土佐はキンジ達が見物用のスペースに引っ込むのを確認してから、アリアにコインを渡した。
「お前やってええよ」と言い。アリアに背を向けて20mほどの離れてから振り返る。アリアと向かい合うように立ち、親指と人差し指をくっつけてOKのサイン出した。
少し遠く感じた。
(やっぱり、離れるのね…)
アリアは、コインを手の中でころがしながら、ガツカツと足下を確かめるように地面を蹴る。ぶわっと砂が舞い上がり足下が砂色に煙った。
(使えるかも…)
足下の砂煙が消えるまで見つめる。
そして、アリアは手の中のコインを人差し指と親指の間に挟み込み――キン――思い切りはじいた。
クルクル クルクル クルクル ――
昇 昇 昇
裏表 裏表 裏表
クルクル クルクル クルクル ――
落 落 落
表裏 表裏 表裏
そして――トス――
耳に届くか届かないか、わからないぐらいのわずかな音を立て、コインが地面に落ちる。小さな小さな砂埃をふわり、あげて。
ガスッ!
地面を蹴ってアリアが飛び出す。土佐めがけて疾走。一気にアル=カタ戦――近接戦に持ち込むつもりだった。
え――?
土佐が何かを投げる。
それがアリアの頭の上を通り過ぎる。足を止めずにそれを目だけで追った。そして、視線を正面の土佐に戻したとき、目の前に銃口があった。
(早い)
心の中で一瞬気を取られた自分に舌打ち。アリアは太股のホルスターから銃を抜き、土佐の銃口を避けるように右へ。
そして――パァン――乾いた銃声が響いた。
あれ――?
アリアが背中を仰け反らして前に跳んだ。
なんで――?
そのまま乾いた地面に胸から落ち。砂煙を立てながら、転び、回った。
アリアの頭は理解をしていなかった。何が起きたのかを。
撃たれた?どこから?背中?なんで?
そんな――
さっきの?どうやったの?
アリアはうつ伏せのまま、腕で上半身を支えた格好。動かなかった。動けなかった。
アリアは背中から撃たれた。何の警戒もしていなかった背中をいきなり撃たれて息ができなかった。
額から脂汗を流し、口をパクパクさせながら苦悶の表情を浮かべる。
弾丸は、背中に納めてある、二本の刀の間を縫うように撃ち込まれていた。防弾制服の上からだろうと撃たれれば激痛。
イタイ、チクショウ、イタイ、ドウヤッテ、イタイ
怒りと苦痛と疑問が頭の中で混ざり合う。
「神崎。防弾服でも直撃で背中は痛いやろ?アル=カタ戦とかアホらしゅうて、つきあわんからな。」
そんなことを言いながら、地面に這いつくばるアリアの横をザクザクと音を立てながら通り過ぎる土佐。
自分の投げたものを屈んで拾うとアリアに向き直り。
「神崎、あんま寝とると、もう一発いくで?今のはサービスや、さっさと起きてくれへん?」
――コノヤロウ――
「い…いったいなに…を?」ようやく呼吸ができるようになり、ヨロヨロと立ち上がるアリア。
「なにって?俺、銃投げたやん」ニヤニヤといやらしく笑う土佐。アリアの中で怒りが膨らむ。まだ苦しくて声がうまく出せなかった。
『なにをした?』と聞いたものの、アリアにはわかっていた。ただ”そんなことが可能なはずがない”という否定が先にきてしまい、パニックを起こしたのだった。
「…曲…撃ち…ね」
「なんや、わかっとるやん」
アリアは、(やっぱり)と思ったが、頭で理解していたって納得できるものじゃなかった。
土佐がやったことは簡単だった。『銃を落として撃った。』のだ。
つまり、銃を投げて落下の衝撃で暴発(ぼうはつ)させて、弾丸を射出したのだ。
