緋弾のアリア -黒砂ー   作:silentr

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16.終わりを想うものたち

 土佐の提案とは、”引き分け”。

 

 引き分けでは、母親の冤罪の件がチャラになってしまうので、最初アリアは納得しなかった。

 

 だが、土佐の言う”引き分け”は双方勝ちとして”引き分け”。

 

 つまり、土佐の言う”けじめ”もついたので、アリアの件に関しても承諾すると言うものだった。

 

 アリアも、これ以上土佐と闘うのは面倒だったのでこれをのんだ。

 

 こうして決闘は終わった。

 

 キンジが駆け寄るとアリアはその場に崩れるようにして倒れた。意識はあったが、体力が限界だった。

 

 「なに泣きそうな顔してんのよ。」

 

 心配そうにアリアの体を支えるキンジに、アリアは弱々しく笑った。

 

 「あんたのパートナーを信じなさい」

 

 そう言って、手を伸ばすとキンジの頬にふれた。

 キンジはその小さな手を握りしめながら「ああ、そうだな」と言った。自分に言い聞かせるように。

 

 土佐はしばらくすると回復したのか普通に立って歩いていた。やはり体力勝負になったらアリアの負けだったということだ。アリアに外れた土佐の左肩はだらしなく下がったままだった。先ほどまで顔をしかめていたが、落ち着いたのかあまり痛そうな様子はなかった。

 

 「遠山」

 

 土佐がアリアを支えているキンジの背中に声をかける。

 

 「…」

 

 キンジは答えなかった。これは当事者同士が納得した上での決闘。キンジが恨み言を言うのは筋違いだが、口を開けばそのまま土佐に掴みかかってしまいそうだったからだ。

 

 「パートナー大切にせえよ。」

 「言われるまでも…ねえ。」

 

 なんとか自分を押さえながらキンジは答えた。

 キンジは途中から気づいていた。土佐がなんのためにアリアに決闘を申し込んだのか。ただそれはアリアのような確信できるものではなく”たぶん”という仮定の話だった。

 しかし、だからといって土佐に対して今回の件で感謝の気持ちなどサラサラなかった。

 だが、この言葉は答えなければいけないと思った。それは土佐に対してではなく、目の前の小さなパートナーに対しての答えだった。

 

 「そんじゃ、あとは若いお二人で。」

 

 そう言うと土佐は開け放たれた体育館の入り口に向かって歩き出す。

 

 「え?」

 

 キンジがその言葉を聞いてあたりを見回す。いつの間にかジャンヌも理子もいなかった。だだっ広い体育館にポツンとアリアと二人取り残されいた。

 

 「え?」

 

 もう一度アリアを見る。上目遣いでキンジを見ていた。その少し潤んだような赤紫色の瞳の中でキンジがわずかに揺れる。

 (これまずくない?)と思ったが何も二人を邪魔するモノはいなかった。

 

 「ね、ねえ…」

 

 何かこのままだと、何かがまずい。そんな気がして、アリアが何か言い掛けるのを遮るようにキンジは大きな声を出す。

 

 「あーッ!そういえば、途中で俺アリアと目があった気がした。」

 「え?」

 「アリアは土佐の方見てたんだけど、なんか目があった。よくわからないんだけどさ、確かに目があった気がする。不思議だろ?」

 

 アリアは何かを考えるようにじっとしていた。

 

 「どっか痛むか?」キンジはその表情を見て、痛みがぶり返したのかと心配して気遣う。

 

 「あたし倒れたときに負けてた。やめそうになった。一人で、寂しくて、怖くて、もういいやってなった。」

 「…そうか」キンジは言葉を探したが、適当な言葉が見つからず、それ以上言うのをやめておいた。

 

 (やはりつらい戦いだったのか、言葉がない)

 

 「そのとき、キンジの声が聞こえたの。そしたら立ち上がってた。」

 「俺そんな大声出してねえぞ?」

 「そうじゃなくて、聞こえた気がする…かな?」

 「お、おう」なんだか、バカなことを言った気がした。

 「そのあとは、なんかキンジがすごく近くに感じてね。なんにも怖くなくなってた…。」

 

 言葉を切って沈黙するアリア。

 

 『そんな恥ずかしいことハッキリ言うな。』そう抗議したかったがキンジは黙っていた。アリアの赤面症がうつったのだろうか。頬が少し熱い。

 

 「でね…」

 「ん?」

 「立ち上がったとき、あたしもキンジと目があったの…」

 

 キンジの顔をのぞき込むようにアリアは見つめた。

 キンジは驚き、アリアの――その赤紫色の瞳を見つめていた。

 

 そんなことがあるのだろうか?アリアが俺と目を合わせた?

