日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊の奮戦によって、前述のとおり出雲攻略作戦は成功に終わり、朝鮮半島および大陸沿岸部のBETA個体数が激減していることを確認した日本帝国首脳陣はようやく安堵で胸を撫で下ろした。
あとは佐渡島ハイヴの攻略――これを以て日本帝国は、98年以前に立ち戻ることができる。
「佐渡島攻略作戦は遅くとも2001年12月には発動しなければならない」
それが日本帝国国防省と国連太平洋方面第11軍司令部の結論であった。
理由はひとつしかない。
仮に佐渡島ハイヴがフェイズ5にまで至れば、水平方向に伸びる
故に日本帝国では官民挙げての戦力回復・戦力拡充に奔っていた。
その一環として始まったのは、民間企業が主体となる日本全土におけるスクラップ回収である。98年から始まった本土防衛戦によって無数の戦術歩行戦闘機と機械化歩兵装甲が惨い姿の残骸となったが、その一部はいまもなおBETAにも人類にも回収されないまま転がっている。
それを掻き集めて再利用可能な部品を選別、苦しい日本帝国本土防衛軍の台所事情を多少なりとも改善しようというのが、この回収事業であり、複数の企業が参加していた。西日本で回収された戦術機の残骸の一部は、九州地方の工業地域に廻されて作戦機にリビルドされていく。
……こうした作業には戻るべき場所を失った避難民や、あるいは98年以前に大陸から流入していた難民もまたかかわっていた。
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2000年9月――第92戦術機甲連隊第21中隊および第32中隊は、日本帝国樺太庁
「涼しいというか、肌寒ぅ――」
それが若狭理央少尉の感想だった。
樺太庁敷香町の9月平均気温は12℃程度、平均最低気温は7.8℃。関東以南出身の隊員からすれば、信じられないほど冷涼な9月である(参考までだが宮城市の9月平均気温は21℃、札幌市の9月平均気温は18℃)。
かつては、こうした自然環境から、そして過酷極まる冬季戦に備えるため、樺太庁内の駐留部隊は樺太島や北海道、東北地方の出身者が多かった。また第二次世界大戦終結後、BETA大戦勃発後もソ連に対する警戒も怠ることができないため、精強な地上部隊が配されてきた。
が、いま樺太庁の護りは手薄になっていた。
その理由は日本帝国本土防衛軍北部方面隊の勢力自体が、大きく減じられているためである。
1998年以前。第7師団をはじめとして、北部方面隊所属部隊の多くは大陸派遣軍に参加――重慶防衛戦を皮切りにして、激しい消耗に晒された。そして2000年になってもなお、北部方面隊はその深刻な傷跡を未だ癒せていない。
帝国政府は北部方面隊よりも本土防衛戦で壊滅した中部方面隊、東日本を巡る長期戦で大きなダメージを受けた東部方面隊の立て直しを優先したこともある。北部方面隊は勢力を盛り返すどころか、むしろ北部方面隊から中部方面隊に戦力を抽出されることさえあった。
かつて“帝国最強の機械化軍団”と称されていた北部方面隊は、見る影もない。
なにせ深刻な戦術機不足から77式撃震は勿論のこと、高等練習機であるはずの97式吹雪さえも実戦部隊に配備せざるをえない有様である。
さらに北部方面隊は、日本帝国国防省の指導の下で、樺太庁よりも北海道の防衛を優先する部隊配置を余儀なくされていた。
故に間宮海峡の向こう側にまでBETAが押し寄せているにもかかわらず、樺太庁の防備はおざなりになっている。
とはいえ樺太庁もまた約40万の人々が暮らしており、これを見棄てるわけにはいかない。樺太島の面積も四国島の3倍以上ある。やすやすと明け渡せる存在ではなかった。
