絶対に百合に挟まらない司令の懐刀系性癖山盛りTSヤニカス不死リコリス 作:千年 眠
背後のシャッターが密やかに下りていく。
目を開けば、そこは無人の地下鉄駅。
構内は微かな耳鳴りが聞こえるほど静かだ。
「作戦開始五分前。各分隊長は状況知らせ」
左耳のインカムに指を添えて言った。
深紅の五式一等戦闘制服七型はすこぶる快適で、布質もさることながら、今のように腕を上げても生地が突っ張ることがない。何よりフロントに
言い換えれば、そんな細々した部分さえ成否に関わるものとして考えければならないほど困難な任務ということになるんだが──
『アルファ配置完了。問題なし』
『ブラボー配置完了。問題なし』
『チャーリー配置完了。ですがすみません、チャーリー・フォーのコンディションが……』
「戻らない?」
『はい……』
「無理させなくていい、離脱させて。欠員はフォックストロット・ツーが埋める」
──俺はなぜだか全く緊張していなかった。
作戦立案の後、二週間に渡って行われた、任務中に発生しうるあらゆる状況を想定したシミュレーション訓練のおかげではない。
NIJ規格にしてタイプⅣ相当──
ましてや肩に担いだ、フルサイズ弾による高貫通力と優秀な基礎設計からなる確かな信頼性を備えたPKM汎用機関銃がテロリストに風穴を開けることを期待しているからでもない。
何一つ、理由が分からなかった。
「デルタ分隊はどうか」
『デルタ配置完了。問題ありません』
「よろしい。エコー分隊、緊急離脱ルートの確保は?」
『ブリーチ完了。一番、二番、四番開通。されど三番経路内に民間人あり』
「了解。エコー分隊は当該ポイントを防衛せよ。三番は民間人退去が終了し次第、速やかに発破すること」
『了解』
不思議な心地だ。これから命のやり取りを──不死身の俺がこの言い回しを使っていいのかは分からないけれど──するとはとても思えない。これは油断なんだろうか。
「小隊長より各員へ。作戦は定刻通りに開始する」
妙な胸騒ぎを覚える。肌がぴりつくような、そんな感覚が漠然とある。
それでも、心は不自然に凪いでいた。
「緊張しなくていい、訓練通りにやれば何もかも上手くいく……生き残って、全員で家に帰ろう。オーバー」
本当に、上手くいくのか?
#4:
Birds of a feather
Flock together
俺のPKMは例の銃取引現場から回収した一丁だった。たきなが使ったものと同じ個体だ。
オーバーホールついでにバイポッドを外して軽量化を図るとともに、木製
強引なDIYで
無論フキさんにはこんなに重い銃を室内に持ち込むなんて正気の沙汰じゃないと言われたが、あいにく俺のフィジカルは常人のそれをはるかに凌ぐ。弾薬込みでもたった八kgちょっとのマシンガンなんか屁でもなかった。
そうだ。俺ならこの一〇〇連ベルトリンクの大火力を誰よりも軽快かつ正確に叩き込めるはずなんだ。
なのになぜだ?
嫌な予感は、地下三階のホームへ続く階段を下りるほどに強まっていく。
だが、ラジアータの予測通り、ここまで敵は誰一人いなかった。全てうまく行っているはず。
ああ、そうか。
計画が計画通りに進んでいるのが、怪しいんだ。
『こちら第三後方支援中隊。特務車両の運行に遅延なし。只今より突入カウントを開始します……ご武運を』
「実働小隊了解。ありがとう」
『一〇、九、八、七』
まあ、いいさ。危ない目に遭うとすれば俺だ。
『六、五、四、三』
階段の中腹で足を止める。
『二、一』
銃床を肩に付けた。
『〇』
瞬間、夥しい数の銃声が轟いた。数秒程度ではまるで止む気配がない。非武装の市民を虐殺するのに反撃を考慮する必要はないから、きっとマガジンを空にするまで続くだろう。
それが自分の首を絞めることになるとも知らずにな。
大音響に紛れて、再び階段を下りていく。耳を使って相手の人数と装弾数を把握しておくのも忘れない。
音量が音量だから聞き分けが難しいが、おそらく一〇名前後。
「……そうか、お前らか」
一〇〇〇丁の銃の買い手は。
『突入および発砲タイミングは小隊長の判断に委ねます。こちらからチャンネルを変更しますか?』
「指示後は戻して。相当うるさくなる」
『了解』
列車の悲鳴にも似たブレーキノイズに、次々吐き出される薬莢に、砕ける強化ガラスに、AK系列特有のトップカバーのガタつき。予想通りマガジンチェンジはなし。
聞き分けた音の要素をもとに下の様子を推察し、然るべきタイミングに合わせて歩調を修正。
デジタルイヤーマフの防音性能は大したものだが、集音装置の精度ばかりは生身のそれに一歩劣る。片耳にかけるだけのインカムでなければこうはいかない。
ほとんどの敵の残弾数が二桁を割った。
まだだ。弾切れまで待つ。
発砲が止んだその瞬間──
