絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス   作:千年 眠

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 背中から尻までぐっしょり濡れて気持ち悪かった。

 ぼやけた視界のまま呼吸を試したけどできない。喉の奥からうがいをした時みたいな音──耳が聞こえてないから多分感覚といったほうが正確──がしているから、たぶん肺がそもそも穴だらけなんだろうな。

 遠くで誰かが叫んでる。気づかれたかな。目がよく見えないからわからない。

 まあいいや。

 あたし……やっぱり一人称は俺のままにしておこう。あんまり好きじゃないから。

 俺が今一番心配してるのは、人質に取られてたあの子。黒髪の子が機関銃をすげえ景気良くぶっ放してたから流れ弾がちょっと心配だ。

 といっても、彼女の射撃はびっくりするくらい正確だったから平気だろうとは思う。

 人質にされてたエリカは銃を押し当てられて跪いてた。姿勢が結構低かったから、ゴロツキどもの腹から胸にかけてを狙った掃射には角度的に巻き込まれようがない。

 まあ俺、たった今その掃射を身を持って味わったから。間違いないよ。

 いやあね。

 裏取りするときにひと声かけとけばよかったね。

 こればっかりは報連相をサボった俺が悪い。

 だからさ。

 

「そんな……やだ、やだやだやだ……!」

 

 そんなに自分を責めないでほしいな。君は誰が見ても全く悪くないから。顔面蒼白にならないでいいんだよ。むしろ俺を叱る側だよ君は。

 それに、俺はなんともないし。

 ちょっと頑張って寝返りを打つ。腹筋がズタズタみたいで力がうまく入らない。横を向いて咳き込み、気管から血を追い出したら、内臓が出てこないように腹を抑えていた右手が温かいものでびしょ濡れになった。血が出るぶんにはいい。腸とかより面倒くさくない。

 血が吐き出されて使えるようになった喉で、彼女に喋りかける。息を吸うたび、喉の奥から穴を押さえるのに失敗したリコーダーみたいなダサい音がしてちょっと面白い。

 

「た、きな」

 

 なんて言ったらいいかな。話すと長いんだ。

 

「気に、すんな」

 

 音を聞く限り、たぶん、たきなが息を呑んだ。本当にごめん。今度手土産持ってお詫びしにいくから。

 

「あたしは」固まりかけの柔らかい血塊が絡んでひどくむせた。「なんともねぇから」

 

「喋らないで! 今、今応急処置を……」

「ほんとうに、平気なんだ」

 

 説明のしようがないから、見せたほうがいいか。上半身と下半身が泣き別れしかけてるのをそのままにしておくのはたきなが可哀想だ。今の俺はグロテスクすぎる。

 体を再生しよう。意識すると、より細胞の増殖速度が高まるのがわかる。胸元あたりで途切れていた体の感覚が少しずつ戻ってくる。神経がつながり始めてるんだ。

 目もだんだん見えるようになってきた。血溜まりの淵で、たきなが学生鞄から大判のガーゼを取り出そうとしている。止血剤がたっぷり染み込んだ、すごくしみるやつを。

 これ以上の痛みは勘弁してほしいので、俺は彼女の手を、比較的血がついていない左手でつかんだ。

 そして、にいっと笑った。安心しろのスマイルだ。いつも元気な千束(ちさと)の真似をしてみた。失血で顔色は悪いし、目の焦点は合ってないしでひどいクオリティだったと思う。

 

「見た目より、痛くないんだぜ……?」

 

 たきなは今にも泣きそうな顔をした。ごめん。さすがにこのフォローは違った。頭に血が回ってないっていうのは言い訳かな。

 言い訳だな。

 倒れたまま足首を動かして感覚を確かめた。もう立てそうだ。たきなに手を貸してくれと頼んだら、肩を抱かれて身を起こされた。彼女まで血で汚れてしまった。謝ったあと、クリーニング代、払ったほうがいいな。

