【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■97.かくして少女巡る争いは収束した。

 

 清々しいというよりは寒々しい朝。

 日本帝国航空宇宙軍の偵察と反撃を回避するため、開戦後にソ連租借地外に新たに設けられた野外補給所にて、アルテナイ・プレスニヤコワ大尉は部下たちと車座となって代用茶を喫していた。その周囲ではMiG-23MLDが居並ぶ列線に向け、武器弾薬を整備兵たちが搬送している。

 衛士たちは、無言である。

 

(……)

 

 衛士強化装備のままアルテナイ・プレスニヤコワ大尉は空を仰いだ。

 彼女は自身が直接指揮する中隊の隊員を5名失っているが、抱いているのは怒りではなく悲しみと困惑だ。抽象的、哲学的な意味ではなく、何のために戦っているのかわからない。彼女らに下された命令は最前線に対する攻撃と、指示された地点への進出であり、その背景や目的についてはまったく知らされていなかった。

 

(国境紛争? しかしこちらから仕掛ける理由がない……)

 

 が、偶発的な武力衝突にしては、友軍はあまりにも計画的に動いていた。

 この野外補給所の開設が、その証拠のひとつだ。それに戦術機に比較するとどうしても展開速度が遅くなる戦車部隊が、開戦時に集結を終えていたのもおかしい。

 とはいえ軍事組織は、そういうものである。

 

 ……その彼らに明確な殺意が襲いかかった。

 

「空襲警報!」

「全員退け! 衛士は緊急発――」

「ダメだ、間に合わない!」

 

 轟音とともに1機のMiG-23MLDの上半身が爆散した。

 ガントリーと残った腰から下が嫌な音を立てながら倒壊する。

 その右隣のMiG-23MLDも同様だった。胸部ユニットから火焔を噴き、爆風で宙を舞った頭部ユニットが近くの天幕を圧し潰す。パッと散った鋼鉄の破片が、周辺の地面に突き刺さって砂を舞い上げた。

 

「ミサイル攻撃――!?」

 

 水平線の向こう側から姿を現した誘導弾は、画像識別誘導モードで戦術機の機影を捉え、補給中であった無防備のMiG-23MLDを薙ぎ倒していく。さらに数発が野外補給所の直上に至り、空中炸裂。爆風が装甲で守られていない車輌や人員、補給物資に多大な損害をもたらした。

 

「CP。こちらライター5だ。射撃には成功。戦果は――こちらからじゃ確認できない」

「ライター5。こちらCP。帰投せよ」

「CP。こちらライター5。了解した」

 

 16発の対地ミサイルを撃ち終えた爆装機が2機、直掩機が2機。丹羽歩武中尉率いる第21中隊後衛B小隊は、32発の対地ミサイルを発射し終わるとともに、踵を返して退却を開始していた。

 まさに戦術機の面目躍如、といったところだ。

 ソ連側は早期警戒用として空中用レーダーを搭載した多目的輸送ヘリを樺太島内に持ちこんでいたが、文字通り地に足をつけて移動できる戦術機を察知することはできなかったらしい。

 それに前後して、ソ連軍は緒戦から優位に経ったひとつの要因――電子戦機を撃墜されていた。

 撃墜したのは第32中隊のラファールMADである。

 

――こんなものまで。

 

 それが他でもない第32中隊の衛士たちの感想だった。

 フランス海軍航空母艦『シャルル・ド・ゴール』への搭載が予定されているラファールMADの兵装としては、戦術機装備用のシュペル空対空ミサイルがある。最大速度はマッハ4以上。有効射程は高度を取りきれない戦術機から発射するため(空対空ミサイルは高い高度から発射した方が有効射程は伸びる)、かなり局限されるものの、超音速ジェット機を撃墜できるだけの能力を有している。

 リヨンハイヴ攻略どころか、大陸反攻の目途さえ立っていないだろうに――というのが第32中隊の衛士たちが思うところであったが、第32中隊を率いる田所真一大尉は納得するところがあった。

