原作をある程度読んでいないとわからないところも多いと思いますが、わからないところはスルーしていただいても大丈夫だと思います。
また、少し補足しておきます。
原作ではこの話の時期には、主人公が海外に行ってしまうため、このような話の割り込める期間はありません。これは単純に作者が「冬にしたかった」ということで無理やり入れ込んだという経緯によるものです。
冬休みのあけていない東京武偵高校。
昼下がり、日の射す白く明るい廊下。
カツカツ――。
廊下に足音が響く。一人の男子生徒が歩いていた。
男子生徒の表情は、気分でも悪いかのように冴えなかった。
天気がよいとはいえ、まだまだ冬の寒い廊下。それなのに、男子生徒は額にうっすらと汗を浮かべ、ひどく険しい表情だった。まるで何かに追いつめられているような、そんな切迫した感じ。
実際、男子生徒は追われていた。
先ほどから後ろからトコトコという足音がついてきていた。耳に聞こえてくるその音、おおよその距離感もさきほどから変わらない。
つかず、離れず。
男子生徒は、足を止めて背後を警戒するように視線を動かす。
後ろから聞こえていたトコトコという足音がピタリと止まる。
男子生徒が再び歩き出すと、また後ろからトコトコという足音がついてくる。
男子生徒が止まると、後ろの足音も止まる。
先ほどからこれを何回も繰り返していた。
男子生徒は一つため息をつくと、つぶやくように――
「レキ」
「だめです」
追跡者の名前 レキ。
そして、それに追われるもの――男子生徒の名前 遠山キンジ。
(まだ何も言ってないし…聞いてくれても良くない?)
話を聞いてくれない追跡者レキの即答に、キンジは心の中で泣いた。
強襲科(アサルト)専門練の冷え切った廊下をキンジ、レキと縦に並んで歩いていた。
(RPGなら真っ先に自分が棺桶にはいりそうだな。)そんなことを考えるキンジ。
キンジは先ほどから悩んでいた。悩みというのは、この歩き方――というより隊列についてだった。レキには横を歩いてもらいたかった。しかし、今日は何故か後ろからついてくる。
もともと無口で無表情のレキ。初めて会った頃よりも話すようになったとはいえ、会話は途切れ気味で話づらい。後ろにいられるとより一層だった。
何より始終監視されているようで気分が落ち着かない。なんというか、このまま続けていると、特に何か悪いことしたわけでもないのに、自白しそうな気分になってくる。
つまり、”なんか良くわからないけど俺が全部やった。悪かったから許してくれ”といった感じだ。
彼女に”何故?”と聞いてみれば配置がどうとか、攻撃がなんとかと、何かと理由をつけて譲ろうとしない。その後は何を言っても「だめです」という返答が返ってくる。以前より人間らしくなったかと思えば、頑固なのは変わっていないようだ。
こんなときに限って、共通の話題となる便利なレキの飼い犬(狼です)のハイマキはいない。珍しくレキの部屋でお留守番しているそうだ。
冬休みだというのに、キンジたちが強襲科(アサルト)の専門練にいるのは、アリアにバスカービルの面々が呼び出されたからだった。
寮の部屋で良いのではないか?という意見があったが、そのとき距離的にメンバーが集まるのに都合がよかったのが強襲科(アサルト)だった。
キンジは男子寮にいて一番遠かったのだが、部屋に強襲されても迷惑なので、文句を我慢して出てきた。
そもそも呼び出された理由は、極東戦役ミーティングをバスカービルのメンバーでしよう、ということだった。
が、実際に集まってみると、修学旅行IIで一段落してしまって敵の動きや情報も少なく話題もない――ということで、さっさと解散となった。
バスカービルの他面々は何か用事があるらしく、みんな散り散りにどこか行ってしまった。
特に予定がなく、放り出されたようにポツンを取り残されたキンジとレキ。
キンジは、レキを相手に『一体俺は何しに来たんだ?』と無駄足をグチる気にもならず。かといって、このあとの予定の提案がレキの口から出てくることなど期待できるわけもない。
さて、どうしようか、とを考えながら、なんとなくレキをちらりと横目で見たら、幸か不幸かレキと目があってしまった。
ジ―――――と、キンジを見つめるレキ。
キンジは(なんで?)と思ったが、じっと見つめられるとそんな疑問さえ口に出せなくなった。
主な理由は”怖くて”。