 というかこの姿勢、映画でよくあるヒロインが主人公の腕の中で死ぬシーンそのまんまじゃないか。ハリウッド級のバカにはうってつけの最期だ。

 まあ、俺は死なないけど。

 というか死ねないんだけど。

 そんなわけで、井ノ上(いのうえ)たきなさん。

 

「ねえ」

「……っ何!?」

「足、見てみ」

 

 丈の長い白のスカートから出た足首をぐりぐりと回した。そして、両膝を曲げて足裏を地面につける。

 察したかな。俺の異常性。

 うん。その顔は、わかった顔だ。

 

「……立っても、いい?」

 

 口をかたく結んだ彼女は、俺を立たせたあとも何も言わずに肩を貸してくれた。まだ血が足りなくてふらつくから、ありがたい。

 見回してみると、その場にいた全員が口を開けて固まっていた。生真面目な隊長まで。俺、不死身だってちゃんと言ったんだけど、信じてなかったみたいだ。

 まあ、それが当たり前だよな。俺すら未だに信じられないものを、俺以外が信じられるものかよ。

 

「あ、あの……」

「サイトー」

「サイトウさんは、平気なんですか? その……私に、撃たれたのに」

「ああ、もうだいたい治ったよ」

 

 片手でボタンを外して制服をはだけてみせた。ガワと同じく中のYシャツは真っ赤に染まっているけど、銃創がどこにあるかは生地に空いた穴でわかるだろう。

 骨盤からみぞおちくらいの幅にかけて、ジグザグに八発。ウエストを横断する出来の悪いミシン目だ。

 

「もう塞がってる。弾は排出されて、落ちて……あ、ここに溜まってたか」

 

 そう言ってウエストのベルトのあたりを触ると、さっきまで俺の体内で暴れてた7.62x54mm弾が小銭みたいに鳴った。

 

「……す」

「いやあ、ごめん!」

 

 たきなが何か言いそうだったので、底抜けに大きな声でちょっと強引に遮った。それを言うのは彼女じゃないと思った。

 

「先に言っとくんだったよ、上階から挟むってさ。それに、PKMのほうがスマートで早かった」

「ですが!」

「じゃあ、わざとだった? あたしに当てたのは。窓から飛び込んでくるサイトーのヤローをぶっ殺す! ってさ」

「……いえ」

「なら、なんで? あ、この()()()は怒ってるほうの()()()じゃないから」

蛇ノ目(じゃのめ)さんを、助けたかったから、です。指示を待つよりそのほうが合理的だと考えました」

「ならいい。全っ然いい。気にしてない。治ったし。あたし撃たれても痛くねぇし!」

 

 痛くないのは嘘だけど、こんなのよりたきなの心のほうが痛いだろう。

 

「だから、ごめんな。びっくりさせちゃってさ」

 

 痛い思いをしたのは俺だけ。悪いことをしたのも俺だけ。だからこの話は、それで終わりにしたかった。

 したかったんだけどなあ。

 

「待て!」

 

 まあ、我らが春川(はるかわ)フキ隊長の腹は収まらないよな。

 肩貸してもらったままなのをいいことにたきなを外に連れて行こうとしたんだけど、部屋を出ようとしたらバレた。

 

「あー、隊長? 自分まだちょっとフラつくんで……えーっと……」

 

 うまい言い訳が出てこなかった。外の空気吸ってくる、とか? 血溜まりに仰向けに倒れて、一面真っ赤になってる背中をそのまんまにして? スプラッタな人間紅白オセロが出来上がってんだぞ。なんなら白側も七割方赤いわ。

 無茶だね。

 

「すいませんでした」

「お前じゃない! たきなだ!」

「今当事者間で解決したじゃないっスか」

「お前じゃなかったら死んでるんだぞ!」

「はい、それはもう、全くおっしゃるとおりです……ですが、あたしが連絡を欠き、独断専行した。それも落ち度でしょう? あたしじゃなかったらそもそもこうはならなかったかも──」

 

