「先程は申し訳ありませんでした」
補給のために日本帝国本土防衛軍北部方面隊・上敷香基地を中継するソビエト連邦軍第214戦術機甲部隊、その指揮官のアルテナイ・プレスニヤコワ大尉はMiG-23MLDから降りたあと、遠巻きにしている日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊第32中隊の衛士たちに、英語で話しかけていた。
「いいえ」
毒舌で知られる時田政文少尉も、このときばかりは素直に応じた。
「あなたは謝らない、あなたは……えー……っ!」
時田政文少尉の脛を蹴ったミツバチ2・早咲澄子少尉が、後を継ぐ。
「失礼。……こちらも非礼を働きました。今後も共にBETAの侵略に備えて協同していきましょう」
早咲澄子少尉の流暢な英語に、アルテナイ・プレスニヤコワ大尉は相好を崩した。
「ありがとう、今後も共同戦線の維持に努めましょう」
第32中隊の中隊長・田所真一大尉がうなずくのを見て、彼女は敬礼して推進剤補給中の自機に戻っていった。
「……ヘタクソな英語」
早咲澄子少尉の言葉に、時田政文少尉はバツが悪そうな顔をした。
「そりゃあね。早咲さんがうますぎるのよ。駅前留学でもしてた?」
「フィリピン」
「あーそう。どおりでフィリピン訛りが強いと思った」
「いいかげんなことを言いますね。それよりよくそんな英語で――」
「いまどき自動翻訳装置をオフってる状況の方が珍しいっての!」
ふたりの“じゃれ合い”に辟易とした加福肇少尉が、話題を変えた。
「あの大尉、大尉にしては若かったなー」
「どうだか。ロシア人の外見なんざ、アジア人の俺たちにはわからないよ」
◇◆◇
「……」
同時刻、上敷香基地のガンルームに詰めている第21中隊の中隊長、
第92戦術機甲連隊は幾つかの派閥に分かれているが、その中でも紅茶党は弱小派閥といっていい。
中南米やアフリカ諸国で生産が盛んである関係上、努力すれば手に入らないこともない天然のコーヒーとは異なり、紅茶の主要生産国――インドやトルコ、中華人民共和国――はBETA大戦の影響を大きく受けている。そのため天然紅茶の国際的価格は高騰し続け、しかも味わいは90年代以前から粗悪化の一途を辿ってきた。合成紅茶の風味については、ここで論ずるに値しない。
そういった関係で第92戦術機甲連隊の衛士たちは愛煙者、コーヒー党こそ多いものの、紅茶を常飲する者は少ない。
「どうですか、この上敷香基地の紅茶の味は」
パイプ椅子に座って優雅にティーカップを運ぶ駿河野場語名大尉を、ライター10・荒倉恋少尉は茶化した。
返事はわかっているのだ。
「まずいですね」
「なら飲まなきゃいいのに」
「本当ですね」
認めながらも駿河野場語名大尉は紅茶をやめるつもりはなかった。
物心ついた頃から喫茶の習慣があった。おそらくそれは己のルーツ、祖国に根づいていた文化なのだ、と彼女はあたりをつけていた。でなければ贅沢を嫌う父が、目の色を変えて茶葉と茶器を買い求めていた理由が説明できない。
そこから少し離れた窓際で、数名の衛士たちがタバコを喫っている。
第92戦術機甲連隊第21中隊の衛士と、樺太庁の防衛を担当する第88戦術機甲連隊の衛士たちは灰皿をきっかけに談笑していた。愛煙者同士で通じるところもあるが、撤退した在日米軍からもらったラッキーストライクやマルボロ、キャメルを第21中隊の衛士たちが手土産にしていたこともあった。
どちらかといえば本土防衛戦の最中も樺太庁に駐屯していた第88戦術機甲連隊の衛士たちの方が、本州の実情を聞きたがって話を振る側だった。
彼らは樺太庁、北海道出身者が多いが、本州にも友人・知人がいる。
根こそぎ動員によって知己が入営した者も、少なくなかった。
「やはり樺太は大変でしょう。冬ともなれば雪に閉ざされて……」
1998年から最近までの話がひととおり終わったところで、第92戦術機甲連隊第21中隊前衛C小隊を率いる仕手功一中尉が話題を変えた。
その途端、第88戦術機甲連隊の衛士らは顔を見合わせた。
「いえいえ。もう慣れたものです」
「そうですか」
「どちらかといえば、樺太の自然よりも国境警備の方がしんどいですよ」
「国境警備……ソ連、ですか」
ええ、と第88戦術機甲連隊の衛士、佐藤英幸中尉はうなずいた。
「スパイの連中が大手を振ってうろうろしてますし。向こうの空なんかに輝点が現れたかと思ったら、次の瞬間には消えてる、なんてしょっちゅうですよ」
「それ、亡命機かなんかです?」
口を挟んだライター3・織田清茂少尉の問いに、佐藤英幸中尉らはうなずいた。
「たぶん。ウチがぬるいように思えるような戦時動員を続けてて、そりゃソ連の社会体制はガタガタでしょうしねえ。アラスカならともかく、こっち側の前線衛士なんか使い捨てでしょ……」
「昨今のシベリアにおける大敗は、そうした士気の低さも一因にあるのでしょうか」
仕手功一中尉の記憶が正しければ、この1年のうちにソ連領内では3、4のハイヴが新たに建設されていたはずであった。
他の衛士が言葉を続けようとしたとき、窓の外から声がした。
「KGBだ!」
「国境警備軍の戦術機だぜ――」
珍しいもの見たさか、第92戦術機甲連隊の衛士たちはすぐに外へ出た。
「スフォーニのやつ?」
離れた駐機場に、2機の戦術歩行戦闘機が主脚歩行で進入してくるのが見えた。
「いや……」
駿河野場語名大尉は「違いますね」と即座に結論づけた。
Su-27系列の特徴であるブレードエッジ装甲がない。塗装も灰色一色のシンプルなものだ。頭部のセンサーアイを緑色に鈍く光らせながら、その機体は緩慢な動きで推進剤が貯蔵されているタンクへ向かっていく。
「MiG-25――いや、MiG-31ですね」
おー、と第21小隊後衛B小隊の小隊長、丹羽歩武中尉は無邪気に感嘆の声を上げた。
「カタリナ大尉、ウチのMiGよりもデカいですね、あれ」
「……KGBらしい戦術機、といえるかもしれませんね」
成程、と丹羽歩武中尉は笑った。
「軽量級のMiG-29と違ってあの図体。航続距離もさぞかし長いんでしょうね」
「そのとおりです」
駿河野場語名大尉はうなずいた。
航続距離だけではない。
戦術核による一撃離脱を是として開発されたMiG-25の発展型であるMiG-31は、ソ連機の中では極めて優速の部類に入る機体。加えてF-14よりもミサイルの装備数は多い。対地ミサイル・フェニックスよりも軽量の対空ミサイルであれば、10発以上装備・運搬できるはずだ。
「あれはあれで対人戦向きの戦術機ってわけですか」
気づかぬうちに丹羽歩武中尉は厳しい表情を浮かべていた。
「まあステルスとは違う方向性ですケド……」
彼もまたMiG-31がBETAに対する有効な兵器であると同時に、逃走する戦術機を追撃するのに適した機体であることに気づいていた。
ソ連地上軍の衛士たちが駆るMiG-23MLDに対して最大速度、航続距離、有効射程で優る戦術機は、まさにKGBの国境警備軍にとっては理想的な機体だといえる。最前線からの逃走機や、亡命を図る衛士の搭乗機を撃墜するのには、まさにうってつけであろう。