そんなことが可能か?と言えば可能だ。
西部開拓時代、まだ粗悪品の銃が多かったころよく暴発したのだと、どこかで聞いた覚えがアリアにはあった。
銃の撃鉄を起こし床に落とすだけで、その衝撃で撃鉄が雷管を叩いて銃が暴発をおこし、怪我人が良く出たそうだ。
(だからリボルバー…やりやすいわけか)
最近の拳銃は性能がいい、よほどのことをしないとまず暴発など起きない。土佐は、銃をいじって簡単に暴発が起こせるようにしてあるのだろう。
だが、例え理屈で可能であっても、暴発を故意に起こし、しかも何かを狙って撃つことが可能か?と言えばほとんど不可能。
暴発を故意に起こせても、狙うとなるとそんな簡単な話ではない。
暴発はあくまで事故。下手すれば自滅。
しかし、土佐はその事故を手段とし曲撃ちまで昇華させ、たった今アリアを狙い撃ちにした。
あの男は間違いなく狙って撃ったのだ。普通ではできないことをやってのけた。
土佐もまた、まごうことなきイ・ウーの遺児ということだった。
□□□
あいつは『アル=カタ戦はつきあわない』そう言った。
つまり、アル=カタ戦ーー接近戦はそれほど得意ではないのだろう。
強襲科で有名でたとえ短銃の扱いがうまくても、専門は狙撃科。
「じゃあ…」小さくつぶやて、銃を構えて飛び出す。
(無理にでもアル=カタ戦にしてやる!)
ガガッ!ガガン!
発砲しながら突進するアリア。
土佐はスルスルと躱す。変に飛んだり、横に転がったりせず、動きに無駄がなく一定距離を保ように動いている。
(ムカつくけど、うまい)
土佐は振り向きざまに、銃をかまえて――パアン――撃つ。アリアの腕をかするように弾丸が通過する。
(こっちは、当たらないってのに!)
なかなか距離は縮まらない。
土佐からはまだ遠い。射程距離は十分だが土佐ならかわすだろう。
だから――狙う――土佐の足下。
一気に連射。連続した銃声が響く。乾ききった土の地面が弾けて飛び散る、砂煙と硝煙が混じり、土佐の目の前に茶色と白がせめぎあう壁を作った。
煙幕の壁の向こう。わずかに透ける影。そこに向けて銃を構えて発砲しながら突っ込む。
ガン!ガン!
弾丸の突き抜ける風が煙幕を押しのける、なにもない空間がぽっかりと開いた。そこに土佐はいない。
ガリガリと地面を削りながら、砂煙を吹き上げ急ブレーキをかけるアリア。
「ちっ!」
舌打ちしながら、視線を素早く動かし土佐を探す。
視界の端、薄く残る煙幕に影を見つけ――銃口を――。
アリアが構え終わる前に――パパァン――銃声。
ガスッっと音を立てて、アリアの足下に被弾。土塊が跳ね上がる。飛び出そうしていたアリアの動きが止まる。
「あーあーあー…バカスカ撃ちおって、神崎、弾もったいないやろ。」
薄くなった煙幕。その向こう透けて土佐の姿が見えた。
腕を腰に当てて拳銃も抜かずに、相変わらずのニヤケ顔でアリアを見ていた。
(何?今、どうやって撃ったのあいつ?)
アリアは(バカにしている)と思ったが、銃を抜いていないのには驚いていなかった。土佐は早撃ちが得意なのだから、撃った後にホルスターに収めたのだろう。
アリアが気になったのはもっと別のことだった。
銃声がしたとき、土佐の姿を隠していた煙幕は動かなかった。そこを銃弾が通っていないということだ。
アリアは足下を見る。
銃声は2発分。だけど、ここには一発しか届いていない。外した?あいつが?そして、銃声の位置、今土佐がいる位置じゃない。もっと別の場所から聞こえた。
(何コイツ?)
得体の知れない不安感がアリアの奥底から沸いていた。