「撃て」
──俺の号令を受けた
MCXラトラーの
「フォックストロット・ワン、突入する」
『了解。第一
列車の停車時間は、たった三秒。
たった三秒の一斉射撃で、ホームは地獄と化した。
瞬く間に全身を穿たれた男達の断末魔は、何重にも重なる絶え間ない銃声と超音速弾が発する
だがそれだけの大火力をもってしても、奇跡的にホーム中央の柱に身を隠せた数名の生き残りが
想定内だ。そのために、俺がここにいる。
動き出す車両の中から、交互にリロードを挟んで絶え間ない制圧射撃を浴びせるアルファ、ブラボー、チャーリー分隊。
彼らと入れ替わるように、最後の数段を駆け下りながら発砲。
眼前で無防備な姿を晒していた作業服の男は、一秒と保たなかった。
7.62×54mmR弾のストッピングパワーは凄まじく、一発一発が彼の骨を砕き、肉を爆ぜさせ、それでも足らぬとばかりに奥の柱に隠れていたもう一人を貫いた。
十字砲火の完成だ。列車から身を隠そうとすれば俺に撃たれ、さりとて俺から逃げるのに柱の陰から出れば列車のリコリスに撃たれる。
こうなってはもう、何をしたって死ぬ。
「悪いな」
口ではそう呟きながらも、一度引いたトリガーを戻すことはしなかった。
際限なく跳ね上がっていこうとする銃口を力づくで抑え込み、視界に入った人型へ手当たり次第に弾をばらまく。
一番手前の柱で二人を
そのまま横一直線に薙ぎ払い、ホームドアを乗り越えて逃げようとしたもう一人を両断。男は腹から臓物をぶちまけながら、まるで人じゃなく物みたいに線路へ落ちていく。鉄筋コンクリート製の円柱とトンネル内壁には、拳大のクレーターがいくつも空いた。
恐ろしい火力だ。いつぞやの俺もこうなったのか。
たきなはさぞ怖かっただろうな。
『残り一、左方から回り込んできます』
「ああ、それなら」
列車が駅を出て行き、動きを縛るものがなくなったテロリストは、どうやら逃走より報復を選んだらしい。
それとも、生き延びることを諦めただけか。
俺にはどちらでもよかった。
冷静さを失って無謀に突撃してくる敵ほど、
「今射殺した」
対処しやすいものはない。相手が飛び出してくるであろう方向に銃を向けて撃ちっ放しにしておくだけで、自分から弾幕に頭から突っ込んで即死だ。
『残敵、確認できません』
「いや、マシンガンが一丁捨てられてる。多分監視カメラの死角だ」
一発の被弾もないことを喜ぶ間もなく、俺は銃床に頬を付けたままホームのクリアリングを急いだ。
空気が張り詰めている。この状況がそう感じさせる。
もし本当にこのテロリストグループが一〇〇〇丁もの銃を買った張本人であるなら、その組織規模は相当大きいはずだ。得てしてそういう連中には、戦術・戦略の両方を組み立てられるスペシャリストが必ずいる。肥大化した集団はそうでもなければ統率できないからだ。
専門家がこんなずさんな襲撃計画を練るはずがない。
何かが起きる。絶対に。
「上り線に予備の車両を通過させろ。生き残りがいれば轢き殺せ」
『了解』
辺り一帯が不気味な沈黙に覆われる中、空冷され収縮した銃身が、キン、キン、と気紛れに鳴る。
視界外の偵察に使うには音量が足りない。こちらの位置を悟られるのは癪だが、
上顎、いわゆる硬口蓋に強く押し付けた舌を、勢い良く離す。関西の方じゃタンコというんだったか。
耳を澄ませば、壁や天井に反響した音が返ってきて──いた。下り線ホーム直下、線路脇の退避スペース。
ここのような鉄とコンクリートで作られた閉鎖空間じゃ、靴音すら遠くまで届く。そんな場所で跳ね返ってこない音があるとすれば、人の着衣に吸われているとしか考えられない。
走り出した勢いをそのままに跳躍。ホームドアに足をかけて、さらに跳ぶ。
前宙。
天地がひっくり返る。
PKMを構えた。
上下逆さの視界に映るは長身の男。
引き金を引くより早く、その男は横っ飛びに転がって射線から退いた。
四分の一周回って、黒ずんだ天井と架線。
もう四分の一で、北押上駅、と書かれた駅名標が目の前に。
迫ってきた壁を蹴り付け、身を捻り、再び空中へ。
アイアンサイトを覗く暇はない。地に足つくまで
馬鹿げた破壊力を秘めた銃弾が、コンクリートの道床を爆ぜさせる。不規則に波打ちながら緑髪の男へ急速に近づいていくそれは、姿なき怪物が残す足跡のよう。
その怪物が逃げる男の足首にいよいよ食らいつくというところで、不意に肩を突き飛ばされて、足跡の軌道が斜めに逸れた。男が懐から抜いた拳銃によるものだ。プレートキャリアに増設されたショルダーアーマーに赤銅色の弾頭がめり込んでいる。
着地。一拍遅れて、持ち上がっていたプリーツスカートの裾がすとんと落ちる。
唐突に、背後から光が射した。
そして耳をつんざく擦過音も。
急ブレーキ? 今はまずい!
