日本帝国において本格的に始まった被撃破機と放棄された軍需物資の回収事業。
その中心となりつつある企業、重工エンタープライズは九州地方に拠点を置き、西日本一円の回収業務を手がけるだけでなく、回収したフレームや部品を利用した戦術機の再生組み立て作業まで、自社工場で実施していた。
それができるのは重工エンタープライズが世界的外資系企業の子会社――具体的には米国資本の企業であり、F-4・F-15系列の戦術機関連技術を有しているためである。
帝国政府からすればこうした外資系企業は警戒すべき存在であったが、しかしながら戦術機の再生まで丸投げできる企業というのは得難い存在でもあり、彼らを理由なく締め出すデメリットよりも勝る。
懸念すべきは第3世代機・94式不知火の無秩序な技術流出であろう。
が、重工エンタープライズ側は、組み立て作業の対象を77式撃震と89式陽炎のみとしていたし、94式不知火の部品については富嶽重工や光菱重工をはじめとする日本側の戦術機関連企業に速やかに引き渡すことで合意、実際にそのようにしていた。
仮に重工エンタープライズが94式不知火の残骸を解析していたとしても、帝国政府は徹底追及まではしないだろう。
すでに94式不知火に用いられた第3世代機関連技術は急速に拡散、陳腐化しつつある。欧州連合に対して日本帝国が水面下で戦術機技術を供与していることは公然の秘密であったし、XF-2の共同開発の際に、米企業ロックウィード・マーディンに対しても日本帝国は94式不知火のデータを渡している。その代わりにロックウィード・マーディンは戦術機開発・製造部門を縮小することなく、戦術機関連工場をフル稼働させて94式不知火のパーツを日本帝国に供給していた。
94式不知火の断片――その解析など、いまさら、である。
しかしながら、彼ら重工エンタープライズ西日本支社にも後ろめたい部分がある。
それは従業員の多くを、帝国国内の避難民・難民キャンプに詰めこまれた人々で賄い、あるいは作戦中に逃亡し、山間部の旧市街地等に潜伏している衛士たちへ積極的に声をかけているところだった。
「衣食住の保証は勿論、勤続すれば米国市民権が与えられる道が開ける」
特に後者のような帝国国内では犯罪者扱いであり、海外へ渡る伝手がない元・戦闘員たちは、そんな甘言にみな一様に乗せられていた。市民権はともかくとして、衣食住が確保されるだけでも破格の待遇。飛びつかないわけがない。
前者のような“模範的な帝国臣民”であっても、BETA本土侵攻に際して失態を演じた行政に対して怨恨を抱く者は極めて多い。加えて前述のとおり、いまやそうした人々の多くは過去に兵役を経験しており(徴兵制度の復活は1980年である)、ウイングマークがなくとも機械化歩兵装備や機械化歩兵装甲の扱い方を心得ている。
重工エンタープライズ・西日本支社は、再生した装備品の試験者としてそうした人々を集めていた。
◇◆◇
「
受話器をとった士官が叫ぶとともに、強化装備を纏ったふたり――衛士強化装備で待機していた第92戦術機甲連隊第32中隊の井伊万里中尉と保科龍成少尉は、壁にかけられた気密兜を引っつかみ、外へ飛び出した。
向かう先は、駐機場に待機しているラファールMADである。
迅速に出動できるようにガントリーに固定されておらず、片膝立ちの状態で胸部ユニットを開放しており、素早い乗降ができるようにタラップが据えられていた。
蛍光色のベストを着た誘導員が機体の前面に先に到着し、一方で機体周囲の自動小銃で武装した警備兵たちが離れていく。その警備兵たちにすれ違ったふたりはタラップを駆けのぼり、シートに収まる。
(ついてない……ッ!)