 そこまで言って俺は気づいた。このままたきなをかばい続けたら、エリカと、エリカの友達の気持ちが置き去りになる。きっと一番怖い思いをした、彼女達の。

 それは駄目だ。

 ミスは、認めなきゃだよな。

 

「いえ、出過ぎたことを言いました、取り消します。申し訳ありませんでした」

 

 俺は一度言葉を切って、恐怖にうずくまる一人の仲間に向き直った。隣で介抱していた長身の少女は、たぶん俺に怯えていた。

 

「エリカ、本当にごめん。危ない目に合わせた。ヒバナも、悪かった。お前の友達を死なせるところだった」

 

 俺は肩を借りずに一人で立って、心から頭を下げた。

 たきなは隊長に殴られた。

 失敗した。

 ああ。

 煙草が吸いたい。

 

 

#1:The unforgivable Sinner

 

 

 煙草葉(シャグ)はハーフ・スワレ。

 ペーパーは甘草(リコリス)、スローバーニング。

 何日か前にシガレットケースに入れていた一本だったから、乾燥して少し辛い。でも今の俺にはそれくらいがちょうど良かった。

 口の中に溜めていた煙を、すぼめた唇から舌でゆるゆると押し出した。

 

「井ノ上たきな、春川フキ、蛇ノ目エリカ、(かがり)ヒバナ」

 

 どれだけ経っても自分のものとは思えない声で、そうつぶやく。

 彼女たちにはすまないことをした。近いうち、本部に行ってしっかりした詫びを入れようと思う。確か定期検診があったから、その時がいい。

 フィルターに唇を付けた。

 舌で煙を口内に導く。

 焦茶色の巻紙が燃える。

 煙草を遠ざける。

 吐く。鼻からもわずかに。

 シルクのように甘く酸い。

 心が眠る。

 おだやかに死んでいく。

 まろやかな香気に溶けて。

 唯一の救い。

 唯一の安寧。

 

『サイトウ』

 

 スピーカーが鳴った。

 

「なんです?」

『上がってこい。新人が来たぞ』

「俺、ここの従業員じゃないですけど……」

『常連だろう?』

 

 携帯灰皿に火を押し当てた。半分以上残っていたけど、頭を切り替えて、壁のスイッチで換気装置を切った。ここのシューティングレンジは制服姿のまま煙草が吸えるから好きだ。

 隠し階段を上がると、騒がしい声が聞こえてくる。

 バックヤードの戸を開けると一等大きくなった。案の定、表では千束とミズキさんが賑やかにやっていた。

 そして、

 

「あ」

「あ」

 

 知ってる顔だ。井ノ上たきな。

 頬のガーゼ。俺がどっちつかずだったせいで。

 考えすぎる前に我に返った。携帯灰皿とマッチ箱と、それからシガレットケースをポケットに……ああくそ、このブレザーにはないんだった。手に提げていた学生鞄をわざわざ開けて仕舞った。

 まあ、いいか。犯罪者を殺してメシを食っている身だ。今更未成年喫煙くらいでとやかく言う輩はいないだろう。

 

「……久しぶり。今日はどうしたの?」

 

 俺はうまく笑えているだろうか。

 

「本日ここへ転属になりました。よろしくお願いします、サイトウさん」

 

 息が止まりかけた。転属? 優秀な彼女が? 

 命令違反、それとも誤射のせい? 誤射の件には報告を上げた。俺の過失でたきなに責任はないと、でも。

 この人事の何割かは、俺のせいなんじゃないのか? 