「駄目だ、止めるな!」
『危険です!』
「いいから加速!」
制圧射撃で釘付けにする暇もなく、男は呆れるほどに素早い身のこなしでホームドアをよじ登って上に消えた。よっぽど壁ごと撃ち抜いてやろうかと思ったが、車両はもう背後に迫っている。
道連れにできないならここに留まる意味もない、か。
仕方なしに跳躍し、筋繊維の断裂を代償に約二mの高さを一足飛びに越えた。直後、背後に強烈な風が吹く。中途半端な速度でなければ、これで仕留められたんだが。
奴の姿は見えない。線路沿いの黄色い誘導ブロックに、何やら白っぽい破片──割れた強化ガラスが散らばっている。
「野郎、乗り込みやがった!」
『停車させます』
「いや、もっと加速させて降りられないようにした方がいい!」
『それではあなたが!』
「支障はない!」
右隣を抜けていく車両の、自分からなるべく遠い位置の窓に一発だけ撃ち込んだ。
弾痕を中心に広がる蜘蛛の巣状の
全身に力を溜めて。
割れた窓がぐんぐん近づいてきて。
今だ。
感覚を信じて、列車の横っ腹に飛び込んだ。
さしたる抵抗もなく粉々になる窓。
着地後、首を左右に振って索敵。
前方車両の奥に例の男。
一歩踏み出した瞬間、急制動を続けていた列車はついに止まった。
そう、止まってしまった。
俺のペースにバックアップが付いてきていない。明らかに飛ばしすぎだ。だがこうでもしなければ、きっと取り逃すだろうという予感があった。
男の手の中に、ピストルグリップのような黒い物体。目を凝らすと、銀色の細長いアンテナが生えているのが見える。
ラジアータの戦力分析に爆発物の類はなかった。
向こうが一枚上手ってことだ。
男が振り返って、俺を見た。
意地悪く片頬を持ち上げて、そして。
§
目覚めて最初に見えたのは、灰色の砂とガラスの粒にまみれた自分の右腕だった。
左耳のインカムからは何も聞こえてこない。駅の構内に仕込んでいた中継機が死んだのかもしれない。後方支援中隊の隊長殿は、パニックを起こさずに副系統に繋ぎ直してくれるだろうか。
空気と一緒に粉塵を吸い込んで、何度か咳き込んだ。
「んの野郎……」
唇が粉っぽい。舌でなぞると鉄臭い。飛んできた
口の中に入り込んだ砂粒を唾と一緒くたに吐き捨てる。
肘をついて立ち上がろうとしたら、左腕を強く引っ張られた。
目を向けると、そこにあったのはひしゃげた巨大な金属の板だった。
トンネルの天井に爆薬を仕掛けていたんだろう。降ってきたコンクリートの塊が客車の屋根を幾筋にも引き裂いて、その結果生じた刃物のように鋭い破断面と鈍器の
上腕から先は瓦礫の下敷きになって見えないが、もう腕が原形を留めていないことは感覚でわかった。
総身が痙攣するほどの激痛という形で。
「ぐ、う……うっ……!」
歯を食いしばり、意志に関係なく漏れそうになる呻き声を押し殺す。腕を失うのは久しぶりだ。何度やられても堪えるな、これは。
瓦礫を一つ一つどかすような時間はない。
緑髪のあいつがまだいるなら、追わないと。
腕を、切断しないと。
潰されずに済んだ二の腕には骨が残っている。順当にいけば、まずそれを砕いてから肉をナイフで切り裂くところだが、俺は面倒な手順をすっ飛ばす名案を思いついた。
ちょうどここに、人体を簡単にバラバラにできるくらい強力なマシンガンがあるじゃないか。
無事だった右手で握り締めたままのPKM。その銃口を、左の上腕に押し当てる。切り詰めたとはいえ一m近い長物だ。右腕をいっぱいに伸ばさなければトリガーに指がかからなかった。
大丈夫、すぐに済む。
大丈夫。
