「シスターリーダー。こちらバルディッシュリーダー。応援感謝する。早速だが目標情報を転送した。23号線東側から生態公園までのこのエリアを攻撃してほしい。貴隊の攻撃終了後、生態公園および大洞貯水池一帯への奪還に移る」
「バルディッシュリーダー、こちらシスターリーダー了解。目標情報を受信した。これより指定区域――咸平PA東側の畑地に進入する」
要撃級や戦車級の死骸が横たわり、BETAの体液と砲弾痕で荒廃した田園地帯。
土手の上で12.7mm重機関銃を連射するK200装甲兵員輸送車や要撃級の死骸の裏に隠れ、攻撃開始を待っている機械化装甲歩兵の前に、多連装ロケットランチャーを背負ったF-8Eクルセーダーが着地した。
小康状態を迎えた前線で第92戦術機甲連隊第22中隊は、歩兵部隊の火力支援任務に廻されている。平野部における大型種から成るBETAの攻勢を退けた大東亜連合軍と日本帝国大陸派遣軍は、今度は浸透した小型種を掃討し、高地を奪還しようとしていた。闘士級や兵士級といった小型種の群れ自体はさしたる脅威ではないが、高地を放置しておくのはまずい。光線級に進出されると、その周辺平野が制圧されてしまうからである。
シスター3――荒芝双葉少尉は網膜に投影される目標に向け、127mmロケットランチャーのトリガーを引いた。次の瞬間、ロケット弾は窓の割れた民家に直撃し、爆炎とともに中にいた闘士級を肉片にして吹き飛ばした。続く2発目は教会の手前で炸裂し、数体の兵士級を薙ぎ倒す。3発目、4発目は生態公園へつながる坂のそばにある雑木林に吸い込まれていった。
(戦場になるって、こういうことなんだ)
荒芝双葉少尉は躊躇いこそしなかったが、多少のショックを受けていた。
歩兵部隊の火力支援とはつまり、小型種を市街地ごと吹き飛ばすような仕事である。つい最近まで人々が生活していた――人々の思い出が詰まった家や家財、街並みを粉々に破壊していくような行いだ。ここが日本じゃなくてよかった、と彼女は思い、少々の自己嫌悪を覚える。
「シスターリーダー。こちらバルディッシュリーダー、有難い! これから吶喊する!」
「バルディッシュリーダー。シスターリーダー了解。我々は1400までここに待機する。何かあったら言ってくれ」
「こちらバルディッシュリーダー了解――さあ、お前ら山登りの時間だ!」
「シスターブラボー、こちらシスターリーダー。シスターブラボーは主脚走行にて15号線・838号線の立体交差点まで進出し、周辺警戒にあたれ」
「シスター5了解」
「シスター6了解」
「シスター7了解」
「シスター8了解」
第22中隊B小隊が大型種の出現に警戒するため移動すると同時に、待機していた機械化歩兵部隊が前進を開始した。兵士級や闘士級の不意打ちを跳ね返せるK200装甲兵員輸送車が、リモート式の重機関銃を連射し、塀や看板といった敵が潜んでいそうな遮蔽を破壊していく。それに続くのは、機関銃を構えた機械化装甲歩兵だ。
燃え盛る火焔の合間を縫うように、生身の歩兵の駆け足程度の速度で彼らは生き残りの小型種を排除していく。特に損害はなく、高地へ登る坂道のはじまりを容易に確保した。
それを見守っていた大島将司大尉は、どうやらうまくいきそうだ、と思った。
その一方で、気は抜いていない。C小隊には周囲の山々の稜線を警戒するように指示を出した。この戦況が急変するとすれば、BETAの大規模地中侵攻に巻き込まれるか、生き残りの光線級が突如として近くの山から顔を出し、本照射を撃ち下ろしてくるか、だ。F-8EはF-4Jよりも出足が遅い。立ちんぼの状態から対光線級吶喊をやる、となれば、どれだけの被害が出るだろうか――想像したくもなかった。
機械化歩兵部隊が生態公園・大洞貯水池一帯の奪還に成功し、警戒センサー類を設置したのを見届けた第22中隊は、夕陽を背に木浦大洋大学へ帰還した。
