「休憩やけん、お菓子食べ」
「……」
充実してきた第3世代戦術機の整備に天手古舞になっている整備兵たちは、戦術機と一緒にスェーミナの世話も焼くようになっていた。
しかしながら、彼らはすぐにスェーミナの異常さに気がついた。
整備兵の楽しみのひとつといえば、村中弘軍曹がサッカリンをはじめとした人工甘味料をうまく使って作ったお菓子を頬張り、ああでもないこうでもない、と感想を言い合うことである。砂糖の主成分であるスクロースの数百倍の甘さをもつサッカリンは使い難い代物だが、昨今の日本帝国では急速に浸透しつつあり、お菓子づくりを趣味とする人種はその腕を試される事態となっていた。
その中でも村中弘軍曹の腕前は群を抜いていたといっていい。
が、スェーミナは彼の作ったクッキーを食べても、特に表情を動かすことがなかった。
(お菓子――該当あり。暫定的認識)
「あら、口に合わんかった? 甘いの苦手?」
(甘い――該当あり。存在には認識ない)
「もしかして変な味やった?」
(味――該当あり。存在には認識ない)
「……怖がってる」
見かねた戦術電子整備担当の笠原まどか大尉が助け舟を出したが、スェーミナはただ無表情でクッキーをもぐもぐと咀嚼するだけであった。
……。
「小清水。貴様、あいつといたな」
八代基地のガンルームに、櫻麻衣大尉の声が響いた。
水を向けられた小清水仁中尉はへへ、と曖昧な笑みを浮かべた。
スェーミナがやって来てからというもの、彼女は常に“スイッチ”が入っていた。
「よ、よくわかりましたね。サクラ姐さん……」
「臭いでわかる」
「はぁ」
前述のとおりスェーミナに世話を焼く隊員は多い。
第11中隊の中では小清水仁中尉がその最右翼で、暇なら紙相撲やメンコの遊びに誘っているのだが、それを櫻麻衣大尉は明らかに快く思っていなかった。
「もしかしてスェーミナに妬いてます? 俺と紙相撲しますか?」
小清水仁中尉は意外にも手先が器用であり、不知火や撃震をかたどった紙の力士を作っていた。最近は写真が出回り始めた武御雷を模した力士づくりに精を出していたが、今度はSu-27に挑戦するつもりである。そうした器用さを評価され、連隊本部から広報関係の手伝いを依頼されることもあった。
「……」
櫻麻衣大尉は小清水仁中尉の冗談を一顧だにしなかった。
「スェーミナは貴様の妹ではないぞ、小清水」
「……サクラ姐さん、知ってたんすね。でも俺はあいつと死んだ妹を重ね合わせるほど女々しくないっすよ」
彼の言葉に険が混じったのを感じて、周囲は顔を見合わせた。
小清水仁中尉が引かない、というのも珍しい。
ゼノサイダ3・仙頭有美中尉がちょっと、と声を上げた。
「櫻センパイ、もしかしてスェーミナさんのこと
櫻麻衣大尉は一瞬だけ殺意を噴出させた。
「スパイ? そんなものではない。あれはBETAだ」
一同は絶句した。
「そして私はBETAが嫌いだ」
言うに事欠いて、というのが素直な感想だが、スイッチが入った状態の櫻麻衣大尉の言葉は、いつも真実に近い。
◇◆◇
スェーミナをBETAであると断じた彼女の言葉は半分真実で、半分間違っている。
スェーミナの来歴は、試験管から始まっている。
BETAの思考を読み取ることで情報戦に勝利する、あるいはBETAに対して交渉をもつためにかつてソビエト連邦はオルタネイティヴ第3計画を主導した。同計画の成功のため、ソ連当局は相手の思考に直接干渉できるESP能力者を、遺伝子操作やクローニングによって製造――そしてボパールハイヴ攻略戦においてESP能力者のハイヴ坑内突入を実現させるも、交渉は勿論、有用な情報を得ることもできず、ハイヴ攻略作戦もオルタネイティヴ第3計画も失敗した。
その後、オルタネイティヴ第3計画の遺産はオルタネイティヴ第4計画に継承されたが、一方でソ連は自国が培った生体技術を、より前線における戦闘に供することはできないかと考えた。
よって1995年、ソ連は人工ESP能力者をより強力な“対BETA生体兵器”とするためのポールナイザトミーニィ計画を発動――。
と同時に彼らはBETAを造りはじめた。
何も不思議なことではないし、突飛な話ではない。
「BETAが炭素生命体である人類に興味を示さない以上、非炭素生命体でなければBETAとのコミュニケーションは成立しないのではないか」
そのような仮説の下、日本帝国も1980年代には非炭素生命体の開発に向け、基礎研究をスタートさせていた。
同様に人工生命体によるBETAとのコミュニケーション方法の確立は、おそらく世界各国で研究されてきたことだろう。
が、ソ連研究者たちが考えたのは、非炭素生命体によるBETAへのコミュニケーションではない。
――BETAは、絶対にBETAを傷つけない。
つまり人工的にBETAを造り出すことができれば、(少なくともBETA側に対策を採られる間までは)光線級による照射は勿論のこと、敵の抵抗をまったく受けない軍事作戦を採ることが可能になる。
また非炭素生命体を造り出すよりは、BETAの人工個体を生み出す方が容易い、というのがソ連研究者の結論だった(兵士級をはじめとする個体は珪素生命体ではなく、炭素でできている)。
研究を大きく進展させるヒントとなったのは、1995年に新たに現れた「人類を再利用しているのではないか」と噂されていた兵士級である。彼らを捕獲、また従来から知られてきたBETA体内の酵素等を研究することで、“ガワ”を作り出すことはできた。
しかしながら、それだけではBETAを騙すには至らなかった。
結局、“ガワ”はBETAに似せた肉塊のようなものに過ぎず、自力で移動することができなかった。そしてそれを無人機や戦術機に搭載したとしても、BETA側はCPUに反応して攻撃してきたのである。
故にソ連は“BETA性”を人工ESP能力者に付与することに決めた。
要はBETAにこちらがBETAであることをプロジェクション能力によって認識させようというのである。
これは、うまくいった。
プロジェクション能力増幅装置自体は90年代の時点で存在していたため、これを備えた戦術機を完成させるのは苦でもなかった。
かくして彼らは後に合成種――ハイブリッドと呼ばれるBETAと人類種を掛け合わせた存在を、光線級の防空網を無効化できる手段として生み出した。
ただしスェーミナたち合成種の“擬態”には未だ限界があった。
周囲のBETAに危害を加えなければ騙しとおせるものの、こちらから攻撃を仕掛けてしまうと途端に反撃を受ける。
ソ連側はさらなる改良・成熟が必要とみて、スェーミナたち合成種を大々的に戦線投入することなく“次”に向けた実験台としていた。
これが核決戦航空機動要塞Tu-119とともにやってきた亡命者たちを、オルタネイティヴ第4計画、米国政府、大東亜連合がこぞって手に入れようと動いた理由であり、ソ連が奪還、あるいは殺害しようと一軍を動かした理由であった。
なにせ光線級を無力化、無抵抗のままにハイヴ攻略まで叶うかもしれない夢の試作兵器なのである。BETAに対する軍事的優位を得られるかもしれないだけではなく、人類国家に対する大きなプレゼンスにもなるだろう。
では、その1体であるスェーミナを、西部方面司令官が八代基地に配したのはなぜか――。
2001年1月末。
被撃破機と放棄された軍需物資の回収事業を担う重工エンタープライズは、その裏で糸を引く恭順派やCIAの指示を受け、ひそかに動き出していた。