 

(空対空ミサイルも、買い手がある)

 

 それはたとえばアラブ諸国とイスラエル。

 中華人民共和国と中華民国でもいい。

 今日(こんにち)は対BETA戦で一致していても、明日はどうなるかわからない陣営は少なくない。最前線から離れたアフリカ大陸や南アメリカ大陸は、BETA大戦に決着がつく前に国家間紛争が勃発する余地が大いにある。フランスはカナダに疎開してもなお、国際市場に影響力を有する軍需産業を抱えている。

 

「電子攻撃が途絶えました……!」

 

 戸惑う第92戦術機甲連隊第32中隊の面々とは対照的に、日本帝国本土防衛軍北部方面司令部は湧いていた。

 

「無人機の航空偵察の結果、第92戦術機甲連隊は第1次航空攻撃で物資集積所アルファを破壊、同集積所の敵戦術機を7機撃破。第2次航空攻撃で物資集積所デルタを破壊。第3次航空攻撃で主力戦車4輌を含む敵装甲車輌多数を撃破」

 

「よし――」

 

 北部方面司令部からすれば、ソ連軍の動きはちぐはぐであった。

 兵種間の連携がうまくとれていないのだ。境界線近辺で地対空ミサイルが戦術機を援護した程度であり、その後は戦術機甲部隊と装軌・装輪部隊、地対空ミサイルが相互に援護し合うことはほとんどなく、バラバラに攻撃を実施していた。やっていることは大胆かつ無法そのものなのだが、そのくせ事態の拡大を恐れてか、砲兵や巡航ミサイルによる攻撃は一切行っていない。

 

「第92戦術機甲連隊にはエアカバーに入ってもらう」

 

 故に彼らは、勝算ありとみていた。

 ソ連軍を租借地まで押し戻すべく、第88師団に命令を下す。

 

 ◇◆◇

 

 北海道に駐屯する日本帝国本土防衛軍北部方面隊第2戦術機甲連隊やAH-1S対戦車ヘリコプターを主力とする北部方面航空隊と協同し、第88師団が逆襲をかけようとすると同時に、ソ連軍は手早くソ連租借地に向けて撤退を開始した。

 

 すでに日ソ首脳部では話がついている。

 事態不拡大。それが両者の共通方針であった。

 ソ連軍は速やかに指揮系統の混乱を収め、事態の収拾を図る。

 帝国軍はソ連租借地外においてのみ“自衛戦闘”を行う。

 偶発的な“事故”であり、正規の指揮系統による戦闘は起こっていないというのが彼ら政治サイドの建前であり(そうでなければ国連安保理常任理事国同士が、BETAを前にして人類間戦争を起こしたという醜態を認めることになる)、故に正式な停戦発効時間等は設けられていない。

 

(しのぎきった――?)

 

 空中戦闘哨戒任務に就く第21中隊の駿河野場(するがのば)語名(かたりな)大尉は、半ば安堵しながら晴れ渡った空と広がる森林を見やった。

 肩部にミサイルを吊り下げるためのスタブウイングを装備したF-2Aの編隊は、対戦術機モードを起動したまま樺太の空に留まっている。

 

「あの女の子たち、大丈夫かな」

 

 ライター7・虫明理七少尉は気の抜けきった声を上げた。

 紛争勃発前、彼女はちらと謎の航空機から現れた少女たちを目撃していた。

 ひどくおびえていた――その表情と瞳が忘れられなかったからこそ、彼女は何の躊躇もなくソ連機に対してトリガーを引けていた。

 

「しっかし戦術機を繰り出してまで奪い返すか、あるいは殺したかったってどんな素性なんだよ。政治家の娘か何かか?」

 

 ライター4・オティルバト義春少尉の言葉に、駿河野場語名大尉はそれを知ることはないだろう、と思った。

 あの航空機の搭乗者たちがいまも上敷香基地にいるのか、それともすでに基地の外に去ったのかさえ、教えられていない。

 

