「ここが岩国――」
MiG-29SEKで岩国基地に降り立った、第92戦術機甲連隊第13中隊前衛C小隊のパッパ12・手塚忠相少尉は愕然としていた。
彼の出身地は広島県最西端の大竹市であり、隣接する岩国市のこともまたよく知っているつもりだった。しかしながら、彼が知っているはずの岩国市は、もうどこにもなかった。岩国駅前にそびえていたマンションは軒並み倒壊。今津川沿いに密集していた住宅街は、火災でも起きたのか、大部分が灰燼と化していた。
大型種によって無秩序に耕された田畑と、BETAの体液と人々の血で汚された廃墟。
そのど真ん中に飾り気のない広大な無機質の航空基地が広がっているのは、悪い冗談にしか思えなかった。
誘導灯を持った誘導員に従い、12機のMiG-29SEKは主脚歩行で新造された格納庫へ向かう。
その途中、彼らは駐機場の前を横切った。
「F-18A――」
直立姿勢で駐機していたのはネイビーブルーのF-18Aである。
「VFA-27、ロイヤルメイセスだな」
肩部ユニットに戦棍を握りしめた拳の中隊章があることを目ざとく見つけた宇佐美誉大尉は、ひどくつまらなさそうに言った。
「VFA。つまり米軍機、ですか」
聞いたのは前衛C小隊を率いるパッパ9・佐久本翔中尉である。
彼の言い方には少々、棘があった。
安保条約を破棄したくせに、という響きが多分に含まれている。
VFA-27――米海軍第27戦闘攻撃部隊は、国連太平洋方面第11軍司令部指揮下の部隊として、国連軍厚木基地から国連軍岩国基地へ移駐したばかりの部隊であった。
「米国人野郎どもの手助けを拒絶できる勢力は、この地球には存在しない」
彼の心情を、宇佐美誉大尉はばっさりと切り捨てた。
人類の兵器廠・米国――極東の雄、日本帝国でさえ彼らの強力な軍事力を必要としている。
それが現実だった。
(岩国といえば押し寿司なんだけどなあ……)
山口県出身の湯川進中尉は内心、溜息をついていた。
もうレンコンや魚を混ぜた岩国寿司を食べられる日はこないかもしれない。
BETA侵攻は物理的な大破壊のみならず、文化的な大損失をもたらしている。
2000年4月に日本帝国本土防衛軍西部方面隊から岩国基地へ派遣されたのは、第92戦術機甲連隊第13中隊と、第23中隊であった。
「マジで一歩も基地から出れねーやつじゃん、これ」
岩国基地の整備兵たちにF-15JKを預けた第23中隊のプリズナー7・若松勘太少尉は、いの一番にそう愚痴った。
八代基地であれば休暇をとり、鹿児島県や宮崎県で辛うじて命脈を繋いでいる繁華街に繰り出すこともできたが、ここではそれもできない。
――不法入国した外国人や避難キャンプから不法帰還を試みた市民、任務中に逃亡した帝国軍・国連軍兵士が潜伏している可能性があるため、外出は厳禁である。
と事前に聞いていたとはいえ、まさか岩国基地の周辺にここまで何もないとは思わなかったのである。
「おい
「4か月くらいだろ」
「はぁああああああああん!?」
「岩国のPXが良い感じなのを期待するしかねえよ」
「PXも何も基地で飲めるとこっていったらはな舞しかねえじゃんかよ!」
若松勘太少尉が大騒ぎする中、プリズナー3・十六良世少尉は、灰色の髪をかき上げた。
それから特に何の感慨もなくサングラスをかけ直し、
アルコールに滅法強く決して酩酊しない彼女からすれば、どうでもいい話題である。
その頭上を4機のUH-1Hが飛んでいく。
両脇に抱えているのは36発の対戦車地雷を収納した87式地雷散布装置。BETAは大して隠蔽していない地雷でも回避しようとはしないため、空中散布による地雷原構築は極めて有効であった。
「八代といい勝負だ」
MiG-29SEKを装備する第92戦術機甲連隊第13中隊についてきた東欧州社会主義同盟・ポーランド陸軍海外兵站部のルドルフ・タンスキー少佐は、岩国基地を一巡して様々な戦術機を見た。
第92戦術機甲連隊のF-15JK、MiG-29SEK、国連軍傘下の米海軍・米海兵隊のF-18Aは先に触れたとおり。数の上では日本帝国本土防衛軍中部方面隊の94式不知火や、基地警備のために廻されてきた77式撃震が最も多い。さらに帝国斯衛軍の82式瑞鶴もこの岩国基地へ進出してきていた。
明日にはこれに加えて、国連軍嘉手納基地から米陸軍のF-15Cが海上輸送されてくることになっている。
「まだ陸路が全開通とはいっていないからでしょうね」
政治的責任を負うポーランド統一労働者党のルドルフ・タンスキーとは対照的に、整備面での責任を負うザルツィワ・アッシュ中尉は腕組みをして、格納庫に居並ぶ戦術機たちを眺めていた。
機械化装甲歩兵や装甲車、主力戦車から成る戦車部隊はほとんどいない。
戦術歩行戦闘機から成る砦――それがいまの岩国基地であった。
その岩国基地から約250km離れた八代基地でも、新たな戦術機の受入態勢を構築するために、整備兵たちは大忙しとなっていた。
「やっぱりステルス機、来るんですねえ」
新機材――ステルス性能を維持するための研磨装置の取り扱い方の研修を終えた第92戦術機甲連隊・整備補給隊整備兵・広森一城伍長は、はあ、と溜息をついた。
まだ見ぬステルス機はデリケート、というのが彼ら整備兵の第一印象であった。
とりあえず帝国初となるステルス戦術機は、米国議会で輸出が認められたばかりの限定的なステルス性を有する旧式機となるらしく、当然のごとく日本帝国本土防衛軍西部方面隊・第92戦術機甲連隊に配備されることが決定していた。
(ステルス機なんてかわいいもんだ……)
連隊本部第4科の管理幹部である沢田紗知中尉もまた、溜息をついていた。
彼女の頭を悩ませているのは、フランス製戦術機ミラージュ2000-5である。
統一中華戦線の中華民国国軍側が投げ出しただけのことはある。管制ユニットの基本構造は他国製とほとんど同様であるが、細々とした部品や衛士側が身に着ける装備は仏製の独自規格であり、わざわざフランス本国から取り寄せなければならない始末。
(どうせ苦労するならより高性能機の方がいい)
その具体例となるのは、武御雷だ。
実際、武御雷についても夏以降に配備が予定されているらしい。
(間違いなく、死ねる)
沢田紗知中尉は、そんな確信をもっていた。