■本話登場人物紹介
【水落美歩(みずおち・みほ)】
中尉。第92戦術機甲連隊第23中隊所属。コールサインはプリズナー2。
野球賭博が問題となったところを西部方面司令部によって引き抜かれた過去をもつ。頭に血が上りやすい性格で、本州の日本帝国本土防衛軍が帝都・大阪前面に防衛線を引き直したと聞いた際は激昂した(33話)。
【宇佐美誉(うさみ・ほまれ)】
大尉。第92戦術機甲連隊第13中隊長。コールサインはパッパ1。
陸軍大学校を卒業しているらしい。部下に危険な命令や無神経な物言いをすることが多い。
【湯川進(ゆかわ・すすむ)】
中尉。第92戦術機甲連隊第13中隊の中衛小隊長(B小隊長)。コールサインはパッパ5。
自身を危険に晒す命令でも素直に遂行するが、宇佐美大尉に対しては内心反発している。
山口県出身で家族も同郷。BETAの西日本侵攻前に仙台へ引っ越させることに成功したが、さらなる引っ越しを勧めることを切り出せずにいた(49話)。
山口県萩市。
かつて並んでいた背の低い木造住宅たちは見る影もなく、透き通るように美しかった海と白い浜辺は、醜い砲弾痕とBETAの死骸によって地獄然とした姿をみせつけている。
そこに再び、砲声が轟いていた。
120mmキャニスター弾による小隊集中射。数千個の鋼球が降り注ぎ、浜辺に押し寄せた要撃級、戦車級の群れが弾ける。醜怪なミンチ。溢れ出した体液が、海水に溶けていく。
「
水落美歩中尉は鋼鉄の雨を抜けてきた数体の要撃級を手早く射殺し、遥か後方を睨んだ。第23中隊機は強襲上陸の第一陣であった突撃級をまず跳躍でやり過ごすとともに、背面ガンマウントである程度数を減らしていたのだが、その生き残りが緩旋回し、再突撃の準備を終えようとしていた。
「プリズナー1から各機、一旦退くぞ!」
F-15JKはBETAの死骸と倒壊した木造住宅を踏みしめて跳躍し、海岸線の要撃級と内陸部から戻ってこようとしている突撃級に挟撃される愚を避けた。
そうして距離を確保してから第23中隊は隊形を立て直す。
氏家義教大尉が直卒する前衛A小隊は膝射姿勢をとり、長距離砲撃戦を開始した。
「全然数が減らねえ……!」
若松勘太少尉の呟きに、そうだろうよ、と後衛C小隊を率いる塗伸哉中尉は思った。
支援砲撃が廻ってきていない。砲兵部隊の展開が遅れているのか、そもそも砲兵部隊が存在しないのか。あるいは先の本土侵攻と同じく、BETAの強襲上陸は広範囲に亘っているのか。
「出雲にまで揚がってるよ!」
広域戦況図を見たプリズナー10・馬上くらら少尉はオープンチャンネルに慌てた声を流した。萩から約150km北東に離れている出雲。彼女は98年の本土防衛戦を思い出し、東日本と岩国基地の連絡線が“切断”される可能性におびえていた。
が、第23中隊の古参衛士たちは特に何も思わない。
「いまやれることは目の前のクソムシを殺すことだけだ!」
氏家義教大尉は部下を叱咤する。
「アルファ、要撃級の頭を抑えるぞ!」
それから氏家義教大尉以下、4機のF-15JKが打って出る。
その頭上を曲射で撃ち出された120mmキャニスター弾が飛び越していき、虚空で炸裂する――その直前で青白い光芒がキャニスター弾を内蔵されている鋼球ごと蒸発させていた。
……。
BETA西日本再侵攻。
いずれ、と思っていた事象はこの2000年5月に生起した。
人類側の防衛体制は万全とは言い難い。
しかしながら98年とは状況は大きく異なる。超大型台風は存在せず、避難民もほとんど皆無であるため、日本帝国本土防衛軍は即座に本格的な反撃に移ることが可能であった。
「友軍はどこいったんってんですか!?」
第13中隊のパッパ11・西迫杏少尉は素っ頓狂な声を上げながら、眼前に迫った要撃級を120mm砲の一撃で沈黙させ、その死骸を跳び越してきた戦車級を見据えた。次の瞬間、彼女が操るMiG-29SEKは右主腕部で赤黒い影を振り払い、廃墟へ叩きつけている。
「ここは我々で支えるほかない」
前衛・中衛小隊が乱戦に臨む中、宇佐美誉大尉はそこから離れた地点で戦闘を俯瞰していた。
「スプラッシュ・レーザースリー……」
彼女の右腕といっていいパッパ2・光部礼為少尉は、中隊長が無言の内に指示する標的――光線級を支援突撃砲の狙撃で排除していく。
