強襲科第5体育館。
その端にある見物用のスペースでキンジ、ジャンヌ、理子の3人は土佐とアリアの戦いを見ていた。
アリアが土佐の凶弾に倒れるのを――。
顔面から地面に突っ込み、砂煙をあげながら転ぶ。
アリアは苦悶の表情でしばらくのたうち回ると、背中を反らせたままでその動きを止める。目を見開いて、口を開けたまま。息が苦しいのか、ときどき口を金魚のようにパクパクと動かす。
アリアはすでに4発背中に食らっていた。防弾繊維の制服であろうと弾丸が直撃すれば激痛。背中や腹に食らえば息が詰まるほどに痛い。
しかも、最後は2発一度。
アル=カタ戦に持ち込もうと焦って突っ込んだアリア。
土佐の得体の知れない何かに怯え、怒っていたアリア。
明らかに冷静な判断ができていなかったアリア。
どうしちまったんだ、アリア――
いつもアリアの小さな背中を見ているキンジにはわかった。
アリアは熱くなりやすいが、あそこまで雑な動きはしない。
明らかにおかしい、このまま続けても――。
キンジは堅く目を閉じ、強く拳を握ると勢いよく立ち上がる。はねのけてられたパイプ椅子がガタンと派手な音を立た。
もう、これ以上はアリアが――
「遠山、座れ」
背後からジャンヌの静かな声。それとともに冷たいものがキンジの首筋にピタリと押し当てられる。
ジャンヌが持つ細身の剣だった。それが、キンジの首に噛みつこうと、鈍い銀色の光を放っていた。
「ジャンヌ…」
キンジは一瞬驚いた表情、そして――
「てめえ…」
すぐにその顔を歪めて怒りで塗りつぶす。
ジャンヌと理子は、今でこそ一緒に闘うこともあるが、元々は土佐と同じイ・ウーのメンバーであり、キンジやアリアにとって敵だった。
だから、キンジはいつかこういう寝返りや、裏切りもあるだろうと漠然と覚悟していた。いざ現実となって目の前に現れると心の中がズキリと痛んだ。しかし、今はアリアのことが最優先であるキンジにとって、その痛みは一瞬で怒りで塗り替えられた。
睨みあうジャンヌとキンジ。
「ふん、面白い、この私と闘るか?」
ジャンヌは、その目を細めて好戦的な笑みを浮かべた。
「遠山、忘れたわけではあるまい。私はお前に負けたわけではないぞ。」
ジャンヌの銀髪が風もなくふわりと持ち上がる。
そして、その碧い瞳の奥に異質な冷たい炎が揺れた。
銀氷の魔女ジャンヌの瞳。
冬の冷気が篭もった小部屋が、キシキシと音を立て白く染まる。
より濃密な冷気で満たされて、温度が急激に下がっていった。
ジャンヌの持つ細身の剣が、パキパキと音を立てて氷を纏い氷の大剣へと成長していく。
「ちょっと、ジャンヌ!寒い、寒い、さーむーいーよー。げ!靴凍ってる!」
寒さに耐えかねて理子が抗議の声を上げる。
「アリアがいなくなっても、あたしがキーくんの女になってあげるからねー。だから、お前は黙って座ってろ。キンジ」
コロコロと性格を変える理子。キンジの腕に自分の腕を絡ませて強く引きよせると無理矢理椅子に座らせた。キンジのわき腹に硬く尖った感触。理子の銃が食い込んでいた。
勢いよく座ったことで起きた振動が、天井からパラパラと氷の粒を降らせる。キンジの目の前にある防弾ガラスにはうっすらと霜が張り付いていた。
「てめえら、やっぱりグルか…」キンジが凄む。
「やっぱり…だと?」ジャンヌが不快な表情を浮かべる。
「とぼけんな。お前等タイミングが良すぎるんだよ。どうせ、土佐の奴と示し合わせていただろう。違うか?」ジャンヌを睨みつけてキンジが吼えた。
そう、タイミングがよかった。
キンジはジャンヌたちから土佐のことを聞いた日、アリアに土佐から連絡が入ったことを聞いて違和感を感じていた。
キンジたちが、ジャンヌと理子から情報を得るのを待っていたかのように土佐からの連絡がアリアに入った。
だから、もしかして、土佐とジャンヌたちは最初からつながりがあったのではないかと。そうキンジは考えていた。
黙ってキンジの言葉を聞くジャンヌ。その淀みのない美しい碧い瞳でキンジを見つめていた。
そして――
「はあ、なんだそれは?…全然違うな…」
ものすごい呆れ顔のジャンヌが、ため息混じりで答える。頭が痛いといわんばかりに、眉間に指を添えて。呆れすぎたのか部屋の冷気も少し和らいだ。
「え?」
予想外の反応に対処できないキンジ。頭の中でカチッと何か押してはいけないものを押す音がした。(あ、なんか地雷踏んだ気がする)
「大体タイミングが良かったから、なんだと言うんだ?」
「じゃ、じゃあ、土佐の情報をだな…」なんとかがんばってみるキンジ。
だが、(やっちゃった?俺)と内心確信。
「あの暴発攻撃か?」
「そ、そうだ」