保科龍成少尉は衛士用の機械化装甲が覆い被さってくると同時に、肉眼確認用の計器類を確認。続けて網膜に投影される電子的計器の表示や、機体ステータスをチェック。最後に広域マップに意識を振り向けた。
(BETAが相手でも嫌だし、戦術機が相手でも嫌だぜ……)
「こちらサイレン101。発進準備完了」
井伊万里中尉の冷静な声色が、彼の耳朶を打つ。
急いで彼もまた「こちらサイレン102。発進準備完了」と声を上げていた。
この時点では彼らには何の情報も与えられていない。
本州で緊急発進となれば概ねBETA地中侵攻に伴うコード911絡みとなるが、この樺太庁では違う。
事前通告がない航空機が防空識別圏に進入した場合、対応するのは戦術機となる。
70年代・80年代まで日本帝国の空を守っていたのは、日本帝国空軍/航空宇宙軍のF-104JやF-1といったジェット戦闘機であった。
が、海外でジェット戦闘機が次々と廃され、かの米国でさえジェット爆撃機に防空網を突破するための速度性能ではなく、航続性能と爆装能力――つまり対BETA戦を重視するようになったため、超音速ジェット戦闘機は宝の持ち腐れとなった。
加えて初期こそ“蛙跳び”がやっとだった77式撃震がアップデートされ、長距離飛行が可能になったことで、領空警備は戦術機が担うようになったのである。
「サイレン101、サイレン102。こちら上敷香コントロール。サイレン101の3番カタパルトへの進入、サイレン102の4番カタパルトへの進入を許可します」
「上敷香コントロール。サイレン101、了解」
「上敷香コントロール。サイレン102、了解」
そういった事情もあり、この上敷香基地には戦術機を急速発進させることができるカタパルトまで備えられていた。
急加速に身を任せたまま、北東の空に放り出された保科龍成少尉は、悲鳴を上げる肉体と思考を切り離して自機の巡航姿勢を整える。それから更新された広域図を注視してうめいた。
(正気じゃねえ。オホーツク海を渡ってくる!?)
彼らに与えられた任務は、カムチャッカ半島から樺太島へ向かってくる国籍不明機とのコンタクトであった。
しかしながら保科龍成少尉からすれば、信じられない事象である。カムチャッカ半島沿岸部から樺太島まで、直線距離で数百km。外部増槽を備えた状態で、戦闘をまったく考慮しないフェリー飛行であっても戦術機で跨げる距離だとは到底思えなかった。
そしてこの9月とはいえ冷涼なるオホーツクの海。
うまく洋上不時着してもなお、生きて帰れるとは限らない。
一方でラファールMADもまた長大なる航続距離を誇る。洋上から発艦し、大陸沿岸部や島嶼部を哨戒することが想定に含まれる海軍機なのだから当然だ。増槽といった装備も充実している。飛行可能時間についていえば、日本帝国のどの陸上機にも負けない。
故にラファールMADはこの任務にうってつけであった。
「見えた、2時方向――」
虚空に浮かぶ機影を認めたのは、井伊万里中尉であった。
「上敷香コントロール。こちらサイレン101。肉眼で国籍不明機を捕捉した。これより警告を――」
「なんだ、あれ……」
遅れて国籍不明機を視認した保科龍成少尉は、自身の眼を疑った。
そこに浮かんでいたのは、戦術機ではなかった。
長大な主翼を有し、しかしながら戦略爆撃機のフォルムとは一線を画す。
いうなれば空中要塞、そんな代物がそこに在った。
「こちらは日本帝国本土防衛軍。応答せよ。貴機は日本帝国の領空に進入せんとしている。ただちに引き返すか――」
「帝国軍機、当機は日本帝国への亡命を希望するものなり。繰り返す、当機は日本帝国への亡命を希望するものなり」
……かつて未だ米ソ冷戦、あるいはその時代から脱却できていなかった頃。
米国が保有しようとしていたものを、ソ連が保有しようとしなかったわけがないのである。
かくして樺太島は、日ソ激突の最前線となろうとしていた。