 

「……そうなんだ、よろしく。つってもあたしは所属違いだけど」

「そうなんですか」

「そ、ただのお得意さん。喫茶リコリコと一緒に活動することもたまにはあるけどね」

「サ、イ、トー!」

 

 賑やかなのがたきなの背後から顔を出した。

 白金の髪の彼女は錦木(にしきぎ)千束(ちさと)。俺たちリコリスの中でも最強と目されているらしいが、詳しいことは知らない。休日一緒に出かけるような関係とかじゃないから。

 知人というには近く、友人というには遠い。

 もっとも遠ざけてるのは俺のほうなんだけどさ。

 千束は嫌いではない。むしろ好ましいと思う。だけど、俺と彼女は色々と……本当に、色々と違うところが多すぎる。踏み入った先で仲違いするような、あるいは壮絶に殺し合うことになるような予感がある。だから彼女には自分をあまり見せていない。

 

「今からたきなと仕事なんだけど、一緒にどう? 外回りついでにご飯食べに行かない?」

 

 でも、千束はそうは思っていないらしい。怖がってるのは俺だけだ。彼女を前にすると、怖いことなど、本当はどこにもないのかもしれないと思いそうになってしまう。

 それが少しだけ、嫌なんだ。

 

「ごめん、別件入っててさ。そろそろ出ないとなんだ」

 

 俺は鞄を持ち上げてみせた。中にはグロックが入ってる。通常弾に加えて、訳あってミカさんの非殺傷弾も少し。

 別件があるのは本当だけど、今じゃない。これを使うのは日が暮れてからだ。とっさに嘘をついた。

 

「そっかあ、残念! じゃあまた今度だね」

「うん。……あ、千束」

 

 気づけば、たったいま嘘をついた口で彼女を呼び止めていた。喋ることは思いつかなかった。

 俺は何をしてるんだ。

 

「……いってらっしゃい。たきなも、ね」

 

 千束は今まで見たことのない笑い方をした。不思議の国のアリスに出てきたチェシャ猫みたいな、人を翻弄する笑みだった。

 

「うひひひひ、いってきまぁーす!」

 

 ニマニマしたまま行ってしまった。

 喫茶リコリコは随分静かになった。

 

「よかったのか?」

 

 声のした左を向くと、カウンター越しにミカさんと目があった。日本人より和装の似合う男だった。

 彼はミズキさんの隣の席を手で指した。こくりと頷いてそこへ座ると、洒落たマグカップでコーヒーを出してくれた。

 液面を覗き込む。嫌いな顔が映っている。ミュージカルの男役を少し幼くしたみたいな女の顔。長いまつ毛を伏せると憂いを帯びて見えるのがむかつく。下の名前と同じくらい気に食わない。何年経っても自分のものにならない。

 コーヒーを一口飲んだ。好きな香り、好きな味だ。

 

「いいんです、俺は」

 

 好きなのは、この場所と煙草だけ。ここは、自分が自分でいられる。息が苦しくならない。

 

「俺はここがいいから」

 

 左手の腕時計を見た。仕事まで五時間。これを飲んだら帰ろう。そう思っていたらミズキさんに話しかけられた。

 

「サイトウ、まだまだ時間あるでしょ?」

「ええ」

「ざっと五時間くらい」

「よくわかりましたね……」

「バイトしてかない? 団体さんとまではいかないけど、このあと予約のお客さんがそこそこくるのよ。千束は今抜けてったし、助っ人が欲しいでしょ」

「三時間くらいなら」

「そこをなんとか、四時間半!」

「今は懐が温かいんで。三時間」

「四時間! バイト代に追加でシャグ一袋!」

「乗った!」

「即答!? いいけど!」

 

 俺とミズキさんはがっちりと握手を交わした。俺がいつも吸っているシャグは一袋で八五〇円、正規のバイト代にプラスしてくれるなら乗らない手はない。

 ミカさんの方をちらっと見たが、まんざらでもなさそうにひげを撫でていた。ミカさんのこういうところが俺は好きだ。この人は決して、他人の内心を無遠慮に踏み荒らしたりしない。

 俺とは違う。

 

「リコリスじゃなくてヤニカスね」

「酒カスに言われても悔しくないっス」

「貴様ぁ!」

「はあ!? ちょ、いでででででで!!」

 

 握手は現役DAと元DAの握力対決に変わった。

 奇襲には焦ったが勝ったのは俺だ。若さってやつだね。

 うん。

 ここはやっぱり、楽しいな。

 

