しかしながら武御雷が掲げた刀身で防がれる。

 

 そのコンマ数秒後、青い戦術機は御陣所と武御雷の合間に着地し、74式近接戦用長刀を正眼に構えた。

 

「無現鬼道流――さすが煌武院家の元・撃剣世話掛だな」

 

「貴様ら、いつ斯衛であることを辞めた?」

 

 F-2A星青(せいしょう)を駆る氏家義教大尉は、政威大将軍を守護するはずの武御雷を操る六須賀築大尉に問うた。

 

「その問いに答えるのは無駄というものだ。斯衛も、武家も、滅びる」

 

 六須賀築大尉機は静かに八双の構えに移行する。

 

 その周囲では激しい剣戟の応酬が始まっていた。

 井伊万里中尉機と長野ふゆ少尉機は2機がかりで最後方の武御雷を猛攻し、櫻麻衣大尉は単騎で武御雷と対峙していた。紅の瑞鶴は装甲を削り取られながらも純白の武御雷に鋭い一撃を浴びせ、左主腕の二の腕から先を斬り飛ばしていた。

 

 宙を舞った純白の二の腕が地に突き刺さるとともに、六須賀築大尉機が動く。

 

 F-2A星青は向日葵色の瞳で、武御雷を見据えた。

 

 次の瞬間、迫る横殴りの一撃をF-2A星青は長大な刀身で受け止める。

 

 そしてそのまま両機は鍔迫り合いに移行し、力比べとなった。

 

「斯衛が、武家が滅びる、とはどういうことだ」

 

「わかるだろう。武家の我々が殿下の弑逆を試みた。これだけで城内省も、斯衛軍も解体されるには足る理由になる」

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

 氏家義教大尉の網膜の端で、異変が起こる。

 機体ステータス表示――その一部、左主腕部先端が黄色く点灯した。

 武御雷の剛力に、星青が耐えられない。

 電磁伸縮炭素帯の性能や関節部の強度が、あまりにも違いすぎるのだ。

 

(誰でもいい、早く武御雷(こいつ)を狙撃しろ――)

 

 そう願っての鍔迫り合いと力比べだったが、周囲の警備部隊は発砲しなかった。

 というよりもできない。武御雷にダメージを与えられる20mmVADSは、巡航ミサイルや航空機を撃墜するための弾幕を張る兵器で、わざと集弾率を低下させている。そのため撃てば御陣所に着弾する可能性があった。

 

「馬鹿馬鹿しいのは、この国家危急の(とき)にも古きしきたりを守ろうとする武家どもだ!」

 

 F-2Aは後方跳躍した。

 僅かに遅れて武御雷の膝部ブレードエッジが、先程まで星青の腰部があった場所を切り裂く。

 

 着地する星青。

 

 対する武御雷は長刀を投げ捨てる。

 流れるように全身の隠し刃を展開させ、腰を落とした。

 リーチが長い長刀を棄てるのは悪手のように思えるが、武御雷の全身に宿した刃を使って星青を圧倒する腹積もりなのだろう。

 氏家義教大尉は苦笑いをしてから、時間稼ぎのために武御雷へ声をかけた。

 

「六須賀。武家が古いしきたりを守ろうとするのは、いまに始まったことではない」

 

「……武家、斯衛軍を市井はどう評しているか、知っているか?」

 

「寡聞にして知らぬな。興味もない」

 

「“帝都とともに我々も滅ぶ”と政治パフォーマンスに終始した愚か者。臣民が困窮にしているにもかかわらず贅を貪る特権階級。元枢府を守護するというにはあまりにも大袈裟な組織――」

 

「だからなんだというのだ」

 

「もはや人々は武家を、斯衛を、城内省を必要とはしておらぬ」

 

「……」

 

「帝国の護りは、帝国軍に一本化すればよいのだ。義教、貴様も中近世的なしきたりに嫌気が差して、斯衛を出奔したはずだ。もはや前時代的な斯衛軍など要らぬ――ゆえに」

 

 淡々と響く六須賀築大尉の声に、氏家義教大尉の怒声が重なった。

 

「――ゆえに悠陽を殺すつもりかッ!」

 

「なに……」

 

「武家が、斯衛がなどくだらん! 政威大将軍であろうが、五摂家の人間であろうが関係ないッ!」

 

 星青が、長刀を正眼に構え直す。

 

武御雷(そいつ)で十代の少女を斬っていい道理はないッ!」

 

 

 

 星青が地を蹴った。

 

 

 

 途端、六須賀築大尉の感覚時間が引き延ばされる。

 

 

 

 

 

 

 

(義教が得手とする瑤光(ようこう)一誠流は、返し技や抜き技が多い)

 

(斬撃で迎撃するのは悪手。最悪、受け流されながらの反撃でやられる)

 

(逆に言えば瑤光一誠流は、受け流せない体幹を捉えた真っ直ぐの刺突に弱い)

 

 

 

 

 

 

 

 彼我、刃の間合いに入る。

 

 

 

 武御雷は、右主腕を突き出した。

 

 

 

 複数ある関節部が伸張し、外見からは想像できないほどに右主腕が伸びる。

 

 

 

 その先端から突出した二の腕ほどの長さを誇るカーボンブレードの切っ先が、星青の胸部に迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 が、次の瞬間、星青の上体が沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

(は――?)

 

 

 

 

 

 

 

 氏家義教大尉が駆るF-2A星青は右主脚を前へ繰り出し、腰を落としながら、左主腕一本で保持した長刀を武御雷の胸部目掛けて突き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 つまり氏家義教大尉が最後の一撃に選んだのは、技巧を凝らした剣技にあらず。

 

 

 

 

 

 

 

 どこまでも愚直で、真っ直ぐな、片手突きであった。

 

 

 

 

 

 

 

 結果は1秒もせずに訪れた。

 

 

 

 武御雷の放った刺突は、次はない覚悟で踏みこんだ星青の胸部上方を抉りながら滑っていき、頭部ユニットを破砕。

 

 

 

 対する星青の放った片手突きは、武御雷の胸部装甲を貫き、管制ユニットを圧し潰していた。

 

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