 しかし自分も確かにアリアと目があった。そして、近くに感じただって?

 

 それは――恥ずかしくて言わなかったが――実はキンジも。だった。

 

 偶然や錯覚じゃ…ないのか?

 疑問ばかりがわき、答えは一つも出なかった。だから、キンジは何も言えなかった。

 

 「結局さ…」

 「ん?」

 「ホームズがやったんだねコレ。」

 「ああ、俺もそれは思った。イ・ウーの続きだって。」

 

 どうやら結論は同じだったらしい。二人して顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 

 「でもいい、キンジを近くに感じた。繋がった、そしてそれが強くなった。その点であたし土佐に感謝している。後は死んでも感謝しない。アイツすげームカつくから。」

 

 ビーっと舌を突き出して嫌そうな顔。よほど土佐が嫌いになったらしい。

 

 (アイツ、ホームズの指示で来たんだろうに、レキにも嫌われているみたいだし、よく考えれば損ばっかりでかわいそうか。)

 

 なんとなく土佐を同情したキンジは(もう少しレキに言ってやるか)と思っていた。

 

 「ねえ」

 

 キンジの思考を遮って、アリアが声をかける。

 

 「ん?」

 

 アリアは言いたかった。聞きたかった。土佐の銃弾に倒れたとき、あきらめかけたとき、キンジの声が聞こえたとき、心の中で大声で叫んだあの言葉を、そしてその答えを。

 

 「ずっと、近くにいてくれる?」

 

 アリアは言ってから(言ってしまった)と思ったが、口から出たものはどうにもならかった。

 

 いきなり予想していない方向から飛んできた横殴りの弾丸――言葉に、キンジは自分が横に飛ぶ姿を想像した。

 キンジの思考回路が止まる。何故か最近やたらと止まっている気がしているが、それどころではなかった。どう答えていいのかわからなくなって、頭が白で一色に染まる。

 

 ”ずっと”それはどれくらいの期間のことだろう。そして、その言葉に覚悟や重さと言った何か違う意味があるような気がするのは何故だろうか。

 ”近くにいる”それはパートナーとは何か違う、しかも重大な意味を持っているような気がするのは何故だろうか。

 

 必死に自分の中で言い訳の自問自答をはじめるキンジ。

 

 (決闘の時にも考えた――俺はどうしたいのだろう?)

 

 答えはない。教えてくれる人もいない。だからキンジは素直に自分の中で見つけた言葉を口にする。

 

 「正直、わからない…」

 

 アリアは少し驚いた表情を見せて、そのあと寂しそうに顔を伏せた。

 キンジは持ったままだったアリアの小さい手をさらに強く握りしめた。”聞いてくれ”そう言いたげに。

 

 それに応えるようにアリアの顔がキンジを見上げた。どこか期待している、そんな瞳をして。

 

 「けど……アリアとならいたい、そんな気がする。」

 

 続く言葉に、アリアの顔が、そこに日が射したように一気にパアッと明るくなる。

 

 「悪いが、今はこれで許してくれるか?」

 

 アリアの顔を見て苦笑い。キンジははっきりしない自分に我ながら情けないと思った。

 アリアはキンジにぴっと指さすと「上出来よ、パートナーさん」と嬉しそうに言った。キンジもそれを見て一緒に笑った。

 

 

 

 □ □ □

 

 

 

 土佐は体育館の入り口から表に出ると、そのまま左に曲がった。

 先ほどまで暑かったのが嘘のように、冬の外気が土佐を叩き冷やしたが、腹の中は冷えなかった。土佐の中に黒い怒りが燻っていた。

 

 そのまましばらく歩くと、人影の前で足を止めた。その人影は体育館の壁に寄りかかってぼんやりと地面を見つめていた。

 

 「お前、なんのつもりや」

 

 土佐はその人影に凄んだ。先ほどアリアに見せた、冷酷で狡猾な表情で。

 

 「その顔…いい加減、やめた方がいいですよ。」

 

 土佐に臆することもなくその人物が話す。顔も上げずに、抑揚の無い無機質な声で。

 

 「それは、わたしと同じです。人を――」

 「そんなこと聞いてない。レキ、なんで邪魔したんか聞いとるんや。」

 

 土佐は言葉を遮った。聞きたくないと言うような大きな声で。

 