 

§

 

 

「こっちに来るな、よせ! やめ──」

 

 心臓に一発。頭に一発。間髪入れずに撃ち込んだ。サプレッサーで大きく減退したマズルフラッシュが薄闇に閃く。死に顔の残像が一瞬だけ目に焼き付いた。

 こいつは下っ端だから死んでいい。本命は、

 

「あああああクソが! 死ねっ!」

「無理」

「がっ!?」

 

 刀を振り回してるこいつでもない。撃ち殺す。銃弾が脳を確実に弾けさせたのを視認してから、俺は血の海と化した大座敷を銃のフラッシュライトでぐるりと照らした。

 突入してから今まで作った死体の数はざっと三〇ってところか。銃を持ってるやつは少なかった。正直、銃を持ったヤクザよりも、そのヤクザが庭へ放ったドーベルマンの方が脅威だった。

 ああそうだよ、しっかり腕かじられて地べた引きずり回されたよ。悪かったな万年白服(サード)のヘボで。

 ……暴排条例が敷かれて長いのに、平屋とはいえこんな要塞みたいな邸宅を維持できるとは、まったく大したもんだ。

 

 念を押すと、俺がこうしてヤクザの大豪邸を単独で荒らしているのは偏にDAの指示だ。

 たきなに撃たせてしまったあの時、あの廃ビルでは、大規模な銃取引があったのだという。だが一〇〇〇丁もの銃は俺たちが突入した時点で既に現場にはなく、かわりに武装したチンピラがひしめいていた。

 銃はどこから仕入れられ、どこへ消えたのか。俺は仕入れ元を探るため、ひいては執行対象を皆殺しにするためにここへ派遣されたというわけだ。

 銃といえばヤクザ。安直な考えだろ? 俺もそう思う。でも、リコリスの身分で他に調べられそうなところがないんだよ。

 俺たちは俺たちなりにできることをやるしかないのさ、なんて。自分で言っててやる気が削がれてきたな。

 

「クソ仕事だな……おい、俺の後ろにいるお前」

「ッ!」

 

 鎌かけに引っかかりやがった。素人か、ブラフか。

 マグチェンジしながら振り向くと、データベースで見た覚えのある厳つい顔の大男がいた。素人だったか。

 

「お前、清石(きよいし)組の若頭だな? ちょうどいい。聞きたいことがあるんだ。組長はもう喋れねぇからさ」

「こんのジャリィッ……!」

清安(せいあん)ビルでの銃取引について知ってることを話せ。お前たちのシマだろ?」

 

 答えるとは思っていない。もっと怒らせたいんだ。

 確実に捕まえるには、奴の視野をもっと狭めて、逃げられないようにしなきゃいけないから。

 俺は若頭に背を向けると、座敷の真正面にかけられた大きな掛け軸に近づいていった。その下には、ついさっき殺したばかりの老人の死体が暗がりに沈んでいる。

 

「ほら早く。あたしは気が短いんだよ、チンタラされると……」

 

 若頭。あんた組長に拾われて、ずいぶん世話になったんだってな? 

 

「イラついてしょうがねえ」

 

 俺はその頭を、サッカーボールみたいに蹴り飛ばした。

 雄叫びと一緒に重戦車みたいな足音が急速に近づいてくる。

 ああ。

 まったく。

 クソ仕事だ。

 

「ああああああああああ!」

 

 得物はドスか。柔らかい死体を踏みながらよくそこまで速く駆けられる。恵まれた体重を載せて一直線に刺してしまえば、なるほど。女子高生くらい簡単に轢き殺せるだろう。撃てば当たるが、グロック17のストッピングパワーじゃ軌道は変わらないだろうな。

 セミオートならね。

 スライドの最後端、普通なら撃鉄がある位置──これは例えだ。グロックシリーズはストライカー式だから元々そこにはなにもない──に増設されたセレクターを切り替える。立方体型のパーツを貫いてSEMIと書かれた右側に飛び出ていたピンを押し込んで、左のFULL側へ頭を出してやる。

