「素晴らしい成果だ」
「ありがとうございます!」
台湾本島・台北市――統一中華戦線共同作戦司令部では、中国共産党中央軍事委員会の関係者に対して、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊と関係が深い夏露政治委員が笑顔をみせていた。
「スーダンに続いて、ミャンマー、ナイジェリアがFC-1の導入を決めたよ」
「これも夏露くんのおかげと言うほかない」
中国共産党の高官たちは夏露を褒めそやした。
実際、FC-1が第92戦術機甲連隊にて活躍しなければ、ここまでセールスは伸びなかっただろう。もしかすると共同開発国のパキスタン陸軍が導入するのみに終わったかもしれない。が、夏露らのおかげで、FC-1の開発にゴーサインを出した中国共産党関係者の面子は保たれた。
「はい。いいえ、これも統一中華戦線ならびに党の信用あってのものです!」
夏露は屈託のない笑顔で、堂々言い放った。
「そう言ってもらえると嬉しい」
「今後もよろしく頼むぞ、同志」
「はいっ!」
「そうだ、何か欲しいものはあるかね」
ソファーにかけたまま聞いてきた丸眼鏡の高官の言葉に、きた、と夏露は思った。
「はい。ございます! いま日本帝国をはじめ、諸外国は反動主義者どもの反人類運動に苦しんでおります」
夏露が放った斜め上の返答に、高官たちは小首を捻った。
彼らは次のポストなりなんなりの提案をしたつもりだったのだ。
しかしながら彼女の発言を遮ることなく、聞き手に回った。
「FC-1は廉価かつ高性能の第2世代戦術機であり、今後も輸出が伸びていくことは疑いの余地がございません。しかしながら、一方で社会不安が増大しつつある前線国家の間では、ステルス性を有する戦術機の需要が高まってきています――国産戦術機の開発能力を有する日本帝国でさえ、そうなのです」
「……」
「“祖国”の国際的影響力を高める方策として、今後も戦術機の輸出を伸ばしていくのであれば、ステルス性能を有する戦術歩行戦闘機が必要になります」
「つまり、君が欲しいのは――」
「第3世代・J-20A」
高官たちは顔を見合わせた。
殲撃20型――J-20Aは
確かに機体設計はすでに終了している。
なにせソビエト連邦が1980年代から研究していたステルス技術とMiG-1.44の設計を流用しているため、さほどの時間を必要とはしていなかった。
しかしながら未だ試験機さえ製造されていない。
その理由には軍事的な理由と、政治的な理由のふたつがあった。
ひとつは統一中華戦線・中国人民解放軍系列の戦術機部隊は、殲撃八型を主力機とする中隊が多く、こちらを第2世代戦術機である殲撃10型・11型に更新することが先決とされたため。
もうひとつは対人戦闘能力に秀でた殲撃20型の製造によって、統一中華戦線・中華民国国軍との間に要らぬ摩擦が生じる可能性があるためである。
今後の情勢によっては中華民国国軍との“内戦”に備えることも必要になるが、いまはそのときではない、というのが中国共産党首脳陣の考えだった。
(が、確かにいま美国やソ連ではステルス機の研究が推進されている……)
大陸反攻を思えば国家間戦争など夢想じみた事柄であり、ステルス機など当面は不必要に思える。
とはいえ周辺国がステルス機の配備を推し進めようとしているならば、自軍もまた同機の研究と配備に着手せざるをえない。対潜哨戒機・水上艦の対潜訓練のために潜水艦が必要となるように、対ステルス機戦術の研究と確立を効率よく進めるためには、ステルス機があるのが一番だからだ。
「日本帝国本土防衛軍西部方面隊・第92戦術機甲連隊にJ-20Aを供与し、我々の技術、戦術機の性能をアピールすることができれば、F-22よりも安価になる予定の輸出用ステルス機FC-31の売り込みは容易になるはずです!」
「……」
ひとりの党高官は溜息をついた。
「君はだいぶ
「はい。否定はいたしません。と同時にいま世界各国が注目してやまない第92戦術機甲連隊には、いま高性能機が集まりつつあります」
「成程。座視していれば、我々はいまFC-1が占めている“席”を失うと」
「逆にいえばMiG-29SEKの“席”を奪うことが可能かもしれません。あれは整備性が悪いですから」
ふーむ、と党高官たちは顎に手をやり、考えを巡らせ始めた。
◇◆◇
前述のとおり、日本帝国本土防衛軍と国連太平洋方面第11軍は本州奪還を成し遂げ、西日本に帝国軍・国連軍共用の軍事基地を再建させていた。
朝鮮半島を策源地とするBETAへの備えとして最も再建が急がれたのは、国連軍岩国基地(山口県岩国市)である。
国連太平洋方面第11軍はこの岩国基地の施設規模・配備部隊を戦前よりも拡充させることで、機動防御作戦を可能とするのみならず、近い将来に計画されるであろう鉄原ハイヴ攻略作戦の一大策源地とする腹積もりであった。
しかしながら国連太平洋方面第11軍はオルタネイティヴ第4計画の拠点となる横浜基地の建設と同基地駐留部隊の編成、日本帝国は日本海の防衛線強化にもリソースを割かざるをえない。
そうした事情もあり、2000年3月の時点で岩国基地は一応の格好がつく形まで整備されたが、配備部隊の規模は心もとなかった。
国連太平洋方面第11軍司令部と帝国軍参謀本部は協議の上、日本帝国本土防衛軍西部方面司令部に対して、岩国基地への戦力抽出を命令。
同司令部は第92戦術機甲連隊から2、3個中隊をローテーションで岩国基地へ派遣することを決めた。
その国連太平洋方面第11軍・岩国基地の一角では、この確率時空の未来を決定づけるふたりが対峙していた。
「やってくれたわね」
「何の話だ」
香月夕呼博士の言葉に、昏い瞳をした男は首をかしげた。
本当に心当たりがないのである。
彼女が漏らした溜息は、打ちっぱなしのコンクリート壁に響いた。
「第4計画直属A-01の情報収集の結果、東日本の要撃級に対して西日本の要撃級は、俊敏性を14%向上させていることが判明したわ」
「雑煮のように、東と西でBETAの性能が違うとでもいうのか」
「たとえに陳腐な文化論を持ち出すまでもないわ。西日本のBETAの方が手ごわい。そしてそうなった理由もわかってるんでしょ?」
「
「そのとおりよ」
香月夕呼博士はパイプ椅子に座って脚を組んだ。
「奴らが対馬島で光線級を戦術的に運用してきたのも、西日本の戦術機部隊が手強いと認識したからかもしれないわね」
「天才の博士を以てしても“かもしれない”ということは、違う可能性もあるということだろう」
「まあ、実のところはわからないわ。BETAに聞くわけにもいかないし」
「西日本のBETAが強化される一方で、東日本の個体能力および戦術が据え置きであれば、それは良いことだ」
嫌味ではなく、西部方面司令官は本心からそう思っている。
西日本の八代基地・第92戦術機甲連隊が一種の囮となり、東日本の横浜基地・A-01が不必要に苦戦せずに済むのならば、彼は本望であった。おそらく1、2年の内に発動することとなる佐渡島ハイヴ攻略戦においてもそれは有利に働く。
「……」
「それに敵はBETAだけではない」
「わかってるじゃない」
悪いけど、と香月夕呼博士は言葉を続けた。
「そっちの囮も任せるわね」