■ ―ジャンヌ―
”決闘”の話から一週間ほど経っていた。
キンジはあれから土佐には会っていなかった。
レキにそれとなく聞いたが、土佐は相変わらずレキにちょっかいを出しているようだ。
一応土佐に頼まれたのでキンジはレキに「無理にとは言わないが、実害はなかったんだ、許してやれ」と伝えた。
だが、どこから聞いたのか彼女はアリアの”決闘”の話を知っていて、それが終わるまで態度保留らしい。
それを聞いたキンジは(ご愁傷さま。さすがにこれ以上面倒はみきれない。後は自分でがんばってくれ。)と、とりあえず合掌しておいた。
”決闘”といわれたあと、アリアは「用があるから」といっていなくなった。
その後、キンジとは授業で顔を合わす程度だった。
避けているというほどではなかったが、キンジが”決闘”の話をしようとすると、決まっていなくなった。だから”決闘”の話はまったくしていないし、キンジは何も知らなかった。
アリアは授業もときどき休んでいた。もっとも専門の方は出席しているようだ。
(やれやれ、一応パートナーなんだがな…つーか、何で逃げるかなアイツは…)
今日もアリアは欠席。誰もいないアリアの席を見つめながら、キンジは何かわからない焦りを抱き、イラツキのようなものを感じていた。
(ボンヤリしていても仕方ない。)
キンジは土佐を調べることにした。
アリア自身も調べているのだろうから、結果は無駄になってしまうかもしれないが、何かしていないと落ち着かなかった。
土佐は、秘密結社であったイ・ウーの一員。
イ・ウーの情報については国家機密並の扱いだという話で、調べようにも公の資料があるはずもない。仮にあったとしても一介の学生武偵であるキンジごときが見れるものでもない。
キンジとアリアは、イ・ウーを解散に追い込んだ当事者だ。いくつかの事件を通じてイ・ウーのメンバーと何度か闘ってきていた。そして、それらの事件を通じイ・ウーのメンバーの知り合いができた。今では同士として一緒に極東戦役に参加している。
昨日の敵は今日の友。世の中どうなるかわからないものだ。
銀氷の魔女、ジャンヌ。
天才大泥棒の子孫、峰・理子。
日本にいるキンジたちの知り合いは、とりあえずこの二名だった。
実はもう一人いるにはいるが、素直にキンジの話を聞くとも思わないので今回は無視した。
理子は元々泥棒だけに情報を仕入れるのはうまいが、何かと体を密着させてくるし、話の脱線も多い。さらに、情報を素直に出さないこともある。
思考回路が悪党なのだから仕方がないとは思うが、正直やりづらい相手だった。
だからキンジは相談事の相手は”まず”ジャンヌからと決めていた。
そして、ジャンヌで補えない部分を理子にカバーしてもらう。この手順を踏むことでより多くの、そしてできるだけ正確な情報を得ようと考えていた。
キンジは、さっそくジャンヌに連絡をして、会うことにした。
待ち合わせ場所のファミレス『ロキシー』に着くと、すでに待っていたジャンヌが目に入った。こういうとき、ジャンヌの銀髪という目立つ目印はありがたい、一目でわかる。
キンジは、挨拶もそこそこに席に着くと適当に注文して、早々に本題に入った。
「土佐?」
ジャンヌはその美しい唇にコップを近づけて、アイスティーを一口に含む。浮いた氷がカランと音を立てた。
胸の前で腕を組み、少し冷たい雰囲気の碧眼の瞳を閉じると、「ふむ…」と口の中で小さく呟く。
そして、ゆっくりと瞳を開くと――「知らんな」と短く言った。
「そうか…」
キンジはうなだれた。
そういうこともあるだろうと、あらかじめ覚悟していたことだが、実際にその口から聞くと期待していただけに、キンジの落胆は大きかった。
「私もイ・ウーの人間を全員把握しているわけではない。」とジャンヌは付け加えた。
キンジが想像してたとおりの言葉だった。ジャンヌがイ・ウーに所属している人間全員知っている理由も必要もない。
イ・ウーは学校のようなものだそうだが、普通の学校でも隣のクラスの生徒を知っている必要はないし、特に関係がないのであれば困ることはない。
「遠山」
「ん?」
「お前、何か勘違いをしているだろう?」
頭をうなだれたままのキンジを見下ろすように、ジャンヌは腕を組んだ姿勢で、ため息混じりに言った。どこかあきれた様子。