レキの鳶色の瞳の中にキンジが映っていた。じっと見つめていると吸い込まれそうな瞳。
無言のままの視線。それはまさに攻撃。その重圧。それに耐えきれずにキンジの精神にヒビが入る。
ついには自壊しそうになって、キンジの防衛本能が「帰りに適当に暇つぶすのでつき合え」と口を動かし、レキを誘った。
それは決してキンジの本意ではなかったが、そのときは他に逃げ道が思いつかなかった。
今になって考えれば”脅迫”ではないだろうか、と思ったりもするが時すでに遅し。というわけで、レキと廊下を歩いている次第だった。
□□□
はあ、と本日何度目かわらかない、白いため息をつく。
(どこに行こうか)と考えながらキンジは、冬の温度で満ちた廊下を歩く。武偵高校であっても普通高校であっても、冬休み学校に来る物好きはほとんどいない。
今歩いている廊下など――
(お?)
と、物好きが向こうからやってくるのが見えた。
廊下の奥からキンジたちに向かって男子生徒が一人歩いてきていた。レキのように狙撃銃らしきものを担いでいるところをみると狙撃科(スナイプ)の生徒らしい。
ツンツンと立てた髪は短く黒い。浅黒い肌。彫りの深い顔つきで、遠くて顔はよくわからないが、体育会系のイケメンといった感じだ。
”武藤2Pキャラ”と勝手に銘々したが、武藤はあそこまでイケメンじゃない。そんな失礼なことを考えながら、キンジは男子生徒が来る方向へと歩く。
男子生徒とキンジたちの距離が縮まっていく。
廊下に響く靴の音と音が重る。空気が乾燥しているためか、人気がないためか、やたらと大きく響いた。その響きに何か神秘的なものを感じて、キンジは何故か緊張していた。
近づく――気配。
キンジの左前方に男子生徒。
静かにすれ違う。混ざり合う3つの足音。
つばを飲み込むキンジ。口の中が乾いていた。
響きあう足音。
ふいにレキの気配が消え――。
男子生徒の浅黒い顔に、ニヤリと白い歯をむき出しにした笑顔が浮かぶ。
シュル――衣擦れの音。風が起こり冷気が混ざる。
そして、機械音が――ジャキッ――重なった。
静かに、騒がず、急いで。
無機質で硬質――冷たく黒い音が語り合う。
無言で向き合う3人。互いに銃口を向ける。
キンジは男子生徒に。
レキは片膝をつき低く構えて男子生徒に。
そして男子生徒はキンジに。
時間の制止したような廊下にピンと張りつめた空気が満ちて、その温度をさらに下げた。
まっすぐに伸ばしたキンジの腕、その先の手の中にある愛銃ベレッタが黒く冷たく光っていた。指は引き金に触れたままで。
なんのつもり――と、口を開きかけるキンジ。
「あー…遠山よ、もうちっと抜くの早い方がええんちゃうかなぁ。一番遅かったで。」
キンジの言葉を遮ったのは、ニヤケ顔の笑顔から出た冗談めいた関西弁。
「まあ、レキちゃんに見とれ取ったらしゃあないかな。」
キンジは気づかれていたことに気恥ずかしくなり、ごまかすために男子生徒を睨んだ。顔が熱くなっているがわかる。
二人に比べて軽量の銃をもっているキンジ。本当ならば真っ先に構え終わっていなければいけない。それなのに遅かった。実戦ならば死亡確実の遅さだった。
それには理由があった。キンジが振り向きざまにベレッタを抜くとき目に映ったモノが反応を鈍らせたのだった。
それはレキの姿だった。
レキとキンジは、ほぼ同時に反応していたが、キンジはそのレキの動きを見て――見とれた。
レキは反応すると同時に、足の力を抜いて自然にしゃがむようにふわりと腰を落とした。
そのまま、後ろを振り向きながらさらに姿勢を低くする。肩にかけていた彼女の愛用する狙撃銃であるドラグノフが、わずかに浮いて意志あるもののように主人の動きにあわせて動いた。
レキの髪が流れ、制服が翻り、ドラグノフが踊った。
そして彼女が振り向き終わったところで、ドラグノフは主人であるレキの手の中におさまりガチャリと装填。構えが終わっていた。
彼女は振り返るだけで銃を構えたのだ。扇を持って舞う、日本舞踊さながら。
その姿は、優婉(ゆうえん)で――華麗で――どこか畏怖してしまうものだった
キンジはその美しい動きに見とれて、知らずに銃を抜く手を止めていた。
睨むキンジ。男子生徒はそんなキンジをなんとも思わないのか、特に表情も変えずに狙撃銃を肩に担ぎ直すとニヤリと笑った。
男子生徒が構えを解くのを見てキンジもホルスターに銃を収める。
(誰だコイツ?)