次の出撃は7時間後の夜中だ。戦術機は機動力・攻撃力を有する“人類の剣”であると同時に、高度なセンサーの塊である。BETA群の夜襲を察知するために、戦術機部隊はシフトを組んで夜間哨戒に駆り出されることが多い。
「大島大尉、ちょっと――」
第22中隊の衛士たちに必ず衛士用強化装備を脱ぎ、睡眠を含めて休息をとるように厳命した大島将司大尉は、作戦担当幹部の豆枝幸路大尉に呼ばれた。部隊の幹部を集めて何かミーティングをしたいらしく、戦術機の整備を担当する幹部の久野平太大尉も呼び止められ、整備スペースとして借りている運動場の端――野球ベンチに向かった。
「どうしましたか?」
野球ベンチには幹部の他にも警備に責任をもつ畠田徹男曹長や、地誌担当の谷山郷太軍曹など、本部に勤める下士官たちが集まっている。
話を切り出したのは、ベンチの幹部の中でも最先任となる豆枝幸路大尉であった。
「……やはり光州の国連軍司令部が陥落したのは、事実らしい。しかも国連の作戦参謀の間ではその原因が、大陸派遣軍と大東亜連合軍が避難民救援のために兵を動かしたから、ということになっているようだ」
「そう、ですか」
大島将司大尉は前線の混乱具合や受信したオープンチャンネルでの会話から、なんとなく予想をつけていたが、朝から晩まで戦術機の整備や弾薬の準備、持ち込んだ物資の開封作業の指揮で忙しかった久野平太大尉は「本当ですか」と驚いていた。
他方、警備などを担当する下士官たちは、驚きよりも得心といった様子の顔であった。米軍関係者が、かなり荒れているのを感じ取っていたからだ。国連軍将兵がすれ違いざまに、日本帝国大陸派遣軍関係者や大東亜連合軍将兵を罵倒する場面にも遭遇している。畠田徹男曹長は、BETA小型種に対する警備ではなく、対人警備の計画を練り直したほどだった。
しかし、と豆枝幸路大尉は言葉を続けた。
「総崩れにはならなかった。損害は局限された。あんまり大きい声ではいえないが、第22中隊の火消しのおかげだよ」
「そんなことは」
と、大島将司大尉は謙遜した。1個中隊の活躍で一戦線が保つほど、BETA大戦は甘くないではないか。
7時間与えられるはずだった休息は、結局のところ5時間になった。整備兵によってトイレパックなどが交換された強化装備を身にまとい、第22中隊の衛士は速やかに自機に向かった。
「こちらシスターリーダー。先程のブリーフィングでも確認したとおりだが、部隊内データリンクで情報を送信する。各自確認せよ」
シスター8――雨田優太少尉は小声で「畜生」とつぶやいた。
鉄原ハイヴから師団規模のBETA群が南下を開始。このBETA群は分派することなく、ソウル・仁川・水原・世宗と韓国西部を踏破。その時点でようやく偵察衛星や各種センサー類がこのBETA群の存在を察知できたという。現在、BETA群は益山に達しており、このままなら3、4時間後には突撃級から成る先頭集団が前線に到達するだろう、という見込みであった。
(一昨日、昨日とあれだけ殺したのに、まだ師団規模のBETAが残ってやがったのかよ――!)
と叫ぶ彼とは対照的に、大陸帰りの大島将司大尉をはじめとするベテラン衛士は来るべきものが来たか、という感想を抱いていた。BETAとはそういうものだ。人類の精一杯の努力も、予測も、すべて凌駕してくる。ましてや楽観論や都合のいい祈りや望みなど、何の意味ももたない。彼らは優れた速度と圧倒的な物量で潰しにかかってくるのだ。
災害に等しい暴虐に抗しうるのは、人が鍛えた鋼鉄と、それを操る人の意志だけである。
大島将司大尉は深呼吸して平静を装うと、「バトル・シスターズ各機、これより我が隊は前線基地・務安空港に向かう。移動方法は噴射地表面滑走。隊形はトレイルだ。繰り返す。移動方法は噴射地表面滑走。隊形はトレイル」と指示を出した。