「何をだ?」
キンジは頭を上げて、ジャンヌを見た。その美しい碧い瞳にキンジが映る。
「私は”土佐”という男の名前に心当たりはない。」
「いや、それはわかった…」
「だが、それは私がお前の言っている”土佐”という男を知らないということにはならない。」
何か含みをもたせた言葉を続けるジャンヌ。
「よくわからん、何が言いたい?」
キンジは少しイラつきながら聞き返す。
「つまり、そいつがイ・ウーで”土佐”と名乗っていない可能性もある。または、私が名前をしらないだけでその姿を見ている可能性もある。違うか?」
目をつむり美しい澄まし顔で、人差し指を立てて説明するジャンヌ。まるで女教師。
「…ああ!!そういうことか!」
ようやく、ジャンヌが何を言いたいのか理解したキンジは腰を浮かして大声を上げる。
なにごとが起きたか?と店内の客が一斉にキンジを見た。キンジは視線に気づくと静かに腰を下ろし、肩をすぼめて小さくなった。
「ここまで言わんと気づかんのか?」
「す、すまん」
キンジは、先生に叱られる成績の悪い子供のように謝った。
「お前はまだ名前しか言っておらん。それでは情報が足りなさすぎる。写真とか…おお、そうだ!」
ジャンヌは、何かを思いついたのか鞄の中を漁り始める。
「特徴を言え。私が絵を描いてやろう」
そういうと、うれしそうに顔を輝かせながらペンとスケッチブックを取り出した。
(頼むやめてくれ、絵はやめてくれ。お前が絵が好きなのはわかったから。お前の絵は…え?絵?)
思ったことが喉まで出かかったところで、あることに気がついた。
「悪い。ちょっと待ってくれるか。」
言うが早いか携帯を取り出すと、電話帳から目的の人物を見つけ選択する。コール音3回で電話の主が出た。
「…キンジさん?」
電話の向こうからどこか単調な声が聞こえた。
「そうだ。レキか?」
「はい…」
キンジが連絡したのはレキだった。
レキは絵がうまい。ジャンヌと比べたら、レキに失礼なくらいの雲泥の差だ。
それを思い出したキンジは、レキに土佐の似顔絵を描いてもらおうと考えて連絡をしたのだった。
彼女が人の似顔絵を描いているところを見たことはない。だから一抹の不安はあったが、頼んでみてからでも遅くはない。うまくなくても、少なくともジャンヌよりはマシだろう。
それに、なによりレキは土佐と同じ狙撃科(スナイプ)で面識がある。
来てもらって損はない。
「実はちょっと頼みたいことがあるのだが…」
「なんでしょうか?」
キンジの視界に何かがチラチラと映る。気になって視線だけそちらに向ける。ジャンヌがキンジに向かって手を動かしていた。
(なにしてんだよ。こんなときに…)
「すまないが、ちょっとファミレスまで来てもらっていいか?」
武偵のつまらない癖だった。盗聴を用心して携帯の電話口で用件を直接伝えない。
「…行かないとダメでしょうか?」
珍しく難色を示すような口調のレキ。
(何か用事でもあるのか…ん?)
変な違和感があったが、キンジにはそれが何かわからなかった。
ジャンヌを見ると、まだジェスチャーをしていた。さっきからやたらとキンジの背後あたりをゆび指している。どうやら、ジャンヌは後ろを見ろと言いたいらしい。
(まったく…)
眉をひそめて「悪かった。用事があるのなら、時間があるときに――」と言いながらキンジは後ろを振り返り――
――カシャン――
手から携帯を落とした。
そこには携帯電話を耳に当てて、ぼ――っと無表情でキンジを見下ろすレキが立っていた。
「レ、レ、レキ?」
キンジは席から転げ落ちそうなほど驚いた。
そんなキンジを見てもレキはいつものように表情に変化はない。いたって冷静沈着。
「こんにちは、キンジさん」
かわいい唇と落ちた携帯電話から、レキの声が聞こえた。
■ ―レキ―
レキの説明。
ファミレスの前を通ったらキンジたちが見えた。
挨拶でもしようとファミレスに入ってキンジたちに近づいた。
そうしたら、ちょうどキンジの背後付近で携帯電話が鳴った。
携帯電話をとって話していたら、キンジが振り向いた。
以上。
レキがキンジの隣に座る。ふわりとミントの香りがした。
キンジは携帯電話で伝えた用件――土佐の似顔絵を描いてほしいとレキに話した。
