緋弾のアリア -黒砂ー   作:silentr

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06.招待状

 所詮、噂というのは知らぬは当人ばかり。

 

 だから、アリアは知らなかった。キンジも知らなかった。

 

 ――遠山と神崎がつきあっている。

 

 そんな噂が立っていたとは知らなかった。

 確かにパートナーとして組んでいるし、同じバスカービルのチームなので一緒にいることは多い。

 

 だが、周囲からそんな風に思われているとは――そして、そんな風に見えるとは思ってもみなかった。

 

 アリアは廊下に響くキンジの絶叫を聞きながら。勝手にニヤケる顔を押さえるのに必死だった。

 

 両手で頬を押さえると熱いのがわかった。体中、熱を持っているのがわかった。胸の動機が早いのがわかった。うれしいのが――わかった。

 

 でも――

 

 同時にいつも漠然とした不安がそこにあった。だから、アリアは自分の気持ちはわかっていても、それをできるだけ出さないようにしていた。

 

 

 あたし――どうしたいの?

 

 

 すぅっと、一つ大きく深呼吸。頭の中で気持ちを切り替えて土佐を見る。まだ顔が少し赤い気がした。

 

 「で、あたしには何の用なの?」

 

 強引に話題を引き戻すアリア。

 

 勝手に笑顔になりそうな顔を抑える、頬の筋肉がひきつりそうだった。

 

 この際キンジは完全無視することにした、そうでないと――

 

 腰に手を当てて土佐を睨み上げる。実は恥ずかしくてキンジが見れないので、視線を土佐に集中していただけだった。

 

 「あー…なんだな…」頬か掻きながら視線を泳がせる土佐。

 「まー…つまりだな。」何が言いにくいことを言おうとしているのはわかったが、煮え切らない返事。

 

 「ちょっと…なによ?」少しいらついたアリアが先を促す。

 「あー…まあ、つまりや」困ったような顔をする土佐。

 

 そして、その口から飛び出した次の言葉。

 

 

 ――決闘や――

 

 

 しばらくの沈黙。そして―――「「はい?」」キンジとアリア二人の微妙にズレたハーモニーが廊下に響いた。

 

 先ほどのお祭りムードが一気に吹き飛ぶ。

 

 『遠山と神崎つきあってます』にも驚いたが、さらに飛び出してきた”決闘”の二文字に頭がついてきていなかった。

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」開いた右手をつきだして土佐に”待った”を示すアリア。

 

 見ず知らずのさっき会ったばかりの男にいきなり”決闘”といわれても困るは当たり前。

 

 「理由…そう、理由聞かせてくれるんでしょうね?」

 

 なんとか思考を取り戻したアリア。いまだこの展開に理解ができず、土佐を指をさして理由の催促をする。

 

 「理由ね…」

 

 土佐は視線を上に向けてなにやら思案する。そのにやけ顔がアリアのかんに障りイラつきを増長させた。

 

 「俺んは、そうやな、”ケジメ”っちゅうヤツやな。」

 

 そう答える土佐の一方的で理解しがたい理由にアリアは――。

 

 「何よそれ?それってあんたの都合じゃない。そんなんで決闘なんてたまったもんじゃないわ。」とまくし立てる。

 

 「だから、”俺んは”って言うたやん。」眉をひそめて少しあきれたように言う土佐。

 

 「わけわかんないわ。もったいぶってないで言いなさいよ」

 

 「だから、神崎ぃ」

 

 突然、土佐の目つきが、赤黒く錆びた刃のような不気味な闇を宿す。表情そのものが変わった。お調子者のにやけ顔が、背筋がぞっとするような陰湿で狡猾な笑顔に変わった。

 

 (なにコイツ?)

 

 アリアは突然変わった土佐の迫力に押され、自分でも気づかず一歩下がっていた。

 

 アリアを見下すように土佐は続ける。

 

 「お前にも理由があるっていうとるんやけど…わからん?」

 「わ、わかるわけないでしょ?」気圧されていることに気づくアリア。不気味な気配を放つ土佐に、声がわずかに震えていた。

 

 「そうか、わからんか…ま、しゃーないか…」

 

 そう言って土佐はアリアの耳に顔を近づけ――ボソと呟いた。

 

 アリアの目が何かに驚いたように大きく見開かれた。

 

 土佐は一言だけ呟いた。

 

 だが、アリアはその一言だけで、土佐が何を言いたいのか、何故”決闘”なのか、どうして自分にも理由があるのか――全部を理解した。

 

 土佐はアリアから顔を離す。アリアの赤紫色の瞳が土佐の顔を追った。まるで信じられないものを見るように。

 

 土佐は再び見下すようなにやけた顔でアリアを見た。(どうだわかったか。)というような顔だ。

 

 「あんた」

 

 アリアは目をつり上げ、唇をかみしめ、両の拳を握る。その赤紫色の瞳を怒りに染めて、まっすぐ土佐を睨みつけていた。

 

 先ほどまで気圧されていたアリアは、そこにいなかった。

 

 アリアは体中に怒りが巡り、頭が沸騰しそうだった。こみ上げてきた、くやしさでどうにかなりそうだった。

 

 そうなの――こいつもなんだ――

 

 「神崎ぃ、可愛いお顔が台無しやぞ。」

 

 なんで――?

 

 余裕を崩さないにやけ顔。アリアを小馬鹿にしたように言葉を投げる。

アリアは土佐を睨みつけたまま黙っていた。怒りで小さな肩が震えていた。

 

 なんで――お母さんを――?

 

 「ま、ええけどな…お返事聞かせてくれるか?」

 

 少し冷めた顔と投げやりな言い方。今のアリアの心情をわかった上での挑発。

 

 (ふざけんじゃないわよ。そのにやけ顔、泣き顔にしてやる。)

 

 アリアは荒ぶる感情を必死に押さえながら、つとめて冷静に言った。

 

 「いいわ。やってあげる。いつ?あたしはいまからでもいいわよ。」

 「オーケー。良い返事ありがとさん。まあ、またお知らせしますんで、じゃ」

 

 そういって片手を挙げて背を向けると、土佐はさっさと行ってしまった。

 

 「お、おい、アリア?」

 

 キンジがようやく口を開く。アリアが怒っているのはわかったが、土佐の何に怒っているのかわからなった。

 事情が飲み込めず、入り込む隙もなく、よって止めようもなく、ただひたすら成り行きを見ていることしかできなかった。

 

 「あいつ…」

 

 今のアリアにはそれがありがたかった。頭の中が冷えていなかった、体の中に怒りが巡っているのがわかった。

 

 さっき『遠山と神崎つきあってます』と言われたときは違う意味で熱かった。それは全く逆のドス黒い感情の熱さだった。自分でも醜いと思ったがどうにもならなかった。

 

 今、何かを言われても、何かを言ってもキンジを傷つけそうで怖かった。

 

 だから――

 

 「あいつ…イ・ウーよ」

 

 とだけ短く言った。

 

 熱くなったアリアの手の中。握りしめていた、土佐にもらった缶コーヒーだけがやけに冷たかった。

 

 ――俺はイ・ウーや――

 

 それが、土佐の一言だった。

 

 土佐のにやけ顔を思いだし、缶コーヒーを飲まずにゴミ箱へたたき込んだ。

 

 

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