自分に言い聞かせる。まだ感覚のある四肢を切り落とすことへの心理的抵抗なんて、その程度の自己欺瞞で誤魔化せてしまえるような些細なものでしかなかった。
薄暗い車内に橙色の発射炎が何度か光って、眩さに目を細める。
遅れてやってきた壮絶な痛み。それを合図に、一気呵成に立ち上がる。
聞こえてくる。
勢い任せに引き千切られた肉の、ぶちぶちと裂ける音が。
フルメタル・ジャケット弾に打ち砕かれた骨が、なおもびりびりと震える音が。
うるせぇな、俺の体。
ガタガタ言うんじゃねぇよ。
『すみませんフォックストロット・ワン、主回線が──』
「車両を出せ、逃げられる……!」
復旧したインカムに叫びながら走り出そうとした瞬間、バランスを崩して転倒した。軽くなった左半身に対して、PKMは重すぎた。
惜しいが、置いていこう。
代わりに、うつ伏せに倒れたまま背中のサッチェルバッグからグロック17を抜く。心臓の鼓動に合わせて断端から噴き出る血液がたちまち血溜まりを作って、上体をひどく濡らしてしまったが、隻腕では四つん這いにもなれず、どうしようもなかった。
車両と車両の継ぎ目の、
潰れた車両は放棄して、生きている前方の三両だけを走らせるってことか。
それでいい。速度が乗れば、飛び降りて逃げることはできなくなる。密室の完成だ。
前に一歩踏み出せば、列車はそこかしこを軋ませながら辛うじて動き出し──頭と胸に、間髪入れず銃弾が叩き込まれた。
防弾ヘルメット越しに脳を揺らされる。仰け反りながらも撃ち返すが、どうせ当たらないだろう。
座席はすべてベンチシートで、身を隠す場所は少ない。この射撃精度からして相手は間違いなく凄腕だ。このまま撃ち合っても、先手を取られている状態で相手を仕留めるのは厳しいものがある。
だから追撃を避けるため、下手に抵抗せずそのまま仰向けに倒れた。弾は防弾素材に止められているが、そもそも左腕を失っているから不自然には見えない。
死亡確認のために近づいてきたところを一気に仕留める。プロほど引っかかりやすい、俺の定石のひとつだ。
正気を失ったように暴走する列車の激しい揺れと、悲鳴のような走行音に紛れて、足音が近づいてくる。
目を閉じて、さらに聞き入った。
俺がいる三両目に入ってきた。
撃鉄が引き起こされる音がする。
「おいおい」
リボルバー? いや、そもそもなんで、
「死に損なっちまったみてぇだな?」
なんで見抜かれた?
「緊急停車!」
目を開けて叫ぶ。
直後、足方向にかかる強烈な減速G。
上体を起こす。慣性が動きを助けてくれる。
飛び起きる。走る。
眼前の男が発砲。
構わず跳躍。
空中で両足を突き出し、ドロップ・キック。
金属カップ入りのローファーが男の胸にめり込んだ。胸骨と肋骨のいくつかをまとめてへし折り、砕く、確かな感触。
扉を突き破り、吹き飛ぶ男。
インパクトの反動を利用して後方宙返り、着地。
グロックをエクステンデッド・ポジションに構え、制圧射撃を加えながら離れた間合いを詰める。重心の狂いがひどく、思うように走れない。ともすればまた右腕から転びそうだ。
俺が二両目に突入すると、倒れていた男は跳ねるように立ち上がった。軽やかな動きだ。折れた骨が内臓に突き刺さっても構わないってのか、イカれ野郎め。
そして応射も驚くほど早く、正確だった。
顎を引いていなければ、ヘルメットではなく額に当たっていただろう。さすがに俺も、脳みそをぶちまけてしまったらどうなるかわからない。
死の予感がする。
長らく、あるいは一度も感じたことのなかった、死。
寒いような、熱いような、不可思議な感覚が背中に這い上るのを感じる。
俺は怯えているのか?
それとも、
嬉しいのか?