友人の武藤に雰囲気が似ていたが、キンジの知らない顔だった。
キンジと男子生徒の二人が緊張を解いても、緊張感を出し続けているモノがいた。二人の視線がそのモノに向けられる。
レキだった。
その硬質な視線をドラグノフ越しに男子生徒に向け、固まったようにピクリとも動かない。
引き金には指をかけたまま。男子生徒の額をねらい定めたまま。
ある種スイッチのようなものがレキにはある。そのスイッチが入ると強敵となることをキンジは知っていた。以前、自ら標的になって散々追い回された経験があるためだった。
スイッチの入ったレキ――
すぐにでも引き金を引きそうなレキを見てキンジはそう思った。
「土佐さん…キンジさんに手を出すなら風穴あけますよ…」
ようやくレキが言葉を発する。キンジのパートナーであるアリアのお株をとった警告。無機質なレキの言葉だけに、その本気度は高く感じた。
「土佐?」キンジは聞き慣れないその名をつぶやいた。
「偶然会った有名人の遠山をいぢりたくてな。すまん。ホンマ悪気はないんよ」
土佐は言い訳をする。その相手はキンジというより銃口向けたままのレキに対してのものだった。
悪気がなくて銃を向ける。キンジはそんな輩がいる武偵高校に慣れている自分が嫌になりそうだった。武偵を続けると決めたばかりだったような気がしたが、考えを保留にしたくなった。
「っていうか、レキちゃん、そろそろ銃おろしてくれへんかな?な?」
土佐は両手をあげて降参のポーズをとりながら、キンジに『コイツなんとかしてくれ』と目で訴える。
「レキ、もういいだろ?」
キンジがため息混じりに言った。数秒のあと、レキは渋々といった感じでドラグノフを元のように肩へと担ぎ直した。キンジは少し反応の遅いレキを不思議に感じた。
「おー遠山だとレキちゃん素直やな。スナイプのお姫様をタラシこむとか、みんなに教えたら、遠山…お前に向く銃口の数が激増するな。武偵弾も飛んでくるで?」
構えを解いてくれたレキに安心したのか、饒舌になる土佐。
「いや、勘弁してくれ。土佐だっけ、俺に用か?」自分に用があるものだと思いこんでいたキンジが質問する。
「え?用ないよ。お姫様タラシこんだ有名人を銃で脅しただけや」あははと笑いながら、土佐はきっぱりと頭にくることを言ってのける。
「次は撃つかもしれへんけどなぁ?」と歯を見せながら笑って言ったが、明らかにそんな気はないといった冗談めいた表情。
「相手なら、わたしがします。キンジさんに近づかないでください。」
「ほな、レキちゃんお手柔らかたのむわ。」
土佐の饒舌が止まる。レキの前に立ちふさがるようにして彼女を見下ろした。
レキと土佐。無表情とにやけ顔。向かい合っているが、視線すら合わせていない。だが、端から見ているキンジには二人が睨み合っているように見えた。
しばらくの無言の後、土佐は「すまんかったな」ともう一度いって、背を向けると廊下の奥へと歩いていった。
キンジは珍しいと思った。
いつも通りの無表情で感情表現がはっきりしないレキ。その彼女がムキになっていたような気がしたのだ。
以前アリアと張り合っているのは見たことがあったが、それはレキにはレキなりの理由があり、そしてレキ自身の意志ではなかった。
今回はそれとは少し違ったレキ自身の自己主張ようなものを感じた。レキが時々見せる狙撃に対するプライドのようなものを見せることがあるが、ここまで誰かに対して露骨な態度は見せたことはない。