 相手は正面。的は大きすぎるくらい。感覚で当てられる。リコイルの吸収だけ考えればいい。

 CARシステムの基礎中の基礎。胸に銃を密着させたハイ・ポジションに持っていく。

 引き金を戻すなよ、俺。

 

「恨めよ若頭」

 

 眩い炎と共に、亜音速の暴力が黒い背広に殺到した。

 二秒足らずで弾倉は空に。スライドストップ、ホールドオープン。

 着弾の衝撃で砕けた弾頭が煙幕みたいに飛び散る。ミカさんの非殺傷弾だ。とはいえこれは、ヘビー級ボクサーが全力で繰り出した一九発のパンチ──マガジンエクステンションがついているから二発多く入る──を一斉に食らうようなもの。人間の意識など抵抗する暇もなく消し飛ぶ。

 気絶と同時に脚をもつれさせた若頭は、死体に脚を引っ掛けて、俺の目の前で派手に転んだ。白鞘のドスが鉄臭い畳の上を滑って、峰が俺のローファーにぶつかる。

 家紋の入ったそれを拾い上げて、波打つ刃紋を眺めて。

 

「悪いな」

 

 遠くに投げ捨てた。

 手足を縛った若頭を担いで、来た道を戻る。普通のリコリス一人じゃ運べなかっただろうな、こんなデカい男は。リミッターのない筋繊維が過負荷で千切れて、その端から再生していく。この程度なら治るペースのほうが早い。

 

「フォックストロット・ワン、執行対象の処理を終了。生存者、目撃者共になし。これよりターゲットを連行する」

『本部了解。ランデブーポイントにて待機せよ』

 

 玄関口へ続く廊下で連絡を入れたが、それでも庭を出て山中の道路に出た頃にはもう、迎えの偽装護送車が来ていた。

 商用のワンボックスカー。運転席には青服(セカンド)のリコリスが乗っている。自動運転じゃない。

 なるほど、残業ね。わかったよ。

 

『フォックストロット・ワン、本部到着まで尋問を続けろ。屋敷には調査チームを派遣している』

「へえへえ、りょーかい」

 

 俺は担いだ若頭と一緒に座席のない荷室へ乗り込んだ。

 DAからはその手のお喋りのスキルも買われている。なにせこの世に存在する痛みはおおむね経験してるから、どこをどうしたらどんな苦痛を与えられるかは手に取るように分かるんだ。

 

「車、出してくれ」

 

 鍵付きの()()()()()には例によって痛そうな道具ばかり。だからまあ。

 

「頼むからぶっ壊れる前に吐けよな、おっさん」

 

 クソ仕事は、早く終わらせるに限るんでね。

 

 

§

 

 

「ご苦労だったな」

「え、あ、お疲れ様です!」

 

 DA本部地下駐車場。トランクを開け放った護送車の荷室の縁に腰掛けて煙草を吸っていたら、信じられないことに司令に会った。慌てて立ち上がったせいで車が揺れる。

 

「いい、そのまま聞け」

「は、はい。失礼します……どうなさいました?」

 

 疲れ果てていたから喋りたい気分じゃなかったけど、そう言わないといけない気がした。

 ……若頭、根性あったな。情報部の奴らは手を焼くだろう。あいつを拷問するためだけに本部出向とかになったら嫌だぞ、マジで。

 

「部下を労いにな」

「ああ、車出しますか?」

 

 司令は口の中で小さく唸った。

 数秒後、俺は閃いた。鈍いって? だって眠かったんだもん。

 

「……え、ああ部下って」

「お前以外に誰がいる?」

 

 何が起こってるんだか本当にわからない。そりゃあ、俺の仕事は内容が内容だからよそのリコリスより司令とは随分顔を合わせてる。でも、こんなことを言われるようなことをした覚えは一切ない。

 俺は警戒を強めた。面倒事を押し付けられるようだったら体調不良を装ってカウンセラーのところに逃げてやる。

 

「お気遣い、ありがとうございます。それで……自分に何かご用でしょうか」

 

 携帯灰皿で煙草を揉み消そうとしたら、司令に手で制止された。困惑していると、司令は白いコートの内ポケットから縦長の箱を取り出した。藍色のパッケージの六割くらいが健康被害にまつわる警告文で埋まっている。

 煙草だ。楠木司令って喫煙者だったの? 