「……クソッ」
べたべたと脳裏にまとわりついてくる不快な思考を振り払うように、俺は何度もトリガーを引いた。
男は三角跳びの要領で壁を蹴り、宙を舞い、ロングコートを翻す。地に足つけた相手を狙った射撃など当たるはずがなかった。
この動き、どこか千束に似ている。当然、射線を読んでいるわけではないんだろうが、このセオリーを鼻で笑うような常軌を逸した挙動はまさしく天才の動きだ。
空中の男の爪先が、いつの間にか至近に。
とっさに右腕を持ち上げて防ぐ。
軽い。力がさして籠もっていない。フェイントだ。
本命は、そうか。リボルバー。
手遅れと知っていても、顔をめいいっぱい逸らした。
むき出しの側頭部──ヘルメットはイヤーマフとの併用を想定して耳周辺の装甲が排除されている──が焼けるように熱い。視界が強烈に揺れて、光が散る。
一瞬遅れて、自分が死んでいないことに気付いた。
頭蓋骨が銃弾を弾いたらしい。入射角が浅かったのか。
理解と同時にグロックを前に突き出す。撃つと見せかけて、そのまま銃口で顎を殴りつけてやった。こうでもして隙を作らないと今みたいにカウンターが飛んでくる。
構図は直前の焼き直しだ。今度は俺が胸元に銃を寄せたハイ・ポジションで奴の頭を狙う。
が、それより男が態勢を立て直す方が早く、射撃は髪を数本散らすだけに終わった。ジャブとはいえクリーンヒットしたってのに、どれだけタフなんだ。
ライノの銃口がこちらを向く。撃たれる直前に辛うじて右手で弾くと、
「ハッハァッ!」
男は嘲笑した。理由はすぐにわかった。
がら空きになった左腕、その断端を、拳が抉った。
剥き出しの肉が潰れる。体が右に傾ぐ。強化ガラスの細片が残る窓枠へとっさに肘をついて耐える。
間髪入れず短い横髪を掴まれた。弾丸に切り裂かれたばかりの頭皮に男の長い指がめり込む。
顔を叩きつける気か。舐められたもんだ。
思ったのはそれだけだ。
痛みなんかねじ伏せろ。
「調子……」
ぶちぶちと抜ける髪を無視して強引に立ち上がり、戦闘の高揚に歪んだ目を睨みつける。
男の表情から余裕が消えた。今度は驚愕と恐怖が半々。
「乗んなぁっ!」
俺とほとんど同じ高さにある顔面にヘッドバットを叩き込んだ。男の鼻骨がへし折れる。さすがに効いたのか、苦悶の声が聞こえた。
それでも手は離れない。左腕があれば簡単に引き剥がせるのに。パワーで上回っていても活かせないのがもどかしい。
一朝一夕に腕は生やせない。五体満足なら対等に戦えるかもしれないが、隻腕ではたとえ再生しながらでも押し負けるだろう。応援を呼んだところで、ファーストでもない他の隊員にこんな化け物の対処は絶対に無理だ。
作戦を変えよう。悔しいが。
グロック17を手放し、宙に放り出された右手を掴んでプレートキャリアに押し付け、すかさず男の指越しにトリガーを引く。
ライノ・200DSはダブルアクション対応のリボルバーだ。それだけでシリンダーに残された最後の一発は発射され、防弾プレートで止まった。
そのまま手を握り込む。
握り潰す。
「お前、んだよそれ……!?」
「あぁ? 見りゃ分かんだろ」
俺の握力は計測器では測れない。
そんな力でプレスされたらどうなると思う?
「テメーの骨をブチ折ってんだよ!」
束ねた木の枝をまとめて手折ったような、軽くて乾いた音がした。掌の中で、男の大きな手が歪に形を変えたのが分かった。
単純骨折二本。粉砕骨折一本。そして開放骨折──折れた拍子に肉を突き破った骨が二本。
全滅だ。少なくとも数ヶ月は全く使い物にならないだろう。治っても後遺症が残るかもしれない。
ざまあみろ。腕の借りは返したぞ。
でも、ここらが限界みたいだ。男が俺の髪から手を放して、腰の裏に隠し持っていたナイフを抜くのが見えた。
ショルダーアーマーとプレートキャリアの隙間に白い刃が深々とねじ込まれ、否が応にも肩の力が抜ける。
右手の拘束が僅かに緩んだのを目ざとく察知した男は、すぐさま脇の下を抉るように突いてきた。
痺れるような痛みが走った。神経が軒並みぶった切られたらしい。右腕はもう指一本動かせないだろう。いや、どのみち怪力を発揮した代償でお釈迦か。
そして最後に、顔面への左ストレート。インカムが耳から外れて吹っ飛ぶと同時に、鼻から嫌な音がした。
確実に折れたな、これは。
頭突きの仕返しのつもりかよ。なんて内心でぼやきながら、俺は脱力して重力に身を任せた。
背中と頭を床に打っても痛みはない。出血多量で意識が朦朧としていた。血を造ろうにも、あまりに多い流血はかえって怪しまれる。あくまで人間一人の範疇に抑えないと。
「……ククク」
男は、俺を見下ろして笑った。ぼさぼさの緑髪に隠れていた目元がよく見えた。
「ハ、ハハハ……」
つられて、俺も笑った。
無邪気に笑った。
楽しかったんだ。
スポーツの爽快感に似たものがあった。
殺し合いを楽しく思ったのは初めてだった。
なぜそう思ったのか、自分でもわからなかった。
「イカれてんぞ、お前」
「言えた口かよ、マリモ頭」
列車はとっくに止まっている。逃げようと思えば簡単に逃げられるだろう。
その前に、少しでも情報を集めないと。
そうだ。まだ気絶できない。意識を失えば、この体は生存本能に従って急速に再生を始める。次の戦いを有利に進めるためには、手札を知られるわけにはいかない。
それに、特別イカれたこいつに不死身なのがバレたら
気張れよ、俺。一番の踏ん張りどころだ。
「名前、教えろ。死ぬ前に」
舌がうまく回らない。いや、それ以上に頭が鈍ってきているのがきつい。集中していないと言葉が聞き取れない。
「先に名乗るのが筋だろ?