というわけで、帝国政府は様々な手段を使って対BETA防衛線を再構築していた。まず国土の大半を喪失し、窮しているソビエト連邦に樺太庁の一部の租借を認め、その代わりにソ連軍極東軍管区の地上部隊を誘致。また西部方面隊や東北方面隊から複数の戦術機甲部隊をローテーション配備し、防衛体制の強化を図っていた。
そういった事情で2000年9月、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊のF-2Aから成る第21中隊と、ラファールMADの第32中隊が樺太に派遣されたわけである。
「ミツバチ1、こちらミツバチ4……」
第92戦術機甲連隊第32中隊の樺太における初任務は、ソビエト連邦軍第214戦術機甲部隊との協同哨戒であった。
といっても簡単なもので、第32中隊A小隊と第214戦術機甲部隊の1個小隊、併せて8機で樺太島の西海岸を地表間滑走で走り回り、異常がないかを点検するだけである。
とはいえ第92戦術機甲連隊第32中隊の衛士たちからすれば、緊張感あるものとなった。
「
「ミツバチ4、ミツバチ1だ。無視しろ」
「了解」
そう返事をしながらも、加福肇少尉はレーダー画像から眼を離せない。
ラファールMADとMiG-23MLDの編隊は、ブリーフィングで予定されていた陣形とは大きく異なっていた。4機のラファールMADの真後ろを、MiG-23MLDがぴったりと追随する格好である。
(撃ってくるわけない、とはわかってるとはいえなあ)
加福肇少尉はグリップを落ち着きなく握り直した。
この状態で攻撃を受ければ、第3世代のラファールMADと第2世代相当のMiG-23MLDでは明確な性能差があるとはいえ、ただではすまない。さらに加福肇少尉をはじめ、帝国衛士には、ソ連というのは油断ならぬ隣人という意識がある。実際仕掛けられても、“不幸な事故”で済まされるのではないか、という思いもあった。
「おい日本人野郎」
網膜の端に“ディーフィン3”――まだ幼さの残る少年衛士の姿が映る。
「どうだ? サハリンに来た感想は。帰りたくなったろ?」
「ああ、ディーフィン3。こちらミツバチ3。帰りたくなったさ。どこぞの赤熊がこっぴどくやられたせいで、こんな寒々しい島まで最前線になって――ここで戦術機を飛ばさなきゃならない俺たちの身にもなれよ?」
「んだと!?」
ミツバチ3――時田政文少尉は注意深く周囲に気を配りながら、それでもなお口を動かし続けた。
「アラスカに、樺太に、と周辺国にすがりつく方々は礼儀も知らない感じか。感謝されこそすれ、凄まれる覚えはまったくないんだけどな……」
「てめえッ!」
「撃ち殺すぞッ!」
ディーフィン3のみならず、その僚機を務めるディーフィン4が短く叫んだ瞬間、「やめなさい」と制する声が割りこんだ。
「ディーフィン3――ジーマ、口を閉じなさい」
「そうだぞ、ジーマくん」
「ミツバチ3、こちらディーフィン1です。お互い無用な挑発はやめにしましょう」
MiG-23MLDを率いるアルテナイ・プレスニヤコワ大尉は、冷静に、しかしながら明確に圧を放った。
彼女からすれば、口喧嘩が小競り合いに至ることほど馬鹿馬鹿しいことはない。その上、この樺太にはソ連軍正規部隊のみならず、KGBの国境警備軍までいる。撃ち合いという最悪の事態にならずとも、ちょっとしたトラブルでさえ取り調べの対象にされる可能性があった。
アルテナイ大尉にとって運が良かったのは、第32中隊の指揮官・田所真一大尉が極めてドライな人間だったことだろう。
「ミツバチ3。こちらミツバチ1だ。先程、ミツバチ4にも言ったとおりだ。無視しろ」
「ミツバチ1、こちらミツバチ3。了解」
それでその場は収まった。
実際のところ、ソ連側がラファールMADの背後をとったことに他意はない。
単なる性能差からそうなっているだけだ。ラファールMADの瞬発力、加速力はMiG-23MLDを遥かに凌駕しており、ソ連側は追随するのがやっとで、どうしても背後をついていく形になってしまうのである。