 知らなかった。なんかもう、驚くことが多すぎていくら煙を吸っても味がしない。

 司令の最初の一吸いを、俺はぼーっと見てた。

 そもそもここは禁煙だったと思うんだよね。排ガス対策に換気がしっかりしてるし、滅多に人は来ないし、それにリコリスとしての査定とかクソどうでもいいから構わず吸ってたけどさ。

 ……ずっと無言だからだんだん不安になってきた。

 

「そんな顔をするな。別に取って食いやしない」

「す、すいません」

「建前じゃないってことだよ。お前は人に気を遣いすぎるきらいがあるな」

「……っス」

 

 こんなこと、言う人だったっけ。わからない。

 そもそも俺、司令のことを何も知らないから。

 

「お前は好きで()むのか」

「……はい。何も考えない時間が欲しいときに」

「私は、旨いと思ったことがない」

「そうなんですか?」

 

 司令は地面に灰を落とした。俺は携帯灰皿に。

 この人の言いたいことが何なのか、探そうとしている自分がいる。こんなの聞き流してしまえばいいのに。

 ひょっとして俺は、楠木司令のことを知りたがってるのか? 

 それは、どうして? 

 

「きっかけも覚えちゃいない。今は、惰性だ」

 

 また灰が地面に落ちた。ペースが早い。火種も赤々と燃えている。ああいう吸い方をすると、辛くて苦い味ばかり出る。

 見ていたら自分の煙草の火が立ち消えしかけていたから、フィルターから息を少しだけ吹き込んだ。こっちに注意を割いてしまえば、いらない考えが消えてくれると思ったんだけどな。

 

「お前は変わった吸い方をする。趣味だな、そこまで来ると……さて、しばらくお前の仕事はない。報告も明日、ラジアータに通せばそれでいい。今日はもう帰れ」

 

 司令は自分の灰皿に吸い殻を放り込んだ。

 

「……あの」

 

 気づけば彼女を呼び止めていた。

 俺は何をして……くそ。昼間にもこんなことがあったっけ。考えがまとまらない。ここで話すことなんか何もないはずなのに、それでも口が動いた。

 司令は踵を返してこっちを見ている。

 心はぐちゃぐちゃに絡まったまま。

 もう、どうにでもなれ。

 

「よければ、試してみませんか」

 

 俺は煙草を灰皿にねじ込むと、そばに置いていたシガレットケースを開いて新しいのを一本取り出した。

 

 煙草葉(シャグ)はハーフ・スワレ。

 ペーパーは甘草(リコリス)、スローバーニング。

 

「煙草の味は吸い方です。僭越かとは思いますが、私で良ければご説明させてください」

 

 十秒にも満たない沈黙があった。そして、ワゴンのサスペンションが音もなく沈んだ。司令が俺の隣に腰掛けたからだ。

 俺はシガレットを司令に渡した。

 

「黒いな」

「リコリスの巻紙です。甘草のほうの」

 

 俺は自分なりの手順をひとつひとつ、教えていった。

 点火にはマッチ。火種は小さく。

 舌を使って柔らかく煙を導き、燃焼温度を上げない。

 火が消えるか、消えないか。その境目を維持する。

 

「……甘い」

 

 司令は密やかに呟いた。聞いたことのない声音だった。

 俺は頷き、彼女と一緒に煙を吐いた。天井の蛍光灯をタールで汚染してやった。クソみたいな職場を上司と共謀して破壊すると気分がいいってことを、俺は今日初めて知った。

 