「誰が世界一ツイてねぇ男だよ……フォックストロット・ワン」
「おい」
「本当だよ。戸籍、ないし」
「はぁ? 気色悪ぃ組織だな……真島」
「真島……」
爆破の余波で壊れたのだろうか。天井の照明が頼りなく明滅している。
死闘が嘘のように静かだ。
「あんた、これからどうすんだ」
「心配すんな。日本の警察じゃ俺を捕まえんのは無理だ」
「そうじゃなくて……あたしたちは死んでも隠蔽されて終わりだ。テロじゃなくて、事故として報道されるだけだよ」
「てことは、この列車もそういうことかよ……チッ」
折れた鼻から喉に流れ込んできた血を飲み込んだ。
「……いや、そういうことなら決めた。手始めにお前らを潰す。んで延空木もブッ壊す」
真島は実に得意気だった。俺がじき死ぬことを微塵も疑っていないらしい。そりゃそうか。死なない人間なんて、いないものな。
せっかくだし遺言でも残そうか。こっちが有利になるような打算を含んだ、ね。こういうのは言うだけタダだろ? 都合よくインカムも外れたことだし。
「叩くなら上にしてよ……あたしたちをこんなにしたのは、あいつらだ……あいつらばっかり、安全なところで……」
目を閉じた。自分を中心に周りの景色がぐるぐる回っていて、気持ち悪かったから。
「……ほぉ、任せろ。バランスが狂ってんのは嫌いだ」
けれど思わず、目を開けて彼を見上げた。
もう焦点がうまく合わなくて、表情は読み取れなかったけれども、直感で分かった。
こいつ、本気で言ってる。
俺に、似てる?
「……気が合うなあ、俺もフェアなのが好きだよ」
「なんだよ、惜しいやつをぶっ殺しちまったな」
「ツイてねぇな、お互い……」
「全くだ!」
真島はそう言いながら、手近なドアの上に手を伸ばすと、カバーを開けて中の非常用コックをひねった。
逃走方向を確認するために、首を横に倒してそちらを見た。視界が暗いのは車内照明の電源が落ちかけているからじゃない。そろそろ、本当に限界だ。
抗えない眠気に、瞼が勝手に落ちた。
「……頼む」
駄目だ。耐えられない。何か喋っていないと。
「俺の分まで。死んでったみんなの分まで」
心の古傷を抉った痛みで、辛うじて意識を保つ。
「全部ぶっ壊してくれ……」
怨嗟を込めて、吐き出した。
嘘に混ぜるにはもったいない、俺の本心を。
「任せろ!」
線路の上に降り立った真島は、去り際にそう言った。
仮に。
出会い方や、生まれや、立場が違ったとしたら。
いや、もしもの話はよそう。この間たきなにも言ったじゃないか。意味がないって。
遠ざかっていく足音が完全に聞こえなくなってから、さらに安全マージンを取って三〇秒後。俺はようやく傷を癒やし始めた。
左腕の断端や脇下などは最低限の止血に留め、まずは右腕の神経を急ぐ。
繋がり次第、寝返りを打って、殴られた拍子に飛んでいったインカムのもとへ這いずった。奇跡的に壊れてはいなかった。
再装着してチャンネルを変更。本部の発令所に繋ぐ。楠木司令が作戦行動を監督しているはずだ。
「こちら……フォックストロット・ワン。対象が、一名逃走。半蔵門線を通って……」
うつらうつらしながら、なんとか言葉を紡いだ。出血性ショックなんて珍しくもない。このくらい慣れっこだ。
「徒歩で、渋谷方面に向かいました」
造血に意識を向けると、少しずつだが眠気が和らいできた。それでも血に蓄えられていた熱がみんな体外に出ていってしまったのはどうしようもなく、猛烈な寒さに身震いさせられる。
『一帯を監視させる。外形的特徴を急ぎ報告しろ』
「身長一八〇cm前後の
『記録した。逃走というのは、お前を無力化してか?』