ジャンヌが綺麗な顔を歪め、不服そうに頬を膨らませながらキンジを睨んでいた。ちょっと可愛い。しかし、かまっていられないので見て見ぬ振りをした。
「似顔絵ですか?」
レキは「似顔絵は、描いたことがないので…」と下を向いて自信なさげに言う。
「まあ、誰にでも得手不得手はある」と何故か嬉しそうに言うジャンヌ。
(お前には頼まんぞ?)と心の中でキンジ。
レキは顔を上げてキンジの方を向くと「写真じゃダメですか?」と言った。
「えっ!?写真あるのか?」
腰を浮かすキンジ。やはりレキを呼んで正解だったと、キンジは似顔絵以上の収穫に喜んだ。
レキは愛銃であるドラグノフからスコープをはずす。
「撃たなくても撮ることはできますから。」
土佐ほどの腕のものであれば、何かと参考になることもあるかと思って、以前撮ったものがある。と付け加えながら、テーブルにコトリとスコープを置いた。円柱形のスコープがカタカタと細かく左右に揺れていた。
ジャンヌが眉をひそめて、事情が飲み込めてない顔をした。
キンジは、このスコープは映像を記録できるようになっていて、レキが撃った対象を記録できるようなっている、と以前レキから聞いた説明をした。
今回のレキの話で付け加えるならば、通常ドラグノフの引き金と連動しているが、普通のカメラのように映像を記録もできるということらしい。
考えてみれば当たり前のことだった。カメラはあくまでスコープの部分で、ドラグノフ自体はカメラじゃない狙撃銃だ。
キンジは想像した。仲のいい男女が並んでドラグノフで記念撮影をするところを――。
《キンジの想像 ――はじまり――》
それは、海を背景にみんなで一枚パチリ、記念撮影でもしようということだった。
「もう!みんなぁ堅いよぉー」
ドラグノフを構える少女Aが、浜辺に並ぶ友達に向かって言う。
「はーい、ニッコリ笑ってー」
浜辺に並んだ数名の男女がニッコリと笑う。
「いくよー、はい、チーズ」
少女Aがドラグノフを構えてねらいを定める。引き金を引く。躊躇無く。
パァン!
「ぐっ!」
銃口の先。少女Aがねらった男子Aがゆっくりと膝をつき。
ドサ…
倒れた。
男子Aの胸元から赤い花がゆっくりと咲き開いていく。
「だから言ったのに…」
そういいながら、倒れて動かなくなった男子Aを見下ろす少女A。
その顔は、愉悦に浸る歪んだ笑顔だった。
《キンジの想像 ――おわり――》
(…なんか嫌な写真ばかり撮れそう。)
キンジがバカな想像をしている横で、レキはスコープをのぞきながら操作し「この人です」とジャンヌに手渡した。
ジャンヌが手渡されたスコープを覗く。
「む…コイツ武藤か?」とジャンヌの第一声。
「いえ、武藤さんより容姿端麗かと思います…」ジャンヌの意見にレキが訂正を入れる。
「むう確かにそうだな。すまない。私が間違っていた謝罪しよう。」スコープをのぞき込んだままジャンヌが素直に謝る。
(俺は何か突っ込むべきなのだろうか…)
キンジはそんなことを考えながら二人のやりとりを見ていた。
スコープを覗いて、目を離して考え込み。またスコープを覗いて、目を離して考え込む。
それを何度か繰り返したあとジャンヌは、「ちょっと…すまん」と携帯を取り出して誰かに連絡をした。
「ああ…すまんが、頼む」
電話口に話かけるジャンヌ。その話の内容はわからなかったし、相手の声も聞こえなかったが、キンジにはジャンヌが誰に連絡しているのか大体想像できた。
ジャンヌは携帯電話を切ると「すまんが、私一人では正確な判断ができないので人を呼んだ。今から来てくれるそうだ」とキンジに説明した。
キンジは(名前呼べばいいのに…)と思いながらも、「ありがとう。すまない、手間をかける。」と簡単な礼を述べた。
(やれやれ、うるさいのが来るな…)
キンジはテーブルに頬杖をつきながら、心の中でため息を漏らした。
■ ―理子―
特にすることもなく、話題もなく時間が過ぎる。
ふと隣を見る。レキがいつの間に頼んだのか、メロンジュースをストローで可愛く啜っていた。なんか見ていて癒される光景。
前の席ではジャンヌが、なにやら真剣な目つきで雑誌を広げてブツブツ言っている。
ちらりとのぞき見ると、雑誌の中でフリフリ衣装を着たモデルさんが可愛らしいポーズを取っていた。