 名前を呼ばれてようやく顔を上げた顔は無表情。鳶色の瞳が土佐を見つめた。気がそがれたのか、土佐の表情は戻っていた。

 

 土佐が、アリアに肩を外されたあと動きを止めたのには当然理由があった。レキが狙撃の気配――殺気を土佐に叩きつけたからだった。

 

 

 ――それ以上続ければ――

 

 

 そんな言葉が土佐の頭の中で聞こえた。土佐の頭にピタリとあった照準。キシキシと軋む音を立てながら、細い指が引き金を徐々に引き絞る光景。弾丸の雷管をぶっ叩きたくてたまらない銃の気配。脳の中身をぶちまけたくてしょうがない弾丸の荒い息づかい。

 

 なにもかも鮮明だった。あれ以上動けなかった。動けるはずがなかった。

 

 「あなたが、やめる理由を探しているようでしたので…」

 「大きなお世話や。だいたい肩外されたんや、あのまま続けても俺の負けやろが。ほっとけ。」

 「怪我ですか?」

 「見りゃわかるやろ?」

 

 しばらくレキは土佐の外れた肩を見ていたが、おもむろに持っていたドラグノフの銃床部分で土佐の左腕を叩いた。

 

 「イダ!!いきなり、なにすんねん!」

 「肩が外れているわりには、よく動きますね。」

 

 土佐にどこか呆れ気味の視線を向けるレキ。見れば土佐の肩がはまっていた。

 

 「あ、いや、これはちゃうねん」

 「なにが”ちゃうねん”か知りませんが、その肩元々簡単に抜けるぐらい癖がついているじゃないですか?」

 

 何か必死に言い訳する土佐を無視して、レキは俯いて何か考えていた。

そして顔を上げると土佐に尋ねる。

 

 「お芝居までしているのに、何故やめようとしなかったのですか?」

 「え?あー…、な、なんだ…」

 

 突然はっきりしなくなる土佐。レキから目をそらして、口の中でゴニョゴニョと何か言う。

 レキはしばらく黙って土佐を見つめていた。

 

 「土佐さんが素直に負けを認めるとも思いませんが、先ほどのように引き分けでやめることは出来たはずです。もしかして…”また”ですか…?」

 

 少し問いつめるような言い方をするレキ。

 

 「あ、まあな。その…なんだ」

 

 土佐は変わらずにしどろもどろ。

 

 「どうやら…わたしの選択は正しかったみたいですね。」

 

 そう言うとレキは壁から離れて歩き出す。

 

 「アリアさんの介抱を手伝うので、これで失礼します。」

 「あ、あんな…レキちゃん」

 

 レキは、何かを言い掛けている土佐を無視して、その前をスタスタと通り過ぎ、体育館の入り口へと向かう。

 レキのこれ以上は話さないといった拒絶する雰囲気に、土佐は困ったような顔をして、延ばしかけた手を降ろす。

 

 「あ」

 

 レキが何かを思い出したのか、声を出して立ち止まる。

 

 「な、なんや。まだなんかあるんか?」もう勘弁してくれと言いたげに土佐が聞く。

 「決闘も終わりましたし。土佐さんを無視するのはやめにします。」

 「え?ほ、ほんまに?」

 「ほんまです。」

 

 そして、レキはそのまま体育館の中に入ってしまい見えなくなる。

 土佐はしばらくレキのいなくなった体育館の入り口を、口を開けたまま見つめていたが、背を向けると足取りも軽く去っていった。

 

 

 

 □ □ □

 

 

 

 キンジがいきなり二人きりにされ、さらにアリアからの質問でオロオロしていると、レキがやってきて「手伝います」と言ってくれた。

 レキは用事が終わったので、気にして見に来てくれたということだった。

 

 (いい子だなあ、レキは)

 

 知らぬが仏とはこのこと。キンジは素直に感動する。

 今日は休日なので、医務室に行っても担当している先生はいない。(というか、いつもほとんどいない。)

 そうなるとキンジ一人でアリアの介抱をすることになる。さすがにアリアの介抱を一人でやるのは、色々と問題がありそうなので困っていたキンジだった。

 

 キンジはレキが来てくれたことに感謝し胸をなで下ろした。

 

 「さ、さっさと医務室連れて行きなさいよ。」

 「あ…ああ」

 

 アリアがちょっと不満そうな顔で催促。キンジにはそれが何故かわからなかった。

 

 キンジがアリアを抱き抱えるとふわりと持ち上がる。アリアのやわらかな体温を感じた。

 