トリガーを弾きながら光部礼為少尉は、事態を理解していた。いまこの出雲方面の攻防戦に参加しているのは自隊と斯衛軍の1個中隊のみ、萩方面にしても第23中隊のみが矢面に立っている状況。
一方で国連軍・岩国基地では未だ多くの戦術機甲部隊が、待機を強いられていた。
(“本命”が別地点に来るのでは、と警戒している)
日本帝国本土防衛軍および国連太平洋方面第11軍は、萩と出雲に上陸したBETA群が“陽動”として機能するのではないかと恐れているのだろう。故に第2梯団、第3梯団の出現に備えた予備戦力として、戦術機甲部隊を多く手許に残している、というわけだ。
(しっかしこれじゃもたないって――)
湯川進中尉機は飛びかかってくる要撃級の機先を制して74式近接戦用長刀の斬撃を繰り出し、流れるように横っ跳びして新手の要撃級を躱す。
続けて追撃を試みた要撃級は、宇佐美誉大尉の指示を受けたパッパ3・立田一司少尉の狙撃によって撃破された。
湯川進中尉は礼を言う暇さえない。眼前に迫る新たな要撃級の前腕に長刀の刀身を噛ませ、副腕で保持した突撃砲の連射でこれを射殺した。
「こちらパッパ1。各機、長距離支援砲撃、180秒後だ。ブラボー、チャーリーはそのまま敵を釘づけにしろ」
「パッパ5、了解。んじゃあと……1分くらい粘りますか」
「2分30秒粘れ」
湯川進中尉機の脇を長野ふゆ少尉機が駆けていく。
すっかり固定型近接装備にも慣れたようであり、機動しながら要撃級、戦車級を殺戮していく。彼女と分隊を組む植木陽一少尉は無理に追随することなく、突撃砲で彼女の援護に徹していた。
その長野ふゆ少尉機に肩を並べたのは、青い瑞鶴である。
五摂家の人間が搭乗していることを示す82式瑞鶴が振るう太刀筋は、見事の一言。
荒々しさはない。相手の動きを見切った上での“静”の剣戟。
「ハイドラ1。こちらパッパ1だ。貴官らは先に退いた方がよいのでは」
「パッパ1、ハイドラ1――退くわけには参りません」
そうか、と宇佐美誉大尉は表情を歪め、部隊内通信でパッパ4・貝淵朝士少尉に指示を飛ばした。
「貝淵。あれを援護しろ」
「大尉、了解です」
「私の前で死なれたら困る」
「はい」
MiG-29SEKと瑞鶴の群れは殺到する異形の群れを食い止め続け、きっかり150秒後に後方短噴射の連続で後退を開始した。
追い縋るBETA――。
その頭上に、227mmロケット弾が姿を現す。
照射を浴びる弾体は虚空に溶け、溶けながら霧散し、大気と一体化していく。
空が、
「来るッ!」
湯川進中尉機が、空を仰いだ。
その数秒後、充満した重金属雲の中で後続の227mmロケット弾が炸裂した。
火焔と鋼鉄の豪雨。異形の群れが、焼き払われていった。
残るのは灰燼と焦げついた骸――その合間をまた新手の戦車級、要撃級が駆けていく。
◇◆◇
「対潜攻撃中の駆逐艦『浜雪』および『松雪』、照射危険域に入ります」
「第2波もまた出雲に向かう模様。規模は最低でも旅団規模」
「艦砲射撃により萩方面の大型種は全滅。92TSFR 23中隊が掃討戦に入ります」
国連軍岩国基地に設置された国連軍・帝国軍共同作戦司令部に集う参謀たちは、出雲こそ本命とみていた。敵第2梯団は真っ直ぐに出雲へ向かっており、続く第3梯団の存在は観測されていない以上、そう考えるのが最も自然だ。
第92戦術機甲連隊本部から派遣されていた園田勢治少佐も同意見だった。
しかしながら国連軍・帝国軍共同作戦司令部には、実のところ用兵の自由がほとんどない。彼らは現状、3個中隊までで応戦するように強いられていた。敵情判断はより上位の司令部が、そしてどこに防衛線を構築するかは日本帝国国防省、さらに帝国政府首脳陣の決定が必要であった。
「政治的判断が必要なのはわかるが――」
国連太平洋方面第11軍の傘下に加わっている米海軍第27戦闘攻撃部隊の参謀は、苛立つというよりも戸惑った。これだけの戦術機が集まっているのだから、予備戦力を残しつつ、BETAが橋頭堡を築きつつある出雲を攻撃して、敵の頭を抑えることくらいはできるだろう。にもかかわらず、使えるのは3個中隊まで、とはどういうことか。
(2年前の敗戦、引きずるなという方が無理というものだ)
園田勢治少佐は内心で溜息をつく。
結局、国連軍・帝国軍共同作戦司令部は、帝国斯衛軍ハイドラ中隊と第92戦術機甲連隊の2個中隊、併せて3個中隊で遅滞戦術を採り、その後出雲に対して本格攻撃に出ることに決めた。
が、事態は意外な展開をみせる。