(そういや、コイツこういう可愛いの着るの好きだったな。部屋で一人ファッションショーとか痛いことやってたし)
ウィーン。ファミレスの自動ドアが開く音の後に続いて、パタパタという小走りに近づいてくる足音。
(ああ、来たか)
キンジはテーブルに頬杖をついたまま、わざわざそちらを見なくても足音の主がわかっていた。足音で判断できるとか、我ながら慣れたものだ。
そして――
「キ――――――くん!おっ待たせー。愛しのリコリコりんですよー。」
元気な挨拶とともに、改造制服のフリフリを揺らす姿も可愛らしく。峰・理子がやってきた。
(やっぱり、コイツか…愛しくないぞ)
キンジは、いずれは理子にも相談するつもりだったので、それほど気はしていなかった。
「もう、キーくんたらあ。理子を呼んで4Pだなんて…ポッ」
相変わらずよく分からない日本語を話しながら、ジャンヌの横に座る。
「理子わざわざすまない。さっそくで悪いがこれだ」
レキのスコープを理子に手渡すジャンヌ。
「ちょりーっす。了解です。さあ、覗くよ、覗いちゃうよー。くふ、くふふふ。」
一通り騒いでからスコープを覗く。いちいち言動がやかましい。
「んー…」
唸る理子。
「どうだ?」
キンジが少し不安そうに訪ねる。
「武藤?」と理子。
「気持ちはわかるが違う」とキンジ。
「そうだ、よく見ろ理子。武藤よりハンサムだろう」と剣で突き刺すジャンヌ。
「理子さん。よく見てください。武藤さんより容姿が優れています」と頭を撃ち抜くレキ。
「おおーーっ!ほんとだあー。武藤よりぜんぜんいい男だあーー」と散弾銃をぶっ放す理子。
めった撃ち(武偵的に”打ち”ではない)の武藤が血しぶきをあげて吹っ飛ぶ。
そんな姿を頭に思い描くキンジ(もう、もうやめてあげて!)と思いつつも、全面的に同意見だった。
「ホー」とか「フーム」とかやたら口に出しながらスコープを覗く横で、ジャンヌが理子になにやら耳打ちをすると「あー…確かにそうだねえ」と理子が反応した。
ジャンヌはキンジに向き直ると、完全に裏がとれたというわけではないが――といって説明を始めた。
「”土佐”というのが本名かどうかはわからんが、こいつはたぶんオークレイだな」
「オークレイ?」
「ああ、知らんか。アニー・オークレイといってな、西部開拓時代の女性ガンマンだ。私も良くは知らないが、天才女性ガンマンと呼ばれるほどの腕利きだったそうだ。コイツは確かその血縁者だ直系ではないそうだがな。」
(ガンマン…)
「そういうことだ。単純に考えるなら、銃の扱いが桁外れうまいと受け取るべきだな。」
「他に特技みたいなものはないのか?」
「そうだな…正直、私もイ・ウーで一二度見かけただけで、あまり面識は無い。理子も同じらしい。だから参考になるかどうか。」
「ああ、かまわない、なんでもいい情報がほしい」
「ヤツの特技の一つは”早撃ち”だと聞いている。ただ、それが全てと思わないことだ。お前もイ・ウーを知っているだろう。」
「ああ、知っている」
イ・ウーは天才同士、抜きんでた同士が技術や知識を教えあう、学校みたいな組織だった。だから、そのメンバーである土佐も”早撃ち”以外の卓越した技術を持っていて当然だろう。
「しかし、”早撃ち”か、やっかいだな…」キンジは呟く。
ただ銃を早く抜いて、撃てばいいものじゃない。”正確”に対象物を撃ち抜いてこその”早撃ち”だ。
そもそも、動いているものに拳銃を撃って当てるのは簡単ではない。相当の腕があっても百発百中とはいかない。
アリアも天才並に拳銃に関しては上手いが、それでも動くものに当てるのは難しいのではずすことがある。イ・ウーのメンバーで早撃ちとくれば、アリアクラスかそれ以上と考えるのが自然だ。
さらに土佐は、遠くの対象物を正確に撃つことを心情とする狙撃科(スナイプ)だ。
レキには敵わないらしいが、以前廊下で銃口を向けあったとき、確かにアイツは早かった。キンジがレキに見取れていなくても、おそらく負けていただろう。
「んーんん…?」
考え事をしているキンジをよそに、理子が変な声を上げた。まだスコープを覗いていたらしい。
「ねえ、このスコープってレキュンのだよね?」
「そうですが…どうかしましたか、理子さん」
――ジャキ――
「ん?ジャキ?」
何か気になる音がして理子はスコープから目を離す。