 あいかわらず軽いとキンジは思った。コイツはこんなに小さくて軽いのに、あんな無茶をする。

 キンジは(やはり――…)と思い。(”やはり”何だろうか?)と疑問に変わる。

 

 キンジの中で、答えらしきものがチラリと顔を除かせて消えていく。

 キンジはそれが何か必死で思い出そうとしていた。

 

 「どうかした?」

 

 少し心配そうにアリアを見つめるキンジの視線に気づいたアリアが不思議そうに尋ねてきた。

 

 「いや、なんでもない」とだけ返すキンジ。

 

 キンジは返事をしたときに下を向いたので、腕の中で見上げていたアリアと不意に目が合った。なんだか照れくさくて二人して赤くなり、顔を背けた。

 

 「い、行くか」

 「うん」

 

 そう言って静かに歩き出し体育館を後にした。

 

 「決闘、どうでしたか?」

 

 医務室に向かう途中でレキが聞いてきた。

 

 「いや、どうだろうな。」

 

 勝ちとも負けとも言えない状況。キンジは答えを濁した。

 

 「…負けよ」

 

 アリアがキンジの腕の中で言った。

 

 「え?いや、引きわけだろ?」

 「結果はね。内容的には大負けね。実戦だったら一発目であたし死んでたわよ。」

 

 確かにそうだった。もし実戦でそれが殺し合いならば、最初の一発でアリアは死んでいた。

 

 「あいつ銃に細工してるし、たぶん弾にも細工していたわ。」

 「弾?」

 「火薬の量調節して威力落としていたんだと思うわ。」

 

 威力が落ちていたために、アリアは回復が早かったのだと説明した。

 確かに、そう言われてみれば直撃を受けたにしては、アリアの回復がはやかったのをキンジは思い出した。

 

 威力を上げるならわかるが、その威力を落とす意味が分からなかった。 しかし、なんとなく察しはついていた。

 

 「あと、あいつずっと手を抜いてた。あーなんか思い出したら腹立ってきた。」

 

 それはキンジもかなり後になってからだが、気づいていた。

 つまりはそういうことだ。弾の威力を落としていたのも手抜きの一つなのだ。

 手を抜かれて、あれだけ攻撃を食らって追いつめられたアリアにしてみれば、引き分けと言われても納得できないのはうなずける。

 

 よほど自信があったのか、アリアを舐めていたのか、それとも他に理由があるのかわからないが、土佐は随所で手を抜いていた。

 

 攻撃できるのにしなかったり、撃つタイミングを遅くしたり。

 

 ただ、それはあからさまなものではなかったし、よく見ていないとわからないほどのものだった。それでも攻撃の回数が異常に少なかったのだから、あきらかに手を抜いていたのだろう。

 

 もっとも、実際に闘っているアリアには丸わかりだったみたいだ。

 

 また、土佐はたぶん今日見せた曲撃ち以外にも技を持っているのだろう。曲撃ちが”得意”で、あれだけというのは考えにくい。

 だが、暴発攻撃以外は一切使っていない。”技の出し惜しみ”と言えばいいのかもしれないが、そう言った意味でも土佐は手を抜いていた。

 

 「もう一回やるなんて言うなよ。」

 「言わないわよ。やってごらんなさいよ?あいつと闘うのウンザリするから。」

 「いや、意味ねえし。やらねえよ。」

 

 アリアがキンジの腕の中で暴れる。キンジは、それぐらいの元気があるなら自分で歩けと言いたかったが、なんとなくやめておいた。何か言って、風穴祭りとか怖いから。

 

 「土佐さんは本気でやりませんよ。」

 「レキ?」

 

 キンジは、黙って聞いていたレキが突然口を挟んだのに驚いた。

 

 「あのひとは本気で戦えないんです。」

 「なんで?」

 

 当然の疑問をアリアが口にする。それを聞きながら、本気で戦えない理由などというものが存在するのだろうか、とキンジは考えていた。

 

 「誰かと一緒で居場所を失うのが怖いんじゃないですか。」

 

 レキは淡々と答える。その瞳は進行方向に向けているが、どこかにいるその”誰か”を見つめているようだった。

 

 「誰かって、誰よ?」

 「さあ。」

 

 自分で”誰か”と言っておいて、知らないような答えをするレキ。

 

 「?」

 

 キンジとアリアは、レキが何を言いたいのか良くわからず、互いの顔を見つめ一緒になって首を傾げた。

 

 

 

 






さて、残り一話ですが、まとめる意味で変に長いです。予めご了承ください。
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