「なあカタリナ大尉……」

 

 駿河野場語名大尉機から約20km離れた空中にて哨戒にあたる丹羽歩武中尉の声に、彼女は我に返った。

 

「ライター5、なんですか」

 

「……連中、こんなに簡単に諦めるか?」

「ちょ、ちょっと丹羽中尉! フラグ立てないでくださいよ!」

「フラグってなんだよ?」

 

 彼の僚機を務める真栄城保少尉のツッコミは、どこまでも正当であったのかもしれない。

 

「ライター。こちらCPだ。応答せよ」

「CP。こちらライター1です。何かありましたか?」

「……データリンクを更新した、確認せよ。ソ連租借地から急上昇する複数の機体を捉えた。無人偵察機のリアルタイム映像ではMiG-31とみられる。企図するところは不明だが、警戒せよ」

 

(MiG-31――KGBの国境警備軍)

 

「こちらライター9。当機レーダーでもソ連機を捉えています。時速800km――戦闘速度です」

「ライター各機、こちらライター1。……空対空戦闘です」

 

 駿河野場語名大尉は苦々しげに言った。

 

 ……前述したとおり、日ソの間では一連の騒動は不幸な事故という建前があり、多少のことでは交戦状態であったとは認められない。正式な停戦発効時間等は設けられてもいない。いまこの瞬間は、“グレー”である。少数の戦術機がミサイル攻撃を試みたとしても、いまはまだ指揮系統の混乱があってソ連首脳部の指示が行き届いていなかったと言い訳できる……。

 

「くそったれ、KGBか――対空ミサイルでも積んでんじゃねえだろうな」

 

 オティルバト義春少尉の言は当たっていた。

 

「レーダー照射警報――!」

 

 MiG-31のFCSが第21中隊前衛C小隊機を捉える。

 対戦術機モードのF-2Aは自動的に敵レーダー波を解析して妨害電波を発したが、逃亡機を撃墜することを任務のひとつとしている国境警備軍のMiG-31もまた電子戦を想定してアップデートされている。

 空中で発射炎が瞬いた。

 

「ブレイクッ!」

 

 仕手功一中尉機をはじめとするF-2Aは主脚部からチャフとフレアを発射しながら、MiG-31からみて直角方向へ回避機動をとった。

 それを追跡するのは、R-40空対空ミサイル。

 国境警備軍のMiG-31の狙いは明白だ。戦爆連合による強襲。空対空装備機と空対地装備機で殴りこみをかけ、戦術機部隊の抵抗を排除しつつ、上敷香基地を空爆しようというのである。

 

「空中戦なんて初めてだ――!」

 

 警報ががなり立てる管制ユニットの中で、ライター12・野原健太郎少尉は機体を加速させる。戦闘機とは違い、肉眼で周囲を確認することができない。そのため、迫るミサイルの位置がつかめない。

 しかしながら、半ばパニック状態の彼とは打って変わって、F-2Aという機体は冷静であった。対戦術機モードのF-2Aは後方から迫るミサイルを捕捉し、背面ガンマウントを起動させた。展開するガンマウントは突撃砲に備えられたセンサーで飛来する弾頭を捉えると、36mm機関砲弾の弾幕を張り始めた。

 

帝国(こっち)だって何の備えもしてねえわけじゃねえんだよ!」

 

 中隊長機からの攻撃目標割当を確認したオティルバト義春少尉は、兵装選択の後にトリガーを引いた。

 と同時に彼の機体が肩部に備えた純白の誘導弾が、脱落する。

 ロケットが点火するとともに、瞬く間に円錐の弾体が加速――マッハ4.5にまで至り、弾頭から敵を捜索する電波を放射した。

 が、この時点でさえMiG-31のミサイル警報は、まったく音を立てていない。

 

――試製99式空対空誘導弾。

 

 従来のFCS、弾頭に採用されていない変調方式の電波を放ちながら迫る誘導弾に、MiG-31はまったく察知することができなかった。

 

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