「これってさあ……キー…い?」理子の言葉が詰まる。
「きーい?」と語尾をそのままレキが返す。
周囲の全員がレキのほうを見ていた。当然目の前にいる理子もレキを見ているはずだった。だが、理子の目の前には火の臭いのする暗い穴があった。
ドラグノフの銃口。
まっすぐに延びた銃身、ドラグノフのその向こうにレキの冷たい瞳が見えた。無感情な瞳がじっと理子を見つめていた。
額に汗をかきながら理子の両手が、すすすと自動的に頭の上にあがり降参を示す。
「あ、すみません。ちょっと銃床がグラついている感じがしたので。」
気のせいでした、とレキはドラグノフを構えるを止めて横に立てかける。
「あ、あははは、そう、そうなんだ。」
ひきつった顔と、乾いた笑いの理子。
「ところで、私のスコープが何か?」
レキが表情のない顔で理子に訪ねる。
「いやあ何でもない、何でもないのよお。うん、気にしないで。あ、コレ返すねえ」
スコープをレキの方へ押すようにして返す理子。それは今にも爆発しそうな爆弾を自分から遠ざけるようだった。
レキはそれを受け取ると、まるで何事もなかったように、スコープをドラグノフに装着する。
(さっき、レキのヤツ、弾を装填していなかったか…)
キンジはそんなことを思ったが、あの銃口がこちらに向きそうで怖いので黙っていた。
■ ―アリア―
理子からの連絡で、待ち合わせ場所であるファミレス『ロキシー』の前まで来たところでアリアは足を止める。外から店内が見えたからだ。
(キンジ…)
店の奥にレキとその横にいるキンジの頭が見えた。その前にいるのはおそらくジャンヌだろう。綺麗な銀髪がわずかにのぞいていた。
(どうしようか…)
逡巡しているとメールの着信音が鳴る。携帯をとりだしてみると理子からだった。
『さっさと、はいっておいでー。でないと大声で叫ぶ。』
とだけ書かれていた。ここから見えない位置にいるのにどうやらバレているらしい。
はあ、とため息をついて、自動ドアの前に立った。”ウィーン”と機械音が鳴り、店内のざわめきがアリアの方へと押し寄せる。アリアはそのざわめきに突き飛ばされ、よろけそうな錯覚を起こした。
いまひとつ気乗りしない足取り。視界に入るレキを目標に歩く。彼女はまったくこちらを見ようとしないが、とっくに気づいているだろう。
「あ、アリア」
キンジの声がした。レキ越しにアリアを見ていた。
気づかれてピクリと肩が少しはねる。別に怒られているわけでもないのに、なんだか悪いことをした小さい子供の気分だった。
「ん…」とだけ反応する。
(何よその返事)自分でも嫌だった。
「アリアー来た来たー。」理子が待ってましたとばかりに話す。わざとらしい。
「おい…」とキンジが理子に何か言いかける。
すると理子はそれを遮るように。
「ぜ――――んぶ、キーくんに話したから、あとはキーくんに聞いてください。はい、みんな行くよー」
そういいながらジャンヌの腕をつかんで立たせる。ジャンヌはわけがわからないという顔をしていたが、素直に理子の言うことに従って出ていった。
「はい、レキュンもいっくよー」
そう言われたレキは。すっと席を立つと、そのままトコトコと店の外に出てしまった。もの凄い素直。
「んじゃねー」と最後に理子がニヤニヤと笑いながら、手を振って出ていく。
相変わらず物知り顔で嫌なヤツ。でも今は少しだけ感謝。
残されたアリアとキンジ。
キンジが「ま、まあ座れよ」と言うと、アリア「ん…」と言って前の席に座った。
アリアは俯いたままだった。キンジは横を向いたままだった。
二人とも無言だった。ファミレスの騒がしい空間の中で、二人がいる席だけが別の世界に感じた。
(何してんだろうあたし…バカみたい)
迷ったあげくの結論。アリアは口を開いた。
「あ…あのさ…」
「ん…」
「ごめん」
「何が?」
「いろいろ…」
「あやまること、された覚えはないけど…。ん、わかった」
短い言葉を交わしあう二人。『わかった』――アリアはその一言が、自分を受け止めてくれるようで嬉しかった。
「で、聞かないのか土佐のこと?」
「聞くに決まってるでしょ」
(あたしって単純だな)アリアはそう思ったが、いつも通りの自分に少しだけ戻った気がした。
キンジはジャンヌから聞いた内容をできるだけそのままアリアに話した。