例えば、それはライバル意識。
土佐の消えた廊下の先をレキと二人で見つめながら、キンジはレキと土佐の関係について聞いてみることにした。
「あの土佐ってヤツ。知り合いか?」
「狙撃科(スナイプ)の同級生です。」
何か推理とか以前の当たり前な答えが返ってくる。
「だろうな…いや、そういうことじゃなくてな」
「え?」
『違いましたか?』レキはそう言いたげに、首をかしげると不思議そうにキンジを見つめた。
「どういう関係だ?」
「関係…ですか?」
問いつめるような言い方。レキは少し驚いたような顔をしてキンジを見る。(少しキツい言い方だったろうか?)とキンジは思った。
レキは少し考えるように黙り込んでから「狙撃科(スナイプ)の成績で、わたしが1番で、彼が2番です。」と思った以上につまらない返答をよこした。
思わず気の抜けたキンジは「おー…ライバルってやつか?」とストレートに感想を言ったものの――
(おーおー優等生は違うねえ。1番、2番とかどこの世界だ?)という気持ちだったので、少し投げやり気味だった。
「私にはよくわかりません。」とレキは少し困ったように言った。
「なんか、張り合ってるって感じがしたけどな。」キンジはさっき感じたことを思い出していた。
「そう…なんですか?」
「そんなんで、いいんじゃねえの」
キンジはレキの新たな反応を喜ばしく思いながらも、少し照れくさくてわざとぶっきらぼうに言ってみた。
「でも、土佐さんでなくても、銃を向けられたら、わたしはあなたを守ります。そう約束しましたから」
(あー、そんなこと言ってたな)
そんなことを考えていたキンジにレキが向き直る。
そして。
「キンジさんは、わたしにとって大切な人ですから」
レキは自分に言い聞かせるように言い、まっすぐな瞳でキンジを射抜いてきた。何故このタイミングでそれを言うのかわからないが、絶妙のタイミングだった。
お互い黙ったまま、見つめたまま。ひんやりとした冷気と沈黙が流れた。
(や、やばい。この状況はやばい。)とキンジは思った。
これでニコリと笑顔の一つでも見せれば完璧なのだが、レキは相変わらずの無表情だった。それがせめてもの救いだった。笑顔とか、そんなことをされたらヤバい病気が出て取り返しのつかないことになるからだ。
良くも悪くもストレートなレキにドギマギした。冬だってのにやけに暑い。キンジは変な沈黙に耐えきれず話題を変える。
「あー…、さっきのレキ、あれ凄かったな?」
「何がです?」
「ほら、クルって回ったらドラグノフ構えてたヤツ。あれすげぇカッコよかった。思わず銃構えるの遅れちまったよ…って、あれ?」
なんとかこのまずい雰囲気を払拭しようと一生懸命に話すキンジ。やけにおとなくなったレキの様子を見てみると――。
レキが黙ってうつむいていた。顔は前髪に隠れて見えないが、耳が赤いのでどうやら照れているらしい。
(コンディション・レッド。状況が悪化しました。)
何かしようと考えたが思い浮かばず。何か言おうとしたが頭は真っ白。
結局、キンジは”コホン”と一つ咳払い。頭の後ろをかきむしりながら「行くか」とだけ言って歩き始める。
少し遅れてトコトコとついてくる足音。
(えー、後ろ歩くのやめてくれないんだ。)
日が傾き薄暗くなった廊下は寒かったが、その足音がほんの少しだけ暖かくしてくれている、そんな気がした。