「知らん。あんなもの初めてみた。ほとんど面識がないと言っただろう。知っていたのはただの”情報”でしかない。あいつが銃を撃っているところ自体はじめて見る。」
キンジの疑いを切って落とすジャンヌ。一言一言がつららとなってキンジに突き刺さる。
(痛い。やめて。すみません。ごめんなさい。)
ジャンヌは策士で策を労することを得意とするが、実はかなり実直な人物だ。真っ直ぐすぎて困ることもあるが、嘘らしい嘘をついたのを見たことがない。”信頼”という意味では、かなりの人物といっていい。この点、理子の方がよっぽど疑わしい。
疑ってしまったことを謝りたいが、あまりにもバツが悪くて口から言葉を出せないキンジ。目を泳がせながら、なんとか「すまん…」とだけ小さく言った。
「落ち着け、遠山」
ジャンヌの切れ長の瞳が睨む。
「これが、落ち着いてら…れ…るか…」
「聞こえないか?落ち着けと言ってる…」
反論しようとするキンジの首元にジャンヌの氷の大剣が突きつけられ、口から出た言葉が抜け落ちる。
再び室温が下がる。
ジャンヌの髪には氷の結晶がつき、みる角度によってその美しい銀髪と一緒にキラキラと瞬く。顔には薄く霜の化粧。正真正銘文字通りの”涼しげな顔”。
形の整った美しい唇から白い息を立ち上せて、ジャンヌは言った。
「お前はアリアのパートナーだろう。お前がそのような状態でどうする?」
「なんだと?」再びキンジの怒りの炎がチロリと舌を出す。
腰を浮かせるキンジの腕に理子の腕が強く絡んで放そうとしない。キャラメルのような甘い香りが鼻の先にまとわりつく。
キンジのわき腹に拳銃が強く突き刺さる。『黙って聞いてろ』そう告げていた。
「それだ遠山。お前がいかに強かろうと、頭に血を上らせた奴なんてモノの数ではない。いくらでも打つ手がある。」”策士”といった冷静な口調で淡々とジャンヌは語った。
キンジは言われて気づく。
「それとも、私や理子を舐めているのか?自惚れるな、何度も言うが、我々はお前に負けたわけではないぞ。」ジャンヌのプライドも込められているのだろう、厳しい口調だった。
そのとおりだった。ジャンヌにしても、理子にしても、キンジ一人で闘ったわけではない。アリアや今日はいない白雪、レキと言った他の仲間と一緒に闘い、勝ったものだ。
もし一人で闘っていたら、結果は違ったモノになっていたかもしれない。いやおそらくは――
「そんなザマでは、アリアともども死ぬぞ?現に今そういう状況だろうが?もっとも、お前は見えてないようだがな」
正論だった。頭に血が上ってキンジは周囲の判断ができなくなっていた。(だがしかし今は…)と思うが、言葉が出ない。
「遠山。アリアを信じられないのか?」
何も助け合うだけがパートナーではあるまい。そう言いながら、ジャンヌは氷の大剣を砕き、元の細身の剣に戻すと収めた。キンジが落ち着いたと判断したのだろう。気がつけば、理子も腕を放していた。
(俺は――アリアを)
ジャンヌの言いたいことは理解できる。しかし、アリアが傷ついているのを黙って見ているのは、やはりつらいし腹が立つ。
どこまで自制を利かせられるのか自信もなかった。自分でも少しおかしいとさえ思うほどアリアに対しては自分を押さえられなくなる。
(俺はアリアを――どうしたいんだ?)
だから全てを受け入れることができずに、「そんな…ことはない」と少し苦しげに答えた。
「だったら、アリアを信じて黙って見ていろ。まだ終わりではないぞ。」
ジャンヌが指を指す。その先には、美しい髪が砂埃にまみれて見る影もない、疲れ切った横顔からはあの可愛らしい笑顔など想像もできない。
ほつれた前髪の間から、赤紫色の瞳を覗かせるアリアが立っていた。
キンジは、そのつらそうな姿から逃げるように顔を伏せる。
――キンジ!――
アリアの声が聞こえた気がした。顔を上げると、アリアと目があった。
――錯覚だろうか?
アリアは、キンジが顔を上げると同時に走り出していた。だから、アリアはこちらなど見ていなかった。
それでも、キンジはアリアと目を合わせた。不思議とそう確信していた。何か――何かがアリアと繋がった、そんな気がした。
そして、それだけであれほどまでに大きかった怒りは消えていた。
――キンジ!あたしを見ろ!――
ああ、わかった。
――キンジ!あたしを信じろ!――ー
ああ、そうだ。そうだった。
――キンジ!あたしは、あんたのパートナーだ!――
わかったよアリア。だったら土佐にお前を――お前の力を見せてやれ。
キンジは、土佐に向かって走るアリアを黙って見つめていた。
ジャンヌと理子は、そんなキンジを見て横目でお互い目を合わせるとクスリと笑い合った。