「”早撃ち”…あたしが強襲科で聞いた話にないわね。」
「あいつ、早撃ち狙撃銃でやるからな…まあ、レキにはかなわないそうだ。で、違う情報でもあったのか?」
「ええ、あいつ曲芸まがいのことやるそうよ。」
「曲芸?」
「”曲撃ち”ってやつ」
「それって…」
「要は大道芸ね。だけど実戦で使えるレベルならかなり危険よ」
”曲撃ち”。
投げたものを撃ち抜いたり、人の頭の果物撃ち抜いたり、人のくわえた葉巻の先を切り落としたりするやつだ。上手い人になると並べた瓶に弾をかすらせて整列させるなんてものもある。
どちらにせよ、一朝一夕にはできないこと。
・狙い澄ます狙撃
・スピード勝負の早撃ち
・トリッキーな曲撃ち
土佐は少なくともこの3つのスキルを持ち合わせていると見て良い。
ということは、銃撃戦が主になると二人は予想したが、それ以上の収穫はなかった。
「結局わかったのは銃撃戦が得意なやっかいなヤツってことね。」
ため息をついて力を抜くアリア。
「そういや、土佐から連絡は?」キンジが聞く。
「今朝あったわ。」そういって携帯を開いて見せるアリア。
「…」何か考え込む仕草のキンジ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。」キンジはそう言いながら、アリアの携帯をのぞき込んだ。やたらそっけない事務的なメールだった。
============================
場所:強襲科第5体育館
日時:1月XX日(正午)
方法:単純に1対1
装備:
拳銃、刀剣、種類問わず、その他近接武器可、弾数制限無し。
ちなみに戦車とか大型兵器は不可。
============================
単純に一対一。決闘っていったら全部一対一が基本。つまり、周りに邪魔する物もなく、手助けもなく、純粋な一対一の対決ということだろう。
「まあ、こうなるのは予想通りね」
アリアはメールを見ながら言った。
土佐はイ・ウーのメンバーだ、キンジの強さに秘密があることぐらい知っている。そしてなによりアリアはホームズ家、パートナーがいることで本領を発揮するという素質を持っている。
だから、手助けなんて絶対させてくれない。
「それと、ごめん…」もう一度、アリアが謝る。
「いや、いきなり言われても、わかんないって。」
キンジが両手を上げて『お手上げ』をする。
「決闘のこと。イ・ウー、あたしにも理由がある、で、すぐにわかったの。コイツはあたしの母親に冤罪きせている一人だってこと。」
キンジは黙って聞いていた。
「だから、あのときかなり頭に血が上ってね。全部あたしが一人で決めちゃったじゃない?だからなんか…ね。」
「そもそも、お前にとって一大事だろ?だったら、お前が決めても俺は文句ないぞ?」
「だって、キンジのことパートナーって言ってるのに、あたし…」
「パートナーだからな、逆に気にすることじゃないと思うが?」
あまりにも適当に返事を返してくるキンジに少し腹を立てつつ、アリアは「もう、なによそれ、謝りがいがないわね」と言ってクスッと可愛く笑った。
心の中で――ありがとう――と添えて。
「ところで…」
キンジが深刻そうな顔でアリアに話しかけた。
「な、なによ?」
すこし不安になりながら返事をするアリア。
「ここの勘定、いつの間にか俺たち持ちになってないか?」
アリアの前に精算されていない伝票をぴらりと垂らすキンジ。
「あーっ!!理子のヤツ!!」
「理子のヤツ、ちゃっかりケーキセット頼んでやがる。ジャンヌもいつのまにアイスクリームなんて頼んだんだ?レキはメロンソーダを延々飲んでると思ったら3杯も頼んでたのか。」
理子の座っていたところに、ケーキの食べカスらしきものが付着した皿と紅茶のカップらしきモノがあった。ジャンヌの席にもアイスティーのカップの横にアイスクリームが乗っていたと思われる皿。さすが銀氷の魔女、このくそ寒いのによく頼む。
そしてレキの席にはメロンソーダのコップが一個だけ。ああ、お店の人が取り替えるからいつでも一個なのか、あいつ結構ズル賢いな。
「で、アリア…すまんが貸してくれ。」
手を合わせながら、拝むようにキンジが頭を下げる。
「あんたもかい!!」
何も注文していないのに、金だけ支払うアリアだった。