「ええ、左腕のもげた私をボロ雑巾にしていきましたよ。利き手を破壊しましたが、それでもファースト未満では全く対処不能でしょう」
『……
「はい、もちろん」
『ならば構わん。現時刻をもって掃討作戦を終了。部隊はこちらで撤収させる。お前はホームで回収班を待て』
「カメラを外しても?」
『許可する。それと、後ほど開発部が使用の所感を知らせろとのことだ。付き合ってやれ』
「はーい……」
『オーバー』
通信が切れた瞬間、俺はまるでうたた寝から目覚めたばかりの猫みたいに、身を横たえたまま大きく伸びをした。
「だぁー! クソ痛ってぇー!」
ついでに誰もいないのをいいことに、素の口調で叫んでみたり。そんなことができるのも、出血が止まって血液量が回復してきたおかげだ。
俺はジョージ・A・ロメロのゾンビとは違う。生物としての仕組みを無視して動けはしない。
例えば、頭を撃ち抜かれて脳幹の大部分を失ったりしたら、呼吸や心拍のコントロールが効かなくなる。
嫌気生物じゃあるまいし、そうなったらあらゆる細胞に酸素が回らなくなって死ぬだろう。呼吸が必要で、なおかつ腹が減るってことは、代謝が行われているってことなんだから。
TVゲームの無敵状態のようにはいかない。
そのほうがいい。そのほうが、救いが──
「……ちゃんと撮れてっかな」
思考を中断して、瞼越しに左目を触った。
血溜まりから身を起こして、背負っていたサッチェルバッグを前に抱える。サイドの隠しハッチから手を突っ込んで中を探ると、硬く冷たい直方体に指が当たった。
工具箱をそのまま小さくしたような金属の箱だ。手近なベンチシートに置き、蓋を開ける。
中には球形のソケットが二つ。どちらも空いている。蓋の裏には
俺はそのカーラーもどきを鋏のように持ち、先端をためらいなく左の眼球に当てがった。
痛みはない。あるはずがない。
掴み、引き抜く。
湿った水音を立てつつも眼窩からするりと外れたその眼球は、筋肉や神経とは一切繋がっていなかった。
俺の黒い瞳を模して作られた義眼だ。
といってもただの義眼じゃない。五千万画素の広角カメラと不揮発性フラッシュメモリ、そしてポピュラーな全固体バッテリーを内蔵した、DA情報部並びに開発部渾身の作……もとい、まるで洗練が足りない
装着するには生身の目を丸ごと摘出しなきゃいけないし、そんな手間が必要な割に録画時間は短いし、衝撃に弱いから普段は専用ケースに収納してなきゃいけないし、重量があるせいで違和感が凄いし、あとなんか常に生暖かく発熱してて気持ち悪いし。
隠し撮りに使うだけならまだしも、これを着けて戦うなんて無茶だよ。右目しか使えないんじゃ、視野が狭くなるだけじゃなく、距離感がまるで掴めない。
まあ、誰も目そのものが録画装置だとは思わないからまずバレないってのは利点ではある。あれだけ勘の鋭かった真島もこっちには全く気付いてなかった。
こっちもまたゼロから再形成しないと。
完治まで何日か、かかるな。欠損は普通の傷と違って壊れた組織を材料にできないから。全身から骨や肉を集めて再形成する都合上、体重も落ちる。鍛え直しだ。
『こちらフォックストロット・ツー。聞こえるか?』
外した義眼をケースに仕舞ったところで、ちょうどフキさんが通信を入れてきた。
「感度良好。どうしました?」
『お前をすっ飛ばして司令部から撤退命令が出た。何かあったのか?』
立ち上がって、自分の体を見下ろしてみた。
左腕は上腕で離断。右肩と右脇下に深い刺し傷。右大腿に銃創。左眼球は全摘。鼻骨骨折。右頬と左側頭部に広範囲の裂傷。出血量は……血の海と化した周りを見る限りだと、一・五リットルより少し多いくらい?