「司令……不躾ですが」

 

 生まれてからずっと、聞きたくても聞けなかったことがあったのを思い出した。答えてくれないとは思うけど、この際だ。言うだけ言ってみることにした。

 

「なんであたしは、死なないんでしょうか」

 

 司令の目がこちらを向いた。視線を合わせるのが怖かったから、煙草の先の赤い光を代わりに見つめた。

 

「ありえないですよね。受けた傷はたちどころに治り、流れた血は無尽蔵に湧き……フィクションの住人にしても、メアリー・スーが過ぎると思いませんか」

「サイトウ。その件について、お前に知る権利は与えられていない」

「……わかりました。では、質問を変えても?」

 

 俺は肺の奥まで煙を落とした。いくら肺胞を汚し、痛めつけようが、一分足らずで新品に。どういう理屈なんだろうな。

 

「私は、あなたと同じ……人間なのでしょうか」

 

 楠木司令は答えなかった。俺が巻いた煙草を、俺が教えた通りに吸い終えると、やはり何も言わずに立ち上がった。概ね、予想通りの展開だった。

 短くなった煙草を口元へ持っていこうとしたら、長い灰が崩れて落ちた。司令と一緒に吸い出したはずなのに。ずいぶん長く、黙り込んでいたんだな。

 聞かなければよかった。

 ひどく、疲れた。

 目を閉じる。

 

「斉藤ヒマリ!」

 

 瞬間、大嫌いな名前で呼ばれて、全身が総毛立った。

 気持ち悪い。ああ、気持ち悪い。しかしそれよりも苛立ちが勝つ。楠木の奴、俺が怒ると分かっててやりやがった。

 俺は煙草を投げ捨て、跳ねるように立ち上がって車の横に回ると、地下駐車場のエレベーターホールの入口に立っていた司令を不敬にも睨みつけた。それくらいしないと気が収まらなかった。

 

「お前と私は違う」

 

 歯を食いしばっていた。

 だが。

 

「だが、お前は人間だ」

 

 えっ、と勝手に声が出た。

 

「それは、どういう……」

「それと、煙草は控えろ。お前にはまだ早い」

「ちょっとぉ!」

 

 呼び止めたのに、無視して司令は行ってしまった。

 俺の直属の上司だろ、あんた。あんたが俺のアイデンティティを握ってるんだから、もっとこう、ちゃんと説明をしてくれよ。

 まさか俺の出生の秘密、これで終わり? 

 嘘だろ? 

 

「なんなんだよ、もぉ……」

 

 俺が俺である訳は、あの人が全部秘めたまんまかよ。

 マジかよ。

 あの説明で分かれってのは、ないだろ。

 いや。あれが司令の、精一杯の譲歩。だったのかな。

 

「……帰ろ」

 

 俺は荷室の喫煙具を回収すると、ゾンビみたいに緩慢な動きで運転席に乗り込んだ。

 バイバイDA本部。バイバイクソ職場。

 次来るまでに喫煙所を作っといてくれよな。そこで司令を待ち伏せて、とっ捕まえてやる。

 

 でもその前にリコリコに行くんだ。ミカさんのコーヒーを飲んで、地下のシューティングレンジで銃を撃って、煙草も吸って。

 千束たちとの関係も、まあ、なるべく頑張るとしよう。たきなには何か詫びの品を……喜びそうなものを買おう。千束のことはまあ、まだ怖いけど、今朝断ってしまった食事に、今度は俺から誘ってみよう。

 

 それでパワーを補充して、いつか逆襲してやるんだ。

 だから待ってろ、楠木司令。その時はキリキリ吐いてもらうぞ。俺の秘密も、俺の知らないあんたの姿も。

 

「待ってろよ!」

 

 駐車場にブラックマークを刻んで俺は走る。

 俺はサイトウ。高等機密を扱う暴力装置。

 司令直属の密偵にして不死身の()()

 女の身体と男の精神、半々に混ざった(ハーフ・スワレの)リコリスだ。

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