以上を今までの経験から総合的に判断すると、
「問題ありませんよ」
即答できるくらいの平常運転だ。
「ちょっと面倒な奴が逃げましたが、情報部が追っています。あたしも元気ですし」
『そうか。こっちも怪我人一人いない。お前もとっとと帰ってこいよ』
「お気遣い、感謝します」
『オーバー』
思わず安堵のため息が出た。
もちろん個人の技量が影響しにくい作戦ではあったけれど、アサルトカービンと防弾装備の有効性は立証できたはずだし、これを機に配備が進んでくれればいいな。
千束のような、敵まで救うだけの力は俺にはない。
だからせめて、仲間だけでも。そう思って準備を進めてきた。
対外的な交渉や折衝は楠木司令が、交渉に使う諸々の──あらゆる超法規的な手段を駆使した──
二年がかりの一大プロジェクトだった。
だがこれはあくまで通過点だ。殺される可能性が減るだけで、なくなるわけじゃない。対症療法に過ぎない。
リコリスも、リリベルも、誰も戦わなくていいようにする。それが、俺の夢。
俺の生きる意味だ。
「何年かかってもいい。この体がどうなったって構わない……そうだよな」
捨て置かれていたグロック17を拾い上げた。
サプレッサー用
ジョン・ウィックみたいに片手でスライドを引いてチャンバーを覗いた。9×19mmパラベラムの
ストッピングパワーからして真島のライノもおそらく同じ口径だろうが、向こうは銃身長が
これを咥えて撃てば、多分、俺は俺を殺せる。
銃口を覗き込んだ。
グロック・マークスマン・バレルの鋭いライフリングが、明滅する光に照らされて白く輝いた。
夢を叶えた俺は生きる理由を失うわけだけど、そうなったらどうしようか。
少なくとも幸せを求めようとは思えない。
殺してきたツケは払わなくちゃいけない。
勝ち逃げは、フェアじゃない。
「フェアじゃないのは、嫌いだな」
銃身を顔に近づける。残り香というには濃密すぎる硝煙が目に沁みて、我に返った。
自分に陶酔しているみたいで気分が悪い。
余計なことばっかり考えて、一体どうしたんだよ。真島に殺してもらえなかったのがそんなに心残りか?
「……バッカみてぇ」
グロックをバッグのホルスターに収納して、呟く。
袖を伝って肩から流れてきた血のせいで、掌一面に砂粒がびっしり張り付いているのに気づいてげんなりした。固まりかけてゼリー状になっていたから感触は最低だ。
完全に乾くと大変なんだよ。そのまま歩いたりすると、剥がれた欠片が脇や太腿に擦れて傷だらけになってさ。そこからまた出血するとかザラだし。
散々怪我した上でそんな目に合うのもアホらしい。できれば一歩も歩きたくない。なんて思っていたら、床が鈍く震えて、車両がさっきとは逆方向に動き始めた。
「へぇ、気が利くじゃん?」
破壊された窓から吹き込む乾いた風を背に、どっかとシートに座り込む。サッチェルバッグを隣の席に置いて禁断の座席二個使いを敢行すると、なんだかえらい贅沢をしているようで愉快だ。
そう、ここはもう戦場じゃない。電車が時速二〇kmにも満たない低速で駅に向かうにつれ、心が日常に近づいていくのを感じる。
そういえば、千束達は今日水族館に行くって言ってたっけ。
制服の比較的汚れがマシな部分を探して、そこに右手をぐしぐしと擦り付けてあらかた綺麗にしてから、バッグの奥底にしまい込んでいたスマートフォンを引っ張り出した。通知欄を見ると思った通り、千束が個人チャットにメッセージを送ってきている。
トーク画面を開いた瞬間、俺は噴き出してしまった。
魚群が泳ぐ大水槽の前に片足で立ち、下手くそな平泳ぎみたいなポーズを取って何かを叫ぶたきなの写真が貼られている。千束はそれに対して一言、
──さかなー!──
慌てて撮ったのか微妙にブレていて、妙な躍動感が生まれているのが余計にシュールだ。
そっか。楽しんできたんだな。
たきなはもう、大丈夫みたいだ。
店の公式アカウントに時たま投稿される写真でなんとなく二人の仲がいいことは察していたが、これは予想以上かもしれない。
行きたいな、リコリコ。
掃討作戦が終わり次第、俺は調査任務に復帰することになっている。きちんと結果を出している限り、多少遊び歩いても楠木司令は何も言わない。気楽なセーフハウス暮らしだ。
俺にとって日常は贅沢品だ。どれだけ残されているかわからない。そもそも、本来与えられるはずのないものだ。
だからなんていうか、うまい言い回しが見つからないけど、
「ふふ……」
嬉しいんだ。こういう、映画だったら真っ先にカットされてしまうような、なんでもないやり取りが友達とできるだけで。照れくさいから誰にも言えないけどね。
そういうわけで文面上は平静を装っておく。
だが送信ボタンをタップしようとした瞬間、写真がもう一枚送られてきて、
──ちんあなごー!──
